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7話 「ようこそ、世界遊子協会へ」

 玉座のある広間からさらに上の階へ上がると、今度は回廊のある場所へ出た。

 中心には緑豊かな中庭。

 手入れの行き届いた花壇には赤やピンクの綺麗な花が咲いていて、空からはなぜか日光が降りそそいでいる。


「あ、あれ? なんで空が……」


 ここはまだ城の中腹だ。

 何度か階段を登ったが、外から見たときはもっと上の階層があった気がする。


「魔法で空間を捻じ曲げてるんだ。たしかにこの上にはまだまだ階層があるから、本来なら日の光なんて届くわけがねえが、魔法のおかげで本物の日光が直接届くようになってる」

「なんだかすごいのね……」


 いろいろな魔法がある。

 きっとそれぞれの世界遊子が、渡って来たさまざまな世界で会得した独自の魔法の技術を持っているのだろう。


「んで、この回廊の脇にくっついてる空中廊下を伝っていくと、そこに俺たちの会議室がある。世界遊子協会内ででけえ決め事とかするときはそこを使うんだ」

「でかい決め事?」


 たとえばどんなことだろうか。

 少しずつキールやクーン、それにこの宮殿の雰囲気にも慣れてきたのでこちらから訊ねてみる。

 するとキールが顎に手をやって、「うーん」と思案気な顔をした。


「たとえば、別の『移動島』とかち合うときどういう対応を取るか、とか」

「そういえばさっきも島は移動するって言ってたわね」

「そう、移動する。んで、ほかの島も移動してる。するとどうなる?」

「すれ違ったり?」

「そういうこと。まあ、すれ違うことでほかの輝海域(きかいいき)で得られる資源を交易できたり、ほかの〈海底ダンジョン〉の情報を得られたり、良いことも多いんだ」


 なるほど。


「だがハッキリ言って、必ずしも相手が友好的であるとはかぎらない。簡単に言うと、『海賊』みてえなやつらがいるんだ」

「海賊か……」


 どこの世界にもそういうのはいるらしい。


「やっぱり略奪されたりするの?」

「ああ、対抗できなけりゃそうなる」


 なかなか物騒なことだ。


「んで、オレたち世界遊子協会は、この〈エルサ・クロウリー移動島〉の盟主として、外部の賊に対抗する役目がある。いつからかは知らねえが、こういうことになってた。最初はここに住んでる住民たちが『防衛士』とかで隊を作って対抗してたんだが、どっかのお人よしな世界遊子が『そういうのは全部俺たちがやる。ここに住まわせてもらってる礼を少しでもしたい』って言って全部引き受けたらしい。ちなみに世界遊子協会の発足もそこからだ」

「なんというか、すごいわね、その人……」

「ああ、もういねえけどな」

「え?」


 一瞬どきりとするが、そんなわたしの表情を見て内心を察したのか、キールが苦笑してすぐ付け加えた。


「いや、別に死んだとかじゃねえから安心しろ。そいつは〈神士〉になった――って記録には書かれてる。つまり、その妙な救済心が世界を股にかけるレベルにパワーアップしたわけだ。今もどっかの世界を飛び回ってんじゃねえかな」


 なるほど、そういうことか。


「うし、ついたぞ」


 空中廊下を歩きながら爽やかな海風に心地よさを覚えていると、ついにその廊下の突き当たりにあった『離れ』にたどりついた。

 入口には茶色い木製の扉が使われている。

 周りが石であるのにそこだけは木なのが、妙に温かみを感じさせた。


「集まってっかー」


 言いながらキールが扉を開ける。


「当然」


 その向こうに、幾人もの〈世界遊子〉たちが待っていた。


 普通の人間。

 亜人種。

 はたまた大きめの猫まで。

 様々な姿かたちをしていたが、みながみな、なぜだか嬉しそうに微笑んでいた。


「ようこそ――」


 わたしたちを待っていた世界遊子たちが、声を揃えて言う。

 するとキールが先に部屋の中へ入り、数歩歩いてからわたしの方を振り返ってこう続けた。


「――〈世界遊子教会(レルーザ・ユニオン)〉へ」


 三百と十六年。

 そこで初めて、わたしは同じ世界遊子(レルーザ)という立場にいる者たちに出会った。


◆◆◆


「おっし、間に合った間に合った。あれ? もしかしてこの子?」


 と、口をぱくぱくさせてどう反応しようかと迷っていたわたしの後ろから、別の声がやってくる。

 振り向くとそこに、黒髪の青年が立っていた。


「おせえぞ、〈サンク〉、遅刻だ」

「悪い悪い」


 左腰に赤い宝玉のついた剣。

 雰囲気は柔和だが宝玉と同じ赤い瞳には隙のない光が灯っている。


 ――あ、この人『できる人』だ。


「おー、かわいいねー」


 彼はこちらを見て、無邪気な笑顔で臆面(おくめん)もなくそんなことを言った。


 ――しかも女の敵になりそう……!


「は、はじめまして。〈九鬼・クリスティーナ・旋律(メロディ)〉です」

「九鬼? クリスティーナ? めろでぃ? ……ん? あれ? やっぱ同郷の匂いするけど、名前の組み合わせに馴染みがないな。もしかして似てるけど別の世界かな……?」

「え?」


 同郷、ということはもしや……。


「キミ、〈地球世界〉経由してる? もしくは出身がそことか」

「えっ!?」

「ああ、やっぱそう」


 明確な答えを言う前に、わたしの反応だけで察したらしい。

 彼は男にしては妙に綺麗な顔で人懐っこく笑った。


「俺もそうなんだ。っていっても俺は断片的にしかそのころの記憶を覚えてないから、ほかの世界遊子や神士に聞いた情報から補完してるんだけど。――あ、言い忘れてたね。俺の名前は〈サンク〉。呼び捨てでいいよ」

「あ、わ、わたしも呼び捨てで大丈夫です」

「じゃあ、よろしく、メロディ」


 地球出身。

 でも記憶があんまりないっていうし、どうなんだろう。

 とはいえ親近感は湧く。

 そしてとても心強い。


「さて、んじゃ会議……って言ってもなに話すんだっけ?」


 サンクが少しぼさっとした黒髪を上から手で撫でつけながら、首をかしげた。


「とりあえずメロディにいろいろ説明して、〈世界遊子協会〉に入るか入らないか聞くんだろ?」


 キールが答える。

 「一から説明すんのはめんどくせえな」と言って頭をかいているが、なんだかんだいってこの垂れ目の優男が文字通り優しいことは承知している。


 ――そうでなければわざわざわたしを迎えには来ないもの。


「こっちとしては入って欲しいってのが本音だけどね。最近海賊も多いし、妙に侵略傾向の強い移動島も多くなってきた。防衛と並行して海底ダンジョンから資源も集めなくちゃいけないし、さすがに俺たちだけじゃ手が足りなくなってきたからなぁ……」


 黒髪赤眼の青年、サンクが言う。

 ふと見ると彼のローブの下からは毛並の良さそうな黒い尻尾がのぞいていた。

 獣人種だろうか。

 

「まあ、とにもかくにもまずは現状把握からだ。メロディ、ようやくここで三つ目の世界らしいから、世界が切り替わることに慣れてねえ。転移もはじめてらしいしな」

「なるほど」

「だからもろもろの説明は必須として、せっかくだし恒例のアレもやっておくか」


 恒例のアレ?

 キールの言葉にわたしは首をかしげる。


「ああ、気にするな。メロディに害があるってわけじゃねえ。世界遊子って世界を渡るときに妙な呪いを受けたり、逆に祝福を受けてたりする場合があるから、そのあたりを最初に見ておこうと思ってな」

「呪い!?」


 そんなものがあるとは知らなかった。

 あの神士、微妙に説明が足りてない。


「っていってもメロディは大丈夫そうだけどな。呪いってのはこの場合、越界のときに生じた不具合みたいなもんで、そういうやつはそもそも越界に耐性が低いから、記憶とかそういうもんも抜け落ちてる場合が多い」

「記憶か……」

「メロディはそんな感じしないだろ?」


 たしかに今のところ不具合はない。

 

「人によっちゃ肉体の欠損とかもある。たとえば魂が『四肢のある状態』を忘れちまうと、転生して何度新しい体を得ても毎度四肢が欠けたりする」

「越界って結構危ないのね……」

「だから神士が血眼になって越界適性の高い魂を探すのさ」


 神士の言っていた越界の補助というのも、存外重要な補助だったのかもしれない。


「まあ、今のは目に見える例だ。厄介なのは目に見えない内側の変化。そういう魂の記憶の欠如以外にも、世界と世界の狭間を暗躍する神系種とかがお前の魂に呪いをかけてないともかぎらない」

「話が大きすぎてさすがに訳がわからなくなってきたわ……」


 この場合、世界は広いという言葉は正しいのだろうか。

 

「とにかく、そういうのを含めてある程度可視化する術をオレたちは持ってる。ハカセの発明だけどな」

「そのさっきから出てくるハカセって人、すごいのね」

「マッドだけどな」


 マッド……。


「ほかにもメロディの今の能力(ステータス)とか、もし良けりゃそのあたりを計ろうと思うんだが――」


 願ってもない。

 わたしも今の自分がどういう状態なのかは知っておきたい。

 ここにいるほかの世界遊子たちにもそれを見られるのは少し恥ずかしいが、彼らに見てもらうことで自分に異変が起きていないかよりくわしく知ることができるだろう。


「構わないわ」

「よし、決まりだな。んで、肝心のハカセは――」


 キールが会議室にいたほかの世界遊子たちを見回す。


「いつもどおり、研究室じゃないっすか?」


 すると、隣に立っていたクーンが言った。


「じゃあ呼ぶか。〈ステータスミエール Ver3.0〉持ってるのハカセだもんな」

「そうっすね」


 すっごい露骨な名前聞こえた気がする。


「よし、メロディはそこらへんに座って待っててくれ。今ハカセ呼ぶから」


 というか今さらだけどハカセも同郷出身じゃない?

 ハカセよ? ハカセ。


「あ、ハカセは出身は地球世界じゃないよ。経由はしてるらしいけど」

「あっ、そうなんだ」


 ふと、サンクがわたしの内心を察したように言った。

 ……なるほど、経由はしてるのか。

 しかしそれでその名前の選択は……


「研究のしすぎで自分の名前忘れちゃったらしいんだ。でもハカセハカセ、っていつも呼ばれてたから、そう呼んでくれって」


 (きわ)まり過ぎじゃない?


 徐々に嫌な予感がしてきた。


 ……ここにいるのは変人ばかりかもしれない。


 少しわたしは不安になった。

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