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 肌にまとわりついていた凍てつくような空気に、陽の暖かさが交わり始めた。


「止まれ」


 金属製の防具と布が擦れ合う音が止み、静けさに包まれる洞窟内──俺は背後に右手を突き出し、上半身を捻って視線を送る。


「どないしたんや、ハルちゃん?」


 疑問をこちらに飛ばしてくる獣人族のアキは、器用に頭の上に松明を乗せている。改めてみると、地味にすごいことやってんなこいつ……。


「この先に奴がいるはずだ。準備はいいか?」

「もちろん、ええで〜」

「よし。ナツキは──」

「無理です無理です全く準備できていません! なので今すぐ帰らせてくださいぃぃぃ!」

「よし、二人とも準備バッチリだな」

「話を聞いてくださいハルトさぁぁぁん! あと、この縄解いてくださいぃぃぃ!」


 ナツキは震える声で、腰回りをキツく締め付けている縄を必死に解こうとしている。俺は自身の腰回りに巻き付いている縄を改めてキツく締め付けて、嫌がるナツキを気にすることなく前へ前へと足を進めた。


「やだぁぁぁ! いきたくないぃぃぃ! うわぁぁぁぁん!」


 俺の進行方向と逆へ駆け出そうとするナツキに負けぬよう、力強く一歩を踏み締めていく。


 奥へ奥へと進むにつれ、松明は役割を薄めていく。水が流れ落ちる音が耳に届き始める。


 確実に変化を始めていく洞窟の内部──ギャーギャーやかましく騒ぎながら俺の進行方向と逆へ駆け出そうとするナツキの妨害を意に介さず、力強く歩みを進め続ける。


 細長く伸びていた道は徐々に広がりを見せていき、息を乱しながら辿り着いた目的地は球体上に大きく開け、ぽっかり空いた天井からは暖かな陽の光が差し込んでいた。


 目の先には小さな湖と表現しても差し支えない景色が広がっており、その傍らで椅子に深く背を預け黙々と本を読んでいる、一人の女性──


「ん……? うげっ! あんたは……!」


 時たま部屋に出てきては高速で移動しまくる黒光り害虫を見たかのような反応で俺たちを出迎えた女──真っ白な肌、青紫の美しい唇、額に生えた一本の立派な角……嫌悪感をこれでもかと漂わせてくるあの態度は、俺に悲しみを植え付けてくる。


「あんたで間違いなさそうだな。近隣で悪さしてる魔族って奴は」

「そのセリフ前に聞いたわ! え、もしかして初めましての程で行こうとしてるの⁉︎ 無理無理いけるわけないでしょ! バカなのあんた⁉︎」

「あんたじゃねぇ。ハルトだ。テメェをぶっ倒す男の名前、しっかり脳みそに刻んどけ!」

「もう刻まれてるわ! 無様に逃げ帰ったクソダサ剣士だと刻み込まれてるわ! つーか、よくもまぁ恥ずかしげもなくカッコつけて二回目の自己紹介ができるわね! そこだけは褒めてあげるわ!」

「今回の俺は一人じゃねぇ! 仲間たちと共に、テメェをぶっ倒す! いくぞ、ナツキィィ! アキィィ!」


 まだ戦いの準備ができてなさそうな魔族に、容赦なく駆け出──


「んぉ……⁉︎ あだぁぁぁ!」


 ナツキの重みを考慮して駆け出した俺は、あまりの軽さに驚いたままバランスを崩し、勢いそのままに顔を地面に叩きつけた。


 突然空気のように軽くなったナツキ──俺は何事かと大慌てで背後へ振り返る。


「……あれ?」


 俺とギッチギチに固いきずなで結ばれていたはずのナツキさんが、どこにもいない。そこらの一般市民どころか力自慢の男たちでも解くどころか引きちぎることすらも不可能と思われるほどに固く結んだきずなだというのに……!


 つまり、考えられることは、ただ一つ。


「アキィィィ! お前また『可哀想だから』と甘やかしたなぁぁぁ! 何度も何度も言っているが、甘やかすだけが優しさではないっ! 時には厳しくしてやることこそが、ナツキのためにもなるんだぞ! 貴様の行為は優しさではないっ! ナツキをダメ人間の道へ進ませる、悪しき行いであるんだぞぉぉぉ!」

「ちゃうちゃう。うちやない」

「じゃあ誰が俺たちのきずなを引き裂いたというんだ! 言ってみろ!」

「これや、これ」


 俺から視線を外さず、隣で力無く地面に横たわっているきずなを指で何度も指し示すアキ。俺は眉間にシワを寄せたまま、目にも留まらぬ速さできずなを引き寄せた。


 一体なにをどうやって奴は逃げ出したのだ……! 疑問と怒りが混ざり合った気持ちのまま、きずなをマジマジと見つめてみると……引き裂かれているきずなは、一部が黒く変色している。それになんだか焦げ臭い……。つまりこれは、解いたでもなく引き裂いたでもなく、焼き切ったということか……!


 しかし、どうやって……? アキは未だ呑気な顔で松明を頭の上に乗せているし、そもそも松明の火で焼き切ろうなど、下手をすればナツキごと燃やしかねない危険な行為をアキがするとは思えない。


 じゃあ、魔族のルージェイさんが……? いやいや、ルージェイさんがナツキを助ける理由がどこにある? もしやるならナツキごと燃やすはずだし、彼女は俺に激しいツッコミをしていて炎魔法を使っていないことは俺がはっきりと見ている……!


 と、なると……信じられないが、これしか思い浮かばない……!


「……ナツキが、やったのか……? 俺にバレないように……炎魔法を、詠唱なしで……!」


 バカな! ありえない! 魔法を詠唱なしでだと⁉︎ んなこと達人クラスじゃないとできない芸当だぞ! というか『仲間のピンチに』とかじゃなくて『仲間見捨ててでもその場から逃げ出したいから』とかいうクソみたいな理由で覚醒したの⁉︎ 許せないしますます非戦闘員としておいておくには惜しい存在になってんじゃねぇか! 逃げるついでに軽々と戦闘技術あげてんじゃないよ! 軽々俺を追い越していくな! 俺を置いてどんどん進んでいくなぁぁ!


「あんた、また捨てられたの?」

 

 グサっ!


 ルージェイが放った一撃が、俺の心に深々と突き刺さる。


「お、お、おいおいおい……! ルージェイよ……今、なんつった……?」

「だから、また捨てられたのかって。この間も捨てられた──」

「勘違いするなよルージェイ! 俺は捨てられてなんかない! 今日もこの前も、ナツキが逃げた理由は『お前が怖いから』だ! お前が怖くて逃げ出してんだ! つまり、お前が悪いんだよ! お前が!」

「いやいや、魔族相手に怖いから逃げ出すって、それなら最初から来なきゃいいじゃん。あんたら、魔族倒すこと目的で来てんでしょ? え、もしかしてだけど、嫌がる子を無理やりここに連れてきたの?」

「そ、それは、その……」

「うわっ、マジなのそれ。くそさいてぇーじゃん。あんた、私とやってることほぼ一緒じゃん。そりゃ捨てられて当然だわ」

「お前と一緒にするな! お前は俺たちのパーティ事情を知らねぇからそんなこと言えるんだよ! 確かにナツキは嫌がってはいたが、嫌がっていてもやらなければいけないことはこの世には山ほどあるんだよ! あいつがイヤイヤ言ってるからって甘やかし続けたら、それこそナツキのためにならない! 多少は強引にでも、嫌がられても、ナツキのためを思えばこうしなければいけないんだよ! つまりこれは、愛のある厳しさなんだよっ! わかったかっ!」

「なぁ〜にが『愛のある厳しさ』よ。それは自分のことを正当化したいだけの言い訳に過ぎないわ。自分は正しい、自分は間違っていないって言い聞かせて自分のやりたいことを周りのこと気にせずに押し進める……やっぱあんたこっち側じゃん。どう? 私と一緒に好き放題やらない? あんたは多分こっち側いた方が気持ちも楽だと思うし楽しいと思うわよ」

「魔族倒しに来たら魔族に勧誘されちゃったって、なにこの話⁉︎ しかも強いからじゃなくて性格で! ギリ笑えないよ、この話は!」

「あんたこのままそっち側にいても嫌われるだけだろうし、さっさとこっち側に来た方が──」

「やめんか貴様! そうやって俺を惑わそうったって、そうはいかんぞ! 俺の精神力を甘くみるな! ここでテメェをぶっ倒して、俺の教育方針は間違っていないことを証明してやるわ!」

「街の人たちのためじゃないのね。やっぱあんた──」

「お黙りっ! いくぞアキ! 俺たちの友情パワーを、やつに見せつけてやるぞぉぉぉ!」


「あいさ〜」という戦場に似合わぬ気の抜けた声が聞こえると思っていたのだが……待てども待てどもアキの声は聞こえない。前方にいらっしゃるルージェイさんの視線からは、なぜか憐れみが感じ取れる。


 バカな……ありえない……!


 震えを大きくしながら、恐る恐る背後へと身体を向けてみると──呑気な顔で松明を器用に頭の上に乗せていた獣人族さんは、もうどこにもいらっしゃらない。


「なっちゃ〜ん。一人で洞窟ん中歩き回るんは危ないでぇ〜。私がそばで守ったるから、待ってや〜」


 細長く伸びる道から、アキの声が響いてくる。

 そういやあの子『男より女の子が好き』と言っていたな。だからこうなることは心のどこか片隅で予測していたことなのだが……あれ、どうしてだろう? わかっていたことなのに、涙が出そう。


「泣きたいなら泣いていいわよ。泣き終わるまでは待ってあげる」

「やめろやめろやめろぉぉぉ! 優しさを見せつけるなぁぁぁ! そちら側にちょっと傾いちまうだろうがぁぁぁ!」

「んじゃ、落ち着いたらまた声かけて。それまで本読んでるから」

「待て待て待て! 勘違いするな! これは、あれだあれ! 捨てられたわけじゃないからな! アキは俺とナツキどちらを一人にしたら危ないかを考えた結果、ナツキを選択したんだ! 俺は捨てられたのではないっ! ハルトは一人でも大丈夫だと判断したから、ナツキを追いかけていったんだ!」

「ふーん。つまりあんたは、一人でも魔族と渡り合えるくらい強いから、一人にされたってこと?」

「そうだ! その通りだ! 決して捨てられたわけではないっ! 勘違いするなよっ!」

「そっかそっか〜。あんた、とっても強いんだ〜。んじゃ、仲間がいなくて一人だとしても、戦いから逃げるだなんてそんなクソみたいなことしないよねぇ〜?」

「あったりめぇだ! 一人だろうとやって……」


 あれ? これマズい方向に進んでないか? 

 そう思った時には、時すでに遅し。


 ボォ! 激しい音と共に、通ってきた道が青黒い炎に包み込まれる。


 勢いで熱くなっていた心と身体が、急速に冷えていく。


「ハルト、あなたに残された選択肢は二つよ。仲間を捨てて私の下僕となるか……仲間ではなく自身の強さを信じて私に立ち向かい、私のおもちゃとなるか……。私は優しいから、あなたに選ばせて、あ・げ・る……!」

「いや、あの、そのぉ……や、やっぱり、仲間を信じないとか仲間を捨てるとか、そんなこと俺にはできないっすよ〜! ってことで、第三の選択肢である、仲間の元に──」

「んな甘ったれた選択肢があるわけないでしょうがぁぁぁ! 私を二度もコケにしたこと、後悔するがいいわぁぁぁ!」


 優しい微笑みを浮かべていたルージェイさんの顔が修羅と化し、次々と青黒い炎が俺へと向かってくる。


 俺は新調した防具と武器を素早く投げ捨て、強く地面を蹴り、入り口を塞ぐ炎をもろともせず来た道を駆ける。駆ける。駆ける。


「クソがぁぁぁ! 結局仲間が増えても、俺一人じゃねぇかよぉぉぉぉ!」


 俺を見捨てた仲間たちに聞こえるよう、バカでかい声を上げながら駆け続けた。


 冒険者ハルト──俺がやるべきことは、世の平和を乱す魔族を倒すことではない。


 パーティの見直し、そして……『仲間を見捨てない』という当たり前のことを仲間たちに叩き込む、教育だ。


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