番外編:結婚後③ 離れきれない理由——朝に残るぬくもり
よく眠れたなぁと思いながら、ゆっくりと目を覚ます。
3日ぶりに感じる体温が、まだすぐそばにあって、それだけで胸の奥がじんわりとあたたかくなる。
バルスの方が先に起きていることがほとんどだから、こうして寝顔を見られるのは珍しい。
やっぱり、かっこいいなぁ。
そんなことを思いながら、そっと見上げる。
時計を見ると、まだ起きる時間には少し早い。それに、バルスがいつも起きる時間にしては、だいぶ遅い気がした。
たぶん、この3日間ずっと忙しかったのだろう。
いつもなら朝練をしている時間だもん。
昨日も、疲れて帰ってくるだろうから、絶対に甘えないって決めていたのに――
姿を見た瞬間、あっさり崩れた。
……ほんと、意志が弱い。
小さく自己嫌悪しながらも、結局はまた彼の首元へと顔を埋める。
だって、大好きで、大好きで、仕方ないんだもん。
自分でも、もう末期だなって思う。
休みだったらよかったのになぁ、とぼんやり考える。
結局、腕の中に収まったまま、ただ甘えたい気持ちだけが浮かんでくる。
そのとき。
「ん……」
かすかな声とともに、彼が目を覚ます気配がした。
首元に張り付いている私を見下ろして、瞳を細める。
「おはよう」
ぎゅっと抱きしめられて、胸の奥がふわっとほどける。
「おはよう」
返した声は、少しだけ甘くなってしまった。
しまりのない顔になっている自覚はあるけれど、どうしようもない。
まだ時間に余裕があるのか、彼はゆっくりと髪を撫でてくれる。
「すまないな、仕事が忙しくて」
申し訳なさそうな声に、思わず首を横に振る。
「ううん、平気……だから、もう少し」
そう言って、ぎゅっとしがみつくと、
「あぁ」
と短く返されて、背中をぽんぽんと優しく叩かれる。
そのまま少しだけ間があってから、
「あまり煽ると、次の休みは手加減できなくなるぞ」
ぽつりと落ちた言葉に、一瞬だけ固まった。
煽ったつもりなんてないのに――と思いながらも、
「えっと、その……だ、大丈夫」
と、なぜかそんな返事をしてしまう。
自分でも意味が分からなくて、言ったあとで一気に恥ずかしくなる。
ぴたりと手が止まったのが分かった。
恐る恐る顔を上げると、
「真っ赤だな」
と、楽しそうに目を細めている。
「う……だって」
言い訳にならない言葉をこぼすと、
「もう、前言撤回は認めないからな」
そう言って、少しだけ意地の悪い笑みを向けられた。
こくこくと頷いてから、耐えきれずにまた首元へ顔を埋める。
「……意地悪」
小さく呟くと、
「そうだな」
と、あっさり返されてしまう。
それから時計を見上げて、彼はわずかに息を吐いた。
「時間か」
頭にぽん、と手が置かれる。
その合図で、名残惜しさを感じながらも、腕を離した。
バルスが起き上がるのを見ながら、私も軽く伸びをする。
自分の部屋で着替えてから、朝食の準備に取りかかった。
パンと干し肉、目玉焼き。それに、昨日の残りの野菜スープ。
「やはり、灯火祭が終わるまでは家には戻れそうにない」
「そっか……」
思っていたよりも長い。
それでも、
「1回ぐらいは食べにこれそう?」
と聞くと、
「あぁ、1回ぐらいはな」
と、少しだけ柔らかい声が返ってくる。
そのやり取りだけで、少しだけ安心する。
また一人で寝る日に戻るのかと思うと寂しいけれど――
昨日、思う存分甘えておいてよかった。
私が甘えることで頭の中をいっぱいにしている間に、彼は朝食をさっと食べ終えて、上着に手を通していた。
私は食事を中断して、見送りに向かう。
「じゃあ、行ってくる」
いつものように、頭にぽんと触れられる。
「うん。ちゃんと休んで、あまり無理しないでね」
言いながら、そっと腕を引いた。
彼が少しだけ身をかがめる。
まだ歯磨きしてないし……せめて、頬なら。
そう思って、そっと唇を寄せる。
離れようとした瞬間、腕を引かれて、軽く引き寄せられた。
「……また、あとでな」
その声が少し低くて、思わず顔が熱くなる。
「うん、あの、い、行ってらっしゃい……」
なんとかそう返すと、バルスは小さく笑って、もう一度だけ頭を撫でた。




