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第4章 近づくほど、言えなくなる気持ち――あと少しが、届かない

「仕事大変でしたか?」


バルスのため息が気になって、私は思わずそう声をかけた。


つい、そのまま彼の体へ視線を走らせる。


怪我は――なさそうだ。


それだけで、胸の奥が少しゆるむ。


彼の所属する第10師団は、半獣人だけで構成された部隊だ。


戦争が起きた時や、魔獣が発生した時には、最前線に立つことも多い。


それは半獣人を軽んじているからじゃない。


彼ら、特に狼族の身体能力はずば抜けているし、本人たちもそれを誇りにしている。


だからこそ成り立つ配置なのだと、私でも分かる。


「いや」


返ってきたのは、短い一言だけだった。


「あの、その……あんまり無茶しないでくださいね」


こんなこと、私に言う権利なんてないって分かっている。


私が望む形で、ずっとそばにいられるわけじゃないことも。


それでも。


生きていてくれれば。


こうして姿を見られれば。


今は、それだけで十分だと思うようにしている。


「あぁ、まあ、気を付ける」


そう返した彼の顔が、ほんの少しだけやわらいだ気がした。


視線を落とすと、尾が横に揺れている。


――あ、今、嬉しいって思ってくれた。


それだけで、私まで嬉しくなってしまう。


「あの、その……明日はお休みですよね?」


今日、任務から帰ってきたばかりだし――たぶん、と思いながら尋ねる。


「……あぁ」


短い返事を聞いて、私は小さく頷く。


「明日、バルスの誕生日でしょ?」


バルスは少し驚いたように目を瞬かせてから、苦笑した。


「そういえば、そうだな。忙しかったから忘れていた。……別にいいぞ、もう祝ってもらう年でもないからな」


「でも、私もバルスから毎年いろいろもらってますし。この間の誕生日にもらったネックレス、あれ、すごく高価なものだってミレーヌさんから聞いて……」


「でね、その、何か欲しいものあるかなと思って。もちろん、あまり高価なものは無理ですけど」


言いながら、少しだけ不安になる。


こういうの、重いって思われないかな、とか。


気にしすぎかな、とか。


バルスは一瞬、視線を外した。


――欲しいものなら、目の前にある。


そんなことを考えた自分に、内心で苦笑する。


口にしたところで、困らせるだけだ。


「では、久々に夕食でも作りに来てくれないか」


少しだけ間を置いて、そう言った。


私はぱっと顔を上げる。


「はい。……でも、そんなことでいいの? それなら、ついでに甘すぎないケーキも焼いてきますね」


「あぁ。だが、ミドリは仕事じゃないのか」


「明日もお休みなんで。大丈夫です」


「そうか。じゃあ、頼む」


その言葉に、私はぶんぶんと首を振る。


「他に、何か欲しいものがあったら、本当に言ってくださいね」


少し念を押すように言うと、バルスはまた小さく苦笑した。


バルスは趣味があるわけじゃない。


仕事が忙しくて、使う暇がないというのもある。


――だから。


使うとすれば、ミドリへの贈り物くらいだ。


そんなこと、口にできるはずもない。


「じゃあ、明日、夕方ごろに来ますね」


「あぁ、待っている」


その言葉だけで、私にとって明日が特別なものになる。


「……じゃあ、私、そろそろ帰ります」


本当は、もう少しそばにいたい。


でも、任務から帰ってきたばかりで疲れているだろうから。


これ以上長居したら、迷惑になるだけだろうな。


そう思って立ち上がると、バルスがこちらを見た。


「ミドリ」


「はい?」


「……また、明日」


「……はい、じゃあ、また」


明日、また、一緒にいられる。


今の私には、それだけで十分だと思えた。


……きっと、これでいいはずなのに。


胸の奥に、消せないものが残る。

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