第8話 『2人だけの景色』
放課後の教室は、いつもより少しだけ静かだった。
窓の外は、もう夕方の色を帯びはじめている。
机を引く音も、誰かの笑い声も、少しずつ遠ざかっていって、教室の中には終わりかけの一日だけが残っていた。
ひよりが言った。
ひより「リン、寄り道していきませんか」
リン「寄り道?」
ひより「はい」
リン「じゃあ、ありすも誘う?」
ひよりは少し間をおいてから言った。
ひより「いいえ、今日は二人がいいです」
ひよりはそれ以上、何も説明しなかった。
ただ先に立って歩きだしたので、わたしもそのあとをついていった。
連れて行かれたのは、町外れの丘の上の小さな神社だった。
わたしたちの町は港町で、丘の上まで来ると海が見えた。
海から吹く風は少し冷たくて、でも、立ち止まるにはちょうどいい温度だった。
リン「知らなかったよ。この町にこんな場所があるなんて」
ひより「散策していたら、たまたま見つけたんです」
神社は小さくて、古びていて、人の気配が薄かった。
鳥居の向こうに、夕方の海がひらけている。
波の音は遠いのに、ここまでちゃんと届いていた。
リン「ありすも連れてきた方がよかったんじゃない?」
ひより「リンはやっぱり分かってませんね」
ひよりは少しだけ海のほうを見た。
それから、静かに言った。
ひより「これは2人の景色なんです」
2人の景色。
その言葉に、胸の奥が小さく動く。
小さな石段に二人で並んで座る。
海はゆっくり光を失っていって、代わりに町の灯りが少しずつ増えていく。
空と海の境目が曖昧になっていく時間。
わたしたちも、きっと、今、何かの境界にいる。
でも、それが何なのか、まだうまく言えない。
ひより「リン、覚えていてください」
リン「この景色?」
いいえ、とひよりは言った。
ひより「今日、わたしと見たことを、です」
わたしはもう一度海を見た。
景色はたしかにきれいだった。
でも、きれいなのはたぶんそれだけじゃない。
この場所にひよりと来たこと。
ひよりがわたしだけを連れてきたこと。
二人で見ている、というそのこと自体が、景色の一部になっていた。
わたしは海に向かって両手をいっぱいに広げた。
ひよりも、少し遅れて同じように両手を広げる。
山の匂いと海の匂いが、混ざって鼻を抜けていく。
置き去りにされた何かを放置したまま、わたしたちの世界は、すこしずつ閉じていく。




