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6話 「魔法城と黒翼の盗撮魔」

 キールに先導されて街の中を歩く。


「ここは〈輝海世界(きかいせかい)〉って言ってな。お前も見たろ? あのやたら輝いてる海」

「あ、うん」

「この世界はな、あの海とそこに浮く『島』だけで世界が構成されてるんだ。島を陸地って言っちまえばそのとおりだが、一般論でいけば、この世界には大陸と呼べるような巨大な陸地が存在しない」

「陸がない?」

「ああ。でもまあ、案外不便はない。島自体がかなり発展してるし、島ごとに特色とかもある。ちなみに島は『船』の役割も果たしてて、常に輝海(きかい)を移動してる」


 すごい世界だ。


「なんで移動するの?」


 人波を避けながら訊ねる。

 通りすがる人々はやはりいろいろな種族が混じっていた。

 普通の人間、角の生えた者、獣顔の者、ネコミミ、羽つき、尻尾、あるいは半霊体。


「資源が尽きるんだ。この世界の資源は輝海の底にある『ダンジョン』に頼ってるってのが実情でな」

「ダンジョン? ゲームみたいな?」

「おー、お前、ゲーム知ってるタイプか。じゃあ話ははええな。そう、まさしくゲームだ。誰かが仕組んだみてえに、輝海の底のいたるところにダンジョンがあるんだよ。んで、報酬よろしく奥には資源やらなにやら、ときには世界の秘密みたいなもんまで置かれてることがある」

「……んん?」

「ハハ、今のはさすがに端折(はしょ)りすぎたか」


 キールは笑った。


「あ、そういや道中で名前訊くって言ったけど、改めて、お前の名前は?」


 名前……。

 

「えっと……」


 どっちにしよう……。


「お前、まだ神士の神界への引き上げ条件満たしてないみたいだから、ここまだ二つ目か三つ目の世界だろ?」

「う、うん」

「じゃあ名前は二つくらいか。もしどっち名乗るか迷ってんならどっちも教えてくれよ」


 笑われないだろうか。


 ――ええい、ままよっ!


「く、〈九鬼・クリスティーナ・旋律(メロディ)〉と、〈エルリアーナ・グランブル・ガルツヴェルグ〉……」

「ごっつ!」

「で、ですよね!」


 キールが驚いた顔で振り向いた。

 ああ、自分の顔が赤くなるのがわかる。


「まあでも、最初のほんにゃらメロディ? ってのはいんじゃね? メロディって女の子っぽい響きじゃん」

「あ、そうか、漢字がないと案外音は普通……?」


 ――なのか?


 そのときわたしは文化の仕組みを知った気がした。

 案外文化の枠組みそのものが違うのなら、この名前も普通に……。


「あ、もしかして読みと音がやたらズレてるとか?」

「なんで知ってるんだよ!!」

「うおっ!」


 な、なんでだ……!


「前の世界でそういうのあったからな。そういう名前遊び流行ってたし」


 クソみたいな世界だな!!


「ちなみに文字はどんなの?」


 キールがどこからか取り出した紙とペンのようなものを取り出して手渡してくる。

 その頃にはいつの間にか目の前に橋が見えてきていた。

 輝海の上に掛かり、離れ小島へ続いている、とても大きくて長い橋だ。


「こういうの……」


 そこから視線を外し、ひとまず紙とペンを受け取って文字を書いた。


「あー! 漢字! なるほど、お前漢字がある世界からも来てるんだ! じゃあいいぞ! オレたちの仲間の中に漢字知ってるやつ結構多いからな!」

「仲間……?」

「おお、言い忘れてた。実はオレのほかにもたくさんの世界遊子がこの世界にはいるんだ」

「へ?」

「ほら、あの離れ小島の奥にでっけえ建物見えるだろ? 宮殿みたいなの」


 キールが橋の向こう側に見える建物群を指差す。

 古代ローマの芸術作品です、と言われてもうなずいてしまいそうな、ちょっと古びた、されどやたらに豪奢な建物群の奥に、よりいっそう巨大な宮殿があった。

 白やクリーム色の石を彫刻して建てた巨大な建物。

 さらに黒光りする大理石が宙に浮いていたり、不可思議な青色の光が線のようにあたりを走っていたり……あれ? よく見るとかなりメルヘンじゃない? 魔法の城的な?


「建物の周りを飛びまわってるのはたぶん誰かの術式。魔法みたいなもんだけど、ここじゃちょっと区別されてる。やたらいろんな世界から来てるやつが多いから、『魔法』って一口に言ってもいろいろあるんだ」


 かくいうわたしも魔王エルリアーナとして魔法と関わってきた。

 だからそういうのがあると言われても結構すんなりと理解できてしまう。


「ふむ、魔法についても大丈夫、と。メロディはほかの説明に関しても大丈夫だそうだな。ごくまれに魔法知らねえやつが落ちてきたりするけど、そういうときは説明がめんどくさくて。ゴエモンとかいまだにあれ妖怪の仕業だと思ってるからなぁ……〈世界遊子(レルーザ)ネットワーク〉は使うくせに」


 なにやらやたらに耳に残る名前が聞こえた。


「ま、あそこがオレたちの居城なんだ。〈世界遊子協会《レルーザ・ユニオン》〉って言ってな。まあ、あとは来てみりゃわかる」


 そういってまたキールが踵を返す。

 

 ――〈世界遊子教会〉。


 あの最初にわたしのことを助けてくれた夫人が言っていた組織の名前。

 なるほど、たしかに夫人の言うとおりだった。


 ――いったいどんなところなんだろう。


◆◆◆


「これでよし……と」

「なにかしてたの?」

「ああ、ほかの世界遊子(レルーザ)に連絡取ってたんだ」

「どうやって?」


 遠くに見えていた宮殿の間近にまで来た。

 周囲には南国に生えているヤシの木みたいな樹木が連なっていて、まぶしい太陽も相まってなかなか爽やかな雰囲気を(かも)している。


「オレは頭の中に術式組んでる。術式使えないやつは、こういう機械を使ってるやつもいる」


 そういってキールはポケットからとある端末を取り出した。

 わたしはそれを見て思わず上ずった声をあげそうになる。


「……スマートフォン?」


 似ている。

 が、厳密には違いそうだ。

 その端末からは魔法的な力も感じる。


「ん? こういうのも見たことあるの? 二つしか世界渡ってきてないのに、ずいぶんいろいろ知ってるな。――これは〈ハカセ〉っていうオレたちの仲間が造った端末でな。術式とか使えなくても世界遊子ネットワークに接続できるようになってる」


 その世界遊子ネットワークというのが彼らの連絡手段なのだろうか。


「オレあんまり使ってないし、やるよ。あとで新しいの欲しけりゃハカセに言ってくれ」


 宮殿の入口あたりで、不意にキールがその端末を投げてよこした。


「うわっと」


 それをなんとかキャッチし、手に握る。

 しっくりくる。

 画面は液晶のようで、おもむろにそこをタッチすると液晶に光が灯った。


「おー……」

「まあ、メロディは魔法使えるっぽいから頭の中で魔法式組んだり術式組んだりした方が楽かもしれねえけどな」

「いやいや、こういうの好きだから、すごくうれしい」


 思わず頬がほころぶ。

 久々にこういうものに触れた。


「んじゃ、五階まであがるぞ。螺旋階段だし、やたらでかいから結構疲れるぜ」


 宮殿の入口をくぐる(といってもくぐるなんていう大きさでもないが)と、今度は広々としたドーム状の空間が広がった。

 天井脇にさらに上階へ進む螺旋階段がある。

 どうやらこのドームの上にもだいぶいろいろな広間や空間が広がっていそうだ。


 螺旋階段を一段ずつ登りながら、広間の壁やドームの天井に描かれたモザイクタイルの絵画を観察する。

 そこには天使や幻想的な生物――グリフォンやらドラゴンやら、あとよくわからない何かまで――が描かれていた。

 こうして見ると、なんだかとてつもなく巨大な教会のようでもある。


 螺旋階段を昇りきると、今度は石柱の立ち並んだ広間に出た。

 奥の方に巨大な玉座がおいてあって、階段の出口から赤い絨毯が一直線に敷かれている。


大仰(おおぎょう)だろ?」


 キールが振り向いて苦笑しながら言った。

 わたしはそう思う一方で、この荘厳な光景に感動していた。

 かつて住んでいた魔王城もなかなか荘厳だったが、ここは吹き抜けの向こう側にあの綺麗な輝海(きかい)が見えて、不思議な爽やかさが同居している。

 ただただ重々しかった魔王城とは全然雰囲気が違った。


「ここは来客があったときに、いわゆる体裁を保つために使うことがある。普段はあんまり使わねえんだ。ただオレたち〈世界遊子協会(レルーザ・ユニオン)〉は、この移動島の盟主でもあるから、ほかの移動島との交渉のときとかにこういったものが必要でな」


 キールはそういって、すぐに話題を変えた。


「ちなみにこの上からがオレたち世界遊子の自室空間。いろいろあるし、文化もめちゃくちゃだから、すげえ景色に差があったりするけど、そのあたりは慣れてくれ。空間拡張までしてあるしな。――おい、〈クーン〉! いるんならもう下りてこい!」


 不意にキールが近場の巨大な窓の方に声を飛ばした。

 ガラスなんかは張っていない、本当にくり抜いただけの窓だが、周囲に模様が彫刻されている。

 と、その窓枠の上から、キールの声に反応するようにある人物が姿を現した。


「ちぇー、もう少しいいじゃないっすか。メロディさんでしたっけ? かなりかわいいんで今のうちに盗撮してあとで写真売ろうと思って――」

「初対面から盗撮って印象最悪じゃねえか……」


 窓枠の上からひょっこりと頭を出したのは、少しねじれた黒髪を持つ美女だった。

 

 ――なぜ窓枠の上から吊り下がっていられるのだろうか。


 そう思っていたら、ついにその美女の方が窓の正面に下りてくる。

 全貌が露わになって、理由がわかった。


「翼……?」

「ああ、こいつ〈クーン〉って言ってな。見てのとおり有翼種の世界遊子(レルーザ)なんだ。ちなみに盗撮魔。マジで気をつけろ、気づいたときには写真バラまかれてることあるからな」


 たちわるいなっ!


「アッハハ、さすがにある程度考えるっすよー。それにメロディさん、これから仲間になるんでしょ?」

「オレたちはそのつもりでも、メロディがそう思ってるとはかぎらねえだろ」


 キールがため息交じりに言う。

 わたしはその間にクーンと呼ばれた彼女をよくよく観察した。


 ――綺麗。


 端的に言って、彼女はとても美人だった。

 口調は軽く、どこか子どものような無邪気さを含んでいるが、肩まで伸びた巻き毛の黒髪はしっとりとしていて触りたくなるし、すらりと伸びた四肢が適度なあでやかさを醸している。

 背中から生えている(ふた)つの翼も毛並がよく、羽ばたく音は静かで耳触りがいい。


「いいから入ってこいよ」

「はーい」


 キールが言うと、そんな彼女が窓から中に入ってくる。


「よいしょっと」


 隣にやってきた。

 いい匂いがした。


「お、メロディさんいい匂いするっすね? 舐めたくなってきました」


 するとクーンが、逆に自分にそんなことを言ってズイっと顔を近づけてきた。

 瞳は金色で、虹彩がとても綺麗だ。


「やめろ、舐めるな。ホント手当たり次第だなお前」

「冗談っスよー」

「お前のは冗談に聞こえねえんだよ……。ほら、いいから会議室行くぞ」


 そういってキールがまた先導をはじめる。

 その背について歩きはじめると、クーンが歩を合わせるようにして隣に並んできた。


「まあ、ここは基本的に安全っスから、伸び伸びしてていいっスよ? もしメロディさんがあたしたちと一緒にやっていくってなったら、ちょっとだけ頼みごとするかもしれないっスけど、まずは状況を整理するところからっスね」

「う、うん」


 クーンがにっこりと美貌に笑みを浮かべて言う言葉に、不思議と安心した。


「ありがとう」

「あはは、いろんな世界がある中で、こうして世界遊子同士が協力してる世界にいるって、かなり珍しいことっスからね。お互い世界遊子ですし、いろいろとわかることもあるっスから」


 クーンの言葉は、とても優しげだった。


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