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お月様はいつも雨降り  作者: みみつきうさぎ
42/55

第四従二体目


「あれ、船の艦橋みたい」


「艦橋?」


「運転する人や双眼鏡をもった船長さんとかいるところ」


 丘の草原から突き出した塔のように見える建物をルナは船の一部と言った。


「昔の映画に出てきた古い船の形にそっくり」


 四角い細い窓が並んだ箱の手前に円柱の柱が立っている。横に長い棒が付いているその柱の途中には、人が三人くらい立つことのできる丸い手すりのついた輪のような見晴らし台が付いていた。


「あの高い所まで階段が付いている、もしかしたら、あの場所に登れば、もっと遠くまで見えるかもしれないね」


 ルナはそう言ってすぐに駆けだした。


「待って、落ちたら危ないかもしれないよ」


「平気よ!」


 僕はルナに追いつこうと緩い坂道を懸命に走った。


「きゃあ!」


 四角い箱のようなところの入り口で悲鳴を上げ、立ちすくむルナの姿があった。


 僕はかばうようにルナの前に立ち、部屋の中を覗き込むと、そこには動かない人形のようなものが立っていた。椅子に座っている姿勢のものもいた。


「人形?」


 僕がもう一度見るとその姿は消えていた。

 僕たちの耳に急に波の音が飛び込んできた。


 さっきまでの草原はなくなり、僕とルナは高波に大きく揺れる鉄の船の甲板の上にいた。僕はルナが転ばないように抱き留めて近くの手すりを左腕でつかんだ。


 頭上で何かを大声で告げる人の声がかすかに聞こえてきたけれど、僕はそれどころではなかった。


「フーサークェーって叫んでる」


 ルナが僕にしがみつきながらマストの方を見ていた。


「どんな意味なんだ」


「分からない、でも英語じゃない感じがする」


 甲板の前の方から、手すりをたどるように大きな襟のついた服を着た人がフラフラと歩いてきた。


 僕とルナは、近付いてきた日本人のように見える人の姿を見て驚いた。


 頭の上に青い火がともっていたが、ぜんぜん熱がってはいない。


「僕たちを助けて!」


僕が声をあげてもその人には僕たちが見えていないようで、上の方にいるであろう人に何か叫んでいる。


(この人は日本人だ!)


 手すりの先端や立てられている棒の先から一斉に青白い火が上がった。波の音の間に水が蒸発するような音が響いた。金属が大きくこすれるような音も大きくなっていく。

 青白い光が目の前でさらに大きく輝いた。


「ボウくん!」


 僕はルナを抱きしめたまま薄暗い世界の中に立っていた。船の上どころか何もない鉄のようなかたい地面が足元にあった。


「今の夢だったの」


「ううん、船の所に行ったら急に海の上になって……それで青く光って……あっ、みんなは大丈夫かな」


 草原は消えていたが、僕たちの乗っていたシャトルはまだ遠くに見えていた。


「一度、戻ろう」


 僕がそう言って振り返ると、塔のような艦橋はなくなっていた。


「ボウくん、シャトルの明かりが消えている」


 ルナの声が震えていた。僕もとても心配だったがルナを不安にさせないようにする方がずっと大切だった。


「節約のためだと思うよ、あ、足元に気を付けて、滑るかもしれないから」


 草原がゴツゴツした岩肌に変わっていた。僕たちの知らないところで何かが起こっていることは間違いないのだけれど、それが何なのか僕に想像がつくはずもなかった。


 シャトルから人の動きが感じられなかった。シャトルの外側の金属製のパネルの色も輝きを失ってくすんでいた。


「イツキ!」


 車内の天井が崩れ、シートの背に曲がったままで半分落ちている。そのシートも何年も誰も座っていなかったようにボロボロにほつれていた。

 誰も何年もいなかったように色々な場所が変色したり、腐ったりしていた。


 シャトルから少し離れて一時間も経っていないのに、ここだけ時間が何十年も過ぎているように見えた。


「みんなどこかに行っちゃったよう」


 僕が見たことのないような表情でルナが大声で泣きじゃくった。ずっと我慢していた気持ちの壁が崩れてしまったのだと思った。


「先に助かったのかもしれないよ、イツキだったら必ず僕たちを助けてくれる方法を考えているはずだから……だから、ルナ、泣かないで」


 僕はそう何度も声を掛けながらルナの気持ちが静まるのを待った。僕も不安でしょうがなかったけれど、それ以上にルナの心の方がもっと心配だった。


 ルナはシャトルの隅で膝を抱え込んだ姿勢でうつむいている。


 僕はこのシャトルの中で、何があったか確かめたかった。もし、イツキだったら先に自分たちだけで帰るようなことは絶対にしないはずだし、どうしても先に行く場合は、何かメッセージなどのようなものを残しているはずだと考えた。

 僕は、ルナの様子をうかがいながらシャトルの中に、何か残っている物がないかを探した。


「あっ!」


 僕の予想通りイツキの座っていたシートの所にノートが一冊置いてあった。そのノートは焦げ茶色になっていて持っただけで崩れて落ちてしまいそうなほどだった。

 ただ、その表紙には僕の名前が鉛筆で書かれていた。

 僕は床に落とさないように気を付けながらルナの方に持っていった。


「ルナ、イツキのノートを見付けたよ」


 ルナは泣きつかれたような顔をしながら、そのノートを見た。


「何て書いてあるの?」


「今から読んでみるよ」


 僕はページが破れないように一枚、一枚気を付けながらノートをめくっていった。


---------------------------------------------------------------------


 このノートを見付けたボウとルナへ、僕は二人が帰ってきた時のためにこの記録を残しておくことに決めた。


 一日め

ボウとルナが草原の塔に行ったあと、また、あの音が上の方で鳴った。外にすぐ出てみると青白い光がボウたちの塔を明るく照らした。

 僕とヒロトはすぐに塔の方に探しに行ったけれど塔は消えていて、ルナもボウも姿が見えなくなっていた。

 そのあと、みんなで探してみたけれどどこにもいなかった。みんな寝ることができなく、僕もジュンの泣いている声を聞きながらこのノートを今、書いている。

 僕は絶対に二人が無事だと信じている。


 二日め

 食べるものはまだあったけれど、飲み物が少なくなってきた。みんなであるのを集めて全員で同じ量で分けた。ボウとルナの分も残しておいた方がいいと思ったので、そうした。反対する人はだれもいなかった。草原があるってことは必ず雨が降るとはじめに気付いたのはマモルだった。ただ、僕はこんなに草があるのに蝶やハチがまったく飛んでいないのが不思議だった。もしかしたら、ここは別の世界にいるんじゃないかと思った。マサハルとレンが少し遠くまでボウたちを探しに行ったけれど、みつからなかった。

 僕は絶対に二人が無事だと信じている。



 三日め

 夜から雨が降ってきたので、使える入れ物ぜんぶに雨をためた。男子と女子が分かれて雨で体を洗って洗濯もした。シャンプーとかなかったけれど、とても気持ちよかった。服が乾くまでシャトルを半分に分けて男子の部屋と女子の部屋をつくってお互いに入れないようにした。ルナたちはやっぱりまだ戻って来ない。

 僕は絶対に二人が無事だと信じている。



 四日め

 みんな疲れているようだ。食べ物もまだあるけれど少なくなってきている。

 ユキオとヒロトが頭が痛いと言ってずっと寝ている。薬がないのでとても心配だ。レンが外から戻ってきてシャトルが青白く光っていると教えてくれた。僕も外に出てみると外にいたみんなの髪の毛が逆立っていて指先とか頭とかが青白く光っていた。シャトルはそれ以上に光っていた。

 僕はこの光が「セント・エルモの火」だと思ったので、みんなをすぐにシャトルの中に入れた。これは静電気のような光で雷が落ちる時に光ると聞いたことがあったからだ。アルゴー船の冒険では、双子のカストルとポルックスに光がついて嵐がおさまるような話だったのを思い出した。ルナもいたらこの嵐でも大丈夫なのに。やっぱり近くで雷が落ちた。

 あの音が


----------------------------------------


 そこでイツキの書かれた字が途切れていた。


「イツキたちは無事なんだよ、あの時、いなくなったのは僕たちの方なんだ」


 ルナも何かに気付いたようだった。


「あの金属のこすったような音が聞こえると、必ず私たちの周りの景色が変わる……」


「そうだよ、また、その音がしたら僕たちは帰れるかもしれない」


 僕は嬉しくて飛び上がりそうになったが、ルナの顔は暗い。


「必ず元の世界に帰れるとはならないよ、私たちの戻ってきたこの場所はイツキたちがいない世界だったじゃない」


「そうだとしても……そうだとしても、イツキたちはここにいないっていうのを考えると、ここから帰れたんだよ」


 苦しい言い訳だけれど僕は真剣だった。

 

 その時、シャトルの外に岩をいくつもの足で踏みしめるような音が聞こえてきた。


「何の音なのかちょっと見てくるよ、ルナはここにいてね」


 引き留めるルナを落ち着くように言って、僕はシャトルを降りた。

 薄暗い空間に十人ほどの人影が見えた。


 僕はもしかしたらイツキかもしれないと思い、声を上げようとしたがすぐに思いとどまった。

 何か様子がおかしいように感じたからだった。


「何なんだ……こいつら」


 薄暗い中でもそれははっきりと見えた。

 身長が五十センチくらいのマネキン人形のような姿をしていたが、こっちに歩いてくる動きは人間のように滑らかだった。

 どれも服のような物は身に付けておらず、男女を見分けるような身体の凹凸もない。

 頭部に顔のない人形は僕の姿に気付くと、その場でカエルのように跳ねだした。


「サンプル……確保」


 僕の頭の中に直接響いてくるような奴らの言葉が聞こえた。


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