内宮式女
翌日、星がつらつらと女官たちの名を書き出した。名前を書いた木簡を見て、それぞれ読み上げ、数を数える。
「書き上げたものと実際の人数が違うのは、思い出せないからよ。思い出せないものは働きがないのでしょう、まず斬り捨てます」
そういって木簡を手にして、「顔が思い出せないものはさほど美しくも特徴もないものでしょう。この人たちも、捨ててかまわないわ」とぽいぽいと、顔の思い出せない女官の名前を書いた木簡を捨てる。
「ざっと、半分。400人くらいになるかしら」
捨てられた木簡を拾い集めている貴子の指先から、すっと一個が抜ける。見るとまた富山である、彼が拾ったのだった。
彼はその捨てられた木簡を裏返すと、裏にさらりと一人の名を書いた。
「この女官も忘れないでやってくれ」
「また、どなたなのです?」
笑う星が、木簡を座ったまま受け取りちらりとも見ないで、横の合格の束に置いた。
「明鈴だ」
やはりな、と貴子は思う。
「君の侍女だが正式に女官として採用するよ」
落ちている木簡を拾うのを終えて、富山が腰をのばす。猫のようにしなやかである。そして、「主従が逆転しないといいね」と丸い目を細めて笑った。
「後宮で必要なものが分かるかい? 運も美貌もあって当然なのだよ。必要なものは、したたかさだ」
「おっしゃる意味が分かりません」
「君も、僕の所に来るといいってことさ」
富山は笑い猫のようである。
「君がうんというまで、毎日口説きにくるよ」
去ろうとする富山を、星が「今お茶をお入れしてますのに」と引き止める。そうかい、とくるりと身を翻し、富山は星の前に座った。
「蓮茶かい?」
「ええ、美容にいいのだそうで」
仲良く話す二人をよそに、木簡の名前を確認する作業を貴子は進める。
「女官に位をどう与えたらよいと思われますか?」
「そうだね、生まれで決めるのがいいと思う」
「生まれ? そうですわね、貴族の娘か、豪族の娘、町人……奴婢」
「下級のものには試験を行って、才能を見てもいいだろう」
「と、申されますと?」
「歌舞に優れたもの、料理に優れたもの、図画に優れたもの、色々ある。区別してもいいだろうが、そうなると後宮だけでは話が済まぬなあ」
「女大学を作っては?」
いつの間にか貴子は口を挟んでいた。自分でびっくりして、許しを乞うて頭を床にこすりつけていた。
驚いたのは星と富山もである。
「それはどのようなものだ」
「は、お許しください」
「いいのだ、話してみよ」
「人材を選別するおり、後宮女官向きかそうでないかで仕分けて、あとを中央にふってしまうのです。つまり新しい人材管轄部署をつくるのです。それを女大学と言って、広く育ててはいかがかと」
「なるほど、今まで女官は皆後宮に入れておけばよいという考えであった。そうすれば区分けもしやすくなるな」
「後宮の御殿を区分けして、一つの街にいたしましょう」
「街?」
「皇王様だけの女の街でございます」
きょとんとする富山であったが、爆発音とともに笑い出した。
「お、おまえ、面白いな! 男でないのが実に惜しい」
「おそれいります」
貴子は深々と礼をする。
「お前はどこの生まれだ? 百山の美姫と呼ばれたというからには、北方の山岳地帯にいたのであろう?」
「ええ、そうです」
「父と母の名を述べてみよ」
「……!」
貴子は一瞬ぎくりとした。星と目が合う。
生唾を飲み込むと、首を横に振った。
「父は私が産まれる前に亡くなりました。母も私を産んですぐに。たまたま通りかかった薬師が私を取り上げて育ててくれました。その薬師の名しか、私は知らないのです」
「ふむ、そうか。身分のあるものならば高官に取り立ててやるのだが」
「いえ、もう式女の位は考えてあります」
星が口を開く。
「式女?」
「内宮式女。内府の中でも王妃に仕える高官です」
「ふむ」
富山は笑うと、立ち上がった。
「王妃さま。あなたさまがこの者を、気に入る気持ちがわかりましたよ」
微笑みあって、富山は部屋を出て行った。彼の出て行く時に、その横にすっと明鈴の姿が現れた。彼女は室内をちらりと見て、そっとお辞儀して去っていった。
「試験の内容を決めないといけないわ。どうしましょう」
「古い女官たちに選ばせればよろしいでしょう」
「そう、そうね。彼女たちはよく心得ているでしょうから、気になる娘を選んでくれるでしょう」
静かに微笑む貴子を、その部屋にいた誰もが驚きをもって見つめていた。