第6章 すれ違ったままの返事――同じ言葉の、違う意味
「オレの伴侶となることを、真剣に考えてくれないか?」
その言葉が、頭から離れない。
その日の夜、私はなかなか寝付けなかった。
あのときのやり取りを、何度も思い返してしまう。
だって――
仕事へ向かうバルスを見送った、あのときのことが、何度も頭に浮かんでしまうからだ。
あんなふうに、さらっと言うから。
まるで大したことじゃないみたいに。
でも、あのときの表情は、全然そんな軽いものじゃなくて。
私は、信じられなさと嬉しさと、いろんな感情が一気に溢れて、――ただ、コクコクと頷くことしかできなかった。
バルスは、そんな私の頭を軽く右手でポンポンと触れて、
「……悪かったな。行ってくる」
そう言って、そのまま王宮へと向かった。
……これって、つまり。
バルスも、私に好意を持ってくれていたってことで――そう思って、いいんだよね。
恥ずかしくて、誰に相談できるわけでもない問いを、自分に向ける。
だって、バルスは基本的に生真面目だし、あんな真剣な表情で嘘なんて言わない。
でも――
「一体、私のどこがいいのかな」
ぽつりと呟いて、ふと鏡に映る自分を見る。
平凡で、地味な私の、どこに。
それに、もし本当にそうだとしても。
――私、誰かと付き合ったことすらないのに。
バルスみたいなすごい人の、伴侶なんて。
……結婚、って。
その、色々あるわけで。
そこまで思い至って、顔が一気に熱くなる。
「……私、大丈夫かな」
思わず、小さく呟く。
嬉しいはずなのに、それと同じくらい不安になる。
すぐ飽きられそうで、というより――幻滅されそうで。
なんとも言えないため息が、こぼれた。
――――――――――
一方で、バルスは。
ミドリへと、とうとう気持ちを伝えてしまったことに、内心ひどく動揺していた。
……大体、ミドリがあんな思わせぶりな冗談を言うからだ。
と、完全な八つ当たりをする。
ミドリが自分を慕ってくれていること自体は、分かっていた。
けれど、それが恋愛感情かといえば――違う気がしていた。
……あれは、刷り込みに近いものだ。
助けられた相手に向ける、信頼や依存。
きっと、そういうものだと、どこかで思い込んでいた。
それに、自分は騎士だ。
それも、最も危険な任務を率先して引き受ける部隊にいる。
いつ死ぬかも分からない男が、ミドリの伴侶であっていいはずがない。
――分かっていたのに。
それでも、半獣人の性質にいつまでも抗い続けることはできなかった。
ミドリを伴侶と認識してから、もう長い。
限界が近いことも、自分で分かっていた。
だからこそ――一年前、あんな失態を犯したのだ。
「……はぁ」
自嘲気味に息を吐く。
結局のところ。
思いを伝えなかった理由なんて、ひとつしかない。
――拒絶されるのが、怖かっただけだ。
この任務が終わったら。
きっぱりと断られたら、遠くの地へ異動願いを出そう。
少なくとも、ミドリは――あんなことを言われて、きっと悩んでいる。
ならば。
せめて、自分のほうから距離を取るべきだ。
――あいつを、これ以上困らせないために。
そう決めた時点で、
もう、同じ場所には立てていないことに――バルスは気づいていなかった。




