怪物と夢見る神子 4
まだまだ茶番が続くよ!
この村、なーんか怪しいわねー……。
お風呂から上がって熱が冷め、ようやく落ち着いた私は頭を切り替える。
思えば、この村に訪れた時から気付くべきだった。
態々ミレミアム・ベースティアに密接するような立地。しかもご丁寧に森以外は壁で遮ってある。
私達が進んできた方向から考えるに、恐らく村の位置はメッサーリア北西部。アメストシアとの貿易が盛んになってから、西部から東部の方へ移る人が多いって聞いたことがあるわね。
しかも、人外魔境のミレミアム・ベースティアに近い北部なんて、人口も少ない地方も地方。
なのにこの村、拠点としてはかなり優秀なのよね。
屋敷に来るまでの村人の視線、ほとんどはあの馬鹿の格好を理解しかねたようだったけど、一部明らかにヤバそうな気配がチラホラ……。絶対一般人じゃないわ。
外観は古いけど、しっかりとした建物も多い。
外観だけで見る限り、兵屯所、住居地、生産地、煙突からの煙の量を見ると……、まさかあそこは工房だったりするのかしら?
日が落ちてて確証は無いけど、随分と設備の整った村よね。ちょっとした地方の名産地だったりするなら、ここの設備も説明できなくもない。人口に反して整理された村の様子も理解できる。
立地の方も、その場所で発展してきたのだと思えば納得もしよう。
でも、どうしても無視できないのは……
「ねーお姉ちゃん、寒くなって来たからはやくおへやに入ろうよー」
この子から滲み出る、何処か得体の知れない感じ。
入浴中に彼女が質問してきた、“神子”という言葉。
……これ、疑ってくださいって言ってるようなもんでしょ。
「……そうね、身体冷やしたら風邪ひいちゃうわ」
「そうそう! それにまだ聞いてないことがあったの!」
「まだあるのね……」
まあ、疑問を考える前に、子供の好奇心に急ぎ対応しないとね。
この年頃の子は、特に何で何でうるさい。魔術関連で私なんて今でも学びたがり。色々恩もあるから気が済むまで付き合ってあげることにしましょう。
村の様子を調べるのは、チビッコが眠ってからでも遅くない。書斎の一つや二つ、このお屋敷ならゴロゴロしてそうだわ。
それにしてもあの馬鹿、まだ来ないのかしら? 未だに気絶って訳じゃないだろうし、あの侍女さんがそろそろ連れて来てるはずよね?
夜の間に、あいつに色々調べさせ置きたいのよね。村全体の地理とか建物の中とか。もちろんこっそり伝えるつもりだけど。
……何かあったのかしらね。いやだわ、否定できる材料が見当たらないじゃない。
まさか、ね……。
そう思っていると、ドアが叩かれる音が聞こえた。
「ミーシャ? 入って入ってー!」
「失礼します」
「あ、なんか失礼します」
嫌な予感は外れたようで、ドアから侍女のミーシャさんとあいつが入ってくる。
馬鹿は適当に縫い合わされた服を纏っている。かなりピチピチで、服の上からでもその無駄に鍛えられた肉体が解る。
規格に合う服が無かったようだ、流石は元混血種と言ったところだろうか。
「ピウス様、やはり動き難いでしょうか?」
「いや、確かに感触に戸惑いはあるが、それほどでもない。き、気にしないでくれ」
「承知しました。もし、他にもご要望がお有りでしたら申し付けください」
「だ、大丈夫だ。本当、大丈夫だからな」
「そうですか」
あの混血種は何を入口でソワソワしているのか。それを見つめるミーシャさんの眼も何やら柔らかい。
私よりも遥かに背が高く、厳しい印象のある彼女にしては意外な表情だ。
これは、何かあったわね。
「あれー? ミーシャ、お兄ちゃんと仲良しだね。何かあったの?」
「えっ……」
チビッコ、イイ質問よ。子供ゆえの空気を読まない性質、今だけは許すわ。
気まずそうに視線を逸らした二人に、何かがあったのは確実のようだ。
それが何かは解らない。だが、それは部屋に馬鹿を連れてくるのが遅れたことにも繋がっているはずだ。
お世話になった客の片割れとしては、相方が粗相をしてないか把握しておかないとね? 別に面白そうなんて全然思ってないのわ!
馬鹿は目に見えて激しく動揺を始めた。そして汗を流し、一度目を閉じて大きく開いて言った。
「ちょ、ちょっとな」
「ちょっと?」
「ああ、お前も大きくなれば解ることだ。なあ?」
「は? え、ええ、そうですね。お嬢様にはまだお早いかと」
「ええー、二人ともずるいー」
不満そう言うチビッコだったが、二人はそれ以上語りつもりがないようだ。
ふーん? それならこっちも考えがあるわよ。
「あら、なら私は聞いてもいいのかしら?」
「ッ!?」
「私、これでも17歳なのよ。十分大人だから、何が起こっても聞いても問題無いわよね?」
「リセル……ッ!!」
馬鹿は、悔しそうにこちらを睨んだ。その視線を浴びながらも、私は一スセも表情を崩さない。それどころか、より笑みを深めて追及を続けていく。
「そちらの、ミーシャさんだったかしら、あなたは問題あると思うかしら?」
「あ、わ、私は一介のメイドですので……」
「相方の粗相は私にも責任があるわ。できれば教えて欲しいのだけれど?」
「そ、それは……、あの……」
ミーシャさんは、助けを求めるようにチビッコを見つめる。チビッコは動揺しているミーシャさんが珍しいのか、アイコンタクトを読み取れずに興味深々に見返していた。馬鹿は馬鹿でプルプル震え、口を開閉させるだけで役に立ちそうにない。
やがて、恥ずかしそうに俯いた彼女は、小さく言葉を発した。
「初めて(背後)を、奪われてしまいました……」
沈黙。
誰も言葉を発しない。嵐の前の静けさ、断頭の一瞬、ドラゴンに睨まれたコボルトのように、はち切れる一歩手前の緊張が、部屋の中を支配した。
唯一チビッコだけは、ミーシャさんの言葉が理解できずに首を傾げていた。
私はチラリと馬鹿を見る。
「………………………」
限界まで頬を引き攣らせ、必死に明後日の方を見ながら、さっきほどより膨大な汗を流していた。
自分でも解る。今、私は拳をかなり力を込めて握っている。
「ねえ、馬鹿」
「な、なんだ」
「あなたって夏と冬、どっちが好きかしら?」
「そ、そうだな……。俺は暖かい方が好きだな」
「あら、そうなの」
「あ、ああ、暖かい方が生命力が豊富で材木に困らないからな」
「良く解ったわ、ええ、本当に」
朗らかな笑みを浮かべ、私は鷹揚に頷いた。馬鹿は安心したのか、ホッと胸を撫で下ろした。
私は笑みを浮かべたまま、さらに言葉を続けた。
「なら、燃やしても凍らせても一緒ね。だって、くらえばどっちでも発熱するもの」
「えっ」
魔術体兼メイスを取り出し、軽く詠唱を始める。
「“爆ぜろ《Explosin》”」
「ゴブァッ!?」
馬鹿の背後が熱膨張によって爆発を起こし、馬鹿は私の頭上を飛び越えて、窓をぶち破りベランダへと転がった。
馬鹿は直ぐに置き上がり、焦った様子でこちらを見つめた。流石にこの程度では怪我もないようだ。
「ま、待て! 落ち着いて話しを聞け! 彼女の言葉には語弊がある!」
「――――“それが満たすのだ《Ich bin zufrieden》。ここにつまらぬ罪と欺瞞を《Luftverschmutzung ist》”」
「俺は如何わしいことは何もしていない! いや、確かに客観的に見ればまずいかもしれんが、俺自身にそのような気持ちは無かったんだ!」
「“ならば、後悔へ全て留めてしまおう《Du bist eine schone Kristall》。過去と未来に託された夢のカタチを《Ich erinnere mich an gestern.Ich sehe eine Zukunft》”」
「大体俺と彼女に何があろうと、お前は何の関係も無かろうが!?」
苦し紛れの言い訳に、私は詠唱を中断した。
馬鹿はいつまでも来ない魔術に疑問を抱いたのか、そろそろと抱え込んだ頭を上げる。
私を見た馬鹿は、驚いたような表情になった。多分、私がつまらなさそうにしかめっ面をしているからだ。
何故かは解らないけれど、あの馬鹿の言葉に、ひどく腹立たしい気持ちになった。絶対に解けない問題を前にしたような、どうにもできない嫌な気分だった。
理由を考えて、自分の理性が囁いた。こちらを見つめる馬鹿にこのまま魔術を放っても、これは解消できないものだと。
だから、他の解消法を求めて、原因をもっと詳しく考える。
(あの馬鹿の言う通りでしょ。あいつと女関係なんて私には関係ない。あくまで私は馬鹿と国の繋ぎ役、それ以上でもそれ以下でもないわ。あいつを国へ連れて行ければ、それ以外の事情なんて関係ないじゃない)
ならば、自分は何故このような気持ちになるのか。
(あいつを、ピウスを追い詰めている時までは楽しかった。あいつの慌てる姿とか、それこそせせら笑ってたわ。特にあの顔、不細工過ぎて笑いを堪えるのに必死だったわ)
ピウスを苛めるのは、ここ数日の間での日課だった。図体はデカいくせに、妙に小動物のような弱点があるからだ。猫が小さいものをつつき回す心境とは、ああいうものなのだろう。
だけど、
(馬鹿の癖に、私は関係ない、って言ったわ。それが、私を嫌な気分にさせた)
まるで、玩具を取り上げられた子供が、ふて腐れるように。
(――――――――ッ!!)
そこまで考えて、私は顔が熱くなるのを感じた。
「……もういいわ」
「何?」
「もういいから! とっととこの部屋から出て行きなさい!」
「お前が用があると呼び出したんだろう」
「うるさいわね、凍らせて爆死させるわよ!?」
「わ、解った」
私がメイスを振り上げると、あの馬鹿は慌てて部屋から出て行った。
ドアが閉まって、私はメイスから手を離して頬を覆った。
今まで成り行きを見守っていたチビッコが、私の顔を覗き込んで言った。
「お姉ちゃん、大丈夫。顔真っ赤だよ?」
「……冗談じゃないわよ……そ、それじゃまるで、私が……」
「お姉ちゃん、やっぱりお兄ちゃんと恋人なの?」
「にょわああああああああああああああああ!!?」
しかし、思い至った思考への混乱に、私は答える余裕を完全に失っていたのだった。
ひっそりと魔境近くに存在する村の夜。狂おしそうな女性の叫び声が響き渡っていたという。
後でそれを聞いた私は、この時の事を後悔することになる。
うむ、徐々に調子が戻ってるな。
次回もこの調子でいくぜ!