8話 さぁ、はじめましょうか?
悪い癖だ。
平民の少女の服を買ってあげる青年を見て護衛がため息をついた。
少女は顔を赤らめていて、すっかり青年になついている。
出会いは簡単だった。
わざと馬車の車輪で泥水をかけ、弁償すると少女を誘い出す。
貧しい平民と金持ち商人の出会い。
この光景だけなら、シンデレラストーリーといっていい。
とても微笑ましい光景だろう。
そう。その後の事を考えなければ。
***
「あの子は逃げなかったかい?」
屋敷に連れ込んだ商人は嬉しそうに笑う。
「はい。しかしアベルト皇子、婚約が決まった身です。さすがにこのようなことはもう……」
「確かに婚約したが所詮、領主だったセリナが死んだミラカルト家など、恐れるに足りん。両親という庇護がない今、どうせ僕のやることに口出しできないさ」
セリナが娘は事故にあって記憶をなくしてると頑として社交界に出さなかったため、一度も会ったことはないが、娘は内向的で気が弱いと聞いている。
どうせ逆らえない。
ああ、この皇子はダメだ。残虐性が高すぎる。
嫌がる少女の息を止めては、死にそうになると離すなどの拷問に近い行為を喜々としてしまう。
そして……最終的には動かなくなるまでそれを繰り返す。
もちろん誰にもばれていない。
だが、そういった疑惑を公爵家はキャッチしていたようで領主のセリナが生きているうちは公爵令嬢のリリーシャとは婚約が決まらなかったのだが……。
(嫁いでくる公爵令嬢もおかわいそうに)
皇子が部屋に入るなり、悲鳴が聞こえてきた部屋から、部下は遠ざかるのだった。
***
がはぁっ!!
皇子が必死に息を吐き出した。
なんでこうなってるんだ!!!
心の中で思いっきり叫ぶ。
首の拘束が解放された今息を吸うのが精いっぱいで声にする暇がないのだ。
少女を個室で拷問するはずが、気づいたら、なぜか、拷問を受けているのは自分の方だった。
巨大な水の塊が、皇子の体を包み、身動きを封じられ、水の手に首を絞められるを繰り返している。
「ゆ る し……ぐっ」
許しを請う前にまた首が絞められる。
違う。
違う、違う、違う、違う!!!
こんなみじめな思いをするのは俺じゃなくてあの女のはずなのに!!!
目の前の少女は――笑っている。
妖艶に。
その目はまるで獲物を捕獲して楽しんでいるかのように。
「さぁ、私を楽しませてください。皇子様?」
そう言って笑う女の顔からは……狂気しか感じなかった。
***
ゴーン。ゴーン。
鐘が鳴り響く。
帝都にある開かれた会場ではアベルト皇子と公爵令嬢リリーシャの婚約式が盛大におこなわれていた。
広場の中央には仲睦まじそうに手を振るリリーシャと皇子の姿がある。
その光景を見ながら――転生者であるアリアナは笑った。
セリナを殺した甲斐があったと。
(ふふ、この婚約式で公衆の面前で皇子から無視されてリリーシャへの冷遇が始まるのよ)
婚約式でリリーシャが手を差し出し、皇子がそれを払いのけてから――リリーシャは虐めていい対象として見られることになる。
母親がいなくなった公爵家の威光を落とそうと、皇帝も止めないため、その扱いがますますひどくなっていくのだ。
(そして先輩は偽聖女判定され――断頭台で処刑されておしまい♡)
さぁ、早く皆の前で恥をかいてくださいね、先輩。
婚約式。最後のフィナーレ。
神官の前で互いの手を取り見つめあう、婚約の儀。
リリーシャが手を伸ばし、それを皇子が払いのける。
これがゲームでの公式設定。
本来正しい行動の――はずだった。
それなのに――
わぁぁぁぁぁ!!!
祝福の声があがるというありえない出来事が起きた。
そう――なぜか大衆の面前で、皇子はその手を愛おしそうに受け取ったのだ。
固まるアリアナ。
は?
は?
はぁぁぁぁぁぁ????
なんでそうなるの!?
ちょっと設定と違うじゃない!!!
どうなってるの!!!
(皇子に大事にされたんじゃ先輩は冷遇されなくなるじゃないー!!!)
アリアナは心の声でむなしく叫んだ。




