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第五章 地獄への境界

四次元界を進んできた健一は、少しずつこれまでとは違う空気を感じ始めていました。

美しかった世界の向こう側にある、もう一つの世界。

そこには、怒り、憎しみ、執着など、人の心に残された感情が深く関わっていました。

健一は妖精に導かれながら、ついに「地獄への境界」と呼ばれる場所へ向かいます。

そこには、いったい何が待っているのでしょうか。

第五章「地獄への境界」。

健一の旅は、ここからさらに深い場所へ進んでいきます。

四次元界の街を後にした健一と妖精は、静かな丘を歩いていた。


振り返ると、美しい街並みが夕日に照らされ、黄金色に輝いている。

笑い声が風に乗って聞こえてきた。

穏やかな世界だった。


しかし、妖精は足を止めなかった。

歩き続けるうちに、景色は少しずつ変わり始める。


花の数が減り、木々の葉は色を失い、風も冷たくなってきた。

空も、どこか薄暗い灰色へと変わっていく。


健一は思わず身震いした。

「急に寒くなりましたね。」


妖精は静かに答える。

「温度が下がったのではありません。」


「では、なぜ……。」

「この世界には、心の波長が景色として現れるからです。」

健一は辺りを見回した。


さっきまで聞こえていた鳥のさえずりは消え、代わりに重苦しい沈黙が広がっている。

「心が……景色になる?」

妖精はうなずいた。


「地上でも、怒っている人の部屋へ入ると空気が重く感じることがありますね。」

「はい。」


「反対に、愛に満ちた家庭では、部屋に入っただけで安心することがあります。」

「あります。」


「霊界では、その違いが何百倍、何千倍にも現れるのです。」

健一は言葉を失った。


やがて二人は、一つの大きな川へたどり着く。

水は黒く濁り、ゆっくりとうねりながら流れていた。

川面には、自分の姿ではなく、人々の怒った顔や泣いている顔が映っている。


健一は思わず目をそらした。

「これは……。」

「心の川です。」

妖精は静かに言う。


「人の思いは消えません。

怒りも、憎しみも、嫉妬も、欲望も。

それらは同じ波長を持つ思いと引き寄せ合います。」


健一は川を見つめた。

水面からは、誰かの叫び声が聞こえるような気がした。

「助けてくれ……。」

「許してくれ……。」

「どうして私だけが……。」

悲しみと怒りが入り混じった声だった。


妖精はその声に耳を傾けながら言った。

「この川を越えた先が、地上で『地獄』と呼ばれている世界です。」


健一は息をのんだ。

「本当に、地獄があるんですね。」


妖精は首を横に振る。

「まず、一つだけ誤解を解いてください。」


健一は妖精を見る。

「神は、人を地獄へ落としません。」


「えっ……。」


「創造主は、すべての魂が幸せになることを願っています。」

「では、誰が地獄へ……。」


妖精は静かに健一の胸へ手を当てた。

「自分自身です。」

その一言は、健一の胸に重く響いた。


「自分で……。」

「はい。」


「怒りを手放せない人は、怒りと同じ波長の世界へ向かいます。」

「憎しみを抱き続けた人は、憎しみの世界へ向かいます。」

「欲望だけを求めた人は、欲望に満ちた世界へ向かいます。」

「誰かに命じられるのではありません。」

「魂が、自分に最も近い世界へ帰るのです。」

健一は言葉を失った。


ふと、自分の心を見つめる。

妻に向けた怒り。

職場で感じた嫉妬。


認められたいという執着。

忘れたつもりだった思いが、一つひとつ胸に浮かんでくる。


妖精は優しく言った。

「健一さん。」


「はい。」


「大切なのは、怒ったことではありません。」


「え……?」


「人は誰でも怒ります。」

「誰でも迷います。」

「誰でも人を傷つけてしまうことがあります。」

健一は少し安心した。


妖精は続ける。

「ですが、その心を育て続けるか、それとも反省し、愛へ変えていくか。」

「そこが、魂の進む道を決めます。」


健一は静かにうなずいた。

すると突然、川の向こうから冷たい風が吹いてきた。


その風の中に、無数の人影が浮かび上がる。

怒鳴り合う人。

奪い合う人。

憎しみをぶつけ合う人。


しかし、誰一人として相手の顔を見ていない。

皆、自分の苦しみだけを叫んでいる。

健一は思わず一歩後ずさった。


「これが……。」

妖精は悲しそうに目を閉じた。


「まだ入口です。」

「本当の地獄は、この先にあります。」


黒い霧の向こうには、巨大な門が静かにそびえていた。

その門には、文字は刻まれていない。


ただ、一枚の鏡が埋め込まれていた。

健一が近づくと、鏡に映ったのは自分の顔ではなかった。


怒っている自分。

泣いている自分。

人を責めている自分。

許せなかった自分。

誰にも見せたことのない、本当の心だった。


健一は震えた。

妖精は静かに言う。


「この門は、誰かを選別する門ではありません。」

「魂が、自分自身を見つめる門です。」


健一は鏡から目を離せなかった。

そして初めて、自分の心の中にも、光だけではなく影があることを知った。


妖精はゆっくりと門に手を添えた。

重々しい音を立てながら、門が少しずつ開いていく。

その向こうから吹いてきた風には、悲しみと絶望だけでなく、どこか「助けてほしい」という切実な願いも混じっていた。


健一は息を整え、妖精を見た。

妖精は静かにうなずく。

「行きましょう。」

「苦しみの世界を知ることは、光の尊さを知るためでもあります。」


健一は覚悟を決め、一歩、闇の世界へ足を踏み入れた。

――その瞬間、霊界の旅は新たな局面を迎えた。


第五章を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

ここから健一の旅は、これまでとは大きく違う世界へ入っていきます。

人の心にある怒りや憎しみ、執着。

それらが魂にどのような影響を与えるのか。

健一は、目の前に広がる世界を見ながら、自分自身の心についても考え始めます。

次章では、いよいよ地獄界の入口へ。

どうぞ続きをお楽しみください。

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