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第八話 謎の男

後宮に入ったソフィア達を待ち受けていたのは宮廷のしきたりや行事などの勉強である。その勉強はもし側室になったら必要な知識ばかりだが、まだ側室が決定していない現在、必要になるかもわからない知識を勉強するのは正直面倒だとソフィアは思う。だがその勉強の姿勢が評価の対象になるのかすら分からない現状それをおろそかにも出来ず、ソフィアは今日も寝る間際までその勉強をする。

 夜遅くまで勉強していたソフィアは、睡魔が襲ってくるとベッドに潜った。ソフィアは寝つきが良い方だ。一旦寝てしまえばなかなか起きることは無い。普段はそうなのにその日は夜中に目が覚めた。また霊のせいかと思い、ソフィアはシーツをかぶって何とか寝ようとする。だがソフィアしかいない部屋に物音が響くとのんびりと寝ていられなかった。

 泥棒、夜盗、変態……そして幽霊。考えられる可能性がソフィアの脳裏に浮かぶ。ランプに明かりを点け物音の方に光を照らした。

 すると突然窓が音を立てて開く。一体何が窓から入ってくるのかとソフィアは恐怖よりも興味が勝ってそっと光を窓に向けた。そこにいたのはぐったりと横たわる黒髪の男。よく見てみると右腕を怪我して血が滴っている。かなり出血したようで意識もはっきりしていない様子だ。これ以上出血したら命に関わると思ったソフィアは何か傷口を縛る布を探す。そして新品の大きなハンカチを見つけるとそれで男の傷口を縛る。これで出血は止まるだろう。だが大分出血したらしく意識が戻るのに時間がかかりそうだ。

「この男をどうすればいいの?」

 ソフィアは疑問を口にして見るが解決策は思いつかない。しばらく悩んだ。この男を警備兵に突き出すべきかこのまま面倒を見るべきか。普段だったら絶対警備兵を呼んでこの男を捕まえてもらうのだが、ソフィアにはこの男の側でじっと自分を見つめてくる少女の霊の姿が見える。その霊はヨハネスの家でみた少女の霊と同じ存在だとソフィアには分かった。

『この人を助けてあげて』

 その少女の霊はソフィアに懇願してくる。

 正直勘弁してほしいとソフィアは思ったが、これを無視すると酷い目にあう事はすでに過去に経験済みだ。

昔、助けてほしいと夜な夜なやってくる霊がいた。正直霊助けなんてしたくなかったあの頃はその願いを無視し続けた。そうしたら酷い超常現象に襲われた。ナイフが自分に向かって飛んできた時はかなりまずい状況になったと感じた。まさか霊の願いを聞かなかったために殺されそうになるとは思ってみなかったのだ。その後、崖から落ちて死んでしまったその霊の遺体を見つけてあげて供養してあげると超常現象も収まった。それ以来霊がお願いしてくることは可能な限り叶えてあげることにしている。

助けてあげるにも警備兵を呼べないなら医師も呼ぶことは出来ない。呼んだとしてもその医師がこの人のことを黙っていてくれるとは思えない。つまりここに医師を呼んだらソフィアの立場が悪くなるのだ。そうなると分かっているのにそんな行動など出来ない。後宮に仮住まい中の身としてはこれ以上この男にしてあげられることはないのだ。だからこの男の意識が戻るのをひたすら待つしかない。

 しばらく考えた後、ソフィアはこの男を引きずってベッドの上に乗せシーツをかけた。

「とりあえず朝まで様子を見ましょう。もしそれでも意識が戻らないようなら警備兵に突き出すからね?」

 ソフィアはこの男についている少女の霊に言う。少女の霊もそれを納得したようでしばらく男を眺めた後、姿を消した。それを確認したソフィアは長椅子に横になり次第に襲われる睡魔に身を任せた。



 この国、ドルフェ王国の城下町の一角にその店はある。

『海鳥の歌』それがこの店の名前だ。店の名前のように海に関係している食事を出すわけではなく静かに酒を飲みたい人間に好かれるそんな店である。

「こんばんは、ジェイド」

 黒髪の男がジェイドの店に入ってくる。こんな上品な話し方をする奴は一人しか思いつかない。酒場なんかだと柄が悪い奴が多いが、こいつは初めてここを訪れた時から礼儀正しかった。

「久しぶりだな。元気だったか? アーロン」

 店主であるジェイドは店に入ってきた黒髪の男、アーロンに声をかける。

「まあまあかな? ジェイドはどうだい?」

「俺か? 俺は何時も通り元気さ。この前も礼儀をしならない酔っ払いを放り投げたところだ」

「おや、ジェイドの店でそんなことをする奴がまだいるのか?」

 今は酒場の店主をしているジェイドだが、若い時はその勇猛さで有名な冒険者だった。現役を退いてもなおその力は衰えることを知らず、そんなジェイドの店で乱闘騒ぎでもしたならしっぺ返しが来ることはこの近辺に住んでいるものなら誰でも知っている話だ。それを知らない人間がまだいたことにアーロンは驚く。

「先日他国からきたらしいぞ」

「ああ、どおりで。で、そいつらはどうなったの?」

「そんなの警備兵に突き出してやったぞ。頭が冷えるまで留置所から出られないだろうな」

 ジェイドはそう言うと大笑いをする。それを見てアーロンはジェイドだけは怒らせないようにしようと心に誓う。

「それで用件は何だ? お前が何の用事もなくここに来るわけが無い」

「酷い言い方だな。俺はそんな薄情な人間にみえるかい?」

「ああ、見えるね。そんな表情をしても俺は騙されないぞ」

 ジェイドはアーロンの顔を見てそう言う。アーロンの容姿は簡単に言えば良い男だ。優しげな雰囲気が女性の心をわしづかみにするだろう。だが本当のアーロンは無慈悲で、自分の行動に責任を持てない者には手を貸さないような奴だ。

 以前こんなことがあった。

 ジェイドがウェイトレスを一人雇った。その少女はとてもかわいいと評判の娘だった。名前をリュージュと言う。くるくる表情の変わる顔がとてもかわいくてすぐにこの店の看板娘になった。そんな娘は端正な顔立ちのアーロンに恋をした。それはとても子供っぽい恋だったが、それでもその少女にとっては真剣な恋だった。だがいくらアーロンにアプローチしてもアーロンはリュージュを好きになることはないし、必要最小限の会話しかしようとしなかった。だからリュージュは最終手段に出た。自分が男に言い寄られて困っていたら助けてくれるだろうと、助けてもらった時に迫ればきっと断わることなどしないだろうとも考えたようだ。「既成事実を作ればきっとアーロンは私に振り向いてくれる」そう考えたリュージュはアーロンが店に来る日を見計らって計画を実行した。

 結果は最悪の事態になった。助けを求めるリュージュをアーロンはチラッと確認すると無視して去って行ったのだ。こんなに困っているのに助けることなどしないアーロンにリュージュはただ呆然とするしかなかった。そしてそんな時にこそ悪いことは起こるものだ。本当に柄の悪い人間にリュージュは襲われた。ボロボロになって翌朝に発見されたリュージュをジェイドは労わったが、リュージュのショックは癒されることはなく店を辞めて行った。

 どうしてアーロンは助けなかったのか? 後日ジェイドはアーロンに聞いた。

「だってあれってやらせだろう? そんなのに付き合っていられないよ」

確かにあの時はやらせだったが、その後本当のごろつきに襲われた事を話すとアーロンはこう言った。

「自業自得。まあ本当に襲われているときに通りかかったら助けたけど、その時いなかった俺を責められても困るよ」

 確かに自分が知らない間に起こったことについて責められる筋合いはない。だが少し薄情じゃないだろうかとジェイドは思う。

「俺は薄情なの。他人の幸せを祈っている聖職者じゃないし、それに俺、女には興味ないんだ」

「……そっちが好きなのか?」

 ジェイドは意外そうな顔をする。

「違うって。俺にとって好きな女以外は興味無いってこと。男にはさらに興味は無いよ」

「ふーん、そうか。不健全な生活を送っているんだな」

 ジェイドの哀れみをかける視線にアーロンはいたたまれない気持ちになる。

「俺は健全だぞ。好きな女以外でも抱くことはできる。事前準備が必要だけど……」

「それを不健全だというんだ」

 ジェイドがそう言うとアーロンは顔を青ざめながら逃げ去っていった。



 アーロンはジェイドに酒を頼むと世間話のようにほしい情報を聞きだす。

「ヴェルゲン公について何か情報はないか?」

ゼルカノン・ヴェルゲン。

前国王の弟であり、十四年前の政変の立役者である。そうであるのに彼は王位につけず、代わりに甥が王になった。

それを始めの頃は怒っていたヴェルゲン公だったが、時が過ぎると次第にその影も消えていく。だがそれは表向きの話で裏では甥を暗殺しようと何度も刺客を送っているということは裏世界では有名な話だ。現国王を殺すことができたら、一生遊んで暮らせるだけの金が手に入る。だがそれはそんなに簡単なことではない。国王には常に腕が立つ近衛騎士が警護をしているし、国王自身も腕が立つと評判だ。

そして何より問題なのは王宮に不審者を入れさせない厳しい検問である。公爵の身分をもつヴェルゲン公であっても城の中での武器の所持は許されていないし、入城許可証を持っていなければ顔を知っていても城門を通ることはできない。そしてその入城許可証は偽造が難しいほど精巧な作りをしていたし、誰にどの番号を発行したかは常に管理されている。だがら偽造するのはとても難しい。

この二つの点からこの依頼を受ける人間はいないはずである。だがそれは国内の人間に限ったことのようだ。

「先日ウーサ王国から凄腕のハンターを雇ったという噂を聞いたぞ」

 ジェイドは先日仕入れた情報をこっそり話す。

「それがいつか分かるか?」

「分からんな。必要なら調べるが、知りたいのはそれだけか?」

「ハンターの名前と経歴も知りたい」

「了解。明日中に仕入れておくよ」

 アーロンはジェイドの良い返事を確認すると酒一杯の代金には多い金をテーブルに置き酒場を後にする。

アーロンは酒場を出ると周りに気を配りながら暗い夜道を進んだ。そして誰も通らない道に入ると後ろをつけてきた人間と向き合う。

「俺が誰かを知っての行動か?」

「ええ、知っていますよ。アーロン様でしょう?」

 目の前に現れたのは漆黒の髪と瞳を持つ少年。その少年が持つ雰囲気は少年とは思えないほど暗く冷たい。楽しそうな顔すら偽物のように感じる。

「俺をどうするつもりだ?」

 アーロンの質問に少年は不思議そうな顔をする。

「そんなの決まっているじゃないか。お前を殺すために僕は来たんだから!」

 少年の刃がアーロンを襲う。それに対応するようにアーロンも剣を抜く。剣と剣がぶつかり合い火花が散る。両者にらみ合いになるが、それでは決着がつかないと思った両者は一旦後ろに下がる。そして先に動いたのはアーロンの方だ。その剣を余裕で避ける少年。だがアーロンの方が行動が早い。少年の腹に剣が突き刺さろうとする。だが身構える少年を待っていたのは仲間によって右腕に深手を負ったアーロンの姿だった。

「お前はまだまだ無駄な動きがありすぎる」

 少年に向かってその男は叱るように言う。

「だって簡単に殺したら楽しく無いじゃん!」

「それで怪我をしたら意味が無いだろう」

「だって……」

 少年はなおも文句を言おうとする。だが少年達が会話をしている隙をついてアーロンが逃げ出したことに気づいた少年は、慌ててアーロンを追いかける。だがアーロンの方が地理に詳しかったようで、少年達はすぐにアーロンの姿を見失ってしまった。

「もう、逃げちゃったじゃん。ベガのせいだからね!」

「お前がすぐに殺さないから悪いのだろう。これで警戒されるな。当分は様子見だ。カラス、先走るなよ」

 ベガと呼ばれた男はカラスという少年に向かって釘をさす。こう言っておかないとカラスは先走った行動を起こすのだ。その後始末をするのはいつもベガの仕事だ。これ以上仕事を増やされてはたまらないとばかりにベガはしっかりとカラスに釘を刺す。

「分かったよ。大人しくしておくよ。でもアーロンを殺すのは僕がするからね! 邪魔しないでよ」

 念を押すカラスにベガは無言で頷く。

そして二人は闇に消えていった。今ここに黒髪の人間がいたことを知っているものは誰もいない。


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