第四十四話 添い寝
添い寝を辞書で調べると寝ている人の傍で一緒に寝てやること、寄り添って寝ること、などと書いてある。
添い寝をしてもらった記憶は誰にでもあるだろう、幼い頃に母や父、或いは祖母や祖父が一緒に寝てくれる。物心などついていなくとも自分を守ってくれる大人が近くに居てくれるのがわかるのか安心して眠りにつける。
友人たちと枕を並べるのも楽しいものだ。お互い気心が知れていて仲間という意識もあってか安心できる。恋人と一緒なら安心感に愛が付く、信頼度が大きな相手だと添い寝は嬉しいものだ。
だが嫌な相手と枕を並べることもある。子供の頃なら先生に命じられてそれほど親しくない級友と隣同士で寝ることもある。大人なら会社の旅行で部屋が一緒になったりもする。
大半はどうにか逃げることは出来るだろうがどうしても嫌な相手と一緒になることは長い人生の間には幾つかあるものだ。
哲也も母に抱かれながら眠っていた記憶がある。幼い頃だ。あの何とも言えない心地の良さをもう一度味わいたいと思うが今の哲也には母の顔さえ朧気で浮んでこない、これも心の病の弊害だと哲也は思っている。
心地の良い添い寝なら大歓迎だが中にはとんでもないものに添い寝をされた人がいる。それは気が付くと隣で寝ているのだ。
朝食を終えた哲也がいつものように遊歩道を散歩していると本館に近い道の脇で看護師の香織を見つけた。
「香織さんだ……何してるんだろう? 」
午前中は忙しいはずだ。それなのに香織は遊歩道脇のベンチに座って浮かない顔をしていた。
「先生にでも叱られたのかな……池田先生は怒ったりしないけど他の先生に叱られたのかもな」
哲也は遊歩道から外れると生えている雑草を掻き分けるようにして香織へと近付いた。
「あぁ……面倒だな…………かといって森崎に任せるわけにはいかないし」
ブツブツと愚痴っている香織の後ろに哲也がそっと立った。
「何か用なの? 」
肩を掴んで吃驚させようと伸ばした哲也の手を香織が振り向きもせずに掴んだ。
「うわっ! 」
急に捕まえられて驚かそうとした哲也が逆に叫びを上げた。
「もう、煩いなぁ、後ろで大声出さないでよ」
掴んでいた哲也の手を離すとベンチに座る香織が迷惑そうに振り返った。
「なっ、何でわかったっすか? 驚かそうとしたのに…… 」
「あーーーっっ、吃驚した。ほんと吃驚した」
哲也の焦り顔を見て香織が感情の一切籠もっていない声を出した。
「いや、もういいっす。僕がバカみたいだから止めて欲しいっす」
嫌そうに顔の前で手を振る哲也をベンチに座る香織が見上げる。
「それで何か用なの哲也くん」
「用って言うか……香織さんがしょんぼりしてたから………… 」
哲也が心配してくれていたとわかったのか香織の顔に優しい笑みが浮んだ。
「そう、ありがとう」
「それで何かあったんすか? 」
心配そうに訊く哲也を香織がじっと見つめる。
「 …………別に何も無いわよ」
少し間を置いてからこたえた香織に哲也が畳み掛ける。
「何でも言ってください、僕に出来る事なら何でもしますよ」
暫く考えてから香織が口を開いた。
「面倒な患者が入ってくるのよ」
「新しい患者さんっすか? 」
「うん、○○大学の医学生なの」
「医学生? 研修とかバイトとかじゃなくて患者なんですか? 」
哲也が聞き返すのも無理はない結構有名な国立大学の医学生だ。
「患者よ、だから面倒なんじゃない」
「医学生が何で? 何の病気なんです」
不思議そうな顔で訊きながら哲也はベンチの前に回って香織の隣りに腰掛けた。
「ストレス障害らしいわ、カウンセリングだけで充分だから他の病院でも大丈夫なのにある先生の知り合いで入院することになったのよ」
溜息交じりでこたえた香織の隣で哲也がわかったように頷いた。
「それで何が面倒臭いんですか? 医学生なら病院のことも色々知っているから却って楽なんじゃないんすか」
「お金持ちの一人息子で我儘なのよ」
ベンチに座っていた香織が立ち上がる。
表門から高級外車が入って来た。本館から数名の看護師を引き連れた先生が出てくる。
「熱烈歓迎って感じっすね」
看護師だけでなく先生まで迎えに出てくるのは初めて見た。
「おべっか使って損はない相手だからね、父親は……私はそういうの興味無いけど」
嫌そうに話す香織をちらっと見上げてから哲也も立ち上がる。
「成る程ねぇ……面倒臭いってのがわかったような気がするっす」
磯山病院にもそれなりに影響力を持っているのか気を使わないといけない相手だとわかって哲也が顔を顰めた。
「そうなのよ、だから変な事しないで頂戴」
哲也の顔がパッと明るくなる。
「変な事? もしかしてその人もお化けとかに襲われたとか言うんすか」
香織がキッと怖い目で睨む、
「だぁ~かぁ~らぁぁ~~、変な事するなって言ってるのよ、本気で怒るからね」
「しません、しません」
ブンブンと首を振ってから哲也が続ける。
「それで、ストレス障害ってどんな……あっ、出てきた。なんかチャラそうな男だ」
高級外車から若い男が出てきたのを見て哲也が話を途中で止めた。
若い男に医者が近付いてペコペコ頭を下げている。どうやら患者の父親から頼まれた医者らしい。
「あぁ……マジで嫌な感じっすね、僕もああいうの嫌いっす」
何度も頭を下げる医者や看護師に向かって若い男は一度も頭を下げない、横柄な態度に哲也も嫌悪感しか湧いてこない。
「あの関口ってのはね…… 」
医者や看護師を引き連れるように本館へと入っていく若い男を見ながら香織が話を始める。本当に嫌なのか患者に『さん』も付けずに関口と呼び捨てだ。
関口頌20歳、結構有名な国立大学の医学生だ。霊現象など一切信じていないが幽霊が襲ってくる幻覚を見ると言って磯山病院へ診察を受けに来た。
精神的に疲れていてストレス障害も少しあると診断されて数日間カウンセリングを受けることになってその日の内に短期入院することになったのだ。
「手続きとか全部飛ばして入って来たんすね」
「そうよ、一番良い病室を用意してくれってさ」
嫌そうに話す香織の前で哲也が益々顔を顰める。
「我儘っすね、それで何処なんです部屋? 」
「Bの704よ、近くに変なのが来ないように左右と向かい3部屋は空けてくれってさ」
「最上階っすか、左右と向かいが空いてるのはB棟しかないっす」
毎日見回りをしている哲也は部屋の使用状況などは把握している。
「そうよ、本来なら向こうのF側へ入るはずだったんだけどね、空きが無かったの、それでこっちへ回されたってわけよ、いい迷惑だわ」
本気で嫌そうな香織を見て哲也が少し安堵してから続ける。
「左右と向かい3部屋と自室で6部屋っすか、贅沢な使い方っすね、でも急に患者が入ってきて部屋を使いたいって言ってきたらどうするんすか? 」
「それは大丈夫よ、左右と向かいの空き部屋も関口の親がお金を払ってるから使用中って事になるの」
「何だろう……話し聞いてるだけで腹が立ってきますよ」
遣り場の無い怒りを浮かべる哲也を見て香織が声を出して笑い出す。
「あははははっ、まぁ病院も商売だから仕方ないけどね」
「それはわかりますけどやっぱムカつくっす」
怒る哲也の手を香織が握り締めた。
「ありがとうね、哲也くん」
急に手を握られて哲也の頬が赤くなる。
「へっ? 何すか」
「私のこと心配してくれたんでしょ」
「あぁ……落ち込んでたみたいだったから先生にでも叱られたのかと思ったっす」
香織が楽しげに笑いながら握っていた哲也の手を離す。
「あははっ、哲也くんじゃあるまいし叱られたりしないわよ」
「どうせ僕はしょっちゅう叱られてるっすよ」
「あははははっ、怒らない怒らない、でも本当にありがとうね、哲也くんに愚痴ったら元気出たわ、じゃあ、仕事頑張るかな」
軽く手を振ると香織は本館へと入っていった。
哲也がほっと胸を撫で下ろす。
「よかった。香織さん、金持ちの坊ちゃんには興味無いみたいだ」
金持ちと言うだけでなくそれなりに容姿も良かった関口に香織が靡いたらどうしようかと不安だったのだ。
哲也が日課の散歩を再開する。
「医大生の関口か……どんな幽霊に襲われるんだろう」
世の中には科学で証明できない不思議なことはあると認める医者も居るだろうが霊の存在など認めないというのが大多数の医者の意見だろう、医者の卵である医学生が幽霊に襲われるなど普通は口外しない、それを言うから入院させられたのだろうが、もし病気ではなく本当に幽霊を見ているならと哲也は大いに興味を持った。
昼食を食べに食堂へと行くと何やら騒ぎが聞こえてきた。
「またか…… 」
並びに割り込んだり席順で揉めているのだろうと哲也が走り出す。
「お前! 割り込むんじゃねぇ、後ろに並べよ」
「はぁ? 空いてたから入っただけだろが、ガキじゃあるまいしこれくらいのことでゴチャゴチャ言うなよ」
「んだとぉ~~っ!! このガキが! 」
「爺が偉そうに言ってんなよ」
見知った男性患者たちと関口が言い争っていた。
「哲也くん頼むよ」
壁際で監視していた看護師が苦い顔をして哲也に頼む、関口の事を知っているらしくどうやって叱ろうか躊躇していたところへ哲也がやってきたのだ。厄介ごとを任せたというわけである。
「了解です。貸しにしときますよ」
ニヤッと悪い顔でこたえると哲也は争いの中へと入っていった。
「どうしたんですか? みんなが迷惑していますよ」
双方の話しを聞こうと哲也が穏やかに話し掛けると顔見知りの患者たちが縋るように話し掛けてくる。
「おぉ哲也くん、訊いてくれよ、このガキが割り込んできたんだ」
「そうだよ、俺たちみんな並んでるのにさ」
「後ろへ並べって言っても利かないんだよ、どうにかしてくれよ哲也くん」
顔見知りの3人と新しく入った関口が揉めているらしい。
「ここ空いてただろが、だから入っただけだ。ちゃんと並んでないお前らが悪いんだろが」
3人相手に関口は引かない、バカにしたような物言いだ。
割り込んだ関口を後ろに並び直させれば済む話しだが興奮している関口の腕を引っ張って並び直させるにはタイミングが必要だ。
「柳田さんは足が悪いから間を空けて歩いてただけだ。そこにお前が入って来たんだろが」
「そうだ。そうだ。柳田さんが何も言わないからって割り込みやがって」
「さっさと後ろに並べよ」
顔見知りの患者が3人並んで文句を言うが関口は半笑いで言い返す。
「俺1人入っただけで殆ど変わらないだろ、バカみたいに喧嘩している間に並び終えてるぞ、本当にお前らバカだな」
自身が悪いなどとは一切考えていないのだろう、関口は始終上から目線だ。
「その辺で止めましょう、関口さんは後ろに並び直してください、それがここのルールですから」
頃合いを見て哲也が間に分け入った。
「お前誰だよ、関係ないなら引っ込んでろ」
関口がジロッと哲也を睨む、
「警備員ですよ、揉め事を止めるのも仕事の内です」
「警備員? それがどうした」
食って掛かる関口を哲也が睨み返す。
「関口さんのことは知ってるよ、でもね、僕には関係ない、ルールが守れないのなら磯山病院から出て行ってくれ」
「なっ、お前…… 」
哲也を見つめる関口の顔が引き攣っていく、父親の知り合いである医者やその下の看護師たちに褒めそやされていたのだろう、病院関係者で自分に文句を言う者が居るなどとは思ってもみなかったのだ。
味方に付いてくれたと思ったのか哲也の後ろで顔見知りの患者たちが関口をからかいだす。
「ははっ、さっさと後ろに並べ」
「一番最後だぞ、クソガキ」
「順番も守れない馬鹿ガキだな」
煽り耐性が無いのか関口が目を吊り上げて怒鳴り出す。
「誰がバカだ! お前ら社会不適合者が偉そうに…… 」
話が終らぬ内に関口の頬を哲也が引っ叩いた。
「いってぇ~~、何しやがる! 」
「いい加減にしろ!! 人のことをどうこう言えるほどお前は偉いのかよ」
怒鳴る関口をより大きな声で一喝した後で哲也が続ける。
「どんな理由か、どんな病気かは知らないけどな、ここに居るって事はお前も他の患者と同じだろが、バカにするって事はお前自身もバカにしてるって事だぞ」
「お前……俺にこんな事して只で済むと思ってるのかよ」
叩かれて赤くなった頬を手で押さえながら関口が哲也を睨み付けた。
「煩い! 好きにしたらいいだろ、だけどな、僕がここに居る間はお前の好き勝手はさせないからな」
腕を引っ掴んで後ろに並び直させようとする哲也の手を関口が振り払う、
「覚えてろよ…… 」
これ以上騒ぐのは不利だとでも思ったのか関口はプイッとそっぽを向いて歩き出す。
「お~い、昼飯食わないのか? 」
呼びかける哲也を無視して関口は食堂を出て行った。
「仕方ないなぁ……どうせ親の知り合いの先生か看護師に頼んで何か食うんだろうけどさ」
呆れ顔の哲也に仲裁を頼んだ看護師が弱り顔で話し掛けてくる。
「哲也くん不味いよ、彼を怒らせたら…… 」
「大丈夫ですよ、僕は患者ですから、患者同士の争いならそれほど迷惑掛からないでしょ」
「まぁ、そうなんだけどさ」
「だから僕に頼んだんでしょ? 貸しにしときますからね」
ニヤッと悪い顔でこたえる哲也の背がドンッと叩かれる。
「おわっ! 」
「さっすがぁ~~、流石哲也くんだわ、胸がスーッとしたわよ」
前によろけながら振り向くと香織が笑顔で立っていた。
「かっ、香織さん……何処で見てたんすか」
「あっちの壁で全部見てたわよ」
反対側の壁際で食堂の監視をしていたらしい、
「それで貸しってどういう事? 」
「えっ? 何でもありません、僕も飯食いますから」
楽しそうな笑みを浮かべる香織から逃げるように哲也は並んでいる患者たちの最後尾に回った。
「まったく……笹本さん、哲也くんを甘やかせたらダメですからね」
「あっ、すみません、哲也くん頼りになるから」
哲也に仲裁を頼んだ看護師の笹本が香織にペコッと頭を下げた。
その日の夜、10時の見回りで哲也がB病棟へと入っていく、
「屋上の鍵は異常無しっと…… 」
いつものように最上階へと上がって屋上へと続くドアを確かめてから長い廊下へと出る。
「最上階からだと町の明かりが見えるんだよな」
格子の入った窓から外を眺める。最上階とその下の6階からなら麓の町の明かりが見えた。5階はギリギリ見えるかどうかだ。4階から下は病院の敷地を囲む高い壁が邪魔して見る事は出来ない。
「見晴らしのいい部屋を5部屋も余計に借りるなんてな……ほんとに腹立つよな、食堂での物言いも自分勝手だし、マジで嫌なヤツだな関口って奴は」
昼間の騒動を思い出して愚痴りながら歩き出す。
「夕飯も食べに来なかったとか言ってたし、どうせ知り合いの先生に泣き付いて出前でも取ったんだろうな、まったく金持ちは…… 」
愚痴っていた言葉と共に足が止まった。
「女の子? 」
長い廊下の先に高校生くらいの少女が居た。
「なっ……ん? 」
声を掛けようとして直ぐに言葉を飲み込んだ。少女の姿が薄い、窓から差す月明かりが少女を突き抜けている。
「影が…… 」
哲也の呟きが聞こえたのか少女がスーッと部屋に入っていった。ドアなど開けていない突き抜けていったのだ。
「影が無かった。水色のブラウスを着てたな」
哲也が自分の足下を確認する。窓から差す月明かりで灰色の影が足下から横の壁に伸びている。だがドアを抜けていった少女には影が無かった。
「あの女の子が襲うようには見えないんだけどな」
近くで見たわけではないが哲也には優しそうな少女に思えた。
「嫌なヤツだけど一応確認しておくか」
少女が入っていったのは長い廊下の向こうにある704号室、関口の部屋だ。
長い廊下を歩いて704号室の前に来るとドアを開けずに様子を覗う、
「まぁ一応中も見とくか」
呻きや悲鳴などは聞こえなかったがドアを開けて部屋の中を覗いた。関口はともかく少女の霊が気になったのだ。
「えっ!? 」
思わず声が出た。
関口はベッドの上ですやすやと寝息を立てている。その隣り、こちら側を向いて横向きになって寝ている関口の後ろに誰か寝ていた。長い髪に水色のブラウスが布団から見えている。関口の背に身体を寄せるようにして誰かが添い寝をしていた。
「ちょっ、ちょっと! 」
先程の少女だと思った哲也が慌てて部屋に入る。
幽霊ではなくて生きている人間だとしたら無断で院内に入っているのは大問題だ。
「ちょっと、ダメですからね」
ベッド脇のテーブルを避けようと一瞬視線を足下にやってから顔を上げる。
「えっ? 居ない……やっぱり…… 」
少女の姿は消えていた。ベッドの上にはすやすやと眠っている関口一人だけだ。
「うぅぅ…… 」
関口が寝返りを打った。起きて揉めると厄介だと思った哲也はそっと部屋を出る。
「顔は見えなかったけど高校生くらいに見えたぞ、関口さんの恋人か何かかな? 」
死に別れたか生き霊か、どちらにせよ幽霊でも女の子にピッタリと添い寝をしてもらえるなんて少し羨ましいと思いながら哲也は見回りを再開する。
「霊に襲われるってあの子じゃないよなぁ……じゃあ他にも居るってことかな? まぁいいか、関口なんて助ける気にもならないしな」
少女の霊に悪い気を感じなかったので哲也は放って置いた。
深夜3時の見回りでB病棟の最上階へと上がる。
「何だ? 」
階段の上、屋上へと繋がるドアの鍵を確かめていると悲鳴が聞こえた。
「誰が騒いでるんだ」
哲也が慌てて廊下へと出ると向こうの部屋から誰かが飛び出してきた。
「関口かよ…… 」
嫌そうに呟くと哲也が駆け寄っていく、
「どうしました? 」
「おっ、お化けが……お化けが出た…………女が横で寝てるんだ。お化けが…… 」
声を震わせながら関口が腕にしがみついてきた。隣で寝ていると聞いて哲也の頭に夜10時の見回りで見た添い寝していた少女が思い浮かんだ。
「落ち着いてください関口さん、部屋に戻りましょう」
しがみつく関口を引き摺るようにして部屋へと戻る。
「お化けなんて居ませんよ」
部屋の中を見回す哲也にしがみつきながら関口が訴えるように話し出す。
「居たんだ。俺の隣りに寝てたんだ。起きたら女がいて……抱き付いてきて…………首を絞めてきたんだ」
「落ち着いてください、夢でも見たんじゃないんですか」
宥めようとする哲也に関口が食って掛かる。
「夢なんかじゃない、彼奴は俺を恨んでるんだ。本当なんだ……あんた警備員とか言ってたよな、なら俺を守ってくれ」
食堂での騒動で哲也を覚えていた様子だ。
「哲也です。警備員の中田哲也です。哲也って呼んでください」
正直言って関わり合いになりたくはなかったが恨んでいるという言葉に興味を持った。
「水色のブラウスを着てる高校生くらいの女の子でしょ? 」
哲也の前で関口の顔色がサッと変わった。
「なっ、何で知ってる? お前も見たのか? 」
関口は薄暗い部屋の中でもわかるくらいに動揺している。
「見ましたよ、夜の10時の見回りで」
哲也が10時の見回りで少女が部屋の中へと入っていった話をした。
「そっ、そいつだ。その女が……そいつが襲ってくるんだ。気が付いたら隣で寝てるんだ。それで襲ってくるんだ」
どうやら夜中に目を覚ますと少女が添い寝をしていてそれに気付くと襲い掛かってくるらしい。
「僕が見た時も添い寝してましたよ、関口さんの背にくっつくようにして寝てたから注意しようとしたらいつの間にか消えてました」
成る程というように頷く哲也に関口が身を乗り出す。
「まっ、マジか……彼奴が添い寝してたのか? 何で! 何で起してくれなかった! 」
「いや……直ぐに消えたから見間違いかも知れないし……見間違いだと思ってました」
ややこしくなりそうなので哲也は見間違いで通すことにした。
「見間違いで関口さんを起して叱られるのは嫌ですからね」
「見間違いじゃなかっただろが! まぁ、まぁいい、次は、今度女を見たら直ぐに教えてくれ、寝てたら起こしてくれ、彼奴は俺を殺そうとしてるんだ」
関口は怒鳴ったあと直ぐに声色を和らげた。哲也を怒らせて頼みを利いてくれなくなるのは拙いと考えたのだろう、
「悪い霊には見えなかったけどなぁ」
ボソッと呟いた哲也に関口が突っ掛かる。
「なっ、何言ってんだ。俺は首を絞められたんだぞ、殺そうとしてるんだぞ」
落ち着けというように両手を前に出すと哲也が続ける。
「僕は霊感体質らしくてさ、幽霊とかよく見るんだよね、だから何となく分かるんだけどさ、あの女の子からは悪い気は感じなかったんだよな」
「じゃあ何で俺を襲うんだ。殺されるところだったんだぞ」
威圧するように睨み付けてくる関口の前で哲也が楽しげに口元をニヤッと歪める。
「うん、それが本当なら詳しい話しを聞かせてくれないか」
「話したらどうにかしてくれるのかよ、霊感体質とか言ってたよな」
食い付いてきた関口を見て哲也が笑いを堪えながら頷いた。
「話し次第じゃ協力するよ」
「協力? 」
「うん、僕は霊が見えるくらいだけど知り合いに力を持った人がいるからさ」
「あの女幽霊をどうにかしてくれるのか? 」
ぱっと表情を明るくする関口を哲也が見据える。
「話し次第でね、だから聞かせてくれよ」
「わかった。話してやるよ」
話し出そうとする関口に待てと言うように哲也が手を突き出した。
「明日にしてくれ、見回りの途中なんだ。サボったら叱られる。明日の朝10時頃に部屋に行くよ」
「警備員だったな、わかった。全部教えてやるからその力を持った知り合いってのにお祓いでも何でもするように言っておいてくれ、あの幽霊をどうにかしてくれたら金は幾らでも払うって言ってくれ」
先程まで怯えていたとは思えない横柄な物言いに腹を立てながらも哲也は冷静に口を開いた。
「詳しい話しを聞いてからですよ、じゃあ見回りがあるから」
軽く手を振ると哲也は部屋を出て行った。
長い廊下を見回って階段の前で立ち止まる。
「あんたが悪くないなら眞部さんにでも頼んであげるけどな」
関口の部屋を見つめて呟くと哲也は階段を下りていった。
翌日、朝食を食べた後で約束通りに関口の部屋を訪ねた。
「待ってたよ警備員さん、哲也くんって言ったよな」
昨晩と違い関口が笑顔で出迎えた。
「ああ、うん、約束だから」
戸惑う哲也に関口がにこやかにテーブルの脇にある折り畳み椅子を指差した。
「さぁ哲也くん、ここに座ってくれ、お菓子食べるか? 缶コーヒーとかコーラもあるぞ」
テーブルの上に高そうな菓子が箱ごと幾つも置いてある。
「遠慮しなくてもいいぞ、今食べないなら持って帰ってくれ、全部持っていってもいいからさ、それで何飲む? コーヒーかコーラか? お茶もあるぞ」
「じゃあコーヒーで」
哲也が遠慮がちに言うと関口は部屋の隅に置いてある小さな冷蔵庫から缶コーヒーを持ってきた。
「冷蔵庫って…… 」
冷蔵庫など普通の病室には無い、驚く哲也の向かいに関口が座る。
「ああ、持ってきて貰った。自販機まで買いに行くの怠いだろ、7階だし」
特別扱いを平然と言うお坊ちゃん育ちに辟易しながら哲也が口を開く、
「じゃあ、話しを聞かせてください」
余計なことをする前に話しを聞いてさっさと帰ろうと思った。
「わかってるって……それでさ、相談なんだけど、昨日話してた力のある知り合いってのを紹介してくれないか? 」
態度が変わった訳がわかった。少女の霊を見る事の出来た哲也の知り合いなら本当に力があると考えてどうにかしてもらおうと下手に出ているのだ。
哲也が遠慮なくテーブルに載っている高そうな菓子を摘まんで口に放り込む、
「話しを聞いた後で考えます。その人は普通の人ですから、霊能者とか商売をしてるわけじゃないので迷惑が掛かるといけないですから」
「わかった全部話すから後で教えてくれよ」
向かいに座った関口は缶コーヒーを開けてグイッと飲んだ後で話を始めた。
これは関口頌さんが教えてくれた話しだ。
関口は裕福な家に生まれ何不自由なく生きてきた。幼い頃から家庭教師を付けるなどしっかりと教育され成績も優秀で今ではある国立大学の医学部に通っている。医大生だ。
確かに勉強が出来て頭は良いが親に甘やかされて育った所為もあって我儘で自尊心が強く他人を下に見る傾向があるが本人は気付いていない。
現在、関口は一人暮らしをしている。地方都市の一等地に建つマンションだ。ワンルームではない、キッチンを入れると部屋が3つもある2DKだ。一人暮らしには贅沢な部屋だ。町外れにある大学からは少し離れた場所である。遊ぶのには便利な場所だ。勉強より遊びを優先させたという事である。
マンションの家賃は元より光熱費から食費、駐車場代に車の維持費、小遣いまで全て親が与えている。関口はバイトなどせずに遊び回っていた。
その様な生活をしているので趣味も多彩だ。映画鑑賞から読書といったインドアから車にスキューバダイビング、ルアーフィッシングなどのアウトドアまで数えれば両手の指では足りなくなる。
その時々の流行に乗るというチャラい性格もあって長続きしているものは少ないが唯一、中学生の頃から続いている趣味があった。キャンプだ。それも只のキャンプではない、ソロキャンプ、つまり1人だけでするキャンプである。
初めは鬱憤を晴らすために1人で山に入って愚痴を叫んでいた。小学生から中学生に掛けては勉強漬けで自由が無かったのだ。両親が出掛けるなど監視の目が緩んだ隙を見て1人で抜け出して山に行っていた。そのうちに1人でキャンプをするようになった。
今でも愚痴を言って鬱憤を晴らしているがそれだけでは無い、大人になった関口が唯一自身を見つめ直す時間というか静かに過せるのがソロキャンプだ。
子供の頃は親の監視から逃れて開放感を味わい、大人になった今では世間との付き合いからの開放感に浸れるのだ。
3ヶ月程前の事だ。
関口は土日を使ってソロキャンプに向かった。普段は山へ行くのだがこの日は違った。大学で知り合った友人の親が無人島を持っているという、それを聞いて島でのキャンプ許可を取ったのだ。
金曜の昼過ぎ、地元の漁師に手間賃を払って無人島へと運んで貰う、日曜の昼に迎えに来て貰う約束だ。
「海でのキャンプは久し振りだがやっぱいいなぁ、ここなら夜中に馬鹿共が来て馬鹿騒ぎとかしないしな」
砂浜に立って海を見ながら満足気に頷いた。無人島といっても対岸から見える距離にある島なので携帯電話の電波はどうにか届いた。何かあった時も安心である。
「でも結構ゴミがあるな……砂利も多いし海水浴って場所じゃないな」
くるっと振り返り後ろを見て溜息をつく、整備されている浜ではないので打ち寄せられたゴミが多数転がっている。波打ち際から少し離れると砂利が混じっているような砂浜だ。
「まぁいいか、今日から2日、この島には俺1人だ」
季節は春、暖かと言うより暑いくらいだが海の水はまだ冷たくて足を浸すと気持ちがいい、少し遊んでから砂浜にテントを張った。
「これでよしっと! じゃあ釣りに行くか」
魚を釣って焼いて食べようと釣り道具を準備してきたのだ。
山でキャンプをするときは食事は専らレトルト食品で済ませている。料理などはしない、お湯を沸かすくらいである。今回も米やカレーなどのレトルト食品や缶詰など直ぐに食べられるものしか持ってきていない、関口は料理は殆どしたことがない全くの素人だ。魚が釣れれば焼いて食えばいいと簡単に考えて釣り道具を持ってきたのだ。
「浜で投げ釣りより磯の方がいいな」
テントを張っている場所から向こうに見える磯場へと歩いて行く、
「テントから150メートルってところか……もっと近くでも良かったんだが磯に近いとフナムシが出るからな」
磯場に着くと仕掛けを準備する。餌のいらないルアーフィッシングだ。高校の時にバス釣りに嵌まってルアーはお手の物だ。
「バス釣りは去年やったけど海は久し振りだな」
多趣味だが飽きっぽい関口は釣りも余りやらなくなっていた。
「アイナメが釣れたらいいけどな、まぁカサゴくらいは釣れるだろ」
竿を振って釣りを始める。
「久し振りだからな……バスのようにはいかないか」
15分ほど竿を振るが当たりは無い、
「場所を変えるか」
何度か場所を変えて1時間ほど粘るが釣れたのは食べるところもない小さなカサゴが1匹だけだ。カサゴは逃がしてやった。優しさではなく骨ばかりで食べても美味しくないと思っただけだ。
「おお、夕日が綺麗だな」
赤い夕日がキラキラと波を照らしている。
「暗くなる前に晩飯済ますか」
釣りを切り上げてテントに戻る。
「カレーって気分じゃないな……缶詰でも食うか」
釣った魚が食べられなかった腹いせではないがサンマの蒲焼きや焼き鳥の缶詰を肴にビールを飲む、大きなクーラーボックスに保冷剤と共にビールは6本入っている。最新のクーラーボックスは凄い、保冷剤をたっぷりと入れておけば1日半は余裕で保温してくれるので金曜の昼過ぎからなら土曜の夜まで冷え冷えだ。
「明日は釣った魚で飲みたいよなぁ」
飲んでいると辺りが暗くなる。日が落ちたのだ。
「山の中と違って明るいなぁ、後で散歩でもするかな」
少し酔いが回ってテントに入って横になる。
テントの中で色々と考える。疲れが溜まっていたのか少し休むつもりが熟睡していた。
どれほど眠っただろう、波の音と共に声が聞こえたような気がした。
『あぁあぁ…………あぁぁ………… 』
遠くから悲しげな泣き声のようなものが聞こえる。
「んあ? 」
目を覚ました関口が聞き耳を立てる。
ザザー、ザザーという波の音しか聞こえてこない。
「気の所為か……俺1人しか居ないんだからな……小便小便」
尿意を感じてテントから這い出る。
テントから10メートルほど離れた雑草が生えている場所で小便を済ませる。
「釣った魚を食うからな、海じゃダメだよな」
小便を終える頃にはすっかり目が覚めていた。
「夜なら釣れるかな、ヒラメは夜行性だって聞いたことがあるぞ」
急に夜釣りがしたくなってテントから竿を持ち出した。
「ワームも持ってきたからな、浜で投げ釣りだ」
深夜の磯は危険だという認識はあったので砂浜からの投げ釣りをすることにした。
ワーム用の仕掛けを作る。ワームとはミミズみたいな釣り餌の形をしたゴムで出来た疑似餌のことだ。
「山と違って明るいなぁ、足下さえ気を付ければライトいらないな」
テントを出て波打ち際に向かう、LEDの懐中電灯を持ってきているが明かりは点けていない、魚が釣れたときや仕掛けの交換など以外では使わなくともいいくらいに星空が明るく浜を照らしていた。
「何だ? 」
波打ち際に丸太のようなものが転がっているのが見えた。
「あれ引っ張ってきて椅子にでもするか」
木だと思って近付いていった関口の顔が険しく変わる。
「人形か? 」
転がっていたものは青と水色と黒だ。木の色には見えなかった。
確かめようと傍に行った関口が大きな溜息をついた。
「最悪だ」
木でも人形でもなく人間だ。髪の長い女だ。水色のブラウスに青いスカートを履いている。身長は160センチほど、俯せなので顔はわからないが服装から若い女だとわかる。
「溺死かな? 」
普通は悲鳴の一つでもあげるだろうが関口は医学生だ。死体は見慣れている。それに目の前に転がっている死体は殆ど損傷していないように思えた。
釣り道具を脇に置くと関口が死体に手を掛けた。
「結構可愛いのに何で死んだんだ? 」
死体を引っ繰り返して顔を見て最初に出た言葉だ。高校生くらいの可愛い顔をした少女だ。顔には傷一つ付いていない、波に攫われて打ち上げられたのだとすれば奇跡と言ってもいい。
「事故か事件か……可愛いのに死ぬのは勿体ないぞ」
どうして死んだのか興味が湧いたのだろう、少女の遺体の彼方此方を見て回る。
「首を絞められた様子はないし、殴られた痕もない……溺死だな」
水色のブラウスを捲って少女の胸元や背中などを確認するが打撲傷や刺し傷などは何処にも見当たらない。
「結構胸が大きいな……ガキのくせに良い体してるぜ」
少女のはだけた胸元を見て関口はゴクッと唾を飲んだ。
「どうするかな…… 」
放って置こうかと思ったが無人島に自分が来ていることは友人に知らせてある。そもそも島は友人の親の持ち物だ。
「面倒くさいなぁ」
厄介毎は御免だが後で少女の遺体が発見されて自分が疑われると面倒だと考えた。
「今なら検死すれば俺は何の関わりもないってわかるしな」
遺体の損傷は殆ど無い、死後1日も経っていないだろうと関口は思った。今なら検死で死因など詳しくわかるが腐ってボロボロになった後だと判別が困難になる。
後で見つかって島に来た自分が疑われると厄介だと考えた。
「仕方ないなぁ……感謝しろよ」
少女の遺体を見つめながら関口はスマホを取り出す。
「もしもし…… 」
アンテナは一本しか立っていないがどうにか繋がった。
警察に遺体のことを話すと明日の朝に伺うとのことだ。それまで少女の遺体が波に攫われないように確保して欲しいと頼まれた。浜からはわからないが海が荒れているらしい。
「直ぐにでも来いってんだ……役に立たねぇなぁ」
深夜だ。しかも船でしか行けない無人島なので仕方がない、朝まで待っていてくれと言われて関口はテントの横に少女の遺体を置いて寝ることにした。
「もうちょっと我慢しろよ、朝になれば家に帰れるからな」
少女の遺体に声を掛けて関口はテントに入った。
幽霊などの怪奇現象は一切信じていない、それに医学生だったので死体は怖くはない、腐乱した遺体や傷だらけの遺体などは流石に気味悪く思うだろうが溺死だと思われる少女は死後数時間ほどしか経っていないらしく遺体には傷も無く綺麗な状態だ。正直言って好みの可愛い女の子だ。
テントの中で横になりながら明日のことを考える。
「キャンプも終わりだな……ついてないぜ」
警察の事情聴取でせっかくのソロキャンプも1日目で終了だ。
「ついてないぜ、まったく…… 」
関口はクーラーボックスから缶ビールを取り出すとゴクゴクと飲んだ。自棄酒だ。
二缶も飲むと酔いが回ってそのまま眠りに落ちていった。
どれほど眠っただろう、寝返りを打った関口の耳に何やら音が聞こえてきた。
「ふぁ? 」
ザッザッザッと砂利の混じる砂浜を歩く音が聞こえる。
「煩いなぁ…… 」
足音はテントの周りを歩いている様子だ。
「警察か! 」
関口がバッと起き上がる。
朝までと言っていたが波が静まって警察が来たのかとテントから出るが誰も居ない、テントから5メートル程離れた場所に少女の遺体があるだけだ。
「気の所為か? 寝惚けたかな」
酔いが残っていてフラつく身体で辺りをもう一度見回してから関口はテントに戻った。
横になると直ぐに睡魔が襲ってくる。
「場所教えてるから警察が起してくれるだろ…… 」
関口がうつらうつらとしているとまた足音が聞こえてきた。
『ああぁ……あぁあぁ………… 』
ザッザッザッ、足音と共に何やら声らしきものも聞こえてくる。
『あぁあぁぁ…………ひぅあぁぁあぁ………… 』
「うぅぅ……何だ? 」
眠そうに目を擦りながら関口が聞き耳を立てる。
『うっ、うぅ、うぁあぁぁ~~、ひっ、ひぅぅ、うあぁあぁ~~~ 』
啜り泣くような女の声だ。
「女? まさか!? 」
『うぅぅ……うぅっ、あぁあぁ~~、うっ、うぅぅ……あぅあぁぁ~~ 』
身を固くする関口の耳にハッキリと女の啜り泣く声が聞こえた。
「マジか! 」
関口がテントを飛び出した。
「おい、生きてるのか? おい、しっかりしろ」
もしかして息を吹き返したのかと確認に行くが少女の身体は固く冷たいままだ。
「ははっ、あるわけないか……海で死んだんだぞ、何時間も経ってんだ生き返るはずないだろが」
自嘲するように笑うとテントへと戻る。
「医学の発達してない大昔なら仮死状態を死んだと間違って生き返ることはあるが今は有り得ないよな……何かと聞き間違えただけだ」
山と違って海のキャンプは久し振りだ。波の音か鳥の声が人の声のように聞こえたのだろうと関口はまた眠りについた。
暫くして足音と啜り泣くような声が聞こえてきて目を覚ます。
『うっ、うぅぅ……ああぁ…………あんな事を…………うっ、うぅぅ………… 』
間違いなく人の声だ。女の啜り泣く声だ。
関口はテントの中で身を固くした。その頭の中にテントの向こうで横たわっている少女の遺体が浮んだ。
「ゆっ、幽霊かよ…… 」
関口が震える声を出す。
『うぅぅ……あぁあぁぁ~~、酷い、あんな事を……酷い……うっ、うぅぅ………… 』
確かに聞こえてくる。ザッザッザッという足音と共に声がテントの周りを回っていた。
「幽霊なんか居るかよ、誰かの悪戯だ」
テントの中で関口が怒鳴った。幽霊などまったく信じていないのだ。有り得ないと思いながらテントを出て確かめに行った。
「ほら見ろ! 足跡なんか無い」
テントの周りを見た後で少女の遺体を確認しに行く、
「動いた形跡なんてない、完全に死んでるんだ。動くはずがない」
関口が少女の脇にしゃがむ、
「悪く思うなよ、通報してやったんだぜ、感謝しろよ」
ニヤッと厭らしい笑みを浮かべて少女の頬をペタペタと叩いた。
『あなた…… 』
砂利の上に横たわっていた少女の目がカッと開いた。
「おわぁーっ! 」
驚いて仰け反る関口の前で少女がガバッと上半身を起す。
『私の事が好きなんでしょ? 』
「あっ、ああぁぁ…… 」
腰が抜けたのか仰け反ったままで這いずって逃げようとする関口に少女が抱き付いた。
『私の事が好きなんでしょ? じゃあ愛し合いましょうよ』
関口に覆い被さるようにして抱き付いた少女が甘い声を出す。
「ひぃぃーっ! いぃィィ…………いやっ、嫌だ。たっ、助けてくれぇ~~ 」
悲鳴を上げる関口を見て少女の顔がみるみる変わっていく、
『愛し合いましょうよ……一緒に死んでちょうだい』
充血した目を吊り上げ歯茎が剥き出しになるように大きく口を開けて恐ろしい顔で関口に襲い掛かった。
『私の事が好きなんでしょ? だから………… 』
必死で逃れようとするが少女の力は強く、関口は馬乗りに押し倒されたまま動けない。
「いっ、嫌だ……死にたくない…………お前なんか好きじゃない」
震えながら叫ぶ関口を見て少女が更に怒りを浮かべる。
『好きじゃない……それなのにお前は! お前はぁぁ~~ 』
鬼のような形相で少女が関口の首に手を掛ける。
「がっ、かぁあぁ………… 」
首を絞められて関口は気を失った。
暫くして関口が目を覚ます。
「うわぁーーっ! 」
叫んで飛び起きると辺りを見回す。少女の遺体は何事もなかったかのように横たわっていた。
「夢か……変な夢を見た………… 」
少女の遺体を見つめたままで怖々と立ち上がる。
「夢だよな、幽霊なんて居るわけがない」
幽霊などの怪奇現象はまったく信じていないのだ。
「あははははっ、酔っ払って変な夢見たんだ」
自嘲するように笑うと手を伸ばして少女の頭をポンポン叩いた。
「悪く思わないでくれよ、通報してやったんだぞ、俺が見つけなきゃあのまま波に攫われて海の底だぞ、腐ってぶよぶよの土左衛門になって見つかるかまた沈んで海の底で魚の餌になってたんだぞ、だから少しくらい……化けて出るなんて止めてくれよ」
笑いながら話し掛けるとテントへと戻った。
「あと2時間ほどで日が昇るな、事情聴取か……面倒だな」
缶ビールを飲もうとクーラーボックスへ伸ばした手を止めた。
「また変な夢を見ると嫌だし起きていよう」
警察が来るのを寝ないで待っているつもりだったがいつの間にか寝入ってしまう。
夢を見た。少女を抱いている夢だ。
『ねぇ結婚してくれるわよね』
行為が終った後で少女が結婚を迫る。
「はぁ? 結婚? 冗談じゃない、まだ二十歳だぞ、結婚なんてするかよ」
関口が断ると少女は鬼のような形相で襲い掛かって来た。
『なら何故抱いた! 』
「がっ、がぐぅぅ…… 」
少女に首を絞められて苦しさの余りに関口が目を覚ます。
「がはぁぁ~~、あぁ……夢かぁ………… 」
ガバッと起きて安堵した腕に何かが触れた。
「なっ! うわぁあぁあぁぁ~~ 」
関口がテントから飛び出した。少女の遺体が隣りにあったのだ。
「なっ、ななっ、何で……女が…………おばっ、お化けか……幽霊か………… 」
幽霊だと怯えている関口の目に砂利の上に横たわっている少女の遺体が映った。
「あるじゃないか…… 」
怖々とテントを覗くが何もいない、少女の遺体など何処にも見えない。
「夢だ。夢の中で女を抱いたから……変な夢を見たんだ」
まだ酔いが残っているのかと苦笑しながらテントに戻る。
「酔っ払ってもいいや、飲もう」
喉の渇きだけでなく恐怖を紛らわすために関口は残っていた缶ビールを2本空けた。夕食時に飲んだのと合わせると6本だ。直ぐに酔いが回ってきてそのまま眠りに落ちた。
どれほど眠っただろう、身体を揺すぶられて関口が目を覚ます。
「関口さんですね? 」
「うわっ、うわぁぁ~~ 」
男の声に関口が飛び起きた。
「落ち着いてください関口さん」
「あんた誰…… 」
関口は直ぐに言葉を飲み込んだ。顔を覗き込んでいた男は警察官の制服を着ている。
「お巡りさんか…… 」
安堵する関口に警察官が変な顔をして話し掛ける。
「よく隣で眠れましたねぇ」
「隣り? 」
不思議な表情をして関口が見ると隣りに少女の遺体があった。
「うわっ、うわぁぁ~~ 」
驚き逃げようとする関口を警察官が押さえるように止める。
「落ち着いてください」
いつの間にか少女の遺体がテントの中に入っていた。関口の隣で横になっていたのだ。
死体がテントの中に入ってきたとパニックを起す関口を訝しんだ警察官が事情聴取の為に警察署へと連れて行く、関口は少女の遺体はテントの外に置いていた。どうやって入って来たのかわからないと必死に訴えた。
少女の身元は直ぐにわかった。近くの町に住んでいる高校生だ。遺書が残っていた。中学生の頃から付き合っていて将来結婚の約束までしていた彼に振られて傷心のあまり自殺したのだ。
訝しい態度で疑われていたが関口とは一切関わりがないとして直ぐに釈放された。
そのままキャンプを中断してマンションに戻る。
「今回は散々だったな、来週の土日は気晴らしに山へ行ってソロキャンプのやり直しだ」
土曜の朝から昼過ぎまで地元の警察署で事情聴取を受けていてマンションに帰り着いたのが夕方だ。
「あぁ~~疲れたぁ~~~ 」
シャワーを浴びて夕食のコンビニ弁当を食べるとそのままベッドに転がった。
「変な夢を見て碌に寝てないからな」
警察署で落ち着きを取り戻して少女のことは全て夢だと思う事にした。
「幽霊なんているわけないからな、警察の言うように死体を発見して動揺してたんだな……死体なんて見慣れていたと思ってたけどな、まぁ笑い話にはなるかな」
疲れが出てきて直ぐに瞼が重くなる。
『私の事が好きなんでしょ? 』
眠りに落ちる寸前、声が聞こえた。
「んあ? 」
声のする右側に寝返りを打った。壁際だ。
『私の事が好きなんでしょ? 』
少女が立っていた。有り得ない、ベッドは壁にピッタリと付けてある。
「ふぁあぁぁ~~ 」
関口の口から掠れた悲鳴が出た。
少女の後頭部は壁に埋まったままだ。足もベッドに埋まっている。横向きになった関口の顔の前に少女の履いている青色のスカートがあった。
「あぁ……ひゃあぁぁ………… 」
『一緒に来てくれるわよね、愛し合いましょう』
恐怖で動けない関口の見つめる先で少女がぬっと壁から抜け出てくる。
「わあぁぁ~~、たっ、助けてくれ………… 」
悲鳴を上げて逃げようとする関口の上に少女が覆い被さる。
『私の事が好きなんでしょ? 』
正面から関口を見つめて少女が愛らしく笑った。
「ひぃぃ……ちがっ、違う……お前……お前なんか好きじゃない」
関口が震える声でこたえると少女の顔から笑みが消えた。
『好きじゃない……それなのにお前は! お前はぁぁ~~ 』
鬼のような形相で少女が関口の首に手を掛ける。
「ぐがっ…… 」
目を吊り上げた恐ろしい形相の少女に首を絞められて関口は気を失った。
どれくらい気を失っていただろう、関口が目を覚ます。
「わぁあぁぁ~~ 」
悲鳴を上げながら飛び起きるように上半身を起した。
「ゆっ、夢か……ふっ、ふはははっ…… 」
辺りを見回すが何も変化はない、悪い夢を見たと頭を枕に戻す。
「何ビビってんだバカバカしい」
仰向けに寝ながら悲鳴を上げた恥ずかしさに一人苦笑した。
『うふふふふ………… 』
気配を感じて右を見る。
「はっ、かっはぁあぁぁーーーっ 」
肺の中の息を出し尽くすような掠れた悲鳴が口から漏れた。
『私の事が好きなんでしょ? 』
少女が添い寝をしていた。長い髪に幼い顔、水色のブラウスを着ている。無人島で見つけた溺死体の少女だ。
『一緒に来てくれるわよね、愛し合いましょう』
「わあぁぁああぁぁ~~ 」
抱き付いてくる少女を払って関口はベッドから飛び出した。
「おっ、お化けだ! 幽霊だ!! 」
玄関から外へと逃げ出そうとして靴箱に足をぶつける。
「いてっ! 痛ててて…………夢じゃない、本当に幽霊が………… 」
足の痛みに冷静さを取り戻したのか外へ逃げるのを止めて直ぐ横のキッチンへと向かう、
「落ち着け、確かめるんだ」
キッチンから奥の寝室を怖々と覗く、
「ふははっ、何もない、女なんて居ない……ビビってるから変なものを見るんだ」
ベッドは空だ。少女など居ない、逃げるときに引っ掛けたのか掛け布団代わりのタオルケットがベッドの下に落ちているだけだ。
「夢だ。気の所為だ。テントの中に死体が入ってくるなんてよくある怪談だ。それを覚えてて変な夢を見たりするだけだ」
自身に言い聞かせるように言いながらもベッドで眠る気にはならずにダイニングキッチンに置いてあるソファに腰掛けた。
「飲んで寝よう」
テレビを付けて缶ビールを飲んでそのままソファで眠った。
「うぅ……今何時だ? 」
テレビから朝のニュースが流れてくる。
「やっぱ夢だったんだ。ビビってるから変な夢を見たんだ」
何事もなく朝を迎えて関口は今までの事は全て夢や幻覚だと安堵した。
ソファに寝転がったまま今日の予定を考える。
「来週の土日は山でソロキャンプだ。用事などあれば今日の内に片付けておこう」
今日は日曜日だ。本来なら無人島のソロキャンプから帰ってきてゆっくりと休んでいるはずだが少女の遺体を見つけた件でキャンプを中断した。その代わりに次の土日に何度も行っている山へキャンプに行く事にした。予定通り何にも邪魔されずに行くためにやることがあれば今日中にやっておこうと思ったのだ。
「柿崎と那良と飲みに行く約束してたな……今日にして貰おう俺が奢るって言えば変更してくれるだろ、ダメなら中止でいいや」
大学の友人たちと次の土曜に遊びに行く約束をしていたのを思い出すと直ぐに電話をして今日に変更して貰った。全て関口が奢ると言えば友人たちは喜んで急な変更に付き合ってくれた。金は親に言えば幾らでも貰えるのでこのくらいは何でもない、他の用事も今日中に全て済ませる算段をすると朝食のパンをオレンジジュースで流し込んで関口は出掛けていった。
夜の11時過ぎにマンションに帰ってきた。
「飲んだ飲んだ……もう飲めないぞ」
嫌なことを忘れるかのように普段より多く飲んで酔っ払う、少女の遺体を発見した話しをすると大いに盛り上がった。
「へっ、幽霊なんているかよ、でもまぁ女には受けがいいなぁ」
少女の霊に襲われた話しをすると女たちがキャーキャー言って怖がってくれた。
「シャワーはいいや、明日の朝でいいや」
服を脱いでそのままベッドに転がった。友人たちに話をしたからか、普段より酔っ払っているためか、恐怖など一切湧いてこない。
寝転がって3分もしないうちに関口は眠りに落ちていた。
『私の事が好きなんでしょ? 』
声が聞こえたような気がした。
「うぅ……小便」
尿意を感じて関口が目を覚ます。
『私の事が好きなんでしょ? 』
直ぐ傍で声が聞こえた。横向きになって寝ている後ろだ。
酔いの残りと寝惚け頭で正常な判断が出来ない、何事かと寝返りを打った。
「ふへっ? 」
寝返りを打った腕に何かが触れた。
『嬉しい、やっぱり好きなのね』
少女が居た。寝返りを打った腕が少女の上にある。丁度抱いている感じだ。
『愛し合いましょう』
少女がしがみついてきた。
「はわっ! わはぁあぁぁあぁ~~ 」
関口が悲鳴を上げて飛び起きた。
「おばっ、お化けが…… 」
ベッドから転がるように離れる。
「あぁ……居ない」
慌てて寝室から逃げようとする関口の目にベッドが映る。少女の姿など何処にも見えない。
「おっ、女が添い寝をしてた……あの女が………… 」
確認するように怖々と近付くがベッドどころか寝室の何処にも少女など居なかった。
「夢か……酔っ払ってて変なものが見えるんだ」
普段より多く飲んだので変なものを見たと自身を納得させた。
「ははは……幽霊なんて居るわけないからな」
小便を済ますとベッドに戻った。酔っている所為か恐怖心より眠気が勝った。
どれくらい寝ていただろう、背中に誰か居るような気がして目を覚ます。
「んあ? 」
横向きで寝ていた関口が仰向けに姿勢を変える。
「ふぅぅ…… 」
息を詰まらせるような悲鳴が出た。少女が添い寝をしていた。
長い髪に幼顔、水色のブラウス、無人島で見つけた溺死体の少女だ。
『私の事が好きなんでしょ? 』
少女がパッと目を開いた。
「わあぁあぁぁ~~ 」
関口は叫んで寝室から飛び出した。
同じような事が数日続いた。マンションを変えても少女の幽霊は現われた。
「女が添い寝をしてくる……溺死体の……死んだはずの女が………… 」
精神的に参った関口は自分は心の病になったのではないかと父の知り合いの医者に相談すると磯山病院を勧められた。
磯山病院では自殺した少女を殺害したのではないかと犯人として疑われた事によるストレス障害だと診断された。何不自由の無いお坊ちゃん育ちの関口には大きなストレスとなったのだろうという事だ。
余程切羽詰まっていたのだろう勧められるままカウンセリングを受けるためにその日の内に入院を決めたのだ。
これが関口頌さんが教えてくれた話しだ。
長い話を終えた関口が缶コーヒーをグイッと飲み干した。
「これで話しは終わりだ。それで、その力を持ってるって人を紹介してくれ」
向かいで哲也がテーブルの上に載っている高そうな菓子に手を伸ばす。
「無人島で見つけた女の子の遺体は失恋して自殺したんですよね」
「ああ、中学から付き合ってた男に振られたらしい、女は結婚したいって思ってたんで余程ショックだったんだな、それで自殺したって警察が言ってた。初めは俺が疑われて大変だったんだぞ、女の遺書が無かったら揉めてるところだぞ」
顔を顰めながら話す関口の前で哲也は包みを開けて菓子を食べ始める。
「それで好きでしょとか言って出てきたのか…… 」
モグモグと菓子を頬張りながら呟く哲也の向かいで関口が怠そうに座り直す。
「好きも何も迷惑だっての、出るなら振った男の方へ出て欲しいぜ」
口の中の菓子をコーヒーで流し込むと哲也が関口を見つめた。
「関口さんが振った男に似てるんじゃないんですか? 」
「冗談じゃないぞ、まぁ結構可愛かったから生きてるなら付き合ってもいいけどお化けは御免だ」
哲也の冗談に関口が嫌そうに顔を歪めてこたえた。
「あはははっ、そりゃそうですね」
楽しげに笑う哲也の前で関口が身を乗り出す。
「それで力を持ってるって人を紹介してくれるんだろうな? もちろん礼はするぞ、その人にも哲也くんにも……夢か幽霊か知らんが女が出てこなくなるなら100万でも200万でも出すぞ、哲也くんにも100万払ってもいい、だから教えてくれ」
「このお菓子旨いっすね」
哲也がテーブルの上、身を乗り出している関口の胸の下辺りの菓子に手を伸ばす。
「菓子なんて全部やるから……紹介してくれるんだろうな」
苛立つ声を出す関口を哲也が見つめた。
「そうっすね、遺体を見つけてくれた関口さんに祟るなんて逆恨みもいいとこですから知り合いには話をしておきますよ」
菓子の包みを開けながら哲也が続ける。
「でも初めに言ったように霊能者とかじゃなくて普通の人ですから商売としてしてるわけじゃないので直ぐにというわけには行きませんよ」
菓子を口に放り込もうとした哲也の手を関口が握って止める。
「わかった。出来るだけ早くするように言ってくれ、礼は充分する。哲也くんにも礼はするから頼んだぞ」
「 ……まぁ話しは今日中にしておきますよ」
こたえる哲也に満足したのか関口は掴んでいた手を離した。
「もうこんな時間か……じゃあ僕は警備員の仕事があるから」
菓子を口に放り込むと哲也が腰を上げた。
「マジで頼んだぞ、カウンセリングなんて効きやしねぇ、信じたくないがあれは本物の幽霊だ」
テーブルの上にあるお菓子を箱ごと重ねて持つと関口も立ち上がった。
「うん、本物ですよ、僕も見ましたから、じゃあ僕はこれで」
部屋を出て行こうとする哲也に関口が菓子の入った箱を差し出す。
「全部持って行ってくれ、先生たちに配った菓子の余りだ。幾らでも持ってこさせるから遠慮しなくてもいい」
「いいんですか? 悪いっすねぇ」
笑顔で菓子を受け取ると哲也は出て行った。
菓子折を抱えながら哲也が廊下を歩いて行く、
「あっ! つい受け取っちゃった…… 」
断れなくなったと思いながら菓子折を見つめる。
「眞部さんに話すくらいならいいかな……この菓子美味しいからなぁ~~、香織さんや早坂さん、嶺弥さんにもお裾分けしよう」
断れないように菓子を渡されたのだと直ぐにわかったが今更引き返して返すわけにはいかない、そんな事をして関口と揉めるとあとが厄介だ。
「まぁ結婚相手に振られた女の子が関係のない関口さんに取り憑いたのなら助けてやるかな……でも祟るような女の子に見えなかったけどなぁ~~ 」
昨晩見回りで見た少女と関口の話しに出てくる少女は同じなのだろうかという疑問も浮んだ。
「眞部さんに相談するしかないなぁ~~、また怒られるだろうけど…… 」
関口の術に嵌まるのは癪だが高そうな菓子折を5つも貰って何もしない訳にはいかないと哲也は弱り顔で帰っていった。
昼食のあと眞部に相談に行くとこっぴどく叱られた。
「またそんな事に首を突っ込んで安請け合いしたのかい? 」
「面白そうな話しだったからつい…………それでどうにかなりませんか? 」
上目遣いで見つめる哲也の前で眞部は険しい表情だ。
「私は知らないよ、哲也くんがどうにかすればいい」
「そんなぁ……僕一人でどうにか出来るなら眞部さんに相談なんてしませんよ」
「たいした力のない霊なら殴って引き離せるだろ哲也くんなら」
突き放すような眞部を見つめて哲也が何とも言えない表情で話し出す。
「あの女の子はそれほど力があるように思えないから殴れるとは思うけど……でもそんなことしたくないから、あの子は悪いように見えなかったから……だから眞部さんにどうにかして貰おうと思って………… 」
縋るように見つめる哲也の向かいで眞部の顔から険が引いていく、
「関口は放って置けばいい、自業自得だからね」
「自業自得って? 関口さんは遺体を見つけて逆恨みされてるだけなんじゃ…… 」
不安気に首を傾げる哲也を眞部が見据えた。
「直ぐに分かるよ、それより問題は哲也くんだ。余計なことばかりして挙げ句に私に頼むんだからね」
「いや……そのぅ……ごめんなさい」
数歩後ろに下がると哲也がくるっと背を向けた。
「今度から気を付けますから」
哲也が走って逃げ出した。
「あっ、逃げた」
本館の影から看護師の香織が現われた。全て見ていた様子だ。
「まったく困ったものだ」
溜息をつく眞部を見て香織が声を出して笑い出す。
「あははははっ、眞部さん、孫を叱り付けるお爺ちゃんみたいでしたよ」
「お爺ちゃんか……哲也くんが孫なら悪くはないね」
とぼけ顔で返す眞部の前に香織が歩いてくる。
「それでどうするんです? 」
香織の顔から笑みは消えている。
「放って置くさ、力のない霊は必要無いし、今回は一切関係ないことだからね」
眞部は先程と同じようにとぼけ顔だ。
わかったと言うようにフッと笑うと香織が続ける。
「芦賀先生が勝手にやったことですからね」
「芦賀くん、関口の父親とは旧知の仲で頼まれたらしいよ、ここならどうにか出来ると思ったんだろうね」
香織の顔色がサッと変わった。
「ここのことを知っているの? 」
「大丈夫だよ、実験のことは知らないさ、芦賀くんも関口の親もね、ここは設備が整っているからストレス障害くらい直ぐに治ると思ったんだよ」
「ストレス障害ねぇ……あんな事をしておいてよく言うわね」
香織が安堵するように息をついた。始終とぼけ顔の眞部と違い香織の表情はくるくる変わる。
「そうだよね、ストレスが溜まっているのは女の子の方だよね」
「そうですよ、彼奴は許せません」
「ははははっ、今回は君も霊の味方らしいな」
「当然です。一応女ですから」
「ははははははっ、私の知っている女性の中で2番目に怖い女だよ、君は」
「あらっ? 一番は誰ですの? 」
「もちろん、女房だよ」
「ああ……なるほど」
納得するように頷いた香織を見て楽しげに笑いながら本館へと歩き出す眞部が背を向けたまま口を開く、
「何もしないと思うけど哲也くんが手を出さないように監視は頼んだよ」
「頼まれなくとも見てるわよ、哲也くんは面白いからね」
そこらの男が見れば瞬時に心奪われるような愛らしい笑みを見せると香織はくるっと背を向けて歩いて行った。
深夜の見回りで哲也がB病棟へと入っていく、
「眞部さんは自業自得って言ってたけど…… 」
力のある人を紹介すると約束した哲也はどうやって断ろうかと考えていたが良いアイデアが浮ばない。
「眞部さんが放って置けって言っていたからどうにかなると思うけど…… 」
いつものように最上階へと行くと廊下の奥に人影が見えた。
「あっ、あの娘だ」
遠目でもわかった。長い髪に水色のブラウス、青いスカートを穿いた少女が関口の部屋の前に立っていた。
哲也が早足で廊下を歩いて行く、
「ねえ君、何で関口さんを襲うんだ」
7メートルほど手前まで近付いたときに声を掛けてみた。
少女はこたえずにスーッとドアを抜けて関口の部屋へと入っていく、
「ちょっ、待って…… 」
少女を追うように哲也が関口の部屋のドアに手を掛ける。
「ふぁあぁぁ~~ 」
悲鳴が聞こえて慌ててドアを開けるとベッドの上で寝ている関口の上に少女が馬乗りになっていた。
『私の事が好きなんでしょ? だからあんな事をしたんでしょ』
「ちっ、違う……好きじゃない、たっ、助けてくれぇ………… 」
怯える関口の首に少女が手を伸ばす。
『あんな事をしておいて……許さない』
目を吊り上げ歯茎が見えるくらいに口を開いた憤怒の形相で少女が関口の首を絞める。
「ぐぐっ、くぅぅ………… 」
何が起きているのか判断できずに戸惑っていた哲也だが苦しむ関口の声に身体が自然と動いた。
「関口さん! 」
哲也が馬乗りになっている少女に手を掛けた。
「止めろ! 関口さんは君を見つけてくれたんだぞ、通報してくれたんだぞ」
叱るように話し掛けながらベッドの向こうへ少女を引き離す。
『その男は…… 』
恨めしげに哲也を睨むと少女はスーッと消えていった。
「がっ、かはっ……はぁはぁ」
苦しげに息をつく関口が哲也の手を握る。
「たっ、助かった。ありがとう哲也くん」
「大丈夫ですか? 」
「ああ、哲也くんの御陰で気絶もせずに済んだよ」
引き攣った笑みを浮かべる関口の手を解くと哲也が驚いた様子で話を続ける。
「本当に女の子の幽霊が襲ってましたね」
「だから言っただろ、あの女が襲ってくるって、だから早く力のある人ってのに頼んでどうにかしてくれ、頼むよ哲也くん」
真剣な表情で頼む関口の前で哲也が悩むような顔をして質問をする。
「女の子が言ってたあんな事ってどういう意味ですか? 」
「そっ、それは……別に何でもない」
目を伏せて誤魔化す関口は見るからに怪しい。
「でもそれが原因じゃないんですか? 」
「何でもないって言ってるだろ! 」
しつこく訊くと関口が急に怒り出した。
「それならいいですけど……じゃあ、僕は見回りの途中ですから」
出て行こうとした哲也を関口が引き留める。
「待ってくれ、朝まで居てくれないか? またあの女が出てきたら…… 」
「ダメですよ、仕事さぼったら怒られますから」
「大丈夫だ。俺が話を着けてやるから……だからさ、5時まででいい、日が昇るまででいいから、あと1時間半ほどだ。頼むよ」
何でも思い通りになると考えている関口を見て哲也が溜息をついた。
「ダメですよ、何かあればナースコールを押してください」
「ちょっ、哲也くん」
どうにか引き留めようとする関口を無視して哲也は部屋を出て行った。
関口が追ってこないように最上階の見回りは止めて直ぐに階段を下りていく、
「あんな事か……何かやったな関口さん」
階段を駆け下りながら険しい顔で呟いた。眞部の言っていた自業自得と関係している事は直ぐにわかった。
見回りを終えて部屋に戻って眠っていた哲也が気配を感じて目を覚ます。
「うぅんん……んなっ! 」
ベッドの脇に誰かが立っていた。
「だっ、誰…… 」
確かめようとして言葉を飲み込んだ。
長い髪にまだあどけなさが残る幼い顔をした少女だ。水色のブラウスに青いスカートを穿いている。
「君は関口さんの…… 」
見回りで見た少女だ。関口が襲ってくると言っていた少女だ。
『あの男は……あの男が…………私に……私を………… 』
何で関口を襲うのかと哲也が訊く前に少女が口を開いた。
「関口さんが君に何かしたの? 」
哲也が訊くと言い辛そうにしていた少女が青白い顔でコクッと頷いた。
『あの男は私を辱めた。私の身体を……私を抱いた』
「抱いたって? 関口さんと付き合ってたの? 」
驚く哲也の前で少女が小さく首を振る。
『違う……あの男は死んだ私を…………好きだから抱いたと思った。だから連れて行く、だから邪魔をしないで………… 』
恨めしげに話すと少女はスーッと消えていった。
「ちょっ! もっと詳しく教えてくれ」
哲也は身を乗り出して辺りを窺うが既に気配も消えていた。
「どういう事だ? 女の子の死体を……まさかな、関口さんに訊くしかないな」
頭の中に浮んだ想像を掻き消すように首を振るとベッドに横になる。
「もしそうだったら……僕は何もしないからな」
顔を顰めて目を閉じる。嫌な夢を見ないようにと祈りながら哲也は眠りについた。
翌日、哲也は関口を問い質す。
関口の部屋、テーブルに向かい合わせに座ると哲也が神妙な面持ちで話を始めた。
「昨晩、あの女の子が僕の前に現われましたよ」
「マジか? 」
驚く関口に少女が話していた事を覚えている限り正確に話して聞かせた。
「あの子に何をしたんです? 女の子の死体に何をしたんですか」
「なっ……何もしてない、俺は何もしてないからな……それより、力を持ってるって人はどうなった? 」
明らかに動揺しながら話しを逸らそうとする関口に哲也が詰め寄る。
「女の子に恨まれるようなことをしたんでしょ? 正直に言ってください」
「何もしてないって言ってるだろ! 死体を見つけただけだ!! 通報してやったんだぞ、俺の御陰で腐る前に葬式が出来たんだ。それなのにあの女は恩を仇で返しやがったんだ」
関口が怒鳴り散らす。坊ちゃん育ちで我儘、身勝手、他人を見下す関口は自分が不利になると逆ギレしてその場を凌いできたのかも知れない。
「それよりも早く知り合いに連絡しろ……いや、悪かった。連絡してくれ、金なら払う、500万でどうだ? 哲也くんにも100万やるぞ、だからその知り合いにお祓いでも何でもして貰ってくれ」
声色を和らげて顔を窺う関口の向かいで哲也は呆れ顔だ。
「無理ですね、あの子は悪霊じゃないですから話しても引き受けてくれませんよ」
「なっ……なんで……金か? じゃあ、哲也くんにも500万払う、哲也くんが頼んでくれればどうにかなるだろ? 頼むよ、500万払うから……頼んでくれるだけで500万だぞ……あの女を追い払ってくれればその人には1000万払うからさ」
何でも思い通りになると思っている関口を見て哲也が大きな溜息をついた。
「お金なんてどうでもいいですよ、関口さんが何も悪くないなら僕も知り合いの人も出来る事は何でもしてあげますよ、だから本当の事を話してください」
「本当の事……俺は何もしてないからな、何もしてないからな」
焦りを浮かべて必死に否定する関口の前で哲也が腰を上げる。
「じゃあ、この話は終りにしましょう」
関口が帰ろうとする哲也の腕を掴んで止める。
「終わりって? どういう事だよ」
関口の手を振り解いてから哲也が口を開く、
「僕はこれ以上何も出来ません、初めに言ったはずですよ、本当の事を全て話してくれれば力になるって」
「じゃあ俺はどうなる? お前が何とかしてくれるって思ったから話したんだぞ」
脅すように睨む関口を哲也が睨み返す。
「知りませんよ、あの女の子に取り殺されるか、このままずっと付き纏われるか、関口さんの行い次第ですよ」
「こっ、殺される…………わかった。話す……話すから助けてくれ」
観念したのか真っ青な顔で関口が話を始めた。
関口は少女の遺体に悪戯していた。
酔いが残っていたのか遺体に性的な悪戯をしたのだ。行為が終った後、冷静になった関口は証拠が残らないように細工をした。医学の知識のある関口には簡単なことだ。
「酔ってたんだ……可愛い女だと思ったらつい……損傷してなくて遺体も綺麗だったし…………悪気なんて無かったんだ……悪いと思ったから通報してやったんだ。そのまま放って置けば波が攫っていって見つからないかも知れないんだぞ、それを通報してやったんだ。だから……だから……だからさ」
関口が卑屈に笑った。
「通報してやった礼を貰ってもいいだろ、俺だって大事なソロキャンプを邪魔されたんだぞ、だからさ、頼むよ哲也くん……知り合いに話して俺を助けてくれよ」
引き攣ったような卑屈な笑みを浮かべる関口の向かいで哲也は言葉が出てこない。
結婚までしようと約束していた彼氏に振られた少女が自殺をして悔いを残し発見した関口に取り憑いたと思っていたが違った。遺体に悪戯された少女が怒って関口に祟ったのだ。
「ちょっと悪戯しただけだ。殺されるほどじゃないだろ、だからさ、頼むよ哲也くん」
薄笑いを浮かべる関口を見て哲也が頷く、
「わかりました」
「本当か? 助かるよ哲也くん、約束通り金は払うからさ、だから直ぐにでも…… 」
嬉しそうに話し出す関口に待てと言うように哲也が手を伸ばす。
「お金なんていりません、その代わりに女の子にしたことを警察や女の子の親に話して謝ってください」
「なっ! そんな事出来るわけないだろ、捕まっちまうぞ」
顔を強張らせて哲也を睨みながら関口が続ける。
「大学辞めさせられたら親にも叱られる……医者にもなれなくなる。そんな事になったら俺はお仕舞いだ」
関口が両手で哲也の腕をガシッと掴んだ。
「頼むよ哲也くん、全部話しただろ、どうにかしてくれるって約束だろ? 金なら幾らでも払うからさ」
「だから金なんていらないって言ってるでしょ、関口さんが全て話して心から謝らないと女の子は納得なんてしませんよ」
哲也が迷惑そうに顔を顰めた。これ以上話しても無駄だと帰りたいが腕を両手で掴まれては逃げられない。
「謝ればいいんだろ? 俺は謝るからさ、話すのはダメだ。そんな事したら俺の人生終っちまう、それ以外なら何でもするからさ、だから助けてくれよ哲也くん」
どうしても離してくれない関口に哲也がアドバイスを思い付く、
「一つだけ方法があります。退院してお祓いして貰えばいいですよ、お寺か神社、どこか力のあるところならどうにかしてくれますよ」
「お祓いか……そうだな、何も哲也くんの知り合いじゃなくても寺や神社で祓って貰えばいい、そうか…………ははははっ」
関口が笑いながら哲也から手を離す。
「じゃあ、僕はこれで…… 」
帰ろうとドアに手を掛けた哲也を関口が止める。
「待てよ! さっき話した事は嘘だ。全部嘘だからな、女も火葬されて証拠など絶対に出てこない、変な事言うと只じゃ済まさないぞ」
何も言わずに振り返った哲也に関口が凄む、
「警備員を辞めさせることなんて簡単にできるんだからな、わかったら黙ってろよ」
「 ……何も言わないよ、その代わり僕ももう関わらないからな」
顔を顰めて出て行く哲也の背に関口がバカにするように言葉を投げる。
「ああ、お前の知り合いなんかよりも力のある寺か神社で祓って貰うからな、お前は用無しだ」
廊下に出た哲也の耳に部屋の中から関口の笑い声が聞こえてきた。
「度し難いな」
険しい顔をして哲也は長い廊下を歩いて行った。
翌日、昼食を終えた哲也が食堂から出ると関口に呼び止められた。
「哲也くん、ちょっといいかな」
焦りを浮かべる関口に哲也がムッとしてこたえる。
「もう関わらないって約束でしょ」
「そんな事言うなよ、俺と哲也くんとの仲だろ……お菓子でも食うか? まだ沢山あるぞ、好きなだけ持っていってもいいからさ」
卑屈に顔色を窺う関口に何があったのかと興味を持った哲也が廊下の端で話しを聞いた。
「退院できなくてさ……芦賀の奴にも言ったんだが1ヶ月はダメだって言われてさ………… 」
退院したいと申し出るが許可が下りなかったらしい、父親の知り合いである芦賀先生を使ってもダメだった。それでまた哲也に媚びてきたのだ。
「それでさ、1ヶ月も待てなくてさ、哲也くんに助けて貰うしかないって…… 」
「何もしませんよ、僕は何も知りませんから、何もしないって約束ですから」
嫌そうに顔を歪める哲也の手を関口が掴もうとする。
「そんな事言わないでさ…… 」
「お前は用無しだって言っただろ! そんな奴の頼みなど利けるかよ!! 」
関口の手を叩き払って怒鳴りつけると哲也は走り出す。
「ちょっ、頼むよ…… 」
後ろから関口の情けない声が聞こえるが哲也は無視して走って行った。
その後も何度か関口に頼まれるが哲也は断固として断った。
恋人に振られ、自殺して死んだ我が身を関口に辱められたのだ。少女に同情こそすれ身勝手な関口にはこれ以上手を貸す気にはならなかった。
暫くして幽霊が襲ってくると騒ぎ出した関口はカウンセリングだけでなく薬物療法も受けることになる。病状が悪化したと思われたのだ。
1週間ほどして話し掛けてこなくなった関口の様子を見に哲也がこっそりと訪ねた。
「関口さん…… 」
関口はベッドの上に座ってボーッと宙を見つめていた。
虚ろな目に半開きの口元から涎が垂れている。そこそこイケメンだった面影は一切無い、キツい薬でも処方されたのだろう、
「謝りませんよ僕は……関口さんがあの子に心から謝ってくれたらこんな事には…………御免なさい関口さん、御免なさい………… 」
涙を浮かべた目でペコッと頭を下げると哲也は部屋を出て行った。
数日後、更に病状が悪化して暴れるようになった関口は隔離病棟へと送られていった。
薬でおかしくなったのか少女の霊に祟られておかしくなったのか哲也には判断できない。
関口は自分好みの少女の遺体に悪戯をした。医学生の興味からか初めは自殺か他殺か遺体の状態を見るために服を脱がしたのだが酒を飲んで酔っ払っていたこともあって少女の綺麗な身体に欲情して襲ったのだ。遺体とするという背徳感で興奮した関口は物言わぬ少女を陵辱した。
行為の終った関口は冷静に戻って自分がやったという証拠を消すために少女の遺体を洗った。医学生なので証拠が残らないようにするなど造作もない。
所有者も滅多に近付かないという無人島だ。そのまま放って置いても遺体は見つかることはないだろう、そのまま波に攫われるか腐ってバラバラになっていただろう、仮に遺体が見つかったとしても自分は知らなかったととぼけ通せたはずだ。少女は自宅に遺書を残していたので自殺として処理されて関口には何もなかったはずである。
わざわざ通報したのは少しでも罪悪感があったからなのだろうか?
「ストレス障害って言ってたな…… 」
ベッドに寝っ転がって哲也は考えた。
自殺した少女を殺害したのではないかと犯人として疑われた事によるストレス障害で入院してきたとの話しだ。何不自由なく生きてきたお坊ちゃん育ちの関口には大きなストレスとなった事は想像できる。
だが哲也だけは真実を知っている。警察に疑われたからではなく少女の遺体に悪戯したという事実がバレないかという事が大きなストレスとなっていたのだという事を……。
「可愛かったよな」
あどけなさを残す可愛い顔をした少女を思い出す。
「男として分からなくもないけどさ、やっぱダメだよ関口さん」
甘やかされて育った所為で倫理や常識が少し欠けていたのかと哲也は思った。
「なんかどっと疲れたな……眞部さんの言う通りだ。反省しなくちゃな……でも無理だろうなぁ………… 」
怪異に首を突っ込むのは控えようと思うが直ぐに無理だと自身に突っ込みながら哲也は眠りに落ちていった。
読んでいただき誠にありがとうございました。
9月の更新は今回で終了です。
今月は私用で忙しく2話だけの更新となりました。
毎月3話は更新したかったのですが無理でしたすみません
10月も2話の更新予定です。
もしかすると今年いっぱいは月2話更新になるかもしれません
ニコ・トスカーニ様よりレビュー頂きました。
ありがとうございます。
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