01 胃弱公爵令息、引きこもりハッピーライフ終了
僕の最近のブームは、育てている魔法植物に名前を付けることだ。
「またここに引きこもっていたのか!! シリル・アルヴェス!!」
「ひぃっ……!!」
ガラス張りの静かな温室に怒号が響く。
バンッ!! と勢いよく扉が開かれたため、木々に止まっていた鳥たちが一斉に羽ばたいていってしまった。
温室で育てている魔法植物はストレスに弱いものばかりだから、とあれほど言ったはずなんだけどな……。
「ち、父上……」
「立て、シリル。挨拶がなっておらん。貴様に魔法の才能がなければ、今頃勘当ものだぞ」
僕の前にやってきた父上・アルヴェス公爵は僕を見るなりしかりつける。その声に嫌でも背筋が伸びた。
アルヴェス公爵家――大陸でも一目置かれている強国・ジェルミナシオン王国建国当初から存在している由緒正しき貴族の名門。
広い領地を持ち、隣国の国境付近の防衛を任された、王家からの信頼も厚い家。父はその昔近衛騎士団に所属しており、今はその頭脳を生かし国の軍事行政に関わっている。
僕はそんなアルヴェス公爵家の次男のシリル・アルヴェスだ。
「あ、あの……父上。温室で育てている魔法植物は、その、ストレスがかかると……」
「病気になるんだろう。もう貴様から耳に胼胝ができるほど聞いた」
じゃあなんで思いっきり扉を開けたんだ。
苦言を呈したくなる気持ちを押さえ、父上を見上げる。
身長が百七十センチにも満たない僕からすると、百八十センチをゆうに超えた父上は巨大な山だ。父上から譲りのペリドットの瞳に、母上と同じベビーピンクの髪色をしていなければ、この人と並んだ時に誰も親子だとは思うまい。
僕の言葉に、父上の顔に刻み込まれたしわがよりいっそくっきりと浮かぶ。
「ジゼルが学園で倒れた」
「ジゼ……姉上が?」
耳を疑った。
ジゼルというのは僕の双子の姉だ。
家に引きこもっている僕とは違い、名門とされているプリムヴェール学園に通っている現役学生。今年進級して二年生になり、学園では筆記、実技ともに好成績をキープしているのだとか。しかも、王太子の婚約者候補に上がっており、王家にもかわいがられていると聞く。
僕とは大違いのできる姉。そんな優秀な姉が倒れたなんて信じられなかった。
「学園生活が肌に合わなかったとか……」
「そんなわけあるか、貴様じゃあるまい」
「……父上、さすがに傷つきますよ」
二年前、僕の元に特待生枠として入学しないかと推薦状が届いた。だが、人と関わるのが苦手な僕には学園生活が想像できずすぐに断った。ちなみにジゼルは一般枠で入試試験を受け、見事合格している。
特待生枠を蹴ったといった日にどれだけ叱られたか、思い出したくもない。
「確かに貴様の研究は王家だけにとどまらず各国が注目をしている。貴様の作った魔道具も公爵家の名で売っているが、それを抜きにしても好評だ。事業拡大も視野に入れているそうだな」
「へぇ、そうなんですか」
「何故そうも他人事なんだ。そこは誇ってもいいところだろう」
そんなこと言われても。
僕は魔法の研究が好きで、その傍らで作った魔道具を売り出そうと言われたから「どうぞ」と答えたら事業が立ち上げられただけで。公爵家の名は使わせてもらっているが、事業やらなんやらはほぼその手の人たちに任せている。たまに儲かってますよーと知らせが来るが、特にこれと言って思うことはない。
事業が成功し、その利益で公爵邸の敷地内に僕だけの温室を建ててもらえることになったときは喜んだけど。
それからここを研究室として使い始め引きこもっているうちに、今日みたいに父上にガミガミ嫌味を言われるようになった。
僕は文武両道な姉と違い、膨大な魔力量と魔法への異常な探求心があったため引きこもって研究しているほうが性に合っている。
「それで、姉上が倒れたという話は」
「はあ……そうだった。本題から逸れたな。倒れた……いや、誰かに突き落とされて意識不明になっている。放課後、人気のない階段で倒れていたところを発見されたらしい。倒れ方からして、誰かに突き落とされたのではないかとな」
「突き落とされた?」
「ジゼルは公爵家でしばらく療養だ。目が覚め次第、事情を聴くことにする。だが、王太子の婚約者候補として名前が挙がっている今、理由を公表せず休学というのは世間体が悪い」
父は顎を数度撫でたあと、鋭い目で僕を見下ろした。
嫌な予感がしてきた。
ポケットをまさぐって胃薬を掴む。
「シリル。貴様は確かジゼルより身長が低かったな」
「二センチは誤差です」
「変装魔法の精度は」
「拒否権ありますか」
聞くだけ無駄かもしれない。
もうすでに、何をさせられるか分かってしまった。ごねたところで決定事項だろう。
父上は「ない」とはっきり言ったうえで、僕の肩をポンと叩いた。
「ジゼルに成りすまし学園へ潜入しろ。そして、あの子を突き落とした犯人を突き止めるんだ。それまで家に帰ってくるな」
「無茶言わないでくださいよ。変装魔法でがわをごまかしても、本人になれるわけじゃないんですから。そ、それに、僕男で……え、女装して……」
「些細なことだろう。双子なのだし」
「大問題です。もし、バレたら……!!」
つべこべ言うな、と言わんばかりの圧にヒュッと喉奥が鳴る。
無茶苦茶すぎる。
第一、僕と姉は正反対の性格だ。変装が完璧でも仕草や振る舞いでバレるに決まっている。そもそも、学園生活が嫌で引きこもっているっていうのに。
父上は、温室を没収されたいのかとまで脅しをかけてきた。僕のお金で建ててもらった場所を没収なんてあんまりだ。
世間体と言ったが、父上はジゼルが王太子殿下の婚約者になることを望んでいるのか。はたまた、ジゼルがあまりにもかわいそうだからか。僕はかわいそうじゃないのだろうか。
ぐるぐると頭と目を回しながら、どうにか自分を納得させる。
「ち、父上。失敗しても僕のせいだけにはしないでくださいね」
「バレないようにやれ」
それが一番難しい。
ただ、こんな僕でも優しくしてくれるジゼルのことは気がかりだ。
姉のため、大量の胃薬を持って学園に向かうことにしよう。嫌でも明日にはここを追い出されるだろうから。公爵の言葉は絶対だ。
はあ、と父上にバレないよう小さなため息をつき、ポケットの中に忍ばせていた胃薬をぎゅっと潰した。




