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落星物語  作者: 間々 ようこ
旅程
8/42

 夜。星の寝所の前に控えながら、貴子はうつらうつらしていた。

「紫芳」

 誰、その名前で呼ぶのは?

 ふっと目を上げると、優しいまなざしと出会った。

「おか……あさん」

 粗末な身なりだが、美しいと若ければ言われただろう柔らかな面差し。彼女はそっと貴子の手を取って、はらはらと涙を落とした。

「なぜ泣くの? やっと会えたのに」

「十四年間、あなたを見守って来ました。あなたが恐ろしいことを考えていたのも知っていました。あなたはその愛らしい姿を復讐にお使いになるという。私はただ、世を忍ぶためにそのお姿でお育てしましたのに」

「お母さん、今更何を言うのです」

「いいですか、けっしてお父様の名も、お母様の名も告げてはなりませんよ。このまま過ごすのです」

「いいえ」

 貴子は強く首を横に振る。

「父の残したこの刀で、必ず王の首を」

 そこまで言って、彼は目を覚ました。

「おかあさん?」

 ああ、そうだ、あの人は先年なくなったのだった。それでも今、こうして心配して現れるとは。

「ごめん、おかあさん。心配かける生き方をして」

 ぎゅっと、母の触れた手をもう一方の手で押さえ、彼は嗚咽した。いつも優しかった母に、もう一度会いたいと願っていたのである。少しも年老いていなかった母の姿にほっとしつつ、恋咽ぶ。

「どうしたの?」

 かたんと、寝所の戸が開く。漏れた明かりが線となって貴子の横顔を照らした。

「泣いているの?」

 星である。寝間着の彼女は、目をこすりながら歩いて出てくると、貴子の横にちょこんと腰を落とした。

「月がきれいね。ふるさとを思い出しちゃうかしら」

「母が」

 言いかけて、貴子は「いえ」とだまった。その横顔を、星は無言で見つめていた。

 月が中空にさしかかった頃だろうか、彼女はゆっくりと話しだした。

「わたくしの母は奴婢出身でした。しかし富山兄さまと私をただ一人産んだ女人でした。ほかの父の女人は子どもすら産まなかったのに」

「なぜですか」

「母は頭が良かったのです」

「まさか、どこかで」

「間男がいたと噂するものもありました。でも、父はそうでないことをよく知っていましたし、母を愛していました。母はただ、一人の薬師にかかったのです」

「薬師?」

「行為のあとは逆立ちをするとか、そういったことですけれど、子をつくる努力をしたのです」

「初めて聞きます、そんな」

「町医者でしたから、名は文献に残っていませんが、女性であったとのことです」

「優秀な人に身分も性別もない、と」

「そうです、貴子。私は本当に、そう思っているの」

 どきりとする貴子を置いて、星は立ち上がった。「寒いわ」

「私は中に入ります。お前ももう、下がりなさい」

「お休みなさいませ」

 扉が閉まる。

 何か、見透かされたようだった。

 そしてなぜか、星の母を救った町医者という女性が気にかかるのだった。

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