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歴史探偵アケチ  作者: 橘晴紀
22/28

信濃路①

 年が明け一段と寒さが厳しくなり、古都はいつにも増して賑やかなシーズンを迎えた。初詣など神社仏閣に大勢の人が訪れるので、普段は静かなここ六条界隈も人が増える。年中無休の喫茶ベイルートは実家に帰省した桃香の代わりに年末年始の間、バーを閉めるので宗我がピンチヒッターを務めた。

 当然桃香特製ランチがないので、パッカーとして暇がない小西はついでにハイミーを開け、ブツブツと文句を言うだけでは飽き足らず桃香についていこうとして皆に止められた。小林は普段より少なめの時間で宗我を手伝った。ここのところ大学での課題が多く忙しいので、実家に帰るのも見合わせていた。

 帰ってきた桃香の七草粥を食べ終わり、通常に戻った静かな店内でタバコを愉しむ明智。小林が大学の友人たちから貰ったという各地の土産を広げ、桃香と品評を行っている。そんな和やかな雰囲気から一転して、鈴の音が店内に響き渡った。その音で桃香と小林は常連客でないことがすぐに分かった。

「あの~、すみません。こちらに明智さんはおられますか?」

 入ってきた男二人の内、背が低く体格のいい方が正面にいた桃香に尋ねた。桃香は条件反射的にいつもの入口付近にいる明智を紹介した。丁寧に頭を下げる男たちはすぐに明智の前に腰掛け言った。

「突然申し訳ありません。私は警視庁の都築、こちらは中野です。事務所に伺って、書いてある通り一階に行き、そこでここを聞きました」

 そう言う都築刑事と中野刑事は警察手帳を明智に見せた。確認した明智は頷き、桃香と小林はお互い顔を見合わせ心配した。明智が注文した三杯のコーヒーのカップをマスターに渡し、カウンターで用意をする小林に桃香が小さな声で聞いた。

「警視庁って、よくテレビで聞くよね?」

「そうですね。東京都の管轄です」

「東京って、東京都警じゃないの?」

「違いますよ。東京だけ、府警、県警とかじゃなくて警視庁っていうのです」

 そう答える小林に明智が手招きした。席に着くと、目の前に写真が数枚並べられてあり、知っている顔の確認を求められた。小林は暫く写真に目を通し、声を上げた。

「あっ!この人、ツアーに参加していた、先生と話していた人ですよね?」

 そう言って小林は明智を見た。明智は頷いて、男の顔写真を都築刑事の方に指で送った。写っている男は先日、明智と小林が参加した龍馬のツアーにいた男だった。神社の手水舎で明智と言葉を交わした男である。

 明智は都築刑事に求められて、詳しい事情を説明し

た。それを受けて都築刑事は男の素性と共に東京から来た理由を話しだした。

「先月二十四日朝に東京杉並区で、ある男が死体で発見されました。その男は私立探偵で名前は佐々岡といいます。その佐々岡に調査を依頼していたのが、いま写真を見ていただいた太田雅嗣です」

 明智は都築刑事に了解を取って、隣のテーブルに移動して火柱を上げた。例に漏れず、両刑事は驚いた後お互いの顔を見て苦笑いした。

「太田のアリバイ確認ですか?」

 小林が都築刑事にそう聞くと、彼より先に明智が否定した。

「いや、違う。太田がツアーに参加したのは二十五日だ。アリバイじゃなく、太田が佐々岡に依頼した内容で刑事さんはここに来られたのだろう」

 それを聞いて感心する小林。続けて明智は都築刑事に聞いた。

「ひょっとして、太田の依頼内容というのは中原兼男のことじゃないですか?」

 その問いに両刑事は一転して厳しい表情になり、中野刑事が何か言いかけたのを制止して、都築刑事が笑いながら言った。

「さすが探偵さんですね?木下警部のおっしゃっていた通り。あなたにあまり回りくどい言い方は時間の無駄なようです」

 一旦間を置いて、コーヒーを飲み都築刑事は話し出した。明智の言った通り、太田雅嗣は佐々岡に中原兼男の尾行を依頼したという。中原兼男は太田雅嗣に生前、刀の売却交渉をしていた。商談成立間近で突然、中原兼男から白紙に戻して欲しいと、告げられた太田雅嗣は不審に思い、佐々岡を雇い中原兼男の動向を探っていたという。明智に言われカウンターに戻った小林に桃香が不安そうに聞いた。

「業平様、また連れていかれるのかな?」

「大丈夫ですよ」

「よかった。もう、あんな思いするのは嫌」

「そうですね。でも、あの太田っていう人、殺人するようには見えなかったなぁ」

「どんな感じの人だったの?」

「自分で手を下すっていうよりは、依頼するっていうタイプだな。あっ!っていうことは中原兼男を佐々岡に殺させたのは太田か」

「え~、怖い!そんなのドラマの世界だよ」

 盛り上がる桃香と小林を余所に明智たちの席では話が終わっていた。

「刑事さん。ひとつ聞いていいですか?」

 明智の問いに都築刑事は頷いた。

「太田の職業は骨董関係ですか?」

「いいえ。イベント関係の会社を経営しているみたいです。それが何か?」

「参考までに聞いただけです」

 都築刑事は明智に中原兼男と佐々岡事件で設置された警視庁と京都府警の合同捜査本部に協力を頼んでベイルートを後にした。

 六歴探に戻った明智のあとに小林も続いた。

「先生。お出かけですか?」

「東京から長野に周る」

「気を付けてくださいね。二人も殺されていますから」

「オレは大丈夫だ。それより京子とミルクを頼む。キミも一応は男だ。いざという時は彼女たちを守ってやってくれ!」

「わかりました。ただ、桃香さんは僕が守るというよりは守られるって感じですけど」

 苦笑いの小林に明智は言い放った。

「バカヤロウ!オマエもタマがついているんだろう!男がそんな事を言ったらお終いだ。遥か昔より、どんな男も女たちを守ってきた。たとえ自らを犠牲にしても。それは今も変わらない。それができないというなら、タマでも抜いてこい」

「すいません」

「ああ見えてもミルクは繊細だ。上手くキミがリードしてやれ」

 そう言われた小林はニヤついた。それを明智が問いただすと小林は慌てて話を変えた。

「太田がふたりを殺したのですかね?」

「いいや。太田は中原と佐々岡の事件、両方ともアリバイがあったらしい」

「じゃあ、どうして?」

「おそらく、太田が依頼した佐々岡は八坂の塔で中原兼男が殺される場面を目撃したの

だろう」

「では、佐々岡は兼男殺しの犯人に消されたということですか?」

「たぶん、そうだろう。まぁ、それは警察に任せておいて、問題は何故、太田がツアーに参加したかということだ。それと兼男に見張りをつけなければいけなかった理由」

 それから明智は戸棚の本を探しながら小林とこれまでの経緯を再考した。六歴探を訪れた中原兼男はその後、骨董店に立ち寄り主人と会った。そこで一本の刀を

購入して夜九時に妹の朋絵と待ち合わせた。

 落ち合ったふたりは近くの店で食事をして、小競り合いのあと別れた。次に兼男は何らかの理由で八坂の塔に行った。そこで何者かと言い争いになって、刃物で刺殺された。その後、犯人は兼男が買った刀と携帯電話を持ち去った。兼男が殺される直前まで一緒にいた、妹の朋絵はその後ホテルに戻り、アリバイも成立している。

「それにしても、先生。よくそこまで調べられましたね?」

「半分は木下警部に聞いたからな!」

「警察がいくら先生といえども、よくそんな情報を教えてくれましたね?」

「どうせあのオヤジのことだから、情報を流してオレを使う気なのだろう」

 妙に納得した小林は最大の疑問を投げた。

「朋絵の友人城田紗佳が同時間、京都に居ましたが、ひょっとして彼女が犯人なのです

かね?」

「どうして、そう思う?」

「だって、携帯電話がなくなっていたというので…兼男が直前に通話かメールでもしていたんじゃないですか?それを隠すため犯人が持ち去った。そうなると、慌てて京都まで来た城田紗佳が一番怪しいじゃないですか?」

 得意気な小林に明智は火柱で冷やかした。

「少しは様になってきたな!小林くん」

 照れ隠しで答える小林に明智は続けた。

「中原兄妹が食事をした店周辺を調べたんだが、ちょうど同じ時刻に向いの喫茶店で城田紗佳がいたという目撃情報があった。彼女には連れがいたと店員は証言している」

「誰ですか?」

「わからない。男だと言っていた」

 明智は中原兼男が置いていった写真を小林に見せた。

「これを店員に確認してもらったんだが、キミはこれを見て何か気づかないか?」

 小林はマジマジと写真を見て首を傾げた。

「三人とも楽しそうですね。でも、特に気になったところはないです」

「皆それだけの笑顔ということは、おそらくシャッターを切った人物はよく知る者なのだろう」

「あ~!じゃあ、それが城田紗佳と京都に来た人物ということですか?」

「あくまでも想像だが、写真と実際に会った兼男から考えれば彼の言う通り、最近のモノだろう。撮った者が男だと仮定して、四人の関係は?」

 明智は窓を閉めてソファーに腰掛けた。

「まず、中原兄妹と妹の友人、城田紗佳。この三人は当然知り合いです。撮った者も三人をよく知る長野の兼男の友人か妹たちの友人。そうじゃなければ、東京に出てから知り合った兼男か紗佳の友人ですね?当然、警察も目星をつけているのですよね?」

「いいや。まだのようだ!」

「どうして分かるのですか?」

「府警の婦警からまだ連絡がない」

「えっ!婦警さん?…でも、先生…携帯とか持ってないじゃないですか?」

「そんなもんがなくても、情報を取る方法はいくらでもある」

 小林はそれ以上聞くことを諦めた。話が途切れて明智は自ら淹れたコーヒーをカップに注ぎ、ひとつを小林に手渡した。明智はブラックで飲むが、小林は砂糖とミルクを入れるので、事務所の棚に自分用のそれらをストックしていた。スティックシュガーと粉末状のミルクをたっぷり入れたコーヒーは茶色く染まった。

 一時休憩となり静まり返った六歴探に、耳をつくざくような機械音が鳴った。

『ガリガリ…ガー…ガリガリ…ガー…』

「こちらピンクスワン。ファルコン、応答願います」

 その乾いた高音は桃香のものであった。

「こちら、ファルコン。オーバー」

「トビから伝達あり。明朝、巣から数羽、東に飛び立つとのこと。オーバー」

「ラジャー!」

 無線機を置いた明智は窓を開けた。

「どうやら警察に動きがあるようだ。だが、オレの方が先に東京へ着く」

 明智は小林が求めた暗号解説に答えた。

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