29.夜、庭園にて
夜の庭園は静かで、涼しかった。柔らかく吹く風が心地よく、心を落ち着かせてくれる。月も上り、星影は清かに瞬き、庭園の草花はその光を吸い込むほど暗く地面と溶け合った闇を抱いている。その闇の中で咲く花々は夜空の星に応えるように星影を受けて白く光る。闇に映える白は青みを帯びて、地上から空に光を返すように小さな星となって庭園に咲き渡っていた。
アメリアは足音も密かに庭園を歩く。待ち合わせたのはいつかバラを一緒に眺めた場所。クレマチスを纏ったバラの前に立ち、アメリアは深呼吸をする。
夜の冷たい空気の中に、ほのかにバラの香りがした。バラの香に心をほぐされながら、アメリアはコーネリアスを待つ。
かさりと、庭の芝生を踏む音がした。
アメリアが顔を上げれば、コーネリアスが真剣な面持ちで立っている。
「待たせてしまってすまない」
「いえ……」
コーネリアスの傷は大分癒えてきており、足取りもしっかりしている。コーネリアスはアメリアの前まで真っ直ぐに歩いてくると、向かい合ってアメリアを見つめた。
夜の中でも溶けない青に見つめられ、アメリアは視線をそらしたくなる。散々向き合う気持ちを固めてきたのに、本人を目の前にするだけでこんなにも気持ちが揺れてしまう。それだけアメリアはコーネリアスを意識しているのだ。
「アメリア」
コーネリアスに名前を呼ばれる。アメリアはそらしたくなった視線をしっかりとコーネリアスに向ける。
「はい、コーネリアス様」
「以前伝えた気持ちに、嘘偽りはない。私はあなたを好いている。誰よりも感謝したくて、大切なのだ」
「はい」
「……あなたの答えを、聞かせてくれないか」
緊張した面持ちのコーネリアスに、アメリアはふっと笑って答えた。
「そこまで緊張なさらなくて結構ですよ。私も、私の気持ちをお話ししたいと思っておりましたから」
アメリアはバラの前で仕方なさそうに眉を下げる。
「正直、怖いと思っていました。コーネリアス様の好意を受けることが」
ハッとするコーネリアスにかぶりを振ってみせ、アメリアは続ける。
「コーネリアス様がこわかったのではありません。周りの反応が怖かったのです。王子に取り入ったいかがわしい女、と思われるのが、怖かったのです」
「そのようなこと……そのようなことを言う輩など、いたとしても私が直々に」
「いいえ。そんなことをしなくても、私が強ければいいのです。私が強くあればそんなことなどなさらなくても、自信を持って立っていられる」
これを、とアメリアは手のひらを差し出す。コーネリアスが目を瞬かせる中、アメリアはそっと小さな炎の魔法を唱えた。
ほう、とため息をつくように小さな炎がアメリアの手のひらに灯る。コーネリアスが目を丸くすると、アメリアは前髪で隠していた右目をそっと覗かせた。その瞳は炎と同じように紅く爛々と輝いている。
「アメリア、これは……」
「私の正体です。十年前魔の大氾濫の時に魔物を焼き払った紅の魔女。それが、私なのです」
「な、あの伝説の魔女が、あなたであると?」
「ええ。ずっと身分を隠して参りましたが、あなたのお気持ちに応えるのなら、私も自分のことを話そう、そう思ったのです」
驚くコーネリアスに、アメリアは寂しそうに笑う。
「公にこそなりませんでしたが、民から手柄を独り占めにしようとする卑怯者と揶揄されておりました」
「かつて父上の書状に書かれていた、紅い瞳持つ炎の魔女……本当に……あなたの活躍譚は、いつも私の励みになっていた」
アメリアの言葉に、コーネリアスは首を振って答える。
「国を守るのであればかくあれと父上にいつも言われていたのだ……それが、あなただったとは」
コーネリアスは、ぐっと拳を握りしめた。




