ツアー②
その頃、京都府警捜査一課では。木下警部のもとに長野から戻ってきた福島が報告をしていた。
「中原朋絵は戻っていました。刀も所持しており、確認したところ特に変わったところはなかったです。彼女の証言によると、事件当夜兼男と待ち合わせをしていて、そのあと近くの店で食事を取ったとのことです。店の方のウラは取れました。そのあと、ふたりで言い争いになって朋絵は先に店を出た。それから彼女はホテルに戻ったということです。そちらのウラも取れました」
「ご苦労さん。ということは、今のところ朋絵のアリバイは成立しとるいうわけやな」
「はい。ただ、ひとつ気になることが…」
「何や?」
「この日、朋絵の親友、城田紗佳という女がここ京都に滞在していたということですわ」
「ふたり一緒に来たんか?」
「いいえ。城田は朋絵が京都に来てる事を知っていたようですが、朋絵のほうは知らなかったということです」
「ほう!城田は親友に内緒で来たということか。一人で来たんか?」
「本人はそう言うてます。まだ、ウラは取れてまへんけど」
「来た理由は何て言うとった?」
「朋絵を探しにと」
「そうか。何か隠しとんなぁ!福島。朋絵と城田の足取り、よう洗ろてくれ!」
「はい。それで警部。明智のほうはどうでした?」
「骨董店に行ったらしいから、刀を買ったことは聞いたやろ。奴さんは鼻が利くさかい、たまに思わぬモンを拾ろいよる。ワシらはそれをサっと取ったらええねん。まぁ、泳がしといたらええ。それよりも奴さん、何かややこしい連中に纏わりつかれとるみたいやな」
「といいますと?」
「今回のヤマかどうか分からんけど、どうも二手のルートからつけられとるみたいや」
「そうでっか!四課の志田から聞いたんですけど、明智と青龍会の加藤が顔見知りやったらしいですわ」
「そうか!そっちは心配せんでええわ」
福島は一旦その場を離れ、コーヒーをふたつ持ってきた。
「警部。あと一週間でカタつきますかね?」
「朋絵と城田のどっちかがホシやった場合はな!それより、お前はあのサテンに行って、巨乳姉ちゃんから明智の動向を探ってくれ」
「は、はい。でも、アイツにはイチさんと野々村がついてんちゃいますの?」
「アホか!明智はつけられてんの、百も承知や!あの助手アンちゃんには詳しいことは言わんやろ。お前がコーヒーでも飲みにいったついでになんか聞き出せたら儲けもんや!
あの娘は明智に惚れとる。奴さんもそれを知っとる。当然、明智は姉ちゃんにも詳しいことは言わん。そやけど、娘の方は明智をよう観察しとるさかい、そこを抜き取るんや!解ったか?ええか、福島。お前があの娘にデレっとして、抜かれたらアカンぞ!」
「は、はい」
木下警部は飲み干したコーヒーカップを福島に手渡し、部屋を出て行った。福島はニヤけた顔で片付けをした。ツアー一行は昼食後、最終目的地の霊山護国神社に到着した。神社の背後にそびえる山中には龍馬と中岡を始め、木戸孝允や幕末の志士が多く眠っている。特に龍馬と中岡の墓から見える景色は京都市内を一望できる絶景で、訪れた人々を感嘆の渦に巻き込む。
神社参拝と墓参りに先だって国松が休憩所にて、一同にお土産として『龍馬んじゅう』という饅頭と、龍馬と中岡の似顔絵が書かれた、しゃもじを配った。これは龍馬が暗殺直前に食べようとした軍鶏鍋に因んだダジャレで、参加者全員は冷やかな拍手を送った。
しかし次の言葉で歓声に変わった。
「皆様、本日はご参加いただき誠にありがとうございました。わたくしのジョークではご満足いただけないと思いますので、ささやかなプレゼントをさせていただきます。龍馬が食べられなかった軍鶏鍋を彼の代わりに召しあがってください。本日、立ち寄りました龍馬が峯吉を使いに出したお店のお食事券です。このあとは自由解散となっております。長らくのお付き合いありがとうございました」
笑みが零れる一同の拍手に包まれたツアーは一旦幕を閉じた。その後、明智と小林は手水舎で手と口を濯いだ。明智がハンカチで手を拭いていると、横で手を洗う男の手首に模様があるのが見えた。その男はツアーをひとりで参加していた者であった。年齢は三十代半ばで小太り、少しハデな格好ではあるが、身につけているものは高価な品のようである。明智はその男に声を掛けた。
「歴史にかなり造詣が深いようですね?」
すると男は不思議そうに顔を上げた。
「あっ!あなたは確か…」
「明智です」
「そう、明智さんでしたね。どうしてそう思われるのですか?」
「手首にある模様が見えたものですから。それは桔梗紋ではないですか?」
男は少し慌てて自らの左手首を握った。
「あ~…そうです。坂本龍馬好きが高じて彫りました」
男は作り笑いで答えて、明智に聞いた。
「明智さんも家紋は桔梗ですか?」
「はい」
「まさか、光秀の子孫とか?」
「わかりません。『本能寺の変』のあと、子孫はなるべく明智姓を名乗りたくなかったでしょう。ある者は名前を変えたり、捨てたりした。その逆にした者もいた」
「逆とは、どういうことですか?」
「混乱に乗じて名前を貰うということです」
「どうしてそのようなことを?」
「明智光秀は名門土岐氏の流れといわれ、それを辿れば清和源氏に通ずる。謀反人といわれても、そのネームバリューが欲しかった者もいたのでしょう。自分の家系を詳しく調べていないので名字が同じというだけで光秀の子孫かどうか解らないということですよ」
男は明智と話したあと、龍馬と中岡の墓に向った。小林は墓に行ったことがなかったのと、男女のカップルを監視するため山中に入った。明智は返されたタバコを持って休憩所で一服して皆を待った。ツアー参加者が続々と山を降りてきて、各々明智に質問をした。
その都度明智は丁寧に答え、一応オブザーバーと
しての役目は果たしたかたちになった。一行の最後に小林が戻ってきた。
「先生、妙ですよ。あのカップル、どうも本物じゃないようです。ツアー中もほとんど話していなかったようですし、男の方はキョロキョロしていて挙動不審。先生がさっき、手水舎で話していた間もずっとこっちをみていました」
歩きながら話す小林に明智は答えない。
「先生。またですか?」
ふたりは再び八坂の塔の前に立った。しばらく周りを見渡したあと明智が呟いた。
「そういうことか」
「何かわかったのですか?」
「我々はさっきと同じ位置に立っている。あの時オレが見たのはカップルの男の方、ノッポ男。てっきりこっちを見ているものと思っていたが、どうも見ている方向が違っていた。おそらくオレたちの向こうにいたヤツを見ていた。それがオレと手水舎で話していた男、小太り男かもしれん。さっきもそうだろう。ロズウェルは何て言っていた?」
「誘うどころか、ノッポ男を初めて見たそうです」
「あの時ここではオレたち以外に三つの目があったようだ」
「どういうことですか?」
「小太り男を監視するノッポ男。そして、オレたちを監視する別の男」
明智はそう言ってまた違った方向を指した。
「あそこに他の誰かいたのですか?」
「ああ。ずっとつけていたようだが、全くの素人だな。新人の刑事ってとこか」
「刑事?どうしてですか?」
「どうせ、鬼警部の差し金だろう」
「まだ先生を疑っているのですか?」
笑いながら歩いていく明智の後を、小林もついていった。ゆったりとした午後の中、ベイルートでは京子が桃香特製ぜんざいを食べていた。
「要するに桃ちゃんはヘイちゃんの相手が涼音さんだと思っているの?」
「ううん。業平様は授業と言っていたけど、でも涼音さんはそれだけだと思っていない。そうじゃなかったら、相当のやり手だよ」
ふくれる桃香の頬とぜんざいを頬張る京子の頬の膨らみは対照的であった。
「それが涼音さんの祇園ナンバーワンといわれる所以じゃないの?」
「確かにそうかもしれないけど、でも昨日あの人は急に態度が変わった。業平様にベタベタしだして…。絶対私たちに気づいていた」
「だったら桃ちゃん、こう考えたら?仮に涼音さんがヘイちゃんにベタ惚れだとして、桃ちゃんに気づいてそうしたなら、桃ちゃんをライバルとして意識しているってことだよ」
「だったら…わたし…負けるかも…」
俯く桃香に京子は空になったお椀を、テーブルに激しく置いて言った。
「そんなの桃ちゃんらしくない!まだ舞台にも上っていないのに…。それに桃ちゃんはヘイちゃんを見くびっている」
「ち、違うよ!ヒメちゃん。業平様のこと、そんな風に思っているわけない!ただ、私が弱すぎるだけなの」
桃香は流し台に手をつき、うな垂れた。
「ゴメン!桃ちゃん。京子の言い方が悪かったみたい。別に桃ちゃんと涼音さんを競わそうと思って言ったんじゃないのよ」
「解ってる。いつもヒメちゃんを見ているとつくづく思う。私は素直じゃないなぁって」
「どうして?」
「業平様のことを一番理解しているヒメちゃんに聞けばすむ事なのに、いつも自分で勝手に思い込むから…」
沈む桃香に答えられない京子。静かな店内にはゆったりとしたサックスの音色と、マスターが捲る新聞の音だけが聞こえる。それに桃香が皿を洗うために出した水の音が加わり、京子はゆっくりカウンターに腰を掛けた。微妙な空気に鈴の音が響いた。
「ただいま~」
「おかえり~!どうだった?小林くん」
同時に声を出し、笑顔で迎えたふたりに小林はすぐさま微妙な空気を感じ取った。
「いや~、参りましたよ!疲れた~ツアーがあんなに大変だなんて思わなかったです。今度からあれを一人でするのは難しいですね」
やけに明るく振る舞う小林に、桃香と京子はまたも同時に話し出して収拾がつかなくなった。桃香に譲られたかたちで京子が言った。
「ヘイちゃんは一緒じゃないの?」
「はい。先生は寄る所があるらしいので途中で別れました。今晩は遅くなるそうです」
その答えに桃香と京子は顔を見合わせた。
ふたりの表情を見て小林は慌てて言った。
「違いますよ!涼音さんは今晩、国松さんの会社のお座敷に出るらしいです。先生も招待されていたのですが断られました」
「私たち何も言ってないけど…」
京子の言葉は小林に冷たく刺さった。
「やっぱり、僕はダメだ…」
そう呟いた小林に助け船が出た。
『カランコロン』
「いらっしゃいませ」
桃香と小林は当然だが京子も声を出し、かなり大きな店の出迎えに客は驚いた。
「こんにちは。小林くん」
「あっ!木村先生。この間はお世話になりました」
小林は助っ人の木村を素早く席に案内した。
「久しぶりだね?ミヤちゃん。もう大学生になったのだね?一段と別嬪さんになった」
「もう!ノブちゃんたら~。ほんと久しぶり。どうしてたの?」
「昇進や海外留学やらで大忙しだった」
そこに桃香が水を持ってきた。
「新しく入った人?」
「いいえ。もう三年になります」
「あっ!そうなのか?そんなに来てなかったのか!」
早々に挨拶をした桃香は木村の注文したコーヒーをマスターに告げて、カウンターに戻ってきた京子に小さな声で尋ねた。
「イケメンだね?あの人。ヒメちゃん親しいの?」
「そうね。ヘイちゃんの古くからの友達」
「そうか。類は友を呼ぶってこの事だね」
「でも、ノブちゃんはヘイちゃんみたく変人じゃないよ!大学の先生だし」
「ヒメちゃん!業平様は変人じゃないよ!」
桃香のふくれっ面に京子は軽く謝った。一方、特等席では木村がカバンから封筒を出して小林に言った。
「業平に連絡してくれないか?」
「すいません。先生は携帯持ってないですから連絡がつきません」
「まだ持ってないのか!アイツ」
「必要ないのだそうです」
「小林くんも大変だね?」
「もう慣れました」
木村は持ってきた封筒を開けた。出てきたのは古い本であった。それは明智が村上千種から譲ってもらった源氏物語の写本であった。光源氏と六条御息所の馴れ初めが描かれていると思われる幻の本で、もし本物であれば新発見で大騒ぎになる代物である。
それを明智は歴史学者の木村を介して鑑定を依頼していた。歴史を揺るがす物だけに、鑑定は極めて慎重に行われ、結果がわかるまでに数カ月を要した。
神妙な顔つきの木村のもとに桃香と京子も駆けつけ、息をのんだ。
「業平がいないけど、まぁいいか。鑑定結果から言うと、これは紫式部が書いたものではないらしい。しかし、内容は源氏と御息所の出逢いを描いていて、室町時代後期あたりに書かれたものらしい。ただし、写本ではなく注釈本に近く、今で言えば現代の作家が古典を下敷きに後日談を書くようなものらしい。十分にこれも価値があるものだよ」
木村は小林に本を手渡した。皆の緊張が解けると、木村は再び顔つきが厳しくなった。
「小林くん。明日にでも、業平に僕のところへ来るよう伝えてくれないか?」
「はい…どうかされましたか?」
「いや、たいしたことはないのだけどアイツ、変なことに巻き込まれてはいないかと」
「どういうことでしょうか?」
「これを預かってから、誰かにつけられているような気がしてならないんだよ」
「それは気になりますね?大丈夫でしょうか?木村先生の身に危険なことが起こらなければいいのですが…」
「それは大丈夫だよ。する気ならとっくにされていると思うよ。それに僕はこう見えても腕には覚えがあるんだ。業平の身近でヤツに対抗できるのは僕ぐらいだよ」
木村の自信に三人は安堵した。程なくして木村は店を出た。カウンターに戻った三人は茶を楽しんだ。
「木村先生って、業平様とは全然タイプが違うけど何かカッコイイな」
両手で紅茶のカップを温める桃香に京子が冷やかした。
「桃ちゃん、浮気?ヘイちゃんに言っちゃおうかな?」
「う、浮気って何よ!私は一途なんです!そういうことは絶対しません!」
剥きになる桃香を京子は笑い、小林は無表情で後片づけをした。小林は早めに仕事を切り上げ、部屋に戻ると疲れが一気に噴き出し、そのまま眠りについた。




