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第七話 船幽霊

 船幽霊は海に現われる怪異だ。海で死んだものが化けると言われている。生きている人を海に引きずり込んで仲間を増やそうとする幽霊だ。船に乗っていると海中から現われて水を掬う柄杓ひしゃくを貸せと言ってくる。恐ろしくなって柄杓を渡すと船幽霊は柄杓で海水を汲んで船に入れて沈めてしまうのだ。日本の各地に言い伝えがあり大昔の漁師は底を抜いた柄杓を用意していたという、底の抜けた柄杓では水が掬えないので船幽霊は諦めて消えるのだ。

 現代の船に柄杓など使っていないと思われるかも知れないが大型の漁船はともかく小さな漁船には大抵置いてある。だが昔の竹で出来た柄杓では無くプラスチックや金属で出来た柄杓なのでその場で底を抜いて渡すことは無理である。乗り合いの釣り船などで餌を撒くのに使っているものも柄杓の仲間と呼んでいいだろう、とは言っても近代化された現代の船には船幽霊も戸惑うのではないかと思ったりもする。


 船幽霊は只の言い伝えだが海を仕事場にしている漁師たちの間では溺死体、俗に言う土左衛門どざえもんを発見したら引き上げて連れて帰ってやるのが決まり事だ。

 迷信と笑う人もいるが次に漁に出ると不思議と豊漁になるという話しをよく聞く、土左衛門が恩返しをしてくれるのだと真面目に話す人も多い。

 とはいっても必ずしも守っている者たちばかりではない、遠くに土左衛門が見えると航路を変えるという漁師も多い、当然だ。溺死体など回収すればその日1日、下手をすれば2~3日が潰れてしまう、漁期の短い獲物を狙っている時期などは死活問題にもなりかねない、船の直ぐ傍に土左衛門を見つけても汚いとか通報が面倒だと見て見ぬ振りをする者もいる。かわいそうだと思うが厄介である事には違いないのだ。


 元漁師という人を哲也も知っている。片山昭次かたやましょうじさんだ。磯山病院にくる2ヶ月前まで漁師をしていたらしい、漁師のくせに水が怖くなる水恐怖症になって入院してきたのだ。



 昼食を食べに食堂へ行った哲也は斜め右向かいで食べていた坊主頭の男が気になった。


「あれ? もう空っぽか」


 哲也の左隣に座っていた男の患者がお茶を入れようとして大きなヤカンを振るがぽとぽとと水滴が落ちるだけだ。


 磯山病院の食堂はセルフだ。トレーを持って並んで食事を盛ってもらうのである。今は少なくなったかも知れないが昔の小学校の給食と同じような感じである。古くさいシステムだがメリットもある。患者本人の食欲で量の調整が出来るのだ。配食は看護師が監視していて嫌いだからと言って食べなかったり好きだからと度を超した量を取る事などは出来ない、普段と比べて食べる量が少ないと体調を崩しているのかとその場で尋ねる事も出来るので昔から変えずにこのままだ。もっとも心の病で入院している患者だ。方法を変えるとパニックになるものもいるので変えずに続けているという面もある。

 お茶は大きなヤカンに入れて長いテーブル1つに3つ置いてある。各自が好きなようにコップに入れて飲むのだ。


「最後に飲んだヤツは誰だ? 無くなったら貰ってくるルールだろ」


 男が近くに座っている患者を睨むように見回す。


「あ…… 」


 哲也の斜め右向かいで食べていた坊主頭の男が気まずそうに目を伏せた。

 凄む男の右で哲也が立ち上がる。


「僕が入れてきますよ」

「哲也くんは違うだろ、最後に飲んだヤツが…… 」

「そう言わないでさ、怒りながら食べるのは止しましょうよ」


 隣の男を宥めるように言うと哲也が誰に言うとなく声を大きくした。


「今度から最後の人がお茶貰ってくるんだよ、これはお茶を飲む時のルールだからね」

「まぁ、哲也くんが言うなら今日はいい……でも次は俺も怒るからな」


 怒りを収めた男からヤカンを貰うと哲也がお茶を貰いに歩いて行った。


「誰だろあの人? 凄い飲んでたよな」


 係りの人にお茶を貰っている間に哲也が1人呟いた。

 斜め右向かいで食べていた坊主頭の男が何杯もお茶を飲んでいたのだ。ガブ飲みと言ってもいいくらいに飲んでいるのを見て興味を持った哲也が観察しているとコップ5杯も飲んでいた。

 哲也が見つける前にも飲んでいたらしいので少なくとも7~8杯は飲んでいるはずだ。食堂においてある小さなコップ一杯が150ミリリットルとして8杯飲んだとすれば1200ミリだ。コップ3杯程度なら飲む人もいるだろうが8杯は幾ら何でも多過ぎる。


「あれだけ飲めばヤカンも空になるよな」


 お茶が入ったヤカンを持って席に戻っていった。


「哲也くん悪いね」


 待っていた男が早速お茶を入れて飲み始める。

 前から手が伸びた。斜め右向かいの坊主頭の男がコップにお茶を注いでいくのを哲也が楽しそうに見つめる。


「御馳走様」


 ゴクゴクとお茶を飲むと坊主頭の男が席を立った。


「誰だあいつ? 10杯くらい飲んでいったぞ」


 哲也の他にも気になって見ていた患者がいた。


「んだ? あいつかヤカン空にしたのは」


 またムッと怒る隣の男を哲也が宥める。


「まぁまぁ、そう怒らないでさ、見た事ないから新人なんだよ、今日教えたから明日から無くなったら貰いにいってくれるよ」

「哲也くんがそういうなら俺はいいけどな」


 患者間の諍いを治めている哲也には皆一目置いているのだ。

 哲也は手早く食事を済ませると壁際で監視していた看護婦の東條香織の元へと歩いていった。


「香織さん、あのぅ…… 」

「片山さんの事ね」


 上目遣いの哲也を見て香織が溜息をついた。先程の出来事を見ていた様子だ。


「片山さんって言うんですか? いつ入ってきたんです」

「4日前よ、取り敢えず2週間ほど様子見で入院させるみたい、これ以上はダメよ」


 これ以上は聞くなと言う香織に哲也が満面の笑みで続ける。


「お茶、1リッター以上飲んでましたよ、何の病気なんです? またさっきみたいな事があって喧嘩にでもなったら大変だから教えてください、その代わり何かあれば僕が止めますから」

「まったく、旨いんだから……喧嘩にならないように頼むわよ」


 呆れ顔で溜息をつくと香織が話をしてくれた。


 片山昭次かたやましょうじ34歳、背は低いが漁師らしく日焼けした筋肉質の逞しい体躯をしている。健康そのものといった見た目だが少し水が掛かっただけで悲鳴を上げるくらいに極度の水恐怖症だ。

 坊主頭の片山は水恐怖症だが飲むのは大丈夫で水に触れるのが怖いというのだ。風呂は勿論のこと顔や手も怖くて洗えない、風呂に入らずに顔も体も手足も濡れタオルで拭くだけだという、顔や体はいいが洗髪が大変だ。片山もわかっていて頭を坊主にした。恐怖症になる前は伸ばしていた髪をばっさりと切ったらしい。


「水恐怖症なのに水をガブ飲みするのか…… 」


 哲也の興味津々な顔を見て香織が嫌そうに顔を歪める。


「だから話すのは嫌だったのよ」

「それでどうして水が怖くなったんです? 」

「教えません! 哲也くんは患者さんが喧嘩とかしないようにきっちり見ててください、約束ですからね」


 弟を叱りつけるように言うと香織は食堂を出て行った。


「香織さんのケチ……いいよ、自分で聞きに行くから」


 さてどうしようかと考える哲也の目に食堂に設置してある自動販売機が映った。


「お茶飲むならジュースもいけるよな、後は片山さんの部屋番号調べるだけだ」


 アイデアを思い付いた後の行動は早い、哲也は食堂にいた看護師の佐藤の元へと歩いて行く、


「佐藤さん、少しいいですか? 」


 大柄で如何にも体育会系といった佐藤は苦手なのだが片山に対する興味が上回ったのか哲也の方から話し掛けた。


「なんだ? 仕事の邪魔をするなよ」


 無愛想な佐藤がジロッと哲也を睨む、


「4日前に入ってきた片山さんの部屋は何処ですか? 忘れ物を届けるんです」


 哲也が白いハンカチを見せると佐藤がボソッと口を開く、


「確か、D棟の225号だ」

「Dの225ですね、ありがとうございました」


 哲也はペコッと頭を下げると早々と立ち去った。

 忘れ物など嘘である。話しなど殆どした事のない佐藤から片山の部屋を聞き出すための作戦だ。普通の患者なら看護師である佐藤が忘れ物を預かると言う事になるだろうが哲也は警備員と言う事になっているので自分で届けるように教えてくれたのだ。


「次はっと…… 」


 哲也は自販機で500ミリのペットボトルのジュースを3つ買った。水をガブ飲みする片山からジュースを手土産に話しを聞くつもりだ。



「水恐怖症なのに水をガブ飲みするなんて面白いよな」


 楽しげに独り言を呟きながら哲也がD棟へと入っていく、今回は完全に遊び気分だ。


「225っと、間違いないここだ」


 ドアの横に付いているネームプレートを確認すると哲也がノックをする。


「はい……何の用です? 」


 返事をしながらドアを開けた片山が哲也を見て顔を顰める。


「片山さん一寸いいですか? 」

「ああ……すみません」


 片山がペコッと頭を下げた。先程のヤカンの事で叱られるとでも思ったのだろう。


「お茶の事はいいですよ、それよりも話しを聞かせてくれませんか? 」

「話し? 何の話しだ」


 叱られると思った片山の表情が緩んだのを哲也は見逃さない。


「片山さんは水が怖いんですよね、それなのにお茶をいっぱい飲んでたから気になって……えーっと、僕は警備員です」


 途中で自己紹介をしていない事に気付いて哲也が改めて話し出す。


「僕は中田哲也です。哲也って呼んでください、それで警備員をしていてこのD棟も見回りしてるんです。夕方と夜と深夜の3回、それで何かあった時のために新しく入った人からは話しを聞いているんですよ」


 また嘘をついた。警備員は一応認められているのでいいとして新人から話しを聞いているというのは嘘である。興味を持った患者の事だけ勝手に聞いて回っているだけだ。


「警備員か……見回りしてるなら助けてもらえるかもな」


 哲也が本物の警備員でない事に気付いたのか上から下まで二度ほど見回した後で片山が続ける。


「見回りは本当にしてるんだな? 」

「はい、本当に巡回してます。A~E棟が僕の担当です。僕は毎日ですが須賀嶺弥さんと他3人が夜の見回りを交代でしてますよ」


 話を聞けそうだと笑顔でこたえる哲也の前で片山が神妙な顔をして口を開く、


「見回りしてるなら俺の悲鳴を聞いたら絶対に助けに来てくれ」

「悲鳴? 何があるんです」


 哲也が顔を顰めた。過去に何かあって水恐怖症になったのはわかる。だが今も悲鳴を上げるのはおかしい。


「出るんだよ、船幽霊が襲ってくるんだ」


 真剣に話す片山の向かいで哲也の顔が益々わからないと歪んでいく、


「船幽霊? 船幽霊って昔話で出てくる柄杓をくれって言うヤツですか? 」

「そうだ。柄杓を渡すと船を沈められるんだ。海に引きずり込んで殺されるんだ」

「その船幽霊が何で片山さんを襲うんです。って言うか海じゃないですよ、町中とか病院に船幽霊が出るなんて聞いた事ないですよ」


 完全に心の病気だ……、適当に切り上げて去ろうとした哲也の腕を片山が掴んだ。


「俺は病気なんかじゃない、船幽霊が本当に出るんだ。毎晩水を掛けていくんだ。奴ら俺を殺す気なんだ」


 片山の狂気を帯びた目を見て哲也はヤバいと思って話しを聞く事にした。


「わかりました。話しを聞かせてください」


 船幽霊に興味はあるがそれ以上に片山が怖かった。

 これは片山昭次かたやましょうじさんから聞いた話しだ。



 片山は小さな船で1人で漁に出ている。ボートと言ってもいいような船外機を付けた小舟だ。特定の魚を狙うのではなく刺し網漁やカゴ漁で生計を立てていた。

 刺し網とは海中に垣根のように網を張り泳いでいる魚を網に掛けて捕まえる漁だ。カゴ漁とは籠状の罠を仕掛けて海底にいる蟹や海老や魚をとる漁である。

 海が荒れる時化の日以外は毎日まだ日も昇っていない暗い早朝から海に出る。漁師なら当り前だ。


 2ヶ月ほど前のある日も暗い早朝から漁に出ていた。


「今日は冷えるな、でも良い潮だ」


 片山が凍える手で船を操作して漁場へと向かう、漁師になって10年以上が経つ、経験から今日は豊漁の予感がした。


「籠はここに落とすか」


 明日上げる仕掛けの籠を海に投げ入れ網を張る漁場まで更に船を進める。


「よしっ、ここでいいだろ」


 船外機を足で器用に操作しながら網を入れていく、


「ふぅっ! 」


 まだ暗い海で20分ほど掛けて網を張り終えると一息つく、水筒から熱いコーヒーをコップに注いで一服だ。


「ありゃ底引きだな、俺ももう少しデカい船があればなぁ」


 遠くに見える漁船の影を見つめて呟く、底引きとは沈めた網を引きながら船を動かして魚介類を根こそぎ取る漁法だ。


「籠を上げるか」


 昨日の朝に仕掛けておいた籠を引き上げにいく、


「結構入ってるな、いい値になるぞ」


 ワタリガニに海老、タコなど普段よりも多く獲れて上機嫌だ。

 全ての籠を引き上げてまた一服すると網を上げに船を走らせる。


「本当に良い潮だ。いい事ありそうだぞ」


 太陽はまだ見えないが辺りが靄が掛かったように明るくなってきた頃合いを見て網を引き上げる。


「おお、やっぱ大漁だ」


 予感通り網には大小様々な魚が掛かっていた。


「ゴミも多いな、大漁だが網の補修も大変だな」


 掛かった魚を1匹ずつ外しながら網を引き上げていく、仕掛けるのは20分ほどだが引き上げるのは魚が掛かっていなくても40分以上は掛かる。豊漁なら1時間以上は当り前だ。だが一番時間が掛かるのは網や籠の修繕である。網や籠に絡まったゴミを取るのは勿論、破れていれば繕う、酷い時には漁に出ている時間よりも網の修繕に時間が掛かる。


 日が昇り始めて海面がキラキラ輝き出す。1時間15分ほど網と格闘していた。久し振りの豊漁である。


「足の置き場も無くなるぞ」


 上機嫌で魚をトロ箱に入れていく、


「いつもこうだとデカい船を買う金も貯まるんだけどな」


 網を引き上げて船を港へと向かわせる。大漁の獲物に網と籠で小さな船はいっぱいである。


「ん!? 何だ? ゴミか? 」


 前方にゴミの塊が浮んでいた。潮の加減でゴミはいくつかが集まり塊のまま海を漂う、船外機のスクリューに絡まると危険なので当然避ける。


「おわっ! 何か当たったぞ」


 ゴミの塊に気を取られて避けるように操舵した所へゴツンと何かがぶつかった。

 直ぐに反対側をひょいっと見た。


「うわぁっ!! 」


 思わず悲鳴が出た。

 ゴミに気を取られていた反対側に溺死体が浮んでいた。


「どっ、土左衛門だ…… 」


 恐怖に声が震える。普通は俯せに浮ぶ事が多いのだが目の前にいる溺死体は仰向けに浮んでいた。髪型や着ている服から中年の男のようだ。

 海の生き物に食われたのか目玉や唇に頬の肉が無くなっている。体はぶよぶよに膨らんで着ている服がパンパンになっていた。


「なんまいだ。なんまいだ」


 念仏を唱えながら慌てて船を離れさせる。


「悪く思うなよ、引き上げてやりたいが置く場所が無い、こんな小舟じゃな……向こうのデカい船にでも助けて貰え」


 土左衛門を見つけたら陸に連れて帰ってやるのが海の男だという事は片山も充分知っている。だが今日は豊漁で溺死体など置く場所は無い。


「悪く思うなよ、なんまいだ。なんまいだ」


 言い訳するように念仏を唱えながら港へと戻っていった。



 漁港に戻って獲った魚を競りに出す。普段の3倍以上の値が付いて片山はほくほくだ。

 網と籠の修繕を終えて昼になる。


「飯食って旨い酒でも買って帰るか、たっぷり飲んで明日も頑張ろう」


 行きつけの飯屋でビールを飲みながら昼食を食べ終わると片山はスーパーに寄って酒を買い込んで上機嫌で帰りについた。

 昼から酒かと思うかも知れないが漁師は午前の2~3時には起きていて4時には海に出ているのだ。充分に働いた後なのだ。


 片山は海辺の町に小さな一軒家を持っている。亡くなった両親が買った家だ。父も漁師だったが10年前に交通事故で母と一緒に亡くなった。女に縁が無く口下手な片山はずっと1人で暮らしてきた。


「今日みたいなのが毎日続けば1年でデカい船が買えるんだがな…… 」


 いつものようにテレビを見ながら酒を飲む、久し振りの大漁を祝って少しばかり多目に飲んで酔っ払って寝てしまった。


 片山は真っ暗な海に浮ぶゴムボートの上に一人いた。


「なんだ? ゴムボート? 釣りか? 」


 いつもの漁船でないのは一目でわかった。釣り人が趣味で使っているゴムボートだ。


『冷たい……寒い……寒い……助けてくれ………… 』


 声が聞こえて振り返る。

 ぶよぶよに膨れた土左衛門がゴムボートにしがみついていた。服装に見覚えがある。今朝見た溺死体だ。

 土左衛門のぶよぶよに膨れた上半身がずいっとボートに乗ってきた。


『寒い……冷たい……助けて……なぜ助けない』


 何かに食い散らかされた顔のぽっかり空いた眼孔がじっと片山を見つめていた。


「うわっ! うわあぁぁ~~ 」


 悲鳴を上げて片山がビクッと体を震わせる。気が付くと布団の中だった。


「 ……夢か……厭な夢だ…………なんまいだ。なんまいだ」


 今朝あんなものを見たから変な夢を見たと横になりながら念仏を唱えているといつの間にかまた寝入ってしまう。

 午後8時を回るころに目が覚めた。夕食を済ませると漁の準備をする。午前の3時過ぎに港を出るのだ。それまでは仮眠を取ったり漁師仲間と遊んだりして時間を潰す。


 午前3時過ぎに船を出す。夢の事は勿論溺死体の事などすっかり忘れていた。


「今日も良い潮だ。こりゃ大漁だな」


 漁場につくと籠を落として網を仕掛けていく、まだ辺りは真っ暗だ。

 凪いでいた海に急に大きな波が立つ、1つだけ大きな山を作っている。長年海に出ているがこんな波は片山も初めてだ。


「なんだ? 」


 大きな波が片山の船に近付いてきた。

 ぶつかると思った瞬間、波がバッと左右に割れた。


『寒い……冷たい……柄杓を……柄杓をよこせぇ~ 』


 恨めしげな顔をしたガリガリに痩せた青白い男が海から突き出るように立っていた。


「ひぃーっ」


 引き攣った悲鳴を上げる片山に青白い男が骨のような手を伸ばす。


『柄杓をよこせぇ~~、柄杓をよこせぇ~~~ 』


 男の服装に見覚えがある。昨日見た土左衛門と同じだ。だが目の前にいる男には目も唇もある。海の生き物に食い荒らされた溺死体の顔ではない、ガリガリに痩せていて腐ってぶくぶくに膨れた溺死体ではない。


『柄杓をよこせぇ~~、柄杓をよこせぇ~~ 』

「なんまんだ。なんまんだ。許してくれ、仕方無かったんだ。次は……次に見つけたら絶対に引き上げる。だから許してくれ、なんまんだ。なんまんだ。なんまんだ」


 姿は違うがあの溺死体に違いないと思った片山は必死で謝った。


『柄杓をよこせぇ~~ 』


 青白い男が船に両手を掛けた。肉が腐った匂いが片山の鼻をつく、青白い男がずいっと船に上がってきた。


「うわぁっ!! 」


 小舟が大きく揺れてバランスを崩した片山が足を滑らせて船の上に転がった。

 打ち所が悪かったのかそのまま気を失う、


「痛てて………… 」


 船の上で目を覚ます。辺りはすっかり明るくなっていた。


「なっ、なんだ……寝てたのか? 夢か? 」


 慌てて辺りを見回すが何も変わった様子はない。


「夢か……網は? 」


 慌てて網を引き上げる。


「おっ、おお……掛かってるぞ」


 昨日よりも大漁に掛かっていた。片山は大喜びで網を上げていく、あっと言う間に小舟の上は魚で足の置き場もなくなる。籠も大漁だ。昨日よりも多い。


「さっさと戻るか、高い魚ばかりだ。今日も宴会だな」


 余りの大漁に夢の事などすっかり忘れていた。

 港へ向かって船を進める。


「ん? あれは…… 」


 片山が絶句する。10メートル程前に溺死体が浮んでいた。


「 ……仕方無いな」


 先程見た夢の事を思い出して近付いていく、


「何だ? 昨日のとは違うぞ、女だ」


 俯きで浮んでいるので顔はわからないが長い髪に服の色も違う、昨日見た男の溺死体ではない、女だ。


「約束したのはお前じゃない、悪く思うなよ」


 溺死体の手前で舵を切って迂回して通り過ぎた。

 昨日よりも大漁で溺死体を引き上げる場所など空いていない、置くとすれば網の上しかないがぶよぶよに腐乱した溺死体を置いた後の網を手入れする気にはならない。


「なんまいだ。なんまいだ。悪く思うなよ、恨むなよ、なんまいだ。なんまいだ」


 念仏を唱えながら港へと戻っていった。



 魚を競りに掛けると昨日よりも高く売れた。


「今日も宴会だ」


 いつものように飯屋で昼食とビールを軽く飲んで酒を買って家に帰る。

 テレビを見ながら夕方まで酒を飲んで良い気分で布団に入った。


 気が付くと海に浮んでいるヨットの上にいた。金持ちが持っているようなお洒落な少し大きめのヨットだ。


「なんでこんな所に…… 」


 片山が戸惑って辺りを見回していると海の中からぬっと人が現われた。


『寒い、寒い、よくも見捨てたな……寒い、寒い、助けて……私を連れて行って』


 長い髪を顔にべったりと貼り付けたガリガリに痩せた女だ。長い髪の隙間から青白い顔が半分見えている。頬の痩けた青い顔、黄色く濁った目がじっと片山を見つめていた。


『寒い、寒い、助けて……ここから引き上げて………… 』


 ガリガリに痩せた女がヨットの縁に手を掛けた。

 次の瞬間、ヨットが大きく揺らいで片山が海に投げ出される。


「うぶっ、たっ、助けてくれぇ~~ 」


 叫ぶ片山の背にガリガリに痩せた女が覆い被さる。


『寒いでしょ、ねぇ寒いでしょ……なんで引き上げてくれなかったの』


 耳元で女の声が聞こえて片山が首を回して振り返る。


「ひぎゃあぁぁ~~ 」


 ぶよぶよに腐乱した女の溺死体がしがみついていた。

 叫びながら片山が目を覚ます。


「ひぃぃ……夢か…………よかったぁ…… 」


 夢を見ていたのだ。片山は上半身を起こすと震えながら安堵した。


「なんまんだ。なんまんだ。次は必ず連れて帰るから祟らないでくれ、なんまんだ。なんまんだ」


 布団の上に正座をして手を合わせて念仏を唱えながら約束した。

 二度も夢を見たのだ。今朝船の中で見たものを合わせると三度だ。流石に何かあると思うのも当り前だ。



 明日の朝の漁は休みにする。土左衛門にビビったわけではない、イカが湧いていると仲間の漁師に誘われて夜の漁をすることになったのだ。

 漁を誘ってくれた仲間に土左衛門の話しをすると船幽霊だと笑われて柄杓を渡さなくてよかったなとからかわれた。


「昭次は気にしすぎだ。ビビってるから変な夢を見るんだ」

「まぁ仕方無いさ、土左衛門は俺でもビビるからな、暇なら連れて帰ってやるけど大漁なら俺でも放って置くさ、祟りなんて無いよ、全部夢だ」


 年上の漁師たちに言われて片山もほっと息をつく、


「そうっすよね、船幽霊なんているわけないですよね」

「今時の船が柄杓で沈められて堪るかよ」


 誰かが言った一言で片山始め全員が大笑いして寄り合いは終った。



 夜になって漁に出る。知り合いの漁師たちと船団を組んでイカを獲るのだ。


「イカは久し振りだ。単価は安いが大漁なら文句無しだ」


 ここ数日イカが大漁だと付近の漁師はほぼ全てイカ漁に切り替えている。安定して稼げる獲物を狙うのは当り前だ。

 漁場に入ったと仲間の漁師から無線に連絡が入る。片山も船を止めて明かりを点ける。イカは明かりに寄ってくる。そこを釣り上げるのだ。


「綺麗でいいねぇ」


 片山のテンションが上がる。夜の海に浮ぶ大小様々な船が明かりを灯して幻想的だ。


「さて、始めるか」


 威勢よく仕掛けを垂らしていく、その時、後ろでゴツンと何かがぶつかる音がした。


「なんだ? 」


 仕掛けを握ったままひょいと首を伸ばして反対側を見ると暗い海に何かが浮んでいた。


「ゴミか? 」


 言いながらイカ釣り用に取り付けていたライトをくるっと回して反対側の海面を照らす。


「うぅ…… 」


 思わず変な呻きが出た。

 明かりに照らされた海に溺死体が浮んでいた。中年男でも髪の長い女でもない、子供だ。中学生くらいの男の子に見える。


「勘弁してくれ…… 」


 迷惑顔で呟くと急いで仕掛けを引き上げる。幸い仕掛けは入れ始めたばかりだったので直ぐに引き上げる事が出来た。


「恨むなよ、俺は忙しいんだ。今度見つけたら引き上げてやるからな」


 片山が船を動かす。

 子供の溺死体は少しかわいそうだとは思うが今はイカ釣りが大事だ。目の前に金がぶら下がっているのと同じなのだ。

 昼間、年上の漁師たちも場合によっては溺死体を放って置くというのを聞いて片山も当り前のように見て見ぬ振りをした。



 場所を変えて仕掛けを垂らしていく、彼方此方から水音や騒ぐ声が聞こえてくる。仲間の漁師は既にイカ釣りを始めていた。


「いいねぇ、大漁みたいだな」


 逸る気持ちを抑えて丁寧に仕掛けを垂らしていると突然明かりが消えた。小さな船だが電球は15個以上付けている。その全てが一斉に消えたのだ。


「なんだ? バッテリーか? 」


 片山が近くに置いてあった懐中電灯に手を伸ばす。


「おかしいな? 満タンだから切れるはずがないんだけどな」


 愚痴りながら電球を繋げてあるバッテリーに懐中電灯を向ける。


「やっぱまだ満タンだ。配線がいかれたのかな」


 電球を繋げてある配線をチェックしていると船が大きく揺れた。


「おわっ、なんだ」


 よろけて船の縁に掴まる片山の目の前、ザザーッと音を立てて黒い海から何かが突き出てきた。


『柄杓をよこせぇ~~、柄杓をよこせぇ~~ 』


 ガリガリに痩せた青白い顔をした中年男が渡せと手を差し伸ばす。


「うわっ!! 」


 驚いて後退る片山の後ろの海からも何かが出てきた。


『柄杓をよこせぇ~~、柄杓をよこせぇぇ~~ 』


 慌てて振り返る片山の目に長い髪を顔に貼り付けた女が映る。


「ひぃ~っ、ひひぃぃ~~ 」


 片山は声にならない悲鳴を上げて船尾へと逃げていく、その前にまた海から何かが出てきた。


『柄杓をよこせぇ~~、柄杓をよこせぇぇ~~、柄杓を………… 』


 中学生くらいの男の子が無表情で手を伸ばしてきた。

 全部見覚えがある。全て見て見ぬ振りをした溺死体だ。


「俺が悪かった。次は必ず連れて帰る。約束する。だから助けてくれ」


 謝りながら船首へと逃げていく片山を3人の溺死体が取り囲む、


『約束したはずだ。なぜ見捨てた……寒い、寒い………… 』

『寒い……冷たい……二度も約束を破った。許さない、恨めしい』

『冷たいよぉ~、寒いよぉ~~、なんで僕を助けてくれないの…… 』


 怨嗟を吐きながら3人の溺死体が船の縁に手を掛ける。


「たっ、助けてくれ……俺が悪かった……次は必ず、約束する。だから許してくれ」


 必死に謝る片山の前で溺死体が船に上ってくる。


『柄杓をよこせぇ~~ 』

「たっ、助けてくれぇ~~~ 」


 逃れようとするが小さな船に逃げ場など無い、3人に覆い被されるようにして片山は海へと落ちた。


「ひぃ……たっ、助けて………… 」

『柄杓をよこせぇぇぇ~~ 』


 泳いで逃げようとする片山に溺死体が縋り付く、


「ひぃぃ……ぷがっ! ぐぅ、ぐがぁ! 」


 真っ暗な海で溺れている片山に気付いた仲間の漁師が助けに駆け付ける。


「大丈夫か!! 」

「ひへっ……ふへへっ……船幽霊が……土左衛門が………… 」


 恐怖に引き攣った顔で笑う片山を見て仲間の漁師はイカ漁を止めて直ぐに港へと戻ってくれた。片山はそのまま病院へと運ばれる。

 幸いな事に片山の小舟も無事である。これも仲間の漁師が曳航して港へ運んでくれた。



 翌日、検査を受けて異常無しと判断された片山が迎えに来てくれた仲間の漁師と一緒に病院から出てくる。


「見たんだよ、柄杓をよこせって……船幽霊だよ」

「見間違いだ。昭次、船幽霊なんているか! 」


 青い顔で言う片山を年配の漁師が一喝した。

 片山をイカ漁に誘った少し年上の漁師が年配の漁師を宥める。


「まぁまぁ繁さん、溺れて死にそうになったんだパニックになっても仕方無いよ」


 年配の漁師、繁から片山に向き直ると少し年上の漁師が話し掛ける。


「昭次も変な事言うのは止めろ、幽霊なんていないよ、土左衛門に悪いと思ってるからそんな幻を見るんだ。電気が消えて波に煽られて船から落ちたんだ。パニくって幻覚を見たんだよ」

「でも…… 」


 不服そうな片山の顔を少し年上の漁師が覗き込む、


「繁さんが助けてくれたんだぞ、夜目の利く繁さんが近くにいて良かったな」


 相槌を打つように年配漁師の繁が続ける。


「俺が一服してたら昭次が落ちるの見えたんだ。船幽霊なんていない、お前一人でよろけて落ちていくのを俺が見てんだ」

「一人で…… 」


 繁の話しを聞いて片山が軽く頭を振る。


「繁さんが見てるなら間違いないな……全部幻覚だ」


 亡き父の友人で漁師の大先輩でもある繁を尊敬している片山は全て幻覚だと思い直した。

 繁が片山の背をドンッと叩いた。


「そうだ。幻覚だ。だから明日からまた頑張って働かなきゃな」

「はい、ありがとうございます。繁さんは命の恩人です」


 父が亡くなった後、繁は何かと世話を焼いてくれる。片山が漁師を続けて来れたのも繁がいたからだ。


「がはははっ、海の上じゃお互い様よ」

「ありがとうございます。酒でも奢らせてください」

「おっ、いいねぇ、昭次も無事だったんだし今晩みんなで飲もうか」


 少し年上の漁師に年配漁師の繁と片山は笑いながら賛成した。



 2日ほどゆっくりと休んだ片山はまた元気に漁に出て行く、


「変な夢も見なかったし繁さんの言うように全部幻覚だな」


 初めの中年男と次の長い髪の女の溺死体を見た後に悪夢にうなされたが3番目の中学生くらいの男の子は悪夢を見ていない、もっとも男の子の溺死体は本当に見たのかは自信が無い、その後で直ぐに溺れたのだ。男の子の溺死体を見たというのも幻かも知れないと片山は考えた。そう、全て幻覚だと自分自身に言い聞かせたのだ。


 午前3時半、まだ日も昇っていない暗い海に船を出す。


「三日も休んだんだ。頑張って取り戻さないとな」


 籠を仕掛けてある漁場まで行くと船を止める。


「三日沈めっぱなしだからな手入れが大変だ」


 愚痴りながら籠を上げていく、籠の中は散々だ。蟹や海老にタコなど狭い籠に3日も入っていれば食い合いをして商品価値など無くなる。


「仕方無いな、新しい籠入れて一服するか」


 どうにか作業を終えて熱いコーヒーで一休みしていると船の前に波が盛り上がった。


「なんだ? 」


 変な波だと見ていると船の左右にも波が山を作っていた。


『柄杓をよこせぇ~~ 』


 盛り上がった波がバッと割れて中から青い顔をしたガリガリの中年男が姿を現わした。


「うぅ…… 」


 驚きに声を詰まらせる片山の左右の海から長い髪の女と中学生くらいの男の子も現われた。


『柄杓をよこせぇ~、柄杓をよこせぇぇ~~ 』

「幻なんかじゃねぇ! 」


 狭い船の上で片山が叫んだ。

 3人の船幽霊が手を伸ばす。


『柄杓をよこせぇ~~、柄杓をよこせぇ~~~ 』

「ひぃぃ……たっ、助けてくれぇ………… 」


 船の真ん中から船尾に逃げる片山を船幽霊たちが追って行く、


『柄杓をよこせぇ~、柄杓をよこせぇ~、柄杓をよこせぇぇ~~ 』

「ひっ、柄杓なんてねぇ……頼むから消えてくれ…………助けてくれ…… 」


 船尾から船首へと片山が逃げていく、小さな船だ逃げ場など無い。



 暗い海を年配漁師の繁の漁船が走っている。


「何してんだ昭次のヤツ…… 」


 夜目の利く繁が船の上で怯えている片山を見つけた。

 繁と一緒に乗っている息子の孝明が指差す。


「おやじアレは…… 」


 自分以上に夜目の利く息子の孝明が指差す先を繁が見つめた。

 片山の小舟の周りに何かいた。


「なんじゃあれは……人か? 」


 遠目でもわかるくらいにずぶ濡れの人間らしきものが3人、海から突き出るように立っていた。


「なん……いけん! 孝明、昭次の船に付けろ」

「わっ、わかったおやじ」


 震える声でこたえながら孝明が船を片山の小舟に向けて走らせる。


『柄杓をよこせぇ~~、柄杓をよこせぇ~~ 』


 船を近付けると繁と息子の孝明にもハッキリと声が聞こえた。


「たっ、助けてくれ……俺が悪かった………… 」


 片山の泣き叫ぶ声を聞いて繁が船首へと走る。


「化け物どもめ! 昭次は連れて行かせんぞ」


 船首に立った繁が大声で怒鳴った。


『柄杓を…… 』


 3人の船幽霊がくるっと振り返る。


「化け物が! 柄杓などやらん、さっさと消えろ!! 」


 長い竿を振り回しながら怒鳴る繁の気迫に押されたのか3人の船幽霊が海中へと消えていった。

 その日の漁は取り止めて片山は繁たちと一緒に港へと戻る。


「海にはいろいろあるんじゃ……昭次は暫く漁を休め」


 船幽霊とは言葉に出さないが何とも言えない表情で繁が言った。

 繁の口利きで片山は暫く漁を止めて漁港で働く事になった。



 漁港で働くようになって変な夢も見ないし船幽霊も現われない、海の上ではないので当然だ。

 漁港での仕事と言っても競りを行っている魚市場の掃除や魚を入れるトロ箱の整理や氷の手配など雑用が殆どだ。一時的に漁を止めているだけである。片山自身も3ヶ月程したらまた漁に戻ろうと思っているのだ。


 トロ箱を運んでいた片山を若い男が呼ぶ、


「片山さん、お昼行きましょうよ」

「おぅ、もうそんな時間か」


 小さな漁港だ。漁師だけでなく港で働く殆どが顔見知りである。

 一緒に働いていた数人と一緒に近くの飯屋に昼食をとりに行く、


「水持ってきてくれ」


 片山がテーブルに着いて開口一番で頼むと店の女将さんが水差しごと持ってきた。


「はい、お冷や、水だけじゃなくて御飯もいっぱい食べていってね」

「わかってるって、仕事中だから水だけど夜はビールいっぱい飲んでるだろ」


 片山はこたえながら早速コップに注いだ水をがぶがぶ飲んだ。

 向かいに座る年下の仕事仲間が楽しそうに話し掛ける。


「それにしてもよく飲むっすね、昨日もコップ7杯くらい飲んでたでしょ」

「仕事中もジュースとか飲みまくってるよな」


 片山と同い年くらいの男は半分呆れ顔だ。


「うん、何か知らんが凄く喉が渇くんだ。家でも2リットルのお茶があっと言う間に無くなるぞ」


 言いながら片山が2杯目の水をコップに注いでいく、向かいに座る一番年下の男が手を前に足らした古風なお化けの真似をする。


「船幽霊の祟りっすよ、水をくれぇ~~って」

「バカ言うな、溺れ死んだ船幽霊が水を欲しがるかよ」


 隣に座る男が若い男の頭をポカッと叩いた。

 2人の向かいでゴクゴクとコップの水を飲み干した片山が声を出して笑い出す。


「あはははっ、船幽霊なんているかよ、見間違いだ。暫く大漁だったからいつもより多目に酒飲んでたからな、それで酔いが残ってたんだ。繁さんも孝明も何も見てないって言うからな、酔いが残ってて幻覚を見たんだ」


 年配漁師の繁は船幽霊を見た事を片山には話していない、息子の孝明にも口止めしていた。話せば片山が漁師を辞めてしまうだろう、海しか知らない男がこの歳で辞めても碌な働き口など無い、繁自体あの日の出来事は本当にあった事なのか確信が持てない、暫く間を置けば落ち着くとも考えた。


「そうっすよね、今時船幽霊は無いっすよ」

「だよな、いたとしても柄杓は無いよな」


 駄弁っていると料理が運ばれてきた。日替わりの定食だ。


「そうだよな、俺の船には柄杓なんて積んで無いし渡そうにも渡せないぞ、バケツとか餌撒くのはあるけどな」


 コップ3杯目の水を飲み干すと片山が定食を食べ始めた。



 午後8時を少し回った頃、仕事を終えて仲間と夕食を兼ねた飲み会をしてから片山が家に帰る。


「おっと布団だ。布団」


 2階のベランダに干してある布団を見て思い出す。今朝起きた時にしっとりと濡れていたのだ。ここ2~3日、起きると枕とその周辺の布団がしっとりと濡れているのに気付いて天気予報で晴れを確認して布団を干したのだ。


「寝汗が酷いからな……寝小便よりマシだけどな」


 一人笑いながら家へと入っていった。

 喉が渇くようになってから水やお茶は勿論ビールや酎ハイなども大量に飲むようになったので寝汗が酷くなったのだと気にもしていない。


「さてと、ビール、ビール」


 布団を入れると缶ビールを2本持ってテレビの前に陣取った。


「かぁーーっ、仕事の後はやっぱこれだな」


 ゴクゴクと息継ぎもせずに一缶飲み干すと直ぐに次の缶を開ける。

 テレビを見ながら缶ビールに缶酎ハイ、合計5本を空けた。仕事仲間と飯屋で夕食をとりながらビールや水をがぶがぶ飲んでいるのだ。朝や昼にもお茶やジュースをガブ飲みしている。どう考えても異常だ。


「あぁ~酔っ払った」


 顔どころか体中を酔って真っ赤にした片山が布団に倒れ込む、


『柄杓をよこせぇ~~ 』


 どれくらい時間が経っただろうか? 気持ち良く寝ている耳に何かが聞こえてきた。同時に顔にバシャッと水が掛かる。


「うぅ……もう飲めん………… 」


 泥酔している片山が寝返りを打とうとする。


「ん……んん………… 」


 寝返りが打てない、両肩を誰かに押さえ付けられている感触がした。


『柄杓をよこせぇ~~、柄杓をよこせぇぇ~~ 』


 声と共に氷のように冷たい水が顔に掛かる。


「うぅ…………うっ、うわぁぁ~~ 」


 怠そうに起きた片山の目に3人の溺死体が映った。


『柄杓をよこせぇ~~ 』


 動けないはずだ。右肩を中年男が押さえ、左肩を髪の長い女が押さえていた。


『柄杓をよこせぇ~~、柄杓をよこせぇぇ~~~ 』


 頭の上、中学生くらいの男の子がニタリと笑いながら口から水を吐いていた。


「ひぃぅ……ひひぃ………… 」


 男の子の口から滴る水が片山の顔に掛かる。氷のように冷たい海水だ。


『柄杓をよこせぇぇぇ~~ 』

「ひぃ……ひぃ……ひぃぃ……ひえぃやぁぁ~~ 」


 奇声を上げて片山がガバッと体を起こす。


「ひぇぃ……ひわぁあぁ~~、ふひぃぃ………… 」


 溺死体から逃れるようにそこらに置いてあるものを放り投げながら家から逃げ出していく、


「ふひぃ……ふへへっ…………ひぃひぃぃ~~ 」


 まともに話せないほどパニックになっていた片山を年配漁師の繁と息子の孝明、その他に近所の人たちが取り押さえた。


 これが片山昭次さんが語ってくれた話だ。



「それでな水が怖くて怖くて堪んねぇんだ。水が触れると彼奴らを思い出すんだ。土左衛門が柄杓をよこせってな、奴ら今も俺を恨んでやがるんだ。約束を破って連れて帰らなかったから恨んでやがるんだ。喉の渇きも治らない、普通の病院で調べても何も異常は無いってさ、それでな……それでここに入れられたんだ。暫く入院しろとさ」


 哲也の向かい、疲れた顔で片山が笑った。


「陸に現われる船幽霊ですか…… 」


 何とも言えない顔で呟く哲也を片山が強張った表情で見据える。


「奴ら俺を追ってきてるんだ。俺を狙ってるんだ」

「お寺とか神社でお祓いして貰ったんですか? 」


 被害妄想が激しいな……、片山の心を病んだ人特有の目付きに哲也は一歩引いて話しを聞いていた。

 陸に現われる船幽霊の話しなどとても信じられない、それに今回はいつもと違い哲也は何も変なものを見たり感じたりはしていない、水恐怖症なのにがぶがぶ水を飲む片山に興味が湧いただけだ。言い方は悪いが遊びで話しを聞きに来ただけなのだ。


 哲也の正面で鬼気迫る顔をした片山が話し出す。


「繁さんがお祓いをしてくれたんだが無駄だった。あの時に助けていれば……海で死んだ人は一旦沈むんだ。腐ってガスが溜まると浮んでくる。これが土左衛門だ。時間が経ってガスが抜けるとまた沈む、鳥や魚に突かれるとガスも早く抜ける。今度は浮かび上がってこない、海の底で骨になるんだ。俺が見た土左衛門はあの後も誰も引き上げてない、たぶん沈んだんだ。二度と上がって来れない、それなのに俺は見捨てたんだ。約束を破ったんだ。だから……だから彼奴ら俺を絶対に許さないんだ」

「ひょっとして今も出てくるんですか? 」


 軽い気持ちで訊いた哲也の向かいで片山の顔に怯えが浮ぶ、


「 …………ああ……毎日じゃないが出てくる。寝てると冷たい水を掛けてくる。体の芯まで冷えて…………たぶん俺は殺される。奴ら俺を船幽霊の仲間にする気なんだ」


 やはり只の心の病だと感じた哲也が宥めるように口を開く、


「船幽霊って……ここは海じゃないし大丈夫ですよ」


 片山が哲也の肩をガシッと掴んだ。


「あんた……哲也くんだったな、警備員なんだろ? 」

「はっ、はい、夕方と夜と深夜に見回りしてます」

「だったら頼む、俺の悲鳴が聞こえたら助けに来てくれ、奴らから助けてくれ」


 ビビリながらこたえる哲也に片山が真剣に頼んだ。


「わかりました。片山さんの部屋の前も通りますからその時は中の様子を伺いますよ」


 作り笑いをしながら引き受けると哲也は肩を掴む片山の手を払い除けた。


「そうしてくれ、ありがとう哲也くん」


 安心したのか少し引き攣った笑みをする片山の向かいで哲也が腰を上げる。


「じゃあ僕はこれで……そうだ。これ飲んでください」


 思い出したように買っていたペットボトルのジュースを差し出す。


「ジュースか……ありがとう、水は怖いが喉だけは渇くんだ。これも奴らの呪いだ。絶対にそうだ」

「それじゃあ、僕は戻りますね、夕方の見回りもありますから…… 」


 引き攣った厭な笑みをしてジュースを受け取る片山から逃げるようにして哲也は部屋を出て行った。


「柄杓をくれって言う船幽霊が今時いるわけないよな、別に嫌な感じもしなかったし、片山さんは本当に心の病気だな」


 独り言を言いながら哲也は長い廊下を歩いて行った。



 夜10時の見回りを終えて哲也はベッドに横になる。


「やっぱ異常なかったな、船幽霊は片山さんの幻覚だな」


 ベッド脇の小さいテーブルに置いてある目覚まし時計を午前2時半にセットする。3時頃に深夜の見回りに行くのだ。


 目覚まし時計のアラームに起こされて深夜3時の見回りに出る。


「今日は一寸怠いな、明日は朝ご飯食べずに昼まで寝よう」


 欠伸をしながらD棟へと入っていく、いつものように最上階へ上がってから1階ずつ下りながら見て回る。


「ガボッ! ガホッ! ブガッ! 」


 苦しそうな咳が聞こえてきた。哲也が慌てて走り出す。


「ここか……225、片山さんの部屋だ」

「ゴホッ、ブガッ」


 苦しげな咳にノックもせずに哲也がドアを開けた。


「片山さん大丈夫ですか! 」


 声を掛ける哲也の前で片山がベッドの上で咳をしながらビクビクと体を痙攣させている。


「片山さん!! 」


 ドア横のスイッチを入れて明かりを点けるとベッドに駆け寄る。


「片山さ…… 」


 思わず言葉が止まる。片山がベッドの上で仰向けに寝ながらガボガボと苦しげに口から水を吐いていた。


「片山さん! 」


 片山の体を揺すって声を掛ける。


「ぐわぁあぁ~~ 」


 悲鳴を上げて片山が上半身を起こす。


「止めっ、止めろ……助け…………て…… 」

「大丈夫ですか片山さん」


 パニくっていた片山の背に落ち着けというように哲也が手を当てた。


「哲也くん、来てくれたんだね」

「大丈夫ですか? 何があったんです」


 心配そうに聞く哲也の手を握り締めながら片山が口を開く、


「出たんだ。奴らが来たんだよ」

「奴らって船幽霊ですか? 」

「そうだ。船幽霊だ。俺を殺そうとしてんだ。俺が約束を破って連れて帰らなかったから……あの土左衛門たちが水を掛けて……左右から中年男と髪の長い女が両肩を押さえて男の子が顔に海水を掛けてくるんだ」


 憔悴した顔で話す片山の手を振り解くと哲也は窓の近くに掛けてあるタオルを持ってくる。


「夢ですよ、悪い夢を見たんだ。船幽霊なんて僕は見てませんよ、部屋の前を通ったら咳き込むのが聞こえてきて中に入ったら片山さんがうなされながら水を吐いてましたよ」


 話しながらタオルを差し出すとベッドから落ちている布団を拾う、


「夢……哲也くんは見てないのか…………俺が水を吐いてた……全部夢だったのか」


 呆けた顔で哲也を見つめながら片山が言った。


「そうですよ、僕はお化けなんて見てませんから、全部夢ですよ」


 哲也は抱えた布団をベッド脇の小さなテーブルに置いた。


「シーツも敷き直さないと…… 」


 シーツが足下へずれていた。悪夢を見て逃れようともがいたのだろう。


「少し濡れてるし枕とシーツの換えを持ってきましょうか? 」

「いや、これくらい、いいよ……夢か、俺が水を吐いてたのか……そうか、夢か……そうか……よかった」


 身に覚えがあるのか片山が納得するように何度も頷いた。


「大丈夫ですか片山さん? ナースコール押しましょうか? 」

「大丈夫だ。夢なら何ともない……哲也くんが見てないなら夢だ。それなら大丈夫だ」

「そうですよ、夢ですよ、思い込むと変な夢を見るもんですよ」

「そうだね、ありがとう哲也くん」


 安心した様子で礼を言う片山の足下に布団を掛けてやる。


「じゃあ僕は見回りの途中ですから、何かあればナースコールを押してください」


 枕とその周辺が少し濡れているだけだったので哲也も大丈夫だとそのまま部屋を出て行った。



 翌日、朝食も食べずに12時頃まで寝ていた哲也が怠そうに食堂へと向かう、


「寝過ぎた……寝過ぎで怠い」


 昼食の入ったトレーを持った寝惚け顔の哲也がテーブルに着くとヤカンを持った片山が近付いてきた。


「全部夢だったんだな、あれからぐっすり眠れたよ、ありがとう哲也くん」

「ああ、片山さん、良かったですね」


 片山は嬉しそうに礼を言うと怠そうにこたえる哲也の後ろを通って空になったヤカンを持ってお茶を貰いに行った。


「もうヤカン空にするほどお茶飲んだのか…… 」


 呆れながら哲也は昼食を食べ始めた。



 その日の深夜、3時の見回りで片山の部屋の前を通った哲也が立ち止まる。


「ん? なんだ? 」


 片山の部屋に気配を感じた。数人がいるような感じだ。


「こんな夜中に誰か居るのかな? 他の患者と何かしてるんじゃないだろうな」


 くるっと回れ右すると哲也がドアの傍に近付いた。

 何人かいる……、ドアの向こう、数人が動く気配が確かにする。


「かたや……何の匂いだ? 」


 ドアをノックする手を哲也が止めた。

 海の匂いがした。所謂いわゆる潮の香りというヤツが片山の部屋から漂ってきた。


「グボッ! ガガッ! ブガッ!! 」


 咳き込む音が聞こえてきて哲也が慌ててドアを開けた。


「何だこの匂いは? 」


 海を前にした磯場に立っているようなキツい潮の香りが哲也の鼻をつく、


「ガフッ、ゴガッ」

「片山さん……うわっ! 」


 咳が聞こえて慌てて駆け寄る哲也の足が滑った。床が濡れていたのだ。


「なんで? 」


 どうにか倒れずに体勢を立て直す哲也の目にベッドの上で苦しげに咳き込む片山が映る。


「片山さん! 」


 部屋の明かりを点けて駆け寄っていくと片山は口から水を大量に吐き出していた。他には誰も居ない、入る前に感じた複数の人の気配は消えていた。磯の匂いも無くなっている。


「グホッ、ゲガッ、ググゥ…… 」


 苦しげに水を吐き出すが片山は眠っているようだ。


「片山さん、大丈夫ですか」


 哲也が体を揺すって起こすと片山がカッと目を開いた。


「わあぁ~~、助けてくれぇ~~ 」


 ベッドの上で暴れる片山に哲也が大声を出す。


「片山さん、しっかりしてください」

「 ……哲也くん」


 手足をばたつかせていた片山が哲也を見つけた。


「哲也くん、奴らが来たんだ。俺が約束を破ったから……連れて帰らなかったから……彼奴ら船幽霊になって水を………… 」


 怯えを浮かべる片山に哲也が少しキツい口調で話し掛ける。


「夢ですよ、濡れてるのは片山さんが吐き出した水です。怖いと思ってるから変な夢を見るんですよ」

「夢じゃない、さっきまで居たんだ。左右から中年男と髪の長い女が俺の両肩を押さえて男の子が顔に水を掛けてくるんだ。凍るような冷たい海水を……本当なんだ信じてくれ」


 必死で訴える片山に哲也が冷静に続ける。


「何も居ませんでしたよ、僕が入ったら片山さんは寝たまま口から水を吐いてたんですよ、僕が起こすまで寝てたでしょ? 起こすまで僕に気付かなかったでしょ? それが証拠です。片山さんは寝てて夢を見たんです。船幽霊に襲われる夢を見たんです。濡れてるのは片山さんが水を吐いたからですよ、沢山水を飲むから横になって逆流して出てきたんだと思いますよ」


 話しながら自分でも的確だと哲也は思った。


「夢……確かに哲也くんが部屋に居るのに気付かなかった。哲也くんに揺すって起こされたんだ…………そうか、夢か、やっぱり夢なのか……よかったぁ…… 」


 安堵する片山から目を離して部屋を見回す。

 酷い有様だ。床だけでなくベッドから落ちた布団もぐっしょりと濡れていた。暴れたのかシーツは足下に寄っているし枕も濡れている。


「床も布団もべちょべちょだ」


 哲也が落ちている布団を持ち上げる。


「流石にこれじゃ寝れないな、待っててください、空いてる部屋から布団と枕を持ってきますから」


 片山を立たせるとシーツごと敷き布団を畳んだ。掛け布団と一緒に持ち上げると片山に向き直る。


「枕を上に置いてください、直ぐに布団持ってきますから片山さんは濡れた寝間着を着替えてください」

「わかった。世話を掛けるな哲也くん、礼はするからね」


 申し訳なさそうに言う片山を見て哲也が優しく微笑む、


「礼なんていいですよ、僕は警備員ですから、これも仕事の内ですよ」


 濡れた布団を持って哲也が部屋を出て行った。

 空き部屋から布団と枕を持ってきてベッドに敷いてやる。


「これでよしっと、床は明日掃除してもらってください」

「ありがとう哲也くん」


 着替え終えた片山は落ち着いているように見えた。


「大丈夫ですか? 先生に見てもらいますか? 」


 意地悪顔で言う哲也の向かいで片山が恥ずかしそうに口を開く、


「もう大丈夫だ。昨日も哲也くんに起こしてもらった後はゆっくりと眠れたからね、本当にありがとうな哲也くん」

「安心して寝てください、僕は毎晩見回ってますからね、何かあればナースコール押してくださいね」

「ありがとう哲也くん」


 何度も礼を言う片山に照れながら哲也が部屋を出て行った。



 階段を下りながら哲也が呟く、


「全部片山さんの夢だな、匂いは嘔吐物の匂いで気配は片山さんがベッドで暴れたからだ」


 今起きた出来事を自分なりに分析していた哲也が階段の途中で足を止めた。


「多過ぎる……沢山飲んだからってあれは多すぎる気がする」


 哲也の背を冷たいものがスーッと走った。

 枕やシーツを濡らすだけならともかく床一面が濡れていた。ドアを開けて入った哲也が足を滑らせたほどだ。交換するために運んだ布団も濡れて重くなっていた。


「船幽霊……まさかね」


 嫌な想像を掻き消すように頭を振ると哲也はD棟を出て行った。



 翌朝、片山が亡くなった。見回りの看護師が冷たくなっているのを発見したのだ。

 片山の死因は寝ている間に吐いた水やジュースなどの嘔吐物が気管に入って呼吸を止めたことによる窒息死だ。有り体に言えば寝ながら溺れ死んだのだ。

 普通なら苦しくなれば目を覚ますはずだが片山はそのまま死んでしまった。深く寝入って体が反応しなかったのだろうと先生は言う、気を失っている状態で口を塞がれれば起きる事も無く死んでしまうのと同じだ。

 遺体は運ばれた後だが片山の部屋を哲也も見せてもらった。

 午前3時の見回りで足が滑るほど濡れていた床には水滴1つ無かった。

 水を吐いたのは確かだろう、ベッドに近付いて確認させてもらうと枕の付近がぐっしょりと濡れていた。布団は床に落ち、シーツも足下へとずれていた。


 哲也は思う、寝入ったまま亡くなったのならこれ程布団が乱れるだろうか? 深夜3時の見回りで大量に水を吐いたのにその後で更に大量の水を吐く事が出来るのだろうか? 

 診断通りに嘔吐物による窒息死だとしたら哲也が見た床一面を濡らしていた水は片山さんの嘔吐物ではなかったのではないのか? キツい潮の匂いからして海水だとして誰が撒いたのだろうか? 


 今回は奇妙なものは見ていない、ただ片山の部屋に何人かの気配を感じたのと潮の香りを嗅いだのは事実だ。


『左右から中年男と髪の長い女が両肩を押さえて男の子が顔に海水を掛けてくるんだ』


 片山の言葉が哲也の頭に浮ぶ、片山さんは苦しさに起きても動けなかったのではないだろうか? 


「船幽霊か…… 」


 その場凌ぎの誤魔化しで約束などするものじゃないと哲也は思った。

 稚拙な文章を読んでいただき誠にありがとうございました。

 10月の更新は今回で終了です。

 何か一つでも感じるものがありましたらブックマークや評価をお願いします。単純な人間なのでやる気に繋がるので是非お願いしますね、では次回更新でも読んでいただける事を楽しみに頑張ります。


 沢山のブックマークありがとうございます。

 12月初旬更新と書いていましたが変更いたします。

 11月18日から新しい話を四話、毎日一話ずつ更新します。


 引き続きブックマークや評価をして頂ければ嬉しいです。

 文章間違いなど見つけられたら御指摘ください。

 感想やレビューもお待ちしております。

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