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お月様はいつも雨降り  作者: みみつきうさぎ
26/55

第二従六体目

<登場人物>


静寂秋津 (しじまあきつ)

 ルナとの会話をきっかけに小学校の頃は『ボウ』という愛称だった。


播磨ヒロト (はりまひろと)

 アキツの小学校の同級生


モリワキルナ

 イツキの双子の姉でアキツの小学校の同級生



 僕たちのクラスは今日も平和だ。

普段の音楽の授業は退屈だけれども、今日はいつもとは少し違っていた。

自分の好きな音楽を紹介するという内容で、一人一人が曲名や作曲者など調べたことをタブレットで発表している。


「私はアイドルの……」


 サユミやカエデ、ジュンは美少年六人グループのアイドル曲をテレビ番組の司会者のような調子で紹介し、他の女子からは好評のようだった。

 対抗するかのように少女グループの曲を押していたのは、ユキオとマモルだ。しかし、他の男子からはそれほど盛り上がりがなかった。

 マサハルが津軽三味線の曲を紹介しているのは以外で、乱暴者な彼からは想像ができなかった。

 ワカナとヒロトはアニソンで、曲というより物語のキャラクターについて代わるがわる熱弁している。

 レンはラップで、攻撃的な歌詞について、得意の英語を使って、先生にところどころ注意されながら説明をした。


 この日、イツキは具合が悪くて学校を休んでいる。


 ルナは『アヴェ・ヴェルム・コルプス』という僕が今まで聴いたことがない静かな合唱曲を紹介した。作曲者のモーツァルトは名前だけは知っているけれど、どんな曲を他に作っていたのかを説明しろと言われても僕にはできない。それぐらい自分の生活に密着していない種類の曲だった。


「短い小節の中で次々と神を敬う人の気持ちの変化を映し出すかのように転調していくのが技術的にも素晴らしく、アマデウスという名前をもつ本当に神の子どもが作った曲だと思います、大きな意味としては、この神の恵みを実際に私たちの心で感じさせてくれるサクラメントを表す儀式のことだと言われています」


 僕には彼女の説明の全部が外国語のように聞こえている。


「死に対する恐ろしさに対し、どのような人々も、救われるために何かを信じようと思う心を大切にしたいという気持ちをもっているのでしょう、その気持ちを変えるきっかけや救いの手を望んでいるのかもしれません、私はこの曲を聴くたび、そのように苦しみに迷っている人たちを救いたくなります」


 先生は彼女の言葉にひとり感心しているが、他のクラスメートは僕と同じ、あっけにとられているかのような表情をしていた。


 席に戻った彼女は僕にこっそり話しかけてきた。


「私の説明難しかったかな?」


「うーん、とても難しいと思うけど、ルナが何かをしたいってことは分かったような気がする」


 僕のてきとうな返事に彼女の顔は明るくなった。


「ボウくんはさっきの曲どう思う?」


「優しい感じがしたかな、でもちょっと眠くなる感じ」


「そう、ボウくんなら一緒に好きになってくれると思ったんだけど」


 彼女の子猫のような目と甘えたような声に、僕はボッとのぼせてしまった。


「はい、次で最後の発表、しじま、前に出てきて、こら、何ぼーっとしてるんだ」


 先生の牡牛のような姿と厳しい声に、僕ののぼせた頭は冷静になった。その時に何を紹介したのか……今も思い出すことができない。


(あれ?僕はどこにいるんだ……音楽室にいるのは……僕だよな……あれ、あの子の顔を思い出すことができない、クラスには他にも何人もいたような……僕は今、何をしているんだろう)


 窓には少しオレンジが混じった空の色。

校庭からみんなが帰る声が聞こえてくる。誰もいない教室のスピーカーからは下校の『遠き山に日は落ちて』の曲だ。

 あ、そうだ。僕は教室で残った宿題をしていたんだ。これを終わらせないと家へ帰れない。こんな簡単な小数の問題に何で頭をそんなに悩ませていたんだろう。今の僕には簡単すぎる。でも、あの時の僕には難しかったんだよな


「すごいじゃない」


 教室に誰もいないと思っていたのに、ルナが僕の肩越しに解いたばかりの算数のプリントを覗き込んでいる。


「ボウくん、頭いいね、さっきから見ていたらすごいスピードで解答していたよ」


「いつからいたの?」


「ちょっと前、弟が休んだでしょ、先生のところへプリントを取りに行ったら、音楽の先生が話しかけてきてこの時間になっちゃった」


「ルナさんは音楽が好きなんだね」


「うん、聴いていても楽器を弾いていても、すごく心が安心するの、それにレンくんのように英語とかがペラペラと話せなくても、他のどんな国の人にも自分の気持ちを伝えることができそうな気がして……簡単な魔法のようだなって思う」


「あの、ルナさんが選んだ音楽……何だっけ」


「アヴェ・ヴェルム・コルプス?」


「あ、それ、僕みたいなクラシック音楽聞かない奴でも、不思議な感じがした」


「ボウくんにも気にしてもらえるなんて、私もうれしいな」


 ルナさんが僕の鉛筆を握っている右手に何気なくそっと手を添えた。

 鉛筆は驚いた僕の手から机の上に転がり、床の上に乾いた音をたてて落ちた。


「うわ!」


「あ、ごめん、驚かせちゃった?」


「い、いや……なんでもないよ」


「ねぇ、ボウくんって誰か好きな人がいるの?」


「い、いないよ、そんな人、ル、ルナさんにはいるの?」


 僕のおどおどとした様子にルナさんは微笑んでいる。


「当ててみてもいいよ?」


 僕が次の言葉に詰まる中、なぜかヒロトがひょっこりと教室へ戻ってきた。


「あれ?二人で何してるの」


「べ、別に何もしてないよ、残されてプリントやってたんだよ」


「わたしも、職員室から戻ってきたばかり、ヒロトくんはどうしたの」


 ヒロトは僕たちの行動を疑うようなこともせず、自慢げに机の横にぶら下がった給食袋を手に取った。


「俺は、これ!忘れるとお母さんからすごく怒られるんだよ」


「あ、そうだ、私も弟の忘れるところだった、ヒロトくん、ありがとう」


 ルナは、欠席したイツキの机に行って、給食袋を取り外した。


「じゃ、僕は先に帰るね……それと、ボウとルナが仲良くしていたのはみんなには内緒にしておくから」


「僕たちはそんなんじゃ」


「いいって、ルナさぁ、ボウはお前のことが好きなのかもしれないよ、みんなと話している時もルナのことになるといつもの寝ぼけているボウの表情が少し変わるんだ、近くで観察していても面白いよ、それにルナも、ボウに話しかけている時は何か楽しそうに見えるよ、気のせいかもしれないけど」


「ヒロト!」


「気にしない、気にしない、僕は人が好きになることって、悪いことだと思わないよ、特にお互いが好きだったらいいんじゃないかな、じゃバイバイ!」


 怒ったように立ち上がった僕を見ても、ヒロトは慌てずに軽く敬礼して教室から出ていった。


「ヒロトくんって忍者みたいな人ね」


 ルナさんは僕たちのやり取りを見て、少しうれしそうに笑っている。

 僕は思った。ヒロトはもしかしたら二人の会話を少し前から廊下で聞いていたのかもしれないと……。


(ああ、そうだった……あの頃の僕たちの時間はあったかかったんだ……それが……余計に悲しいんだ)




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