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閑話~8years ago(4)~

「周防さん、少しお願いしたいことが・・」

如何(いかが)なさいましたか?剛坊ちゃま」

「実は周防さんに聞きたいことがありまして・・」

「ふむ。(わたくし)に答えられることならば、何なりと・・」


禊が守宮家に来てから一月余り経ったころ、剛は以前より考えていたあることを実行に移すため、父の執事である周防に訪ねていた。


「・・・・という訳で、教えていただきたいのですが・・」

「そう言うことでしたら、まあ、構いませんが・・」


周防は胸元から手帳を取り出し、そのページの一枚を千切って、剛に手渡す。


「ありがとうございます」


メモを受け取った剛は、周防にお礼を告げ、それをズボンのポケットに仕舞いこんだ。



次に剛は、禊の部屋へと向かった。


「禊?入っていいか?」

『お、お兄ちゃん!?ちょ、ちょっと待ってください!!』


襖の向こうから、禊の慌てた声が響き、何やら慌ただしく動く物音が聞こえた。


『ひゃん!!』


しかし、禊の可愛らしい悲鳴と、何か重い物が床に落ちる音がして、部屋の中が静かになる。


「禊!?大丈夫か、何があった!?」


剛は慌てて(ふすま)を開けて、禊の部屋の中に入る。


『あ、待って・・』

「あ・・・・」


(ふすま)を開けると、そこには床に尻餅(しりもち)をついて倒れ込んだ禊がいた。


禊の恰好(かっこう)はいつもより肌色が多く、下着が見えている――ぶっちゃけて言うと、半裸であった。


どうやら、着替えの途中で声を掛けられ、慌てて着替えを済まそうとしたら、逆に足を取られてコケてしまったらしい。


「ひゃああ!?」

「あ、悪い!!」


剛は慌てて後ろを振り向く。


禊くらいならば、下着姿どころか全裸を見られてもあまり動じない年齢である。


しかし、人一倍マセている――もとい、(さと)い禊には既に十分に羞恥心が発達しており、他の人(特に剛)に裸を見られるのを(ひど)く嫌がるのだ。


「み、見ました?」

「いや、ほんの一瞬だったからあまり見えてないよ?」

「本当ですか?本当ですね?」

「あ、ああ・・・・」


なんとか禊に弁明する剛。


べ、べつに可愛いクマさんとか見てなんていないんだからね!!


そうこうしているうちに、剛の背後で布擦(ぬのす)れの音が聞こえ、やがて着替え終えたのか、音が止む。


「も、もういいですよ」


禊の声に、今まで後ろを振り向いていた剛が禊の方を振り向いた。


「ど、どうですか?」


禊はいつもの着物姿ではなく、剛も通っている富陽(ふよう)学園の初等部の女児用制服に着替えていた。


胸元の名札には平仮名で『みそぎ』と書かれ、背中には真っ赤なランドセルを背負っている。


「ああ、凄く似合っているよ」

「本当ですか!?」

「ああ」


剛の感想に、禊は嬉しそうな声を上げる。


禊は来年度から富陽(ふよう)学園の初等部に入学することになっているのだ。


昨日、手配してもらっていた制服とランドセルが屋敷に届き、大喜びでそれらを手に取っていた禊の笑顔を思い出す。


どうやら、入学式まで待ちきれずに、一足先に制服を着てみたらしい。


「お母さんにも見せてあげたいな・・・・」


禊の口から、そんな一言がポツリと()れる。


剛は“その言葉を待っていた”と言わんばかりに、話題を切り替えた。


「じゃあ、さあ・・会いに行こうか?」

「ふえ?」


剛の言葉に禊は驚いた声をあげる。


「お母さんに会いたいか?」

「はい!!もちろんです!!で、でも・・いいんですか?」

「お兄ちゃんに任せなさい」


剛はズボンのポケットから先ほどのメモを取り出して禊に微笑みかけた。






薄暗い一室で、男は部下の一人からの報告を聞いていた。


「なに?それは本当か?」

「はい」


その一言に男は愉悦の笑みを浮かべる。


「まさか、こんなにも早く機会に恵まれるとはな・・・・」


男はとある目的の為にひっそりと準備を進めてきた。


積み木を一段ずつ積み上げるように、焦らず慎重に仕込んだ仕掛けはすでに完成し、あとは条件が(そろ)う時を待つだけであったが、存外に早く到来した千載一遇(せんざいいちぐう)のチャンスに、男は今までに感じたことのないほどの高揚を覚える。


「それでは、いよいよ」

「ああ、雌伏(しふく)の時はもう終わりだ!!我らの悲願のため、あの方(、、、)には今日ここで消えていただく!!」


男と部下たちの雄叫びが部屋の中に鼓舞(こぶ)していた。






周防から渡されたメモに書いてあった禊の母親の住所をスマホのネット検索で調べて、交通の便を確認した剛は、近くのバス停から駅までバスに乗り、そこからまたバスを乗り継いで行くのが一番いいと考え、禊を連れてバス停に来ていた。


やがて、バス停にバスがやってくると、剛は自分と禊の分のバス賃を、それぞれ大人料金と子供料金で料金箱に支払ってバスに乗り込む。


帰宅ラッシュの時間ではないため、自分らと運転手以外に客がほとんどおらず、何処(どこ)でも好きな席に座れる状態であったため、剛は普段からよく座っている歩道側の一番後ろの席に座る。


窓際(まどぎわ)の方がいいか?”と禊に聞いてみたが、禊はあまり座る位置に固執するようではなかったので、剛が窓際(まどぎわ)に、禊が通路側に座ることになった。


バス停まで来る際、剛が“持とうか?”と聞いても、その背中から決して下ろすことはなかったランドセルであったが、さすがに背負ったままでは座りにくいため、今は(ひざ)の上に乗せて大切そうに抱えている。


「~♪~♪」


久しぶりに母に会えるのが嬉しいのか、いつも以上に上機嫌な禊は、鼻歌を歌いながら、バスが駅に着くのを、今か今かと待ち続けている。


「やっぱり、久しぶりに母さんに会えるのは嬉しいか?」

「はい!!私のお兄ちゃん(大切な人)をお母さんに紹介しに行けるんですもの!!」


お兄ちゃんの部分に妙なルビが振られていたような気がするが、取りあえずスルーしよう。


と言うよりも、初めて会った時と言い、今回と言い、禊は妙に意味深なことをよく口にするのだが――――親父の悪影響だろうか?


帰ったら父親とはきっちり話し合う必要があると思った剛であった。


「・・・・?」


剛は禊のランドセルに付けられていたソレ(、、)の存在に気がついた。


「禊?ランドセルに付いているそれ(お守り)、一体どうしたんだい?」


ふと、気になった剛は禊に(たず)ねる。


「これですか?昨日の夜、狭間(はざま)のおじ様が入学祝にくれたんです」

「ああ、なるほど」


禊の言葉にすぐに納得する剛であった。



しばらくバスが進み、もうすぐ駅に到着する頃になった。


「!?」


ソワソワと落ち着きのない禊とは対称的に、ただ静かに窓の外を眺めていた剛であったが、ふと、奇妙なものを目にする。


(ああ、またか・・・・)


窓の外で、自分たちが乗っているバスに並行するように、青白い光が集まっていた。


剛は幼いころから、普通の人とは違うものが見えていた。


時々、彼の視界に、この青白い光が映り込む。


特に多く見かけるのは、屋敷の人間が魔術の修行をしている時であった。


しかし、何度周りの大人たちにそのことを話しても、誰も信じてなどくれず、いつの間にか剛も気にしないようにしていたのだが、今回はその光に、ゾッとするほどの不気味さを感じていた。


「っ!?マズイ!!」



――空間同士を接続する術式。接続点の出入り口に加速術式あり。



唐突に頭の中に、そのような情報(イメージ)が浮かび上がり、咄嗟(とっさ)に、剛は右手で禊を抱きしめながら、左手で車窓を砕き割って歩道に向かって飛び出していた。


理屈による判断ではなく、ほとんど本能に近い部分で、気がつけば体が動き出していたのだ。


しかし、その行動がなければ、彼の命運はここで尽きていたかもしれない。


なぜなら、剛がバスの窓から飛び出したのと同時――。


青白い光が集まっていた場所に生まれた門のようなものから、突如として飛び出した高速で動く何か(、、)がバスの側面に激突したのだ。


金属を貫く鈍い音が響き、バスの車体が横転する。


ガソリンタンクを貫いたのか、バスが轟音とともに爆発し、その衝撃波によって周囲の建物や車の窓ガラスを容赦なく打ち砕いた。


()ててて・・・・」


禊を両腕で抱きしめた剛は、自らの背を地面に向けて歩道に着地していた。


「な、何が起こったんですか?」

「分からん。確実に言えることは、これが魔術による攻撃ってことくらいだな・・」

「え?」


信じられないと言った表情を浮かべる禊を他所に、剛はフラフラになりながらも立ち上がった。


「ほら、立てるか?」

「あ、はい」


そして、禊に手を差し伸べ、彼女がその手を取ろうとした時――。


「っ!?危ない!!」


先ほどと同じ感覚を感じ取った剛は禊の手を掴んで強引に引っ張る。


すると、先ほどまで二人がいた場所を何か(、、)が高速で横切り、近くにあった建物の外壁を(えぐ)(けず)った。


(間違いない!!これは俺達を狙った攻撃だ!!)


そう確信した剛は、この攻撃を仕掛けてくる術者を探す。


(何処(どこ)だ!?何処(どこ)にいる!?ここまで正確に狙ってきた以上、必ず相手は俺たちを目視しているはずだ!!)


襲撃者を探してあたりを見回したが、視界に収めるよりも先に、ソレ(、、)感じ取った(見つけた)


「!?」


剛が上を見ると、不自然にも小さな鳥のような生き物が剛たちの上空を旋回し続けている。


「あれは?」



――疑似的な生命(いのち)を形作る術式。視覚情報の共有能力あり。



「っ!?」


また、先ほどのような情報(イメージ)が浮かび上がる。


そして、相手の正体をなんとなく理解した。


(式神と共有した視界内に何らかの遠距離攻撃を加えられる魔術師か!?)


剛の予想通りであるならば、近くに術者本人がいる可能性は低い。


術者を潰すことが出来ない以上、攻撃をやめさせるには、あの式神を潰すか、式神の視界から身を隠すしかない。


「逃げるぞ!!禊!!」

「え?あ、はい!!」


剛は禊の手を掴み、建物の路地を抜けて、あの式神から逃げ始めた。






「はあ、はあ、はあ・・・・」

「はあ・・・・はあ・・・・」


二人は暫くあの攻撃から逃げ続け、あれから更に数回の攻撃を()(くぐ)り、ある路地の裏に身を隠していた。


あの式神も自分たちを見失ったのか、この路地に入ってから攻撃が止んでいる。


「・・・・」


剛は乱れた呼吸を整え、先ほどの状況を一つずつ整理していく。


先ほどからの攻撃を何度も(さば)いて確信したことがある。


幼いころから何度も見えていたあの青白い光は、おそらく魔力そのものの光。


そして、魔術を見た時に頭の中に鮮明に映り込んだ情報(イメージ)は魔術の術式の詳細で間違いないだろう。


どうやら、自分は魔力と魔術の術式を直接視ることができるようである。


可視光線と呼ばれるものがある。


文字通り、人間が肉眼で見ることができる光の波長で、人間は380nm(ナノメートル)~780nm(ナノメートル)までの範囲の波長の光を見ることができると言われている。


この範囲より小さい値が紫外線、大きい値が赤外線などと呼ばれ、普通は人間は見ることが出来ないが、一部の鳥や昆虫はこの範囲までも可視光線として捉えることができるらしい。


恐らく自分の眼もそれに似たようなものであろう。


思えば、剛が分家の子たちが禊に使っていた結界を易々(やすやす)と素手で砕けた――大人ですら余裕で拘束することのできる頑強さを持っているにも関わらずにだ――のも、なんとなく、結界を構成する一番弱い部分がこの眼に視えていたからではないのだろうか。


自身の能力をそのように予想した剛は、次に、襲撃者の正体とその目的を考える。


真っ先に思い浮かんだのは、自分の実家のお家騒動だ。


剛は、式神の視界に映る遠くのものにピンポイントで攻撃すると言った、まるで誘導ミサイルみたいな攻撃を行うことができる魔術を使える人物に何人か心当たりがあった。


しかし、家の事情は知っていたつもりであったが、“今の時代にそんなこと”とか“厨二乙”とか考えて、そこまで深く危険視していなかった。


根拠のない安心感で楽観していた結果がこの(ざま)である。


だが、そうともなれば、今までの襲撃は、下手をすれば自分も禊も両方が死にかねない危険性があったため、これでは剛派の犯行なのか、禊派の犯行なのか判別できなかった。


剛派の犯行ならば襲撃者に狙われる危険がある禊を置いて行くのは危険だし、禊派の犯行ならば襲撃に狙われる危険がある自分の(そば)に彼女を連れていくことこそ危険が高まる。


剛派か禊派か、あるいはまったく別の第三者か。


禊の安全を確保するためには置いていくのが最善なのか、連れていくのが最善なのか。


出口のない思考の迷宮に(はま)り、剛はどうすればいいのか分からなくなってしまった。


「あ、あの?」

「禊?」


ふと、禊の声にハッとする剛。


そうだ。彼女よりも年上の自分がこんなところで取り乱してどうする。もし襲撃者の狙いが禊だったら、彼女を守れるのは自分しかいないんだぞ!!こんなところで取り乱して、みすみす彼女を死なせる気か、この大馬鹿野郎!!


混乱していた心をそう言い聞かせて無理やり落ち着かせ、彼女に心配を抱かせないように、できるだけ優しい声色で話しかける。


「どうしたんだい?」

「せ、背中・・治療させてください・・・・」

「背中・・?・・・・()づっ!!」


禊に言われて初めて背中の痛みに気がついた。


剛に手を引かれて、後ろをついてきた禊には、その背中の生々しい傷がはっきりと見えていた。


背中の服は大きく破れ、アスファルトに擦り付けられた背中は擦り傷だらけで、非常に痛々しい光景であった。


いくら安全運転を心がけている公共バスとは言え、時速50km前後で走っていたバスから飛び降りたのである。


しかも、禊に怪我を負わせないように、自分が下敷きになり、そのまま転がってダメージを逃がすこともせずに全部背中で受け止めたのだ。


いくら外功で背中を保護していても、肉が()げ落ちていないだけでも奇跡である。


「治癒魔術は専門の知識が必要なのでまだ無理ですが、痛みを緩和するくらいなら、今の私にもできます」

「あ、ああ・・頼む」

「はい!!任せてください!!」


禊はその場に座った剛の背中に両手を貼り付け、治癒を始める。


(よくこの程度の怪我で済んだな・・)


そこまで、考えて少し疑問に思った。


(普通、この程度の怪我(、、、、、、、)で済むだろうか?)


この怪我と言い、先ほどからの襲撃と言い、本気で殺そうとしているにしてはなんだか自分が負っている怪我の具合がぬる過ぎることに、剛は少し疑問を覚える。


(俺の眼のことが計算外だったのか?)


確かに本人ですら先ほどようやく気がついた事実を計算に含んだ計画を立てるのは困難であろう。


しかし――――。


「はい。ひとまず痛み止めは完了です」


そうこうしているうちに、禊の治癒が終わった。


「ありがとう。よっこらせっと・・」


剛は立ち上がる。


「とりあえず、いつまでもここにいられない。路地を出たら全速力で屋敷に急ぐ。縮地を全開で使うからしっかり捕まってろよ」

「はい」


そう言いながら路地の出口を目指し――――。


「なっ!?」

「あ、お兄ちゃん!!」


剛は地面に突如として現れた門に片足を踏み込み、抵抗する間もなく落ちていった。


補足:富陽学園は一般的には金持ちの子女が通う名門校とされているが、実は魔術師の家系の子女たちが魔術を学ぶための学校である。

初等部から高等部までの一貫式の学校で、初等部と中等部は同じ敷地にあるが、高等部だけ他とは違う敷地に存在する。

これは高等部から本格的に魔術関連の授業が行われるのと、高等部から新しく入ってくる編入生が多くいるため、より広い土地が必要になるためである。

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