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いつか、竜の舞う丘で。  作者: 水浅葱ゆきねこ
乱の章

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110/252

07

 翌朝、城主の執務室へ押しかけた巫子たちに、取次ぎの従卒はにべもなく返した。

「伯爵閣下は他の業務に忙殺されておられます。ご面会は後ほどお願いします」

「……なるほど」

 先頭に立っていたオーリが呟くと、扉の正面の壁へと背をもたせかけた。

「……あの、巫子様?」

「待つよ」

 アルマたちが顔を見合わせる。

「しかし、そのような」

「別に彼の邪魔をしようって訳じゃない。部屋の中に入りこんではいないんだしね。君も気にしないでくれ」

 だが、そういう訳にもいかないのだろう。慌てて、従卒はもう一度室内へと戻っていった。

「意地が悪ぃな」

 その隣の壁に背をつけて、クセロが囁いた。腕を組み、扉を真っ直ぐに見る。

「敵対したくないんじゃなかったのか?」

 呆れて、アルマが小声で告げる。

「外で待たせて貰うことの何が都合が悪いっていうんだい?」

 オーリがただ無邪気に問い返した。


 その後、数度従卒は執務室の内外を往復した。

 居室に戻って待っていてくれ、できる限り早く面会に応じるから、せめて近くの部屋に入っていてくれ、必ず呼びにやる、先に会議室へ行っていてくれ、と何度も繰り返される要求に、オーリはただ、

「私は別に気にしないから」

 の一言で返していた。

 城主の執務室には、多くの部下が出入りする。扉の前にたむろしている高位の巫子たちの姿に、彼らは一様にぎょっとした視線を向けた。

 スクリロス伯爵は、それでも三十分以上は耐えた。

 やがて執務室の扉が開き、苛立ちを押し殺した表情の男が現れる。年齢は四十代後半と思われるが、黒髪には既に白いものが目立ち、その感情と相まって、彼を酷く老けさせて見せていた。

「これは伯爵。お忙しいようですね」

 にこやかに、オーリが声をかけた。

 じろり、とそれを睨みつけて、伯爵は廊下を歩き出した。

「アルデアを会議室に呼んでいます。彼が来てから始めるということで宜しいか」

「勿論ですとも」

 鷹揚に答えて、ようやく風竜王の高位の巫子は石壁から背を離した。



 午後近くになって、ニフテリザ砦の正面玄関に五、六十名ほどの集団が現れた。

 代表者の数名が門衛と押し問答を繰り広げている。

「駄目だ駄目だ! もう何日も、お前らみたいにその方にお会いしたい、って奴らが押し寄せてるんだ。そいつらは砦の南側に野営しているから、そっちに合流しろ」

「しかし」

「別にこのまま帰ってもいいんだぞ。どうせ、お前らが正規の軍に入れる訳がないんだからな」

「おいおい、こいつらに帰るとこがある訳ないだろ」

 どっと笑い声を上げた門衛に、来訪者の一人が剣を抜きかける。

 が、先頭に立つ者に諫められて何とかそれを収めた。

「……では、火竜王宮竜王兵隊長のドゥクス殿に面会の申し入れをしたいのだが」

「竜王兵隊長?」

 そんな人物をまさか相手が知っているとは思いもしなかった門衛が、覚束なげな表情になる。

「おそらくは、覚えていてくれるのではないだろうか。しばらく前に、親しくしていたのだ」

 穏やかに、来訪者は告げた。



「最低限、兵士として働ける程度まで、彼らの能力を上げられるかどうかでしょう。足手纏いになる兵など、必要ありません」

「しかし、その為に同盟軍の協力は得られない、竜王兵も無理となると、実際それは不可能な条件ではないですか」

「不可能だと思われるなら、諦めることですな」

 妥協の見込みがないことがはっきりとしてきたこともあり、応酬は次第に露骨なものへと変わりつつあった。

 モノマキア伯爵は、今日は殆ど発言してはいない。城塞は彼のものではなく、決定権はないからだ。少々困ったような笑みを浮かべて、一同を眺め渡している。

「結局のところ、貴方はロマと関わり合いになりたくないだけではないですか」

 オーリの放った一言に、貴族たちが息を飲む。

『まともな貴族なら、ロマと関わり合いにならない』

 初めて会った時に、アルマがオーリへと放った言葉だ。彼の顔がまともに見られなくて、少年は僅かに視線を逸らせた。

「オーリ」

 グランが短く(いさ)める。青年は小さく息を吐いた。

「……言葉が過ぎました。申し訳ありません」

 少しばかり静かに謝罪されて、二人の伯爵は曖昧に頷いた。

 否定も肯定もできないのだ。

 落ち着かない空気が満ちた中に、扉が叩かれた。

「火竜王宮竜王兵隊長ドゥクス様がいらしています」

「今忙しい。後にしろ」

 流石に苛立った声で、グランが返す。

 オーリの元へ、ひいては竜王の元へ集おうとする民を見捨てることになりかねない、というのは、この幼い巫子にとっても不本意なのだ。

「オリヴィニス様にご面会したいという方がおるのですが」

 次にかけられた声は、ドゥクスのものだった。言葉遣いが微妙に乱れている。

「私に?」

 少し驚いた顔で、オーリは扉を振り返った。グランから問いかけるような視線を向けられて、スクリロス伯爵は肩を竦める。

「判った。入れ」

 一同の視線を一身に浴びて、彼は姿を見せた。


 すらりとした長身が纏う深い緑色のマントは、旅の汚れを落してもいない。城塞に入るにあたって、流石に武器は一旦預かられたか、常に身につけていた弓矢が見当たらなかった。その表情は明るく、自信と誇りに満ちていた。

 呆然として、オーリが腰を浮かせる。

「……イェティス!?」

「ご無沙汰しておりました、我が巫子」

 胸に片手を当て、深々と頭を下げる。

「え、いや、でもお前、どうしてここに」

「どなたですかな?」

 不意に現れたイェティスに、オーリは動揺から立ち直れていない。

 一見穏やかにスクリロス伯爵に尋ねられ、アルマはグランへ視線を向けた。彼を挟んで反対方向から、クセロが同じような表情で見てきている。

「彼は風竜王宮親衛隊隊長、イェティスだ。以後お見知りおきを願いたい、伯爵」

 二人の部下がにやついているのを知らぬ顔で、グランは紹介した。


 頑丈な扉が再び閉められ、その前にイェティスとドゥクスが並んで立つ。

 好奇心を隠せない様子で、会議室に座す全員がそれを見詰めていた。

「以前に行く手を別った後のことです。我々の中で、任務を帯びていなかった者を、イグニシアの王都アエトスへと向かわせました。状況をいち早く知るとするなら、まずそこであると考えたからです」

 落ち着いた声でイェティスが話し始める。こんな場合だというのに、その声質は豊かさを伺わせていた。

「そして、十日前に王都で、竜王の高位の巫子がカタラクタで叛乱の狼煙を上げた、ということが発表されました」

「十日前だと!?」

 グランが声を上げる。

 それは、モノマキアで宣戦布告を発した次の日だ。

「早すぎますな」

 眉を寄せ、モノマキア伯爵が呟く。

 情報が届くには、実際の距離を行くだけの時間が必要だ。馬で、船で、使者が辿りつくまでの時間が。

 翌日、などと荒唐無稽な話でしかない。

「……龍神の下僕が動いたのでしょう」

 苦々しげに、グランが推測する。

「アエトスへ届いている、ということは、カルタスへも伝わっていて不思議はないと思われますが」

 気遣わしげに、スクリロス伯爵が提議した。

 カルタスは、カタラクタの王都だ。現在、そこに、イグニシア王国軍の本部が置かれている。

「予測していたよりも、最低でも半月は動きが早くなると見た方がいい。何万もの軍勢を一瞬で移動させる、ということは流石にできないだろうが……」

 苦々しい顔で、幼い巫子が呟く。

 しかし礼儀正しく口をつぐんでいたイェティスに気づき、身振りで先を促す。イェティスが小さく会釈した。

「後は大したことは。その後、王都にいた隊が我ら本隊に合流し、湖を横断してこちらへ馳せ参じた次第でございます」

 簡単にその辺りの経緯を説明する。

「……十日でか?」

 呆れた顔で、オーリが呟いた。

 王都アエトスから彼らの拠点へと向かい、そして湖を横断してカタラクタへ、更に陸上をニフテリザ砦までやってきたのだ。通常、船と馬を使っても十二日ほどかかるだろう。

「少々準備に手間取りましたので、実際に動いていたのは九日かと」

 涼しい顔でイェティスは答える。

「しかも、イグニシアは今はまだ冬だぞ。どれだけ無茶をしたんだ……」

「馬に無茶はさせておりませんよ」

 船の航行で無茶をしたのか、馬に無茶をさせなくとも彼らは他国の人間よりも早く駆けることができる、と言いたいのか。

 多分両方であろう、とアルマは推測した。

「ここまで辿りつけましたのも、グラナティス様が、火竜王宮からの全面的な支援を約束してくださいましたおかげでございます」

 恭しく、イェティスは頭を下げた。

 隣に立つドゥクスは、口を一文字に引き結び、表情を全く動かしていない。

 何となく何があったのかを察したか、オーリはすまなそうな視線を火竜王宮竜王兵隊長へと向けた。

「さて、これで一つ問題が解決した訳です。次の条件にとりかかりましょうか」

 場を仕切るように、グランが発言した。

「解決?」

 不審そうな表情は、二人の伯爵とオーリのものだ。あの青年はどうやら、まだいきなり部下が現れた衝撃から立ち直っていないらしい。

「ロマを選別し、鍛え上げ、責任を持つ人材が必要だったのでしょう? 風竜王宮親衛隊は、充分にそれをこなしてくれましょう」

 それに思い至っていなかった三名が、息を飲む。

「グラン!」

「やってくれるな、イェティス?」

 反射的に声を上げたオーリを横目に、グランは親衛隊隊長へ声をかける。

 事態を把握できてはいないのだろうが、彼は片手を胸に当てて誓約した。

「我が竜王の巫子のご命令とあらば、喜んで」



 午後も半ばを過ぎた辺り、オーリとイェティス、ドゥクス、そして風竜王宮と火竜王宮の戦闘要員は連れ立って砦を下っていた。

 馬に乗り、左右を隊長に挟まれている巫子は、ややぐったりとして見える。

「お疲れですか?」

 気遣わしげにイェティスが尋ねる。

「まあね。大丈夫だよ」

 苦笑して、オーリが返す。

 あの後、城主が出した条件は、ロマを兵士として選別する際、必ず龍神の焼印がないかどうかを調べること、兵士となれないロマは速やかに砦の近辺から退去させること、風竜王宮親衛隊とその兵士の居住は砦内に設けるが、その周囲をスクリロスの兵が巡回し、監視すること、などだった。

 特に最後の条件にイェティスは激昂しかけたが、隣に立つドゥクスがタイミングよく肘を脇腹に叩きこんだために、彼の発言は控えられた。

 程度の差こそあれ、その条件に類したことは巫子たちも考えていたこともあり、多少の擦りあわせで彼らは何とか合意に達することができた。

 そして今、ロマを兵士として迎え入れるために砦の外へと向かっているところである。

 アルマやグラン、ペルルが共に来ないのは、かつて敵対していた組織の権力者が姿を見せれば、未だそれなりに反発がくるだろうことを考えたのだ。日が経ち、事情が知れてくれば、それなりにロマの態度も和らぐかもしれないが。

 だというのに火竜王宮の竜王兵が同行しているのは、今後、ロマを鍛えることに協力して貰えるからだ。

 ロマと竜王兵が直接関わりあうのは難しいが、間に風竜王宮親衛隊が入ることで、それは可能になった。彼らは二ヶ月ほど前、フルトゥナで地竜王を共に探索していた間にそれなりに親しくなっている。

「使えぬ部下を持たれて、心中お察し申し上げます。それはお疲れにもなるでしょう」

 憮然とした顔で、ドゥクスが口を挟んだ。

「何を……!」

「イェティス」

 また罵声を上げかけたイェティスを、溜め息をつきつつ諫める。

 隊長同士はあまり仲がよくないのが、今のところ唯一の難点だ。



 ロマたちは、砦の南側の丘に野営していた。

 色鮮やかな馬車が何十台もばらばらに停まり、そこここから焚火の煙が上がっている。

 ロマの殆どは、その日暮らすだけの分を稼ぐことができれば上々だ。

 彼らがここに留まっている間、収入の当てはない。ただ、その僅かな蓄えを減らしていくだけだ。

 それでも、ここに来た。それでも、ここに留まった。

 彼らに、一方的に去るように通告するような事態にならずに済んだことに感謝する。

 やがてこちらの存在に気づいたか、ロマたちがざわざわと騒ぎ始めた。

 遠目にも目立つのは、火竜王宮竜王兵の赤い制服だ。ざわめきが警戒の色を帯びる。

 イェティスが片手を上げた。数秒後、背後の親衛隊から角笛の音が響き渡る。

 オーリが小さく息を飲む。

「三百年ぶり、ですか?」

 親衛隊隊長が僅かに笑みを浮かべて尋ねた。

「そうだな」

 目を閉じ、その音を全身で味わう。

 もうずっと絶えて聞かなかった音を。

「我らは、もう二度と貴方を一人には致しませんよ、我が巫子」

 オーリに低く告げると、イェティスは踵で馬の腹を蹴った。一人、隊列の先へと走り出る。

「……気障な物言いをする男ですな」

 眉を寄せ、ドゥクスが呟いた。

「そうだな。きっと、国民性なんだ」

 口の端に微笑を浮かべて、風竜王の高位の巫子が答える。

 イェティスは深い緑色のマントを靡かせ、丘の上に立った。ロマの視線を一身に集める彼は、午後の太陽を正面から受けている。

「フルトゥナの民よ! 騎馬の(すえ)、竜王ニネミアの子らよ! 我らが兄弟に今日この場で再会できたことを心から誇りに思う!」

 イェティスの声は、朗々と周囲へと響いた。


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