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第9章 当たり前じゃない、幸せな時間

今日は、2週間ぶりにバルスが魔物の討伐から戻ってきて、バルスの自宅で一緒に過ごせる日だった。


それだけで、気持ちが浮き立つ。


私は市場で、今日の夕ご飯の食材を選びながら、何度も無意識に笑みがこぼれている。


彼は本当に忙しくて、こうして一緒にいられる時間は多くない。


だから――こういう日は、ちゃんと大事にしたい。


「お、ミドリか」


声をかけられて振り向くと、バルスの団の団長であるダルクさんが立っていた。


「こんにちは、ダルクさん、カミラさん」


隣には、小柄な奥様が柔らかく微笑んでいる。


「あら、ミドリちゃん、こんにちは」


並んでいる姿は不思議なくらい対照的なのに、二人の間に流れる空気はとても穏やかで、自然と心が緩む。


――いいな。


ふと、そんなふうに思う。


「カミラさん、この間はありがとうございました」


「上手くいったかしらと思っていたのよ」


「あ、はい。美味しいって、言ってくれました」


「そう、よかったわ」


そのやり取りのあと、カミラさんがふっと笑った。


「ミドリちゃんは、バルス君のこと、本当に大好きなのね」


一瞬で顔が熱くなる。


「……はい」


小さく答えると、


「ガハハハハ」


とダルクさんが豪快に笑い、


「まあまあ」


とカミラさんが優しくなだめる。


やっぱり、いい夫婦だと思う。


――――――――――


「お帰りなさい」


そう言うと、バルスは短く「あぁ」と返して、いつものように軽く頭を撫でてくれる。


それだけで、胸の奥がほっと緩む。


「問題なかったか?」


「うん。……バルスは、怪我とかしてないですか?」


「大丈夫だ」


苦笑混じりの声に、安心して息を吐く。


「それなら、よかったです」


そう言ってから、迷わずその腕の中に身を寄せた。


この時間だけは、バルスを独り占めできる。


それに、私だけを映す優しい瞳が、本当に心地よくて。


バルスは小さく苦笑しながらも、そのまま私を抱き上げてソファへ腰を下ろした。


逞しい腕の中は、一番落ち着く場所だった。


心臓はうるさいくらいに鳴っているのに、不思議と安心する。


「思ったより仕事が長引いた」


「でも、怪我がなくて良かったです」


バルスの手が頬に触れる。


その手に、自分の手を重ねる。


離したくない。


「明日は休みですか?」


「あぁ。ミドリは?」


「夕方から仕事なので、お昼が休みです」


少しだけためらってから、小さく聞く。


「……明日、お昼に、来てもいい?」


「あぁ。だったら、久々に公園に行くか」


「はい」


自然と笑みがこぼれる。


しばらくそのまま、ぼーっと身を預けた。


ふと、甘え方がひどくなっていくなぁ、と少し呆れる。


でも、やっぱりずっとこうしていたい。


とはいえ、任務から帰ってきたばかりで疲れているのに、いつまでもこのままでいるわけにもいかないよね。


小さく息をついてから、口を開く。


「そろそろ、夕飯、食べますか」


「あぁ、悪いな。作ってもらって。食べていくんだろ?」


「はい」


名残惜しいと思いつつも、ゆっくりと体を離す。


だけど本当は、もっと、もっと、ずっとこの腕の中にいたい。


早く奥さんになりたいって思う。


あと、半年近くもあるんだよね、結婚式まで……。


その時間さえ、今の私には少し長く感じられた。


……なにかあれば、簡単に終わってしまいそうで。


理由なんて、何もないのに。

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