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旧作3-1  作者: 智枝 理子
Ⅶ.紅血の源
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142/149

152 包んで

「お前、こんなところに顔出してる暇あるのか?」

「アルベールこそ。大陸会議だって言うのに、なんで執務室に居るんだ?」

「今は昼の休憩時間だぞ」

 もう昼か。

「休憩してるように見えないけど」

 いつもみたいに、机に向かって書類と向き合ってる。

「そこのサンドイッチは食って良いぞ」

「ん」

 薄切りにしたカンパーニュのサンドイッチだ。

 マスタードが効いてて美味い。

「アレクの予定ってわかるか?」

「暇なんてないぞ。急ぎの用事でもあるのか?」

 封印の棺の話をしたかったんだけど。日中は無理そうだな。

「朝一か夜に会いに行くよ」

「その方が早いだろうな」

 ベルトランの机に行って、資料を見る。

「これが完成したやつ?」

「そうだ」

「エルロック様。お皿をどうぞ」

 ソフィーが、横にサンドイッチの乗ったワゴンを置く。

 資料は……。

「椅子をどうぞ」

 必要な情報は揃ってるな。

 俺の意見も上手くまとめてくれてる。

「エルロック。食べるか読むか、どちらかにしろ」

 流れも悪くない。

「まったく、お前は……」

 すごく良い資料だ。

「コーヒーをどうぞ」

 序盤の話が早々にまとまれば、もう少し突っ込んだ話し合いも可能だ。

「これの次に話し合う内容って、作ってるのか?」

「いくつかのパターンを想定している」

 出された書類を見る。

 ……十分だな。

 内容を詰めれば、もっと良いものに仕上がっていくだろう。

 大きなため息が聞こえて、アルベールの方を見る。

 色々抱えてるみたいだな。

「手伝うか?」

「今日の分は間に合ってるから良い。休み明けがな……」

 そういえば、明日は休みだ。

 ノックの音が鳴って、ソフィーが扉の方へ行く。

『レオナールと、グエンダルだ』

 ソフィーの案内で、二人が部屋に入って来た。

「あれ?エルも仕事をしていたんだ」

「資料を見に来ただけ」

「相変わらず仕事熱心だね。いつ帰ってくる予定なんだい」

「出発は十六日だけど、帰りはわからない」

 行きは、デルフィの力を借りれば、すぐに神の台座に着くと思うけど。

 適当な精霊だから、帰りも同じ方法が使えるとは限らない。

「ゆっくり帰って来ても大丈夫だよ。今の予定だと、会議は半月以上はかかりそうだからね」

 持ち込みの議題があったのか。

 元々、十日から一か月は見てるって言っていたし、その範疇に収まれば良い方なんだろう。

「レオナールも会議の手伝いをしてるのか?」

「雑用だよ」

「雑用?レオナールが?」

「機密文書が増えてるからね」

「そんなの、信頼できるメイドか侍従に任せれば良いだろ」

 レオナールの手が空いてるなら、アルベールだって任せたい仕事が山ほどあるはずだ。

「良いのか?アルベール」

「レオの仕事は、俺の補佐じゃないからな」

 そんなこと言ってる余裕があるのか?

「心配しなくても大丈夫だよ。僕が歩き回ってる方が、足を引っ張る貴族が減って、兄さんも仕事がしやすくなるんだ」

 そういうわけか。

 この忙しい時に……。

「人事の問題が深刻過ぎるな」

「これでも、リリーシアのおかげで楽になったんだよ」

「純血の会の件?」

「それもあるけど。リリーシアは、皇太子殿下の諜報部に居たと思われてるみたいでね」

「はぁ?」

 それ、シャルロのことだろ?

 レオナールが、くすくす笑う。

「ほら。リリーシアって、突然、現れるから。どこに潜んでいるかわからないって」

 確かに。

 いつも突然居なくなって、思いがけない所から出てくるからな。

 アレクがリリーに関する情報を錯綜させてリリーの存在をぼかしたせいで、得体の知れない感じをずっと引きずってるんだろう。

「エルが引っ掻き回してくれたのも助かったよ」

「引っ掻き回した?」

「ベルトランのことだよ」

 勝手な人事異動のことか。

「ベルトラン、悪かったな。大して調べもせずに決めつけて」

 仕事をしていたベルトランが顔を上げる。

「謝罪はもう受けている」

 謝ったっけ?

「もしかして、エルは何も聞いてないのかな」

 レオナールがアルベールを見る。

「あれのことなら話してないぞ」

「何の話だ?」

「陛下への直訴があったんだよ」

「直訴だって?」

「あの件の貴族たちの反発は、かなり大きかったんだ。人事の変更を行ったのは兄と皇太子殿下だけど、原因を作ったのはエルに違いない。権力乱用だって、陛下への直訴があったんだ」

 そんな大事になってたなんて。

「けれど、陛下からのお咎めは一切なかった。その事実は、貴族たちにとって、かなりのダメージだったんじゃないかな」

「……なんで」

 強引な人事だったのは誰が見ても明らかなのに。

「この期に及んで陛下に泣きつくなんて情けない真似をするから見放されたんだろ」

「ろくに仕事も出来ない人間の意見なんて、何の価値もないからね」

 アレクも、アルベールもレオナールも考えは同じ。

 仕事が出来ない貴族を排除する方向に動いてるっていうのは、貴族連中も気づいてるんだろう。

 そして、今回の直訴を陛下が無視することで、陛下が次の世代の動きを容認する立場であることも明らかになったんだ。

 純血の会も潰したし、今、城内の人事は大荒れなんだろうな。

 大陸会議だって言うのに。

 ……いや。火付け役は俺か。貴族でも何でもない立場の人間が貴族の立場を脅かしたんだ。荒れるに決まってる。

 レオナールが城内で動き回ってるのは、貴族や事務官たちの仕事ぶりを計ってるってところか。大陸会議後、大掛かりな人事改変をやるつもりなんだろう。失職とまではいかなくても、降格や異動は多そうだ。

 顔を上げると、何故か二人が笑ってる。

「まぁ、この結果は、陛下も予想されていなかったかもしれないけどね」

「結果?」

「お前がベルトランを連れてきた時は、皆、驚いたんだぜ。引っ掻き回すにもほどがあるって」

「適任だったんだから、当然だろ?」

「そうだね。僕たちも良い勉強になったよ。……そろそろ行かないと。エルも、誰かに伝言があるなら預かるよ」

 伝言か。

「アレクへの伝言を頼めるか?」

「もちろん」

「なら、出発前に会いに行くって伝えてくれ」

「わかった。今日中に伝えておくからね」

「ん」

 だったら、夜に時間を作ってくれるかもしれない。

 今夜、会いに行こう。

「エルは、ディーリシアという女性を知ってるかい」

「知ってる」

 セルメアに居るリリーの姉。

 なんで、レオナールが知ってるんだ?

「セルメアの使節団の護衛としていらっしゃっていてね。マリーが興味を持って、うちに招いたみたいだよ」

 マリー。良く、ディーリシアがリリーの姉妹だって気づいたな。

 リリーから聞いてたのか?

「今頃、一緒にランチをしてるんじゃないかな」

 姉妹で会える場を設けてくれたのか。

 リリーも会えたかな。

 ……五人も揃えば、賑やかそうだ。

 

 ※

 

 城を出て、オルロワール家へ。

「メラニー、リリーは居るか?」

『居ないな』

「メルリシアも?」

『居ない』

 午後の会議も始まってるし、全員、移動済みか。

 なら、真っ直ぐガラバドの屋敷に行くかな。

 屋敷の裏へ続く道を進む。

 

『ナインシェだ』

 ナインシェ?

 見える範囲にマリーは居ないけど。

『エル!待って!』

「どうしたんだ?」

『リリーが忘れ物していったの。今、持ってくるから、待っててくれる?』

「良いよ」

 なんだ。俺を呼びに来ただけか。

「忘れ物って?」

『バスケットいっぱいの野菜とか』

 市場で買ったものか。

 買い物帰りにオルロワール家に寄って、姉妹と会うのに荷物を預けて、そのまま忘れたってところか。

 ここからなら使用人用の裏口が近い。そこで待ってよう。

「ディーリシアを見つけたんだって?」

『リリーのお姉さん?ほら、緑の髪だし、クレアかなって見てたら、リリーみたいに目が合ったのよ。話しかけたら、彼女の精霊がリリーの姉妹だって教えてくれたの』

 ナインシェが見つけてくれたのか。

「リリーも会えたのか?」

『えぇ。五人でゆっくりしたはずよ』

 良かった。

 ……あ。

「あれって、ヴィエルジュの大樹だよな」

『そうよ』

 前にリリーが出てきたところ。

 あれを使えば……。

 裏口に着いたところで、マリーとロジーヌが出てきた。

「エル。……ナインシェ、ありがとう」

『えぇ。間に合って良かったわ』

 ロジーヌがバスケットを二つ持ってる。

「エルロック様。こちらが、リリーシア様からお預かりしていた品でございます」

 こっちが、リリーの買い物。

 ……随分、買ったな。

「そっちは?」

「リリーシア様が当家でお焼きになられたブールとショコラティーヌでございます」

「おぉ」

 ショコラティーヌも焼いたのか。帰ったら食べよう。

 っていうか、すごい量だな。一体、何人分……。

 あ。そういえば、あの家には今、子供がたくさん居るんだっけ。食べ盛りの子供なら、これぐらいの量は必要だな。

「エル。明日は見送りに行く予定よ。何か必要なものはある?」

 装備は、充分揃ってる。

「別にない。今夜、ヴィエルジュのところに来るかも」

「構わないけれど……。メルリシア姫のお部屋が近いのだから、騒ぎは起こさないでね」

「なら、衛兵に伝えておいてくれ。裏口から入る」

「わかったわ」

 闇の魔法は使わずに、堂々と入ろう。

「薬は足りてるの?魔法の玉は?」

「足りてるよ」

 薬は錬金術研究所で山のように貰ったし、魔法の玉だって手持ちは充分ある。

「熱気球には、魔法の玉の中玉と大玉も積む予定よ。知ってる?」

「中玉って、この前、セリーヌが熱気球飛ばすのに使ってた奴だろ?」

「そうよ」

―そう。中玉サイズよ

―日常使っているのが小玉。これが中玉よ。

 あれは、片手で持てるぐらいの大きさだった。

「大玉は知らない。どれぐらいだ?」

「両手に乗るぐらいよ」

 マリーが、両手で何かを包むような仕草をする。その大きさだと、中玉と大して変わらないように見えるけど。両手で持たなければならないサイズって意味なら、かなりでかい。

「そんなの、どうやって使うんだよ」

「大玉は逃走用よ。王都中に広がるぐらいの量の煙幕を詰め込んであるわ」

「は?」

「それを二つ用意してる」

「二つも?」

 何考えてるんだよ。

「中玉には、すべて癒しの魔法を詰めてある。光の魔法、水の魔法、大地の魔法の三種類。色でわかるようにしてるわ」

 黄色、青、緑か。

 でも。

「それ、わざわざ中玉に詰める必要あるのか?そんなもの割ったら、辺り一帯が癒しの空間になるだろ」

「致命傷を負った時に即効性があるわ。確実に一命をとりとめることが出来る。……私たちのサポートの目的は、戦うことじゃないのよ」

 魔法の玉は、魔法を閉じ込めておく為の錬金術の道具。

 一般的に使われる小玉サイズならともかく。この前、セリーヌが熱気球に使ってた中玉サイズは、熱気球を安定飛行させ続けられるぐらいの炎の魔法が込められていた。

 大玉サイズになれば、それ以上……。普通の人間が魔力を枯渇させるレベル、いや、複数人による魔法が込められている可能性もある。

 それをすべて、逃走手段に割り振るなんて。

「勝つ為の支援じゃないのかよ」

「勝つ為の支援よ。だって、二人が帰らなければ私たちの敗北だもの」

 どいつもこいつも、負ける心配ばかりしやがって。

「心配しなくても、ちゃんとリリーと帰って来る」

「……信じてるわ」

 

 ※

 

「ロドリーグ、シメーヌ」

 ガラハドの屋敷に入ると、二匹の犬が元気良く走って来た。

「悪いな。今日は、お前たちに土産はないんだ」

 リリーに干し肉も頼んでおくんだったな。

 バスケットを取られないように高く上げて、二匹を撫でる。

「エル!」

「ファル、プリュヴィエ」

 二人が走ってくる。

「おかえりなさい、エルロックさん」

「ただいま」

「良い匂い。何を買って来たんだ?」

「鼻が良いな。リリーが焼いたショコラティーヌだよ」

「リリーシア?何も持ってなかったぞ」

「オルロワール家に忘れて行ったんだよ。丁度、お茶の時間じゃないか?」

「おやつだ。リュー、行こうぜ」

「待って。ちゃんと二匹を連れて帰らなきゃ」

「わかったよ」

 二人がロドリーグとシメーヌを犬小屋に連れて行く。

 あれだけ動き回れば、腹も減るだろう。夕飯もたくさん作らないとな。

 

 ※

 

 屋敷の中に入って、台所へ行く。

「おかえりなさいませ、エルロック様」

「ただいま、ブリジット」

 バスケットをテーブルに置いて、ショコラティーヌを出す。

「リリーが焼いたショコラティーヌを持ってきたんだ」

「まぁ、素敵」

「お茶の時間だろ?もうすぐファルとプリュヴィエも来るはずだから、皆で食べよう」

「かしこまりました。そちらは?」

「夕飯の材料。今日は、俺とリリーで作るよ」

「それは楽しみですね。何かお手伝いいたしましょうか?」

 手伝いは必要なさそうだけど……。

「ミンサーはあるか?」

「ございますよ」

 そう言って、ブリジットがミンサーを出す。

 他に必要な道具は、見える場所に揃ってるな。

「何人分作れば良い?」

「フランカ様、ファルクラム様、プリュヴィエ様。ルイス様とキャロル様。そして、リリーシア様、エルロック様ですね」

「八人分か。ガラハドは?」

「本日は、お帰りのご予定はございません」

 連絡がない限り、帰って来ないのが当たり前らしい。

「作り過ぎたら、次の日に適当に加工してくれ」

「かしこまりました」

「じゃあ、ルイス達を呼んでくる」

「はい。お茶を御用意してお待ちしておりますね」

 

 ※

 

 メラニーに居場所を聞いて、一階にある部屋へ。

 鍵付きの部屋だ。

 ノックをして、扉を開く。

 鍵はかかってないらしい。

「エル」

「エル、おかえりなさい」

「おかえりなさい、エル」

『おかえりなさぁい』

『おかえり』

『おかえりなさい』

「ただいま」

 薬の臭いがする。

 薬品の保管の為に鍵つきの部屋を使ってるのか。

「リリーが焼いたショコラティーヌを貰って来たんだ。お茶の時間にしよう」

「リリーのショコラティーヌ?」

「良いね」

 テーブルの上には、錬金術の道具も並んでる。

 ここで研究もしてるのか。

「あっ」

『あ』

「どうしたの?リリー」

「私、オルロワール家に忘れ物……」

『全部置いて来ちゃったね』

 イリスも忘れてたのか。

「全部持ってきたよ」

「ありがとう」

『オルロワール家に寄ったの?』

「私、ブリジットを手伝ってくるわね」

『ディーリシアが来ていると聞いたからな』

「僕も、すぐに行くよ」

『どこで聞いたの?』

「ふふふ。早く来ないと、なくなっちゃうわよ」

『城だ』

 なくなるのは困る。

「キャロル。俺の分も残しておいて」

「わかったわ」

 部屋を出るキャロルを見送って、机の上にある薬を見る。

「エリクシールは完成させたのか」

「これは試作品。エルには、もっと完璧なものを提出するよ」

「頼もしいな」

「課題だからね」

 でも、もう一つの課題には苦戦してるらしい。

 机の上のノートからは、試行錯誤の跡が読み取れる。

「未知のものを作れって課題じゃないぞ」

「大丈夫。……作りたい薬を思い出したんだ。だから、それに挑戦してみる」

 答えを見つけたか。

「楽しみにしてるよ」

 この分なら、思った以上に早く課題をこなしそうだ。

「明日の予定は決まったのか?」

「家具は見に行かないことになったよ」

「なんで?」

 せっかく、家族で過ごせる休みなのに。

「部屋割りを決めるのが先だよ。そうしないとイメージできないからね。それに、キャロルは今のが気に入ってるから、新しい家に持って行きたいみたいだよ」

「荷物を運ぶ予定はあるけど……」

 ベッドを運ぶとなると、大きな荷馬車が必要だな。薬も運ばないといけないから……。

 ん?良く見たら、この部屋にあるものって、資格がなければ取り扱い出来ない劇薬ばかりだ。貴重品も含めて、どれも俺の家にあったもの。

「薬、移動させたんだな」

「引っ越しも決まったし、置きっぱなしも危ないからね。少しずつ運んでるんだ」

 ちゃんと、優先順位を理解して持ってきてるみたいだな。

「危ないのは……」

「ちゃんと、研究所の人に手伝って貰ったよ」

 危機管理も出来てるか。

 心配なさそうだな。

「片付けも終わったし、僕、ショコラティーヌを食べに行くけど、まだ居る?」

「あぁ。先に行っててくれ」

「わかった。部屋を出る時は鍵をかけてね」

「ん」

 鍵を置いて、ルイスが部屋から出て行った。

「ただいま」

「おかえりなさい、エル」

 リリーの隣に座る。

 今、リリーと一緒に居るのは……。

「イリス、ユール、アンジュ」

『何?』

『はぁい』

『どうしたの?』

「バニラとナターシャは居るか?」

『居ないよ』

 まだ帰ってないか。

「バニラ、ナターシャ、来い」

 二人が目の前に現れる。

「おかえり」

『ただいま、エル』

『ただいま』

 二人が顕現を解く。

 これで、全員帰って来たな。

 ソファーに横になってリリーの膝に頭を置くと、リリーが俺の頭を撫でる。

 気持ち良い。

「魔法の練習、大変だった?」

 そういえば、リリーには魔法の練習をするって言ってたっけ。

「予定を変えて、ルネに教わりに行ってきたんだ」

「え?ロマーノに行ったの?」

「あぁ」

 手を軽く挙げて、指先から月の糸を出す。

「綺麗な糸」

 リリーが糸の先端を指で絡めとる。

 すると、糸が赤色に変わった。

 ……リリーの魔法?

「今、何を考えてたんだ?」

「赤い糸みたいって……」

「赤い糸?」

 急に腕を引いたリリーに、手を引っ張られる。

「ごめんなさい」

「良いよ」

 強く張った糸を弾く。

 伸縮性っていうか、弾性が強い糸みたいだな。

「赤い糸って?」

「エルは、知らないの?」

「精霊の傷?」

「え?」

 違うらしい。

「あの、精霊の傷じゃなくて……。運命の人とは見えない赤い糸で繋がってるって話があるんだ」

「物語?」

「物語じゃなくて、言い伝え?」

 言い伝えか。

 魔法を解いて、リリーの手を捕まえる。

「糸なんてなくても捕まえるし、離さないよ」

 だから、傍に居て。

 今、こうして居るのは、運命なんかじゃない。

 自分の意思で選んだからだ。

「明日の予定はどうする?何をしたい?」

 家具を見に行くのは断られたからな……。

「あのね、ユリアが、皆で音楽院においでって言ってたの。キャロルも音楽院を見学したいって言ってたし、エルの先生も居るからって」

「先生?」

 誰のことだ?

「バイオリンの先生だって言ってたけど……」

 まさか。

 体を起こして、リリーを見る。

「ヴュータン・ソーレ?」

「名前は聞かなかったけど……」

『たぶん、そうじゃないかしらねぇ?』

「会いたい。会いに行こう」

 懐かしい。

 学生時代にバイオリンを教わった先生だ。

 王都に来てるのか。

「今日は、後でアレクに会いに行く予定なんだ」

「アレクさんに?」

 ついでにバイオリンも持ってこよう。

 アレクが保管してるはずだ。

「オルロワール家にあるヴィエルジュの大樹を使う予定。夜中になるけど、一緒に行くか?」

「えっ?」

 リリーが驚く。

 そんなに驚くことか?

「えっと……。一緒に行っても良いの?」

「あぁ。封印の棺のことを話さないといけないからな」

 出発までに相談しておかないと。

「わかった。一緒に行くね」

「ん。じゃあ、ショコラティーヌを食べに行こう」

「うん」

 楽しみだ。

 

 ※

 

 台所に居たのは、キャロルとプリュヴィエだけ。早々に食べ終えたルイスとファルは、フランカにショコラティーヌを届けに行ったらしい。

 サイフォンを出して、コーヒーの準備をする。

「今日は、何を作るの?」

「ロールキャベツだよ」

「わぁ。楽しみ」

 炎の魔法で、ランプに火を灯す。

 お湯が沸くまでの間、材料を確認しておくか。

「そういえば、プリュヴィエは、食べられないものないのか?」

「辛いのは少し苦手です」

「ファルも苦手みたいだったわ。でも、他は大丈夫じゃないかしら」

「ん。わかった」

 辛い物を作る予定はないけど。スパイスを使う時は気を付けよう。

 バスケットの中身は、肉と……。

 あれ?この卵ケースに付いてるマークは……。

「その卵は、生食出来る卵だよ。市場で、デュグレさんから貰ったの」

 やっぱり。

 デュグレから貰ったなら、城でも使ってる奴だろう。

「そんな卵があるの?」

「一般には、あまり出回ってないけどな」

「高級な卵なのね」

 生食可能な卵には、品質を示す特別なマークが付いてる。高級レストランを中心に、料理屋にしか出回らないものだ。

 せっかくだから、生卵を使うソースでも作るかな。

 野菜は……。

「シューブランにしたのか」

「シューブラン?」

「品種改良された白いキャベツだよ。使うのは初めてだな」

 柔らかい葉だ。ちぎって、一口食べてみる。

「使えそう?」

「あぁ」

 いつものキャベツと味が違うけど、クリームソースに合いそうだ。葉も大きいから肉も問題なく包める。

 後は、玉ねぎとじゃがいも、蕪、カリフラワー。

 つまり。

「ブランケット・ド・シューブラン・ファルシってところか」

「どういう意味?」

「今日のコンセプトは、真っ白ロールキャベツなんだろ?」

「うん」

 全部、白で統一させたロールキャベツ。

「面白いわ。今日は、クリーム煮込みにするのね。何か手伝うことはある?」

「そうだな……」

 量が多いから……。

「じゃがいもの皮の処理を任せても良いか?」

「良いわよ。リューもやる?」

「私、料理はしたことなくて……」

「大丈夫よ。教えてあげる」

「怪我しないようにな」

「はい」

「はーい」

 二人が、じゃがいもをバスケットから出す。

「エル、コーヒーが入ったよ」

「ん」

 リリーがテーブルにコーヒーとショコラティーヌを並べる。

 そういえば、サイフォンの準備をしたままだった。リリーがコーヒーを仕上げてくれたらしい。

 一緒に席に付く。

「いただきます」

「いただきます」

 良い香り。

 まだ、サクサクとした食感が残ってる。

 香りも良いし、本当に美味い。

「美味しい?」

「あぁ。すごく美味いよ」

 コーヒーにも合う。

「ディーリシアの為に焼いたのか?」

「えっと……。作った時は、イーシャが来るなんて知らなかったの」

 ディーリシアの情報、知らなかったのか。

「隊長さんの家に帰る途中、オルロワール家の中を通ってたら、ポリーからランチに誘われて。メルが帰るまでオルロワール家で待つように言われて……。その間、ジョージにショコラティーヌの作り方を教えることになったから、いっぱい作ることになったんだ」

 暇つぶしで、こんなにたくさん作ることになったのか。

「だからね。これは、エルに食べてもらいたいなって思って作ったの」

「俺に?」

「うん。前に作ったのも食べてくれたって聞いたから」

 リリーが微笑む。

 確か、マリーに持って行く為に、エミリーと一緒に作ってた奴だよな。

『美味しそうに食べてたものねぇ』

『そうだな』

「前に食べたのも美味かったよ。パルミエもリリーが作ったのか?」

「うん。食べてくれたんだ」

「あぁ。美味かったよ」

「甘くなかった?」

「気にならなかったな」

 美味かった覚えしかない。

 リリーが俺の方を見る。

「どうした?」

「食べたいお菓子、あるかなって」

 食べたい菓子……?

「なんでも良いよ」

 リリーが作りたいものを好きに作れば良い。

「リリーが作るものは、どれも美味いからな」

 リリーが、少し照れたように俯く。

「ありがとう」

 ……可愛い。

 

 ※

 

 シューブランは、鍋の半分ほどまで水を張って蓋をし、丸ごと蒸すように煮る。

 カリフラワーも下茹でしておくか。他の野菜は、一口大の大きさに切って……。

 量が多過ぎるな。

「リリー。じゃがいもは、別のメニューにして良いか?」

「うん。良いよ」

 皮を剥いたじゃがいもを別の鍋に入れる。このまま蒸かそう。

 早々に手伝いを終えた二人は、もう遊びに出かけてしまった。キャロルも、年の近い友達が出来て楽しそうだな。

「エル、ひき肉が出来たよ」

 ボールの中には、リリーがミンサーで挽いてくれた肉が入っている。その中に、炒めておいた刻み玉ねぎと、卵、調味料を入れる。

「続きは任せても良いか?」

「たくさん捏ねれば良いんだよね?」

「あぁ」

 かなりの量だけど。リリーなら上手く捏ねられるだろう。

 残りの野菜を切って、火にかけていたシューブランの様子を確認する。

 芯まで火が通ってるな。

 取り出して、包むのに使う葉を剥がして並べる。

『ルイスとファルが帰って来たな』

「ただいま」

「ただいま。何やってるの?」

「おかえりなさい。ルイス、ファル」

「おかえり。夕飯を作ってるんだよ」

 二人が、テーブルの様子を眺める。

 葉は、二十枚ぐらい用意しておけば足りるかな。

 残りは、刻んで具にしよう。

「エル、こんな感じで良い?」

 リリーがボールを見せる。

 良い仕上がりだ。

「良いよ。十六個に分けて、シューブランに乗せていって」

「わかった」

 リリーがボールの中で、具材を等分に分けていく。

 手慣れてるな。

「ルイス。左のポケットから鍵を出して」

「わかった。預かるね」

 ルイスが、薬の部屋の鍵を取り出す。

「エル、十六個で良いんだよね?」

「あぁ」

 リリーが置いてくれた肉を、シューブランで包む。

「おー。面白そう」

「やるか?」

「やる!」

「ファル、料理をするなら、手を洗おう」

 ルイスとファルが手を洗って、作業台の前に立つ。

 やる気を出してるな。

「準備出来たぞ」

「まず最初は、こんな風に丸めて、右側を折り込んで……。くるくる巻く。巻き終わったら、左側を詰めるんだ」

「了解」

 ファルが、器用にシューブランを巻いていく。

 覚えが良いな。

「最後は?」

「端を、こんな風に中に……。出来るか?」

 ファルが小さな手で、ロールキャベツを完成させる。

「これで良い?」

「良いよ」

 充分だ。

 本当に器用だな。

「僕もやるね」

「じゃあ、残りは任せる」

「あっ、破けた」

「破けたら、他の葉を使って良いよ」

 包む為の葉は、多めに用意してある。

「じゃあ、こっち」

 ファルが、別の葉に包んでいく。

「エル、その鍋も洗って良い?」

「いや。これは、このままロールキャベツを敷き詰めるんだ」

 シューブランを茹でた鍋は、余った煮汁ごとそのまま使う。

「じゃあ、出来上がったのを入れて行くね」

「巻き終わりが下になるように並べて」

「わかった」

 そう言って、鍋をリリーが持っていく。

 なら、ホワイトソースを作るかな。

 クリーム煮込み用のレシピで材料を計量して、バターを火にかける。小麦粉を滑らかに合わせて、ミルクを加えて、手早く伸ばす。

「エル、出来たぞ」

 鍋の中いっぱいにロールキャベツが綺麗に並んでる。

「上出来だ。綺麗に包んだな」

「まぁね」

 リリーが鍋をコンロの上に置く。

「あー。疲れた」

「まだ手伝う?」

「いや。後は煮込むだけだから良いよ」

「わかった」

 ルイスとファルが手を洗いに行く。

「リリー、皿取って」

「うん」

 じゃがいもが、そろそろ蒸し上がりそうだ。

 蓋を開けて、リリーが出してくれた皿に四つ取り出すと、リリーがバターを用意してくれた。

 流石だな。

 バターを乗せて、完成。

「ルイス、ファル。手伝いの礼だ」

「蒸かしいも?」

「あぁ」

 ルイスに皿を渡す。

「おー。美味そう」

「キャロルたちと食べて」

「ありがとう。食堂で食べようか。ファル、フォークを出して」

「了解」

 食器を持って、ルイスとファルが台所を出る。

「リリーも食べるか?」

「今は、お腹いっぱい。蒸かしたいもって、何に使うの?」

「このまま水分を飛ばして、粗く潰してサラダにするんだ」

「サラダ?」

「せっかく生で使える卵があるからな」

 卵を卵黄と卵白に分けて、材料を計って……。

 そういえば、ファルとプリュヴィエは辛いのが苦手って言ってたっけ。マスタードは少なめにするか。

「卵黄と卵白って、両方使う?」

「卵黄だけ」

「じゃあ、卵白は貰っても良い?」

「何か作るのか?」

「うん。お菓子を作ろうと思って」

「じゃあ、任せるよ」

「ありがとう」

 リリーが卵白の入ったボールを持っていく。

 甘いものなら、子供も喜ぶだろう。

 

 ※

 

「いただきます」

 席についた子供たちが、早速、食事を始める。

 シャルロの家から帰ってきたフランカと、ルイス、キャロル、ファルとプリュヴィエ。そして、ブリジットに俺とリリー。

 こんなに賑やかな食卓も久しぶりだな。

「ブリジットも座ってくれ」

「食事のお手伝いがありますから」

「今日は俺たちがやるよ」

「美味しく出来てるので、温かい内に食べて下さい」

 リリーがブリジットを席に座らせる。

「では、いただきますね」

 丁寧に手を合わせて、ブリジットが食べ始めた。

「リリーも座って。一緒に食べよう」

「うん」

 白い野菜と一緒にホワイトソースで柔らかく煮込んだロールキャベツ。

 スプーンで切って、一口食べる。

 クリーム煮も美味いな。シューブランを選んだのも良かったんだろう。思った以上に合う。

「可愛い」

 カリフラワーの芯を星形に切ったものをリリーが食べる。

「カリフラワーだ」

「あぁ。芯を星形に切ったんだ」

 リリーは、こういうのが好きそうだから。

「今日のメニューに白い野菜を選んだのはね、この前食べたカリフラワーのポタージュが美味しかったからなんだ」

「あれが食べたかったのか?」

 全然違う味付けだ。

「違うよ。味までは考えてなかったから。エルと一緒に作るのが、どんなのになるか楽しみだったんだ」

「気に入った?」

「うん。すごく美味しい」

 リリーが微笑む。

 その顔を見られるなら、十分だ。

「エル、このサラダに使ってるのって、何のソース?」

「すごく美味しいね、これ」

「マヨネーズだよ。生卵で作るんだ」

「えっ」

 急に、何人かの手が止まる。

「心配しなくても、生で食べても平気な卵だ」

「さっき話してた高級卵ね」

「本当に大丈夫なのか?」

「心配症だな」

「ファルは一度、生卵に当たってるんだ」

 フランカが答える。

 そういうことか。

「ビネガーも充分使ってるから、腹を壊すことはないぞ」

 卵に付きやすい菌は、危険な菌として有名だ。生食可能な卵は、菌を寄せ付けない環境で管理し、殻を洗浄殺菌した、衛生基準を満たしたものを指す。

 と言っても、マヨネーズは、配合と調理法に気を付ければ、滅菌して作ることが可能なソースだ。

「なら、おかわり」

「あ、私がやるね」

 リリーがファルの皿にポテトサラダを盛る。

 まだ、皿にはロールキャベツも残ってるけど。余程、気に入ったらしい。

「これ、開けても良いか?」

「あ、それは……」

 ファルが、テーブルの中央に置いてあった皿の蓋を取る。

「何これ?」

「ダコワーズだよ。メレンゲのお菓子なんだ。ショコラとナッツのスプレッドと、ミラベルのジャムを加えた生クリームがあるから、好きな方を付けて食べてみて」

「美味そー」

 ブリジットが、すかさず蓋を閉じる。

「お食事が終わってからですよ。後で、お茶をお淹れ致しましょう」

「もう終わるって」

「ファル、これぐらいで良い?」

「良いぜ」

 座ってサラダを食べ始めたファルを見て、ブリジットが食堂を出る。

 食事は始まったばかりだし、まだ、お茶の準備はしなくて良いと思うけど。

 子供が多いと、ゆっくりしてられないか。

 リリーの方を見ると、目が合う。

「皆、喜んでくれてるみたいで良かった」

「そうだな。また、一緒に作ろう」

「うん」

 楽しかったから。

 また、一緒に料理をしよう。



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