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番外編 結婚後④ 甘える理由――離れがたい朝



朝、目を覚ますと、ミドリが腕の中に綺麗に収まって眠っていた。


胸元から規則正しい寝息が聞こえる。


柔らかな髪が首筋をくすぐり、その温もりがじんわりと伝わってくる。


バルスは天井を見上げながら小さく息を吐く。


結婚して2度目となる発情期が巡ってきて、なるべくミドリには触れないようにしていた。


獣人の発情期は年に一度、2週間ほど続く。理性を失うわけではないが、普段なら抑えられる衝動が膨れ上がり、一度触れてしまえば自分で制御できる自信がなかった。


夜になると症状が強くなるため、本当ならその時期だけでも寝室を分けたかった。


けれど、その提案をした時のミドリの反応を思い出すと、結局それもできなかった。


『バルスが家にいるなら、その……傍で寝たいというか』


そう言いながら真っ赤になって視線を泳がせ、


『触れられても……大丈夫かも、しれないし……』


と、消え入りそうな声で続けたのだ。


その気持ちは嬉しかったが、同時に発情期というものを全く理解していないのだと思った。


人間なのだから仕方がない、むしろ分からないままでいてほしい。


だから、一番症状の重い数日は仕事を理由に城へ泊まり込むことにした。


ミドリは寂しそうな顔をするが、それでも引き留めたりはしない。


何も言わず送り出してくれる優しさに、甘えているのは自分の方だった。


ようやく終盤に入り、自宅へ戻ってきていたものの、まだ完全に落ち着いたわけではなかった。そのため昨夜も距離を取り、触れないよう離れて横になっていたはずだった。


夜半過ぎ、身じろぎする気配に目を開けると、ミドリがもぞもぞと体を起こしていた。


寝ぼけているらしく焦点の合わない目がこちらを向く。


そして視線が合った瞬間、ミドリはふにゃりと笑った。


これは……と思った時には、せっかく空けていた距離が消えていた。


ミドリは真っ直ぐこちらへ身を寄せ、そのまま首元へ顔を埋めると、安心したように寝間着を掴み、満足したのか再び眠りへ落ちていった。


そして、今朝に至る。


本当に、可愛いな……。


ミドリを見下ろしながら、そんな呆けたことを朝から思った自分に苦笑した。


まずいな。離れがたくなる。


そう思いながら、ミドリの手をそっとほどいて身体を起こした。


すると、「ん……」小さな声が聞こえた。


起こしてしまったかと思い振り返るが、ミドリは眠ったままだった。


ただ、先ほどまで寝間着を掴んでいた手だけが、行き場を失ったように宙を彷徨っていた。


その姿が妙に可笑しくて、バルスは思わず笑みを漏らす。


「まったく……」


小さく呟きながら、自分が使っていた枕をその手の下へ滑り込ませた。


ミドリの指先が枕へ触れる。


何度か確かめるように撫でたあと、むぅ、と少しだけ不満そうな表情を浮かべた。


どうやら違うと気付いたらしいが、眠気には勝てなかったのだろう。


しばらくすると枕を抱き込むように腕を回し、そのまま再び深い眠りへ落ちていった。


その様子を、バルスは愛おしそうに見つめた。


着替えを済ませ、騎士服へ袖を通す。


窓の外はまだ薄暗かった。


今日は1週間程度の魔獣討伐のため、早朝から出発することになっている。


発情期の間は城へ泊まり込み、ようやく家へ戻ってきたと思ったら、今度は討伐任務だ。


寂しい思いをさせているはずだが、ミドリは文句ひとつ言わない。傍にいられる時間が少しでもあれば、それだけで幸せそうにしてくれる。


もっと甘やかしたいし、我儘も言ってほしい――。


バルスはベッドへ歩み寄ると、眠るミドリの髪をそっと撫でた。


それから名残を惜しむように頬へ触れるだけの口づけを落とした。


「行ってくる」


起こさないようにつぶやいてから、バルスは寝室の扉を静かに閉めた。


――――――――――


朝、いつもの時間に目が覚めると、バルスはもう出かけた後だった。


早朝に出かけるなら起こしてくれればいいのに。討伐で1週間ほど会えなくなるのだから、朝くらいは絶対に顔を見たかったなぁとため息をつきながら起き上がる。


身支度を整えて食卓へ向かうと、机の上にはバルスの走り書きのメモが置かれていた。


『1週間ほどで戻る。仕事、頑張れよ』


短い言葉なのに、思わず頬が緩む。


本当にずるい。


忙しいくせに、こういうことだけはちゃんとしてくれるのだから。


メモを大事に手に取りながら、さすがにここまで甘やかされていいのかしらと思う。


別れていた時は反省していたはずなのだ。


私はバルスに頼ってばかりで、甘えてばかりで、もう少ししっかりしなきゃと思っていたのに、結局どんどん甘え方がひどくなっている気がする。


だって仕方がない。


バルスは忙しすぎるし、あまり休みも取れないし、こうして仕事で家を空けることだって少なくない。


だから一緒にいられる時くらいは私のことだけ見ていてほしいし、私のことだけ考えていてほしいと思ってしまう。


我ながら面倒くさいなとは思う。


昨夜だって本当はバルスの腕の中で眠りたかった。


……そういえば。


そこまで考えたところで、私は首を傾げた。


昨日の夜、久々にぐっすり眠れた気がする。


夜中、また寝ぼけてバルスの傍に行ったりしたのかも。


そんなことを考えてみるけれど、何も思い出せない。


まぁ、いいか。


そう思いながらメモを胸に抱えた。


帰ってきたら、落ち着いている時期だから、また腕の中にいられる。


私はさっきまで反省していたことなどすっかり忘れて、甘えることで頭がいっぱいになっていた。


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