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いくら美しく飾り立てても、私の気分は下がるばかりだった。心は鉛のように重い。それはこれから起こり得ることを考えれば、無理もなかった。
王宮の大広間に吊り下げられた壮大なシャンデリアの灯が、煌々と周囲をを照らす。王宮の夜会に参加している者は、各々が着飾り歓談に興じている。
私が身に着けているドレスは、この夜会の為にに王室御用達の店に特注で依頼した品。ラベンダー色のドレスに縫い付けてあるスワロフスキーが美しい花模様を描き、シャンデリアの光を受けていっそう輝きを増している。私のブリュネットの髪には専属侍女により、ドレスと同じラベンダー色のリボンを編み込んでもらっている。
今日は国王主催の夜会であり、国中の貴族が王宮に招かれていた。
いつも私のエスコートしてくれていたアシュトンの姿は隣りにはなく、今日はその場所に父がいる。つい父の腕に添える手に、腕に、力が入ってしまう。後ろから兄のデリックに軽く背中を押され、つい俯きそうになっていた私は腹に力を入れてシャンと背を伸ばした。
何も悪いことはしていないのだから、弱腰でいる必要はない。
笑え、笑え、笑え。
いつか見た舞台の女優のように、優雅に笑みを浮かべてみせる。
心の奥底から沸きあがる怒りが、悲しみが、私の足を動かす原動力になる。
会場内の招待客達が、ある者は興味深そうに、ある者は嘲笑しながら、ある者は良からぬことが起こるのではないかと危惧し表情を曇らせ、歩を進めると我々の一挙手一投足を観察しているのを感じた。
すべて好奇の視線だった。
視線を感じれば感じるほど、私は笑みを深めてみせる。
歩を進める先には、一人の女性を伴って他の招待客と歓談しているアシュトン。
私の怒りと悲しみが混ざり合った心の矛先。
「……アシュトン。息災か。」
「これはこれは、ウォード侯爵様。お元気そうで何よりです。」
一拍の間をおいて、父が元婚約者のアシュトンに軽く手を挙げて笑顔を向けた。その一拍の間から、父のわずかばかりの抵抗が見て取れた。私をエスコートする腕の先は、きつくかたく握りしめられている。
それに応じてアシュトンが、緊張したその肩の力を少し抜いたのがわかった。ふわりと笑顔を浮かべ、胸に手を当てて軽く頭を下げてくる。そのヘラヘラとした表情が憎らしい。
昔はそんな笑顔が、好きだった。
アシュトンと父が親密そうに挨拶を交わす様子に、周囲の空気がざわめいたのがわかった。
アシュトンの隣では、金茶の髪を高く結い上げた楚々とした令嬢が、その腕に手を添えて儚げに佇む。その令嬢は、アシュトンの瞳の色である青を基調とした繊細な刺繍の入った美しいドレスを身にまとってた。
つい1ヶ月前まで、アシュトンの隣に立って青いドレスを身にまとっていたのは、この私だった。
少しでもいい、私のことを見て欲しい。
そんな切なる願いは、すぐに打ち砕かれた。
アシュトンは後ろ暗い思いでもあるようで、私の方を一切見ようとしない。アシュトンとの婚約が破棄に近い解消をされてから、通っている学校でも接触を避けられていた。このように近い距離で会うのは久方ぶりだった。
「ウォード侯爵様、紹介させていただきます。私の婚約者のマリーヌです。」
その言葉に、心臓が脈打つ音がいやに大きく聞こえる。
アシュトンに促され、紹介されたマリーヌがぎこちなくカーテシーをした。
マリーヌの動きに合わせて、胸元につけていたネックレスの金のチェーンがシャランと揺れた。チェーンの先についた、存在感のある深い青色をした宝石が重く垂れ下がる。
アシュトンの実家、ビアス侯爵家の家宝のネックレスで歴代のビアス侯爵夫人が身につけてきた物であり……1ヶ月前までは私が身につけていた物。
それを目の当たりにして、胸が張り裂けそうだった。
「ハリス伯爵家の長女、マリーヌ・ハリスと申します。どうぞよろしくお願い致します。」
マリーヌは、無理矢理口角をあげた貼り付けた笑みをこちらへと向けた。
下手くそな笑みすぎて、別の意味で笑いが漏れる。こんな女に自分の居場所を奪われたなんてと腸がにえくりかえり、胸を掻きむしりたい思いに駆られたのを堪え、父に代わって私は前に進みでた。
「貴方がアシュトン……いえ、ビアス侯爵子息の新しい婚約相手ね。お噂はかねがね聞いておりますわ。ご存知かと思いますが、私はウォード侯爵家の長女、ノヴァ・ウォードよ。ビアス侯爵家とウォード侯爵家は国を挙げた鉄道事業の共同経営をする立場。夜会でも何度もお会いすることになると思いますが、よろしくお願いしますね。」
どんなに悔しくても、つらくても、悲しくても、相手が憎らしくても私は笑みを浮かべてみせる。
頬に手を当てて、相手を好ましく思っているように見える笑みを浮かべて。
今日の夜会は国王主催で開催された、ビアス侯爵家とウォード侯爵家の仲が良好であることをアピールし、円満に、婚約が破棄ではなく解消したことを示す茶番だった。
「婚約解消?婚約して6年も経つというのに?国がそれを命じるのですか?」
1ヶ月前。
自宅にある父の書斎にて。
兄と共に父に呼ばれた私は、父により国王の玉璽が押された書面を見せられた。その書面には私、侯爵令嬢ノヴァ・ウォードと、侯爵令息アシュトン・ビアスの婚約を解消を命じる旨が書かれていた。
兄は書机の上に置かれたその書面に視線を落とすと、怒気交じりの声を上げて机を叩いた。
アシュトンとは10歳の時に婚約した。
隣国と地続きの場所に鉄道を通すことになり、丁度良い土地がウォード侯爵家とビアス侯爵家の境にあった為、2家で手を取り合い共同事業を行うことになった。それ故、政略で私は幼なじみのアシュトンと婚約をすることになった。
もともと隣り合う領地だったので家族ぐるみで仲も良く、特に兄とアシュトンは3つという年齢差はありながらも気が合い、アシュトンは兄と交遊する為にウォード侯爵家に何度となく訪れていた。
その交遊に私も混ぜてもらっているうちに、同じ年齢のアシュトンに親しみを覚え、いつしか恋するようになっていた。
だからアシュトンと婚約が決まった時は、嬉しさに興奮して寝れなかった。
程なくして母が病に倒れ儚くなった時には、アシュトンは黙って私の傍らにいて、悲しむ私を慰めてくれた。
6年で多く時間を共にして、2人の関係を強くしていった、
それが王族の横槍で解消しろと命じられているのだ。
兄は私がアシュトンに対して深い愛情を持っているのを理解していた。それは兄だけでなく父も分かってくれている筈だった。
だからこそ平然とその書類を差し出してきた父に、兄は怒ってくれているのだ。父に対して怒っても意味ないのだけれど。
書類の内容に激昂して今にも父に掴みかからんとする勢いの兄の腕に手を添えると、私は冷静にそれを制した。
「どういうことか理由を教えていただけますか?お父様。」
本当は私だって、兄のように父に怒鳴り声をあげたり目の前にある紙を破り去ってしまいたかった。それでも私の隣で兄がまるで自分のことのように怒ってくれたから、比較的冷静でいられたのだ。
書机の向こうで難しい顔をして座っていた父は、書面に憎々しげに視線を落とした。
「アシュトンの新しい婚約者として、ある伯爵令嬢の名があがった。」
「伯爵令嬢?うちよりも家格の低い家柄の令嬢ですか?」
怒りと困惑の入り交じった兄の声。それに父が同調する。
「ああ、うちよりも家格は低いが、そのバックにいる者が問題だ。」
淡々と話しているようでいて、父の言葉の語気が荒くなっていく。
バックに面倒な者がいる伯爵令嬢に私は1つ心当たりがあった。
「もしや……ハリス伯爵家ですか?」
私の発言に兄はハッとして息を詰まらせ、隣にいた私を凝視した。
ハリス伯爵家自体は主力産業は牧畜と繊維業で、特に力がある家ではない。ただし現ハリス伯爵夫人の出自が問題だった。
ハリス伯爵夫人は鉄道を通す計画の隣国、ローデリア王国の侯爵家出身であり、その伯爵夫人の母親はローデリア王国の第三王女。つまりハリス伯爵家の令嬢には、ローデリア王国の王族の血が流れている。
「左様。ローデリア王国からの申し入れがあったそうだ。わが国に鉄道を通すならば、ローデリアの王族の血をもつハリス伯爵令嬢と、鉄道事業を経営するビアス侯爵家のアシュトンを婚約させろと。」
それに、意味が分からないという顔をする兄。
「それは、私がハリス伯爵令嬢と婚約するのではだめだったのですか?婚約者がいるアシュトンではなく?」
兄は鉄道事業が軌道に乗るまではと、未だ婚約者を決めていなかった。鉄道事業を経営するビアス侯爵家にと話を持っていくならば、同じ条件のウォード侯爵家でも婚約相手は良いはずだった。
兄の言葉に父は力なく頭を振った。
「私が国王にそれを言い渡された時には、既にビアス侯爵家は婚約解消と、ハリス伯爵令嬢との再婚約を受け入れた後だった。恐らくではあるが、ハリス伯爵家側が裏で先に動いていて、内々にビアス侯爵家に話を通していたに違いないと見ている。何故アシュトンをと望むのはわからんが。」
そうして父に見せられた2枚目の書面には、婚約解消を受け入れるという文面と共に、私に見覚えのあるアシュトンのサインが記されていた。後は私がサインをする部分だけが、空白になっている。
その紙には不自然にシワがついていて、恐らく父がそれを握りつぶしそうになったのを堪えた跡だと思った。
「破棄に近い解消だから、ビアス侯爵家とハリス伯爵家、更に国から賠償金が入ることになっている。その上、5年間という期間限定だが、鉄道事業で入る収益のうち6割は我が家に入ることになる。それに……。」
淡々と父が告げる言葉に、気が遠くなっていく。
その後は何を言われたか覚えていない。覚えているのは、震える手で婚約解消の書類にサインをした後に気付けば自分の私室に戻っていたことだけ。
長い時間共に過ごしたというのに、アシュトンからは急に婚約を解消することになったことへの謝罪の手紙すらない。
思い返してみれば、ここ最近学校で共に過ごしていても上の空だったような気がしたし、理由をつけて断られて一緒の昼食はおろか、お茶すら共にできていなかった。
怒りと悲しみでぐちゃぐちゃになり、部屋の本棚の中から手当たり次第に本を投げ落としてみたけれど、心が晴れるわけもない。
最後に一度だけと、アシュトンからもらったビアス侯爵家の家宝の青いネックレスを見ようとした。でもそれは既に、父の指示で我が家からその存在は消えていた。




