1.1+1=2じゃない可能性もある
肌にまとわりついていた凍てつくような空気に、陽の暖かさが交わり始めた。
「止まれ」
金属製の防具と布が擦れ合う音が止み、静けさに包まれる洞窟内──俺は背後に右手を突き出し、上半身を捻って視線を送る。
俺とは違い、松明ではなく火の魔法を駆使して自身の周囲を照らしている少女──肩辺りで綺麗に切り揃えられている水色の髪を小さく揺らし、瞳をこれでもかと潤ませているナツキは、小柄な自身の身長と同じくらいの木製の杖を両の手で力一杯握りしめながら「ど、どどど、どうしたんですかぁ……!」と、今にも消えていきそうな声で呟いた。
「ナツキ、奴はこの先にいるはずだ。準備はいいか?」
「あ、あのあのあの……! ほ、ほ、本当に、いくんですかぁ……⁉︎」
「このまま奴を放っておけば、街に被害が及ぶのは目に見えてるだろ。俺たちがやらなきゃいけねぇんだよ」
「で、でもぉ……!」
震えを一段と増し、恐怖に後押しされたナツキは頬を濡らす。
戦う前から戦意喪失している少女に、俺は怒るでもなく、松明の明かりに負けない眩しい笑顔を浮かべて、ナツキの肩を優しく叩いた。
「心配すんなって。お前は俺が必ず守る。どんな攻撃が来ようと、必ず俺が食い止めてやるから。だから、安心しろ」
「ハ、ハルトさん……!」
「俺も、お前が後ろにいてくれたら全力で戦える。一人じゃできないことも、俺たち二人ならできるはずさ。だから、やってやろうぜナツキ。俺たちで、街のみんなの顔に笑顔を咲かせてやろうぜ!」
笑みを強めて、ナツキに言葉を届ける。
俺の言葉を受け止めてくれたナツキは、震えながらも大きく頷いてくれた。
大丈夫だ。俺たち二人なら、やり遂げられるはずだ。
自身を強く鼓舞して、俺は正面を向き、地を強く蹴り上げる。
奥へ奥へと進むにつれ、松明は役割を薄めていく。水が流れ落ちる音が耳に届き始める。
確実に変化を始めていく洞窟の内部──俺はガチャガチャとやかましく音を立てる防具を気にすることなく駆け続ける。
細長く伸びていた道は徐々に広がりを見せていき、息を乱すことなくたどり着いた目的地は球体状に大きく開け、ぽっかり空いた天井からは暖かな陽の光が差し込んでいた。
目の先には小さな湖と表現しても差し支えない景色が広がっており、その中心には……探し人と思われる、一人の女性──
「水浴び中にお邪魔してすみませんね」
「そう思うなら、さっさと出ていってくれるかしら? 野蛮な剣士さん」
松明を投げ捨て、剣を抜き取り構えに入る。
差し込んだ光を反射し輝く刀身を目にしても、女の顔に恐怖は浮かばない。
真っ白な肌、青紫の美しい唇、額に生えた一本の立派な角……余裕を感じさせる妖艶な笑みは、逆にこちらに恐怖を植え付けてくる。
「あんたで間違いなさそうだな。近隣で悪さしてる魔族って奴は」
「悪さだなんて、人聞きの悪い。私はただ『こうしてくださる?』ってお願いしてるだけなんだけど」
「んで、要望通りにいかなけりゃ暴れ回るってか? とんでもねぇ奴には変わりねぇよ」
「ねぇ、かっこいい剣士さん……私のお願い、聞いてくださる?」
「聞くだけ聞いてやる。なんだ?」
「私ね、とってもお片付けが苦手なの。だから今日から一週間くらい、ここに住み込みでお片付けしてほしいの。もちろん、殺しはしないし、ご飯もちゃんと与えてあげるし……とっっても気持ちのいいことも、してあげる……♡ どう? 悪くないでしょ?」
水面が大きく揺れ始め、俺たちの距離が縮まっていく。
提示された条件は、意外にも悪いとは思えないもの。だというのに、脳は危険だと警報を鳴らし続ける。筋肉は緊張を維持し続ける。
俺は言葉を返すことなく黙ったまま腰を低く落とし、手にした剣を握り直し、額から止めどなく流れ落ちる汗を拭うこともせず……鋭く、魔族の女を睨み続けた。
「あら、残念。結構いい条件だと思うんだけどね。まぁでも、その判断は間違ってはないと思うわ。ここから帰る時には、手足の一本や二本、なくなっちゃってるかもしれないしね……!」
「世の中そう上手くいくもんじゃねぇってわかってたよ」
「ルージェイよ。あなたの主人となる者の名、しっかり覚えておきなさい」
「ハルトだ。てめぇをぶっ倒す男の名前、しっかり脳みそに刻んどけ!」
「ふふっ……! ハルト、あなたを私の下僕にしてあげる。ここに一人で来たこと、後悔しなさい……!」
「てめぇなんて俺一人で充分なんだ……え? 一人?」
ルージェイの言葉に違和感を覚えた俺は、ピタッと動きを止める。
いやいや、まさか……そんなそんな、ありえない……!
脳内で否定を繰り返しながら、俺は恐る恐る背後へと視線を向ける──
先ほどまで俺の後ろにいたはずの魔法使いさんは、どこを見回しても見つからなかった……。




