第従九体目
<登場人物>
静寂秋津 (しじまあきつ)
就活中の大学生、謎の企業から少女の姿をした人型端末『シャン』を贈られる。
シャン
『月影乙第七発展汎用型』の人型端末
「なぁ、シャン、なぜ、こんな田舎にばかりに探している物が隠してあるんだ?」
僕はシャンの案内する場所すべてが神社や仏閣など自分にはあまり興味がない所に集中しているのが分からなかった。もし、それが破壊を望む犯罪組織の目的であればあまりにもイメージとかけ離れすぎている。
小さな花々があぜ道を飾り、小鳥がさえずるこの町道は都会のテロ騒動が噓のような光景だ。
「一言であらわすときっかけは『恨み』じゃな……わしには理解できない感情だがな」
「恨み?随分と物騒だな」
「エネルギー代替としての恨みなどは生者の脳神経に流れる微弱な電気信号にすぎぬ、ネットを見たらもう人間自身がその誤答に近い解答を導いておる」
「質問の答えになっていないような気がするけど」
上着の内側に僕が適当に縫い付けた布袋からシャンが顔を覗かせた。
「事象に対する理由付けは滑稽なものほどいい……『どんな愚か者でも真実を語れるが、巧みに嘘をつくのは明晰な人間でなければできない』、これは昔の人間の言葉じゃな」
「シャンは何でも知ってるな、答えからさらに外れているけど」
「外しているのじゃなく、もうその答えは上様自身がより正しく解いているはずじゃ、それと知っているのではない、蓄積したデータがあるからそこから読み込んでいるだけじゃ」
「僕の脳もデータを蓄積出来たらいいのにな」
「うむ、そうか脳改造に伴う機械化を希望するのじゃな、手術室をレンタルするか?」
「改造はいやだなぁ」
「でも上様、わしも上様と出会ってから『嬉しい』『悲しい』という不完全な感情信号が少しだけ理解できたような気がする……そのうち『恨み』という感情も理解できるんじゃろうな」
「えっ、そりゃ理解しない方がいいと思う」
「そのようなものなのか」
「そのようなものだよ」
僕が巻き込まれたような爆破テロは起きていないが。シャンの言う通り、歴史的建造物の社殿がいきなり崩れたり、ご神体の石が割れたりという不思議な事故が、あの事件以降、急激に増加している。これは国内だけでなく海外でも同じようなことが起きているらしい。礼拝堂、城、モニュメント、人々の心のよりどころになるモノがターゲットにされている。
(祟りだよ、だってさ、あの神社だって恨みをもって亡くなった人を弔うためだろ)
(間違いない、ほら、この前、折れたご神木だって、切ったら祟りがあるって言われてたらしいぞ)
(怖え!)
(死神降臨!)
(もし、次、起きるならこの場所じゃないか?)
(正解!というか、もう、そこは起きているよ、絶対霊的なものだよね)
(国宝消滅w)
(とうとうそこもか)
(祟り確定デスッ!)
(オレちびりそう、誰かタスケテ)
犯人探しというより、目に見えない祟りや恨みという力によって、これらの出来事が起こされているという雰囲気がネットを中心に充満していた。間違いなく人の不安な気持ちは急激に高くなっている。それが地方の小さなものであればあるほど、大きいものを破壊する以上に人々のすぐ隣に危機が忍び寄っていることを伝えているんだ。
そう、僕には分かっていた。
(ど田舎のおいらの近所も破壊済み)
(町内極小規模神社倒壊!)
(うちもだ、これやばすぎるだろ)
(七五三ここであげたのに)
(初詣ピンチ!)
(墓参り規制のため中止)
(結界だ!陰陽師を呼べ)
カーブを曲がった道の先に木立に囲まれた小さな神社が見えた。しかし、そこの周囲の道路にはテレビクルーやウェブカメラを持った若者と村人、彼らを整理する警察官が規制線を張り木立を囲むように立っている。
「こんな小さなところにまで」
「調べたらもう朝のテレビ番組でいくつかの祭神に関する候補が流れたらしいからの、明かされていく証拠が小さければ小さいほど、まだ、違うことがあるのではないかという類の推測が興味や関心と共にどんどんと深まっていくのじゃ、仕掛けとしてはスィッチをオンすれば、何か起こるようにしているだけなのじゃが、一歩遅かったようじゃのぅ」
「破壊する仕掛けを止めることはできる?」
「直接、触れることが出来たら、しかし、その位置は通信を遮断している今は不可能じゃ、それも小型で簡単に見つけられるような物じゃない、爆発物そのものというよりそこに誘導するものじゃからな」
僕とシャンが今までの場所で外した装置は一辺が二センチに満たない小さな物だったがそれぞれ形が異なっていた。中には玉石と見分けられないような細工がされている物もある。
「それだけを壊せる特殊な光線銃とか何とかソードとかないのか?」
「大型なモノはあるにはあるが、携帯サイズはない、火薬の燃焼反応を利用した武器の方が作業効率としてはよい」
「拳銃ってこと?」
「それも名称のひとつじゃな」
「どっちにしてもこれだけ人がいたら無理か」
「ネットワークに接続してみるのが早いのじゃが」
「それだとシャンの仲間やアメリカ軍にも分かっちゃうんじゃないの」
「もちろんじゃ、一秒もかからぬ」
「それは無理だ、居場所が分かっちゃうじゃないか」
「また逃げればよい、上様との逃走旅行は色々なものが体験出来て楽しい……楽しいとは機能に負荷がかからないいわゆる心地よいものだということと今は理解できる」
「何だか意味が分からない」
もうひと月以上、僕は今まで使っていたスマホやアパートを解約し、シャンのベッドケースとわずかな着替えだけで国内を回っている。
(みんな心配しているだろうな……あれ、僕にそんな友達がいたっけ)
小野さんが上目遣いをした時の顔が脳裏に浮かぶのを僕は必死に抑えた。
(彼女と言う訳じゃないし、仕事がある訳じゃないし、何を僕は悩んでいるんだろう)
地方の集落には正午を告げるサイレンが鳴る所が多い。この村も同じで、僕の思いを断ち切るように火の見櫓のサイレンが正午を伝えた。
「上様、始まりじゃ」
シャンの声は緊張していた。
「まさか、こんな小さなところで」
「違う、ここだけじゃない、多分、一斉に仕掛けてくると思う」
「何で分かる?」
「緊急信号だから強制的に介入してくるのじゃ」
汽笛のような音が鳴った。
しかし、今までのと比べると、とても小さな音だったように僕には聞こえた。
「この音は!」
石造りの鳥居がガラガラと音をたてて崩れ始めた。テレビクルーや動画配信者たちは規制線近くに寄り、慌ただしく中継を始めた。
「破壊率がしっかり制御されているのぅ」
「そうだねシャン、もうみんなを怖がらせるには十分な演出だよ」
僕はネットに奇妙なワードが飛び交い始めていることに気付いていた。
(ねぇ、『四次元人』って知ってる?)
(三次元に足りないのは霊界だったか!)
(宇宙人説はどうした?)
(『アポカリプティックサウンド』を生で聴けた)
(四次元人の仕業だろう)
(もっと生贄としての犠牲者が必要なんじゃないか)
(自殺志願者募集!生贄になるだけの簡単な仕事ですw)
(四次元人無敵説)
(死人が、死人がまだ足りないんだよ)
小さな地方の駅の待合室でようやく使い慣れてきた新しいスマホに目をやりながら、僕は過去の出来事を徐々に思い出してきている。
小学校の教室
仲間
遊ぶ子供
仲間
遊具でのやりとり
友情
勉強
親友
血
初恋
あの出来事
神様
僕たちを恐怖に陥れたあの出来事
そして、忘れていたんじゃなくて、僕自身があの時に感じた心に重石をのせていたんだということに。
「シャン、僕の記憶の扉をもっとこじ開けてくれるかい?」




