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9 襲撃者

「……では、高遠さんが、犯人を捕まえたんですね。あの車の仕掛けにもあなたが自分で気づかれたんですか?」

「はい、そうです。って、これ、さっきも言いませんでしたかね」

 高遠は、駆けつけた刑事たちの質問に辛抱強く答えていた。

 遠目には、明らかにもう一人いたように見えた現場には、しかし刑事たちがたどり着いたときには高遠と、彼が取り押さえた少年の姿しかなかった。

 現場はいまや、大勢の人であふれかえっていた。静かなオフィス街に響いた爆発音を聞いて見に来た野次馬や、心配そうな様子のTAKATOカンパニー本社勤務の社員たちが入り乱れその場は収拾が難しくなっている。人ごみの中に紛れ込まれたら見つけ出すことは不可能に近い。


「じゃあ、最後にもう一度お聞きしますが、本当に現場にはあなたとあの被疑者の少年しかいなかったんですね?」

 磯崎というとの若い刑事はもう三度目になる『最後の確認』をしつこく繰り返す。

 高遠がそれにも辛抱強く、そうですよ、と答えていると、もう一人の刑事が口を挟んだ。長身のその男は、如月がもっとも会いたくないと言っていた深町和洋刑事だ。

「磯崎、こっちはもういい。向こうの被疑者の方の取調べに合流しろ」

「あ、はい! 先輩」

 磯崎刑事は尊敬する先輩の指示に即座にいい返事を返し、その場を離れていく。それを見送った深町は、高遠と肩を並べ、隣にしか聞こえないほどの低い声で言った。

「一緒にいたのは、如月凌だろう。今朝日本に着いたのを確認している。やはりあんたを助けにやってきたんだな」

「……何の話だか判りかねますね」

 とぼけて見せる高遠に、ちっ、と舌打ちをしたものの、それ以上の追求はせず、深町は口調を事務的なものに改め、話題を変えた。

「ところで、あの被疑者の少年ですが、やはり前に私が言った通りの立場だったようです。」

「わが社が吸収合併した中小企業の社長の息子ですか」

「ええ。そうです」

 高遠はため息を吐いた。



 三日前、脅迫状が送られてきたときから、自分が会社のために最近潰した会社の関係者だろうとは思っていた。

 だが、高遠は、失業した彼らを放って置いたわけではない。職を失った相手企業の社員には新しい職場を紹介したり、幾許かの援助金を出したりしている。生活が立ち行かなくなったものはいないはずである。

 警察に相談に行くと、高遠の名を聞いて、この刑事が姿を見せた。深町刑事は以前から高遠と如月の犯行を独自に捜査しており、証拠はないもののほとんど彼らのしていることに勘付いている、厄介な相手だった。

 しかし、今回の件については、二人のことについて余計な詮索をせず、深町は高遠の身の安全のため、そして犯人を挙げるため全力をあげてくれていた。

 身体的攻撃を受けた時刻が一般中高生の下校時刻に当たる夕方の時間帯で、しかも襲撃場所が本社の建物周辺に限られていること。そして、高遠が車で移動した先まで追いかけての襲撃がなく、車で移動する高遠を追跡することがかなわない事情がありそうだということ。その他もろもろの犯行状況を考慮した結果、犯人は、未成年ではないかと深町は当たりをつけた。

 そして、犯行の可能性がある、強引な合併に遭った企業の幹部の子どもについて徹底的に捜査をしていった。

 やがて数人に絞られた容疑者の中に、今回の被疑者の少年がいたのである。彼は、有名進学校で化学クラブに所属し、爆薬を作る知識を持っていた。


「……恨みをかうのは職業柄しょうがないとは思うんだが、子どもにまで殺意を持たれるのは結構堪えるな」

 高遠の小さな呟きを捉えたのか、深町が顔を向けた。

「全くだ、と言いたいですが……今回の襲撃は全くこちらの落ち度です。そちらの身の安全を確保するために張り込みをしていたのに、表通りで陽動の爆発があり、そっちに気をとられて被疑者の少年を止められなかった」

 少年に殺人未遂を犯させてしまったのは俺たちの責任です、と話す深町の顔には後悔の色が滲んでいた。

 何と言っていいかわからず無言で相手をそっと窺う高遠に、でも、と再び口調を変えて、深町が低く言った。

「でもな、あんたももうちょっと経営方針を考えたらどうだ? 今回は仲間来て助けてくれたが、いつもそうとは限らないんじゃないか」

 たしかに。少年が姿を見せたときナイフでの攻撃は、相手の注意が如月の方に向いていたこともあって簡単に取り押さえられた。だが、車の細工の方は、自分ではとても気づくことはできなかっただろう。如月がたまたま訪ねてきてくれていなければ、自分は今頃病院行きだったに違いない。

 考え込む高遠に、ご協力感謝します、と軽く頭を下げ、深町和洋は現場の捜査に戻っていった。


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