第三十一話 埋めても埋めても
埋めるを辞書で調べると、穴や空所を満たす。その物の存在が全くわからなくなるように何かですっかり覆うなどと書いてある。
ものを埋めるという行為には幾つかの目的があるが大半は不要になったので処分するか人目に付かないように隠す。このどちらかであろう、同じように埋める行為でも片方は捨てるものだがもう片方は場合によっては掘り返す事もある。
飼っていたペットや不要になったが思い出のある物を供養するために埋める事もある。
同じ埋める行為でも捨てるものと尊ぶものとでは全く逆といってもいい。
隠すために埋められた物にはロマン溢れるものがある。今なお語り継がれている埋蔵金伝説や子供の頃に埋めたタイムカプセルなどは埋めた場所がわからなくなっていても心が踊るものだ。
一方で同じ隠すためでも証拠隠滅のために埋める事もある。殺人犯が山に死体を埋めたり人を殺めるのに使った道具を埋めたりなどは現実だけでなくドラマや漫画でお馴染みだ。
何故埋めるのかと訊かれると、どうしても処分に困ったものをバレないように目の前から消すのに一番簡単だと多くの人がこたえるだろう、哲也も悪いと思いながら埋めた人を知っている。その人は何度も何度も埋めた。だが埋めても埋めてもそれはやってきた。
ある日の午前、朝食を済ませた哲也が歯を磨いた後で廊下を歩いて行く、
「哲也くんよく頑張った。もう異常は無い退院だ。とか言わないかなぁ~~、池田先生」
今日は診察日だ。哲也は脳天気な妄想をしながら池田先生の診察室へと向かった。
「おはようございます」
診察室へと入ると哲也がペコッと頭を下げた。
「はい、おはよう、哲也くんはいつも元気だね」
哲也を見て池田先生がにこやかに笑った。
池田先生は哲也の担当医だ。白髪の交ざったグレーの髪を綺麗に整え、かくしゃくとした様子からはとても60歳過ぎには見えない、40代でも通用するくらいに若く見える。いつもニコニコしていて温厚な先生は患者たちから信頼されている。
だが哲也は池田先生が苦手だ。優しすぎて怖さを感じるのだ。何か特別な感情を持っているのではないかと勘繰るくらいに優しいのだ。もちろん池田先生は男性である。
池田先生は苦手だが診察が終ると毎回お菓子をくれるのだ。先生曰く、毎日見回りをしている御礼らしい、いい歳をした哲也だが病院の売店では売っていない高級なお菓子を貰えるとあって診察日は楽しみになっていた。
「へへへっ、元気だけが取り柄ですからって言うか、これだけ元気なんだから病気なんて治ってますよ、だから退院させてください」
奥に居た看護師の香織がやってきて哲也の頭をペシッと叩いた。
「またバカ言ってる。元気なだけで退院できるなら入ってる患者さんの半分が出て行けるわよ」
「元気なだけじゃないですよ、もう自分が本物の警備員じゃないって自覚してるし、暴れたりしないし、何処から見ても治ってますよ」
「この前も幽霊見たって言ってたじゃない」
呆れ口調の香織に哲也がムッとした口調で言い返す。
「あれは本当っす。マジで見たんですから、幽霊は本当にいるっす」
2人の会話をニコニコしながら聞いていた池田先生が溜息をついた。
「幽霊か……そんな事を言っている間は退院なんて無理だよ、幽霊なんて存在しないんだよ、全部錯覚だよ、見間違えじゃないなら幻覚や妄想だよ、つまり心の病だよ」
口調は優しいが池田先生の顔付きは真剣だ。
「でも…… 」
反論しようとした哲也の背を香織がポンポン叩いた。
「はいはい、幽霊の話しは置いといて診察しましょう」
「了解っす」
哲也が不服そうに上着を脱いで上半身裸になる。香織が助け船を出してくれたのを気付いていない、幽霊を見たなどと言うと病状が悪化したと思われるのだ。
池田先生の診察が始まった。
「健康そのものだね、毎日見回りでぐるっと歩いているのがいいんだろうね」
「見回りは面白いですからね、嶺弥さんたちも優しくしてくれますし」
褒められて嬉しそうに哲也が上着を着る。
「香織くん、薬を…… 」
池田先生が薬を持ってくるように指示を出そうとした時、診察室に誰かが訪ねてきた。
「すいません先生、睡眠薬をください」
哲也は初めて見る患者だ。如何にも体育会系といった様子の大男である。
「武藤さん、今診察中ですよ」
香織が迷惑顔で叱ると大男がガバッと頭を下げた。
「すいません……でも貰った薬が無くなったから、すいません」
大男が申し訳なさそうに頭を下げる姿に哲也は吹き出しそうになるのを必死で我慢した。
哲也の向かいで池田先生が大男を見つめる。
「眠剤か……連用は良くないんだよ、効き目もなくなるし、何より身体に負担を掛けるからね」
「わかってますけど……お願いします」
拝むように手を合わせながら大男が続ける。
「夜寝るのが怖いんです。埋める夢を見るんです……埋められるんです。だから昼間寝るんです。昼なら夢を見ても誰かが止めてくれる。徘徊しても誰かが見つけてくれるから……でも眠れないんです。寝ようと思っても、だから睡眠薬をください」
神経質そうな優男ならともかく如何にも体育会系といった様子の大男が夜寝るのが怖いから昼に寝ると顔に焦りを浮かべて睡眠薬を乞う姿に哲也は興味津々だ。
「仕方ない香織くん出してあげなさい、一度に飲まないように二回分だけだ」
「はい先生」
池田先生が弱り顔で指示を出すと香織が奥から睡眠導入剤を持ってきた。
「いいですか一錠だけ飲んでください、2日分二錠ありますからね、沢山飲んでも効き目が強くなるようなものじゃないですからね」
「わかった。貰えないと困るから約束は守るよ」
大男が頭を下げて帰っていった。
「今の人は何の病気なんですか? 」
哲也が興味津々の顔で訊くと池田先生が顔を顰めた。
「他の患者さんの事は聞かない、哲也くんの悪い癖だよ、そうやって幽霊とかの話しを聞いて回っているんだろ知っているんだからね」
「え~っと……そのぅ、済みません」
池田先生が怒るのは珍しい、哲也は頭を下げるしかない。
「わかればいい、先程の患者さんは武藤晃さんだ。夜に徘徊することがあるから見回りの際は気を付けてやってくれ」
素直に謝る哲也に池田先生が患者の名前だけは教えてくれた。
「はい、哲也くん」
香織から受け取った薬の束を哲也がじっと見つめる。
「なんか多くないっすか? 先週より多いですよね」
「ああ、新しい薬に替えたんだよ、量は多いが負担の少ない薬だよ、哲也くんは良くなってきているからね」
池田先生がにこやかに笑いながら哲也の持つ薬の束の上に洋菓子を3つ置いてくれた。
「そういう事なら了解っす」
美味しそうな洋菓子を見て哲也の顔が緩んでいく、
「お菓子ありがとうございました」
調子よく礼を言うと哲也は診察室を出て行った。
診察室のドアを閉めると座っている池田先生の前に香織が立つ、
「新しい薬ですね、分離を止めるものですか? 」
「融合を促進するものだよ、そろそろ次の段階だからね」
こたえる池田先生を見て香織が顔を顰める。
「そうですか…… 」
「不服かね? 」
睨むように見上げる池田先生から香織が視線を逸らす。
「いえ、私にその様な権限はありませんから…… 」
「それでいい、私だって哲也くんは好きだよ、出来るなら止めたいと思っているよ、だが哲也くんしか居ないんだよ」
「それは承知しています。承知していますが…… 」
目を逸らしながら話す香織を見て池田先生がにこやかに続ける。
「香織くんも丸くなったねぇ、須賀くんもだが人と接触し過ぎるのも問題なのかも知れないねぇ」
「次の患者さんが来ます」
香織が誤魔化すように診察室のドアを開けた。
「医者というのもやってみると面白いものだ。色々な人間が観察できる」
池田先生がとぼけ顔で椅子に座り直した。
次の患者が入って来て診察が始まった。
夕方になる。見回りを終えた哲也は食堂に行かずに香織の居るナースステーションへと向かった。
「埋める夢を見るって何を埋めるんだろう? それに埋められるって言ってたし…… 」
午前の診察で聞いた武藤の話しが気になった。埋める夢を見て埋められるとはどういう事なのか、その夢の所為で徘徊するのだろうか、ずっと気になっていたが聞こうにも香織は今日は診察で忙しく夕方まで待っていたのだ。
「香織さん」
ナースステーションから出てきた香織に哲也が声を掛けた。この時間帯に食事に行く事は知っているので待ち構えていたのだ。
「はぁぁ~~、何の用なの」
大きな溜息をつき、あからさまに嫌そうな顔をする香織に哲也が笑顔で近付いた。
「えへへっ、武藤さんの話しを聞きたくて…… 」
「ダメって池田先生に叱られたでしょ」
香織が弟を叱るように睨み付けた。
「だから香織さんに聞こうと思って…… 」
へりくだる哲也を見て香織が呆れ顔で続ける。
「あのねぇ、私だからいいとかじゃないのよ」
「わかってますよ、でも気になるじゃないですか、夜寝るのが怖いから昼寝るために薬まで貰いに来るなんて……埋めるって武藤さんは何を埋めるんです? それだけでもいいから教えてください」
拝むように頼む哲也の脇を香織と同僚の看護師たちが笑いながら通り過ぎていく、夕食を食べに外へ行くのだ。
通り過ぎていく看護師たちに苦笑いで先に行っていてくれと伝えると香織が哲也に向き直る。
「ダメよ、食事に行くんだから……哲也くんだって早く行かないと食堂閉められちゃうわよ」
「話しが聞けるなら一食くらい抜いても平気ですよ、教えてくださいよ、徘徊するって言ってましたよね? 徘徊するなら警備員としても患者の事を知っておかないといけないと思うんですよ」
調子よく言う哲也の前で香織がハイハイわかったと言うように手を振った。
「じゃあ、須賀さんたち本物の警備員には話しておくわよ、それでいいでしょ」
意地悪顔で言う香織を見て哲也が情けない顔で口を開いた。
「そんなぁ~、僕にも教えてくださいよぉ」
「須賀さんに聞けばいいじゃない」
「無理っすよ、嶺弥さんに怒られます。普段は優しいけど患者の事なんて聞いたらマジで起こるっす」
「当り前よ、それが当然の事なのよ」
叱る香織を哲也がじっと見つめた。
「わかってるけど……気になるじゃないですか、頼みますよ、香織さんしかいないっす」
「仕方ないなぁ…… 」
チラッと腕時計を見てから香織が話をしてくれた。
武藤晃35歳、如何にも山登りが趣味といった感じのがっしりとした体躯の男だ。高校の時に山登りの楽しさを覚えて体育会系の大学では山岳部に入って国内の山を登りまくったベテランの登山者である。
1ヶ月半ほど前の事だ。武藤は残雪のある山を知人と登っていたが事故が起きた。知人は亡くなって武藤は遭難した。救助された武藤は知人を死なせてしまった事でショックを受けたのか夢を見るようになる。死なせた知人を埋める夢だ。毎晩のように見るようになって心を病んだのだろう、徘徊するようにもなって心配した両親が磯山病院へ入院させたのだ。
「一緒に山に登って亡くなった知人を埋める夢か…… 」
呟く哲也の顔を香織が覗き込む、
「また面白そうとか思ってるでしょ? 」
「べっ、別に、そんなこと思ってないから…… 」
傍から見ても嘘だとわかるような焦りまくる哲也を見て香織が溜息をついた。
「まったく、池田先生には内緒だからね、話したらもう二度と教えてあげないからね」
「わかってるっす。だから香織さん好きっす」
「調子いいんだから…… 」
呆れ顔で香織は病棟を出て行った。
「やべっ、マジで夕飯抜きになるぞ」
哲也が慌てて走り出す。今なら走れば食堂の時間にぎりぎり間に合うだろう。
その日の夜、10時の見回りで哲也がA棟を出てB棟に向かって外を歩いていると向こうの遊歩道に人影が見えた。
「誰だ? 向こうは何も無いぞ」
建物のある場所から人影が離れていくのを見て哲也が追い掛けて歩き出す。
「こんな時間に散歩か? それとも運動場に忘れ物でもしたのかな」
人影が向かっている先には運動場がある。病院の職員か誰かだと思いながら哲也が近付いていった。
「あれ? どこ行くんだ」
人影は運動場へは入らずに脇にある藪の中へと入っていく、それを見て哲也が思わず叫んだ。
「患者さんだ! 」
看護師や職員ではなく寝間着姿の患者だとわかった哲也が全力で走り出す。
「誰ですか! 何しているんです? 消灯時間過ぎてますよ、外を出歩くのはダメですからね」
患者を追って哲也が藪の中へと入る。
腰の辺りまで草がぼうぼうに生えている藪を掻き分け患者に追い付いた。
「むっ、武藤さん! 何やってるんですか? 」
4メートルほど先で武藤がしゃがんで土を掘っていた。
「埋めなきゃ……埋めてやらなきゃ………… 」
ぶつぶつと言いながら素手で穴を掘っている武藤を見て哲也が驚く、
「武藤さん…… 」
武藤の目は閉じていた。寝ながら土を掘っているのだ。
「しっかりしてください」
近付こうとした哲也の腕が後ろから引っ張られた。草にでも絡まったのだろうと哲也が振り返る。
「おわっ! 」
思わず声が出た。後ろに人が立っていた。背の高い痩せた男だ。
『邪魔するな……埋めるんだ…………俺を埋めたように…… 』
「だっだれ…… 」
哲也は誰だと訊こうとした言葉を飲み込んだ。男の姿が透けている。半透明とでも言うのだろうか、後ろの景色が透けて見えていた。
「何をするつもりだ」
男が幽霊とわかって哲也が質問を代えた。
『ひひっ、埋めるんだ……ひっ、ひひひっ、埋めるんだ』
男の幽霊が引き攣ったように笑いながら指差した。
哲也が前に向き直ると武藤が小さくなっていた。
「なん!? 」
驚いてよく見ると武藤は上半身だけしか見えていない、先程掘り始めたばかりとはとても思えない大きな穴に腰の辺りまで埋まっていた。
「掘らなきゃ……埋めなきゃ………… 」
寝惚けているのか武藤は穴掘りを止めない、何度もしゃがんで穴の底から土を掘り出している。
「むっ、武藤さん! 」
哲也は慌てて駆け付けると武藤の腕を引っ張った。
「ダメですよ! 何してるんですか? 起きてください」
「うぅ……うぅぅ………… 」
哲也の声が聞こえたのか武藤がガクッと倒れ込む、
『ふひっ、ひひひひっ、埋めろ……埋めるんだ』
後ろから声が聞こえて哲也が振り返った。
「おっ、お前か! お前が武藤さんを操ってるんだな」
『ふふっ、ふひひっひひひひっ、埋めろ……埋めるんだ』
怒鳴る哲也を見て引き攣るような笑いを残すと男の幽霊はスーッと消えていった。
哲也は武藤の脇の下に腕を回して抱えるようにして穴から引っ張り出す。
「武藤さん、起きてください、しっかりしてください」
穴の横に寝かせた武藤を何度か揺すると目を覚ました。
「うぅ……うぅん? 」
哲也と目が合った武藤がバッと飛び起きる。
「うわっ! うわぁあぁぁ~~、たっ、助けてくれぇ~~ 」
「武藤さん、落ち着いてください、警備員です。僕は警備員ですから」
悲鳴を上げる武藤に哲也が大声で言った。
「えぇ……警備員? ここは? 」
周りを見回してから武藤が哲也を見つめた。
「また穴を掘ったのか……また俺は………… 」
自分の掘った穴を見つけて愕然とする武藤に哲也が静かな声で話し掛ける。
「話しを聞かせてくれませんか武藤さん」
武藤の顔がサッと曇る。
「話し? 何の話しだ。俺が徘徊する話しか? 」
「それも聞きたいですけど違いますよ、幽霊の話しです。背の高い痩せた男の幽霊が武藤さんを見て笑ってましたよ」
「なっ……見たのか? 北石を……北石の幽霊を本当に見たのか? 」
落ち着いた声で話す哲也の両肩を武藤がバッと掴んだ。
肩を掴まれた痛さに顔を歪めながら哲也がこたえる。
「痛てて……あの幽霊、北石さんって言うんですか、見ましたよ、武藤さんが眠りながら穴を掘っていて、それを見て笑ってましたよ」
痛がる哲也に気付いた武藤が肩から手を離すと焦り顔で話し始める。
「ああ……嫌な声で笑いながら俺を埋めるんだ……夢を見るんだ。北石を埋めに行く夢を……埋めてるはずなのにいつの間にか俺が埋められてるんだ」
要領を得ない話しに哲也が首を傾げて聞き返す。
「あの幽霊はなんで出てくるんですか? 話しを聞かせてください、僕に何か出来る事があれば力を貸しますから」
「お前……いや、警備員さんだったな」
焦りを浮かべたまま見つめる武藤に哲也が笑顔で頷く、
「警備員の中田哲也です。哲也って呼んでください」
「哲也くんか……悪いが話しはしたくない、助けてくれてありがとう」
部屋に戻ろうと思ったのか礼を言うと武藤が歩き出す。
哲也が慌てて後ろから付いていく、
「急に話せって言っても困りますよね、じゃあ明日の昼過ぎにでも部屋を訪ねますよ、それまでに考えておいてください、無理には訊きませんから」
「 ……… 」
武藤は何もこたえずにスタスタと歩いてB棟へ入っていった。
「何か隠してるみたいだな武藤さん」
興味津々の顔で呟くと哲也もB棟へと入っていく、見回りの途中なのだ。
普段のように最上階まで行くと下りながら各階を見て回る。
「確か武藤さんは404号だったな」
4階に下りると長い廊下を歩いて行く、
「404号室、武藤さんの部屋だ」
ドアの前で中の様子を探る。先程戻ったばかりのはずだが武藤の部屋からは物音一つ聞こえない。
もう寝たのかな? 哲也は静かに離れると見回りを再開した。
翌日、昼の2時を回った頃に哲也はお菓子と缶コーヒーを片手に武藤の部屋へと向かった。
「池田先生に貰った旨そうなお菓子だけど話しを聞くためだからな」
袋に入れてある洋菓子を見つめて哲也が呟いた。昨日、診察の時に池田先生に貰った高そうな洋菓子だ。正直1人で全部食べたいところだが手土産としたのだ。
B棟の404号室、武藤の部屋の前で立ち止まって様子を伺う、
「武藤さん、居ますか」
中に人の気配を感じてドアをノックした。
「はい」
返事をしながらドアを開けた武藤が哲也を見て顔を顰めた。
「何か用ですか」
言葉遣いは丁寧だがあからさまに嫌そうな顔だ。
「昨日の事で話しが聞きたくて…… 」
「話したくないって言っただろ」
武藤が閉めようとしたドアを哲也が腕を挟むようにして止めた。
「そういう訳にはいきませんよ、昨晩僕が見つけなかったら武藤さん土に埋まってましたよ、警備員として見過ごせません、それにあの幽霊がどうしても気になります。北石さんでしたっけ? 武藤さんを恨めしそうに見てましたよ」
武藤の顔色がさっと変わった。
「だんだん埋まる深さが深くなってるんだ。今はもう胸の辺りまで来てる。このままだと俺は全部埋まってしまうんじゃないかと怖くて怖くて…… 」
血の気の失せた顔で話しながらドアを開けてくれた。
「話してください、僕に出来る事があれば力になりますから、夜の10時と深夜の3時に見回りをしています。話しを聞かせてくれたら武藤さんの部屋を毎晩見ますよ、武藤さんが部屋に居るのか確かめます。居なかったら外に探しに行きますよ、患者個人の部屋の中まで見回るなんて普通はやらないです。でも話しを聞かせてくれれば特別に見回りますよ」
哲也の話を聞いて武藤が身を乗り出す。
「本当だな、本当に毎晩確かめてくれるんだな」
「約束しますよ、昨日だって助けたじゃないですか」
目の前に迫る大男の武藤に少し引き気味になりながら哲也がこたえた。
「わかった。警備員さん……哲也くんだったな、話してやるよ」
少し焦りを浮かべた顔で承諾してくれた武藤に哲也が手に持っていた袋を差し出す。
「これ、お菓子と缶コーヒーです。話しを聞きながら飲もうと思って買ってきました」
「そうか……じゃあ、そこに座ってくれ」
武藤が指差す椅子に座ると哲也は菓子の入った袋をテーブルの上に置いて自分と武藤の前に缶コーヒーを置いた。
向かいに座ると武藤がじっと哲也を見つめた。
「哲也くんには北石の幽霊が見えたんだ。だったら本当の事を話してやる」
「本当の事? 」
開けようとした缶コーヒーを握ったまま聞き返す哲也の向かいで武藤が真剣な眼差しで続ける。
「北石の事だ。滑落事故の事だ……確かに事故だ。だけど俺は北石を見殺しにしたんだ」
「なん!? 」
驚く哲也の前で武藤が悲痛な表情を浮かべて話し始めた。
「北石はいい奴だった。この歳で一緒に山に登ってくれる友達が出来るとは思ってなかった。それなのに俺は………… 」
これは武藤晃さんが教えてくれた話しだ。
武藤は東北地方のある町に住んでいた。両親と一緒に住んでいる実家は周りが田畑ばかりの田舎だが車で30分も走れば買い物や病院に不自由のしない大きな町があるといった感じの住みやすい所である。
周りが田畑や森に藪ばかりなので火を使うキャンプ道具を試したりしても苦情も来ない、近くに小さな山もあり登山のトレーニングも出来る。高校生の頃から山男の武藤にとっては実に良い環境だ。
逆にその環境が災いしたのかいい歳になっても山登りを続けていたので彼女など出来るわけもなく35歳になっても独身だった。本人は女よりも山が好きだと嘯いて一向に気にした様子もなかった。早く結婚しろ、孫の顔を見せろと両親が煩いのだけが面倒だと周りに吹聴していたくらいである。
学生の頃と違い社会人になってからは周りに登山をする人も無く長い間1人で山に登っていたのだが3年前に登山仲間が出来た。転職してきた同僚の北石だ。年下で無趣味だった北石を半ば強制的に登山に誘ったところ山の良さに目覚めたらしい、今ではすっかりベテラン気取りの登山仲間である。
年齢的に大学時代の登山仲間は所帯を持って落ち着いている奴ばかりだ。誘っても良い返事をよこす事は無く、ここ7年程は単独登山ばかりだったのだが北石が登るようになって武藤も喜んで登山技術を教えて可愛がった。
今から1ヶ月半ほど前の事だ。北石が本格的な雪山を登ってみたいと言い出した。ハイキングのような雪山は何度か2人で登ったのだが本格的な雪山は危険なので登らせていないし武藤自身も歳を感じてここ5年は登っていない。
北石はテレビで見た雪山登山に感化されてどうしても登りたいと言い出した。頼まれているうちに武藤も登りたくなってくる。山男の血が騒いだのだ。
だが時期が悪かった。北石が登りたいと騒いでいる間に数ヶ月が経ち春山になっていた。それでも登りたいという北石を連れて雪の残る山へと向かった。
季節は3月、春山とはいえまだまだ寒い、順調に登っていくと段々と雪が深くなっていく、予想より雪が残っているのに武藤は驚き危険を感じた。
初心者にはキツい中級以上が登る山だが喜んで登っていく北石を見てここで止めるとは言えなかった。
「あの尾根を登ると頂上は直ぐだ。気を引き締めていけよ、一番の難所だからな」
武藤が雪の残る鋭い尾根を指差した。
「わかってますよ、地図で確認しましたから、いつまでも初心者扱いしないでくださいよ」
愚痴る北石を見て武藤が声を出して笑い出す。
「ははははっ、俺から見たらまだまだひよっこだ。けどこの山を登れたら一人前の山男だって認めてやるよ」
「おおぅ、武藤さんに認められるのは嬉しいな」
喜ぶ北石の背を武藤がパシッと叩く、
「やる気の出てきたところで行こうか」
「了解です。さっさと登って頂上でコーヒーでも飲みましょうよ」
足を滑らせても大丈夫なように互いの体をザイルで縛りながら雪の残る鋭い尾根を武藤を先頭に踏破していく、ザイルとは登山用のロープのことである。
「そこ気を付けろよ、雪が柔らかいぞ、踏むなよ」
「了解、武藤さんの足跡を踏んでいきますよ」
時々振り返り北石の様子を見ながら慎重に登っていく、武藤は学生時代に何度も登った事があるので危険箇所は把握していた。
「景色は最高ですね、スマホじゃなくてちゃんとしたカメラ買おうかな」
北石は胸にぶら下げたスマホで時々写真を撮っている。危ないから止めろと武藤は何度も注意したが北石は山に登る目的の一つがネットに写真を上げる事だと言って利かなかった。
「スマホが! 」
尾根を半分も登った頃だ。後ろから北石の声が聞こえてザイルが引っ張られた。
「あっ、ああぁぁ~~ 」
武藤が振り返ると北石が足を滑らせて宙吊りになっていた。
「きっ、北石! 」
叫んだ武藤もザイルに引っ張られて滑りそうになる。
「ぐっ、ぐうう…… 」
武藤がピッケルを岩に叩き付けるように引っ掛ける。
「北石大丈夫か? 」
どうにか身体を支えると下にぶら下がっている北石に声を掛けた。
「うわっ、うわぁぁ~~、たすっ、助けて……死ぬ……落ちる…………武藤さん助けてください」
北石はパニックになっていた。細いザイルを伝ってどうにか登ろうとしている。
「北石落ち着け! 足場を確保しろ! 」
武藤が大声で指示するがパニックになった北石には聞こえない。
「たっ、助けてくれ! 落ちる……早く引き上げてくれ」
ザイルだけで登ってこようと北石がもがくが細いロープだ。少し登っては滑って落ちていく、その度に重みと振動が武藤を襲う、
「暴れるな! 落ち着け、足場を探せ、ザイルだけじゃなくて足で登ってこい」
「助けてくれ、早く上げてくれ、落ちる……死にたくない…………早く助けてくれ」
北石の重みと揺れる振動で岩に食い込んでいたピッケルが外れて武藤も滑っていく、
「うおぅ! 」
2メートルほど滑った所でピッケルが突き出た岩に引っ掛かった。
「危ねぇ…… 」
武藤の足先が浮いている。崖のようになっている端に止まっている状態だ。
「暴れるな! 落ち着け北石! 」
怒鳴りながら足場を確保する武藤に余裕が無くなっていた。
「助けて……死にたくない…………武藤さん早く上げてくれ……早く、早くしてくれ」
更に2メートルほど落ちた事により北石のパニックに拍車が掛かる。
「早く上げろ……助けてくれ…………早く、早く、早く助けてくれ」
暴れまくる北石を武藤が怒鳴りつける。
「黙れ! 静かにしろ、暴れるな! 死にたいのか!! 足場を確保しろ! ザイルを手に足を使って上がってくるんだ」
「死……嫌だ、死にたくない……早く、早く助けてくれ、上げてくれ」
武藤の話しなど利かずに北石はザイルだけを使って登ってこようとするが何度も滑って落ちていく、その度に武藤に重みと振動が伝わって危なくて仕方がない。
このままでは2人とも落ちて死ぬ、そう思った時、武藤はザイルにナイフを当てていた。
「すまん北石…… 」
ブツッと音を立ててザイルがフッと軽くなる。
「あぁ……ああぁあぁぁ~~ 」
北石が悲鳴を上げながら尾根を滑って落ちていった。
「だから無理だって言ったんだ……北石………… 」
ピッケルを使って武藤が這い上がっていく、
「くそっ、俺は死なんぞ」
どうにか体勢を立て直して武藤は一息ついた。
150メートル程下に北石の姿が小さく見えている。
「北石! 生きてる……北石、今助けに行くからな」
僅かだが手足が動いていた。雪がクッションになって助かったのだと思った武藤は救助に向かった。
だが1時間半ほど掛けて辿り着いた時には北石は冷たくなっていた。せめて遺体は連れ帰ってやろうと北石を寝袋に入れて引き摺って山を降り始めたところ急に吹雪いてきた。
「くそっ、3月だって言うのに………… 」
吹雪の中、武藤は遭難してしまう、助けに行って登山道を離れたのだから当然だ。
「くそっ、どこかでビバークするか」
雪や風が防げる場所を探していた時、電話の着信音が聞こえてきた。
「何の音だ? 電話か? 」
空耳かと思いながら耳をそばだてる。音は引っ張ってきた寝袋の中で鳴っていた。
「電話だ。北石のか」
写真を撮るために北石が胸からぶら下げていたスマホを思い出した。不思議に思いながらも寝袋の中を確かめる。
「鳴ってる! アンテナが立ってるぞ」
苦痛に顔を歪めたまま亡くなっている北石の顔を出来るだけ見ないようにしてスマホを取った。
「もしもし…… 」
鳴っている電話に出るが返事は無い。
「もしもし……もしも~し…………あっ、切れた」
掛かってきた電話は切れたがアンテナ表示は点いている。武藤は神に祈るようにして警察に電話を掛けた。
「もしもし…………繋がった。良かったぁ」
不思議な事に携帯電話が繋がった。山奥の尾根の下だ。人工的な設備など一切無く電波など届くはずが無いのだ。
「助けてください、遭難しています………… 」
現在位置と状況を知らせる。だが吹雪いているので直ぐに救助は無理との事だ。吹雪が止むまで武藤はビバークすることに決めた。
吹雪を避けて岩陰に簡易テントを張る。日帰り予定だったがいざという時に備えて最低限の装備は持ってきている。
北石の遺体はテントの横に埋めた。風で滑っていくと大変だと考えた事もあるが見捨てた事による罪悪感から見たくないという事が本音だ。目印をつけておいて救助が来たら掘り返すのだ。
「早いが寝るか……凍傷にならないように足先に懐炉を入れてっと、うん温かい、最新の寝袋を買っておいて良かった」
北石を救助するために道無き道を下っていった疲れもあって簡単な食事を取ると直ぐに眠気が襲ってきた。吹雪は止みそうに無い、今日の救助は無理だと武藤は眠りについた。
どれくらい眠っただろう、武藤は夢を見た。
「さっ、寒っ……寒い、ここは? 」
何故か穴の中にいた。周りは土では無く雪だ。雪に空いた穴の中に頭まですっぽりと埋まっていた。状況を把握しようと考えていると頭に雪が降ってきた。誰かが雪を掛けて埋めようとしている。
「うわっぷ! 止めろ、ここから出してくれ」
声を出しながら上を見た。
『ふひっ、ふひひひひっ、埋めた……埋める……俺も埋める……ひひひひっ』
青白い顔をした北石が奇妙な声で笑っていた。
『ふひひっ、埋めた……埋めた……ひひひっ、ふひひひひっ』
ニタリと厭な顔で笑いながら雪を掛けてくる。
「きっ、北石……止めろ、助けてくれ」
引き上げてくれと言うように武藤が腕を伸ばす。
『ひひっ、埋めるんだ……ひっ、ひひひっ、俺を埋めたように………… 』
ニタリと笑う北石の目に恨みが籠もっていた。
「北石……止めて、たっ、助けてくれぇ~~ 」
ガバッと身を起すようにして武藤が目を覚ました。
「夢か……寒っ、寒い! 」
寒さに震えながら風が入ってくる方を見るとテント入り口のファスナーが開いていた。
「何で開いてるんだ? 」
しっかりと閉めたはずだ。不思議に思いながら締め直そうと身体を起した武藤がその場に固まった。
「うはぁあぁっ! 」
驚きに喉から悲鳴が出た。武藤の寝ていた隣りに北石の入った寝袋が転がっていた。
「きっ、北石…… 」
驚きながらも寝袋のファスナーを開けて中を確認する。
「死んでる……北石……なんで………… 」
もしかして息を吹き返したのかと思ったが北石は苦痛に顔を歪めたまま動かない。
「じゃあ何で俺の横にいる! 埋めたはずだ!! テントの横に、穴を掘って埋めたはずだ」
大声で叫びながら北石の入った寝袋を引き摺ってテントから出る。
「ここに埋めたはずだ。こうやって穴を掘って、こうやって雪を被せて埋めたんだ」
恐怖を誤魔化すように怒鳴りながら北石の入った寝袋をテント横の雪の中に埋めていく、
「こうやって埋めたんだ……北石、恨むなよ、ああしないと2人とも死んでた。誰にも発見されずに死ぬなんて嫌だろ? 俺が責任持って家に帰してやるからな、だから恨まないでくれ」
手を合わせて拝むと武藤はテントに戻っていった。
「まだ19時だ。吹雪が止んでくれればいいが……止んでも朝まで救助は無いな」
外はまだ吹雪いている。電池を節約するためにLEDライトを消すと武藤は横になった。
寝るつもりは無かったが疲れが溜まっていて眠りに落ちていった。
どれくらい眠っただろう、また夢を見た。
「ここは? 穴の中か? 雪に埋められてる」
気が付くと雪の穴の中にすっぽりと入っていた。手を伸ばしても穴のふちまで10センチほど届かない。
「くそっ! 」
手足を使って周りの雪の壁を崩していく、崩した雪を足下で固めて山を作って穴から這い出ようと考えた。
「行けるぞ」
雪を崩しながら30センチほど上がる事が出来た。これで穴のふちに手が届く、
「どうにかして上がれるか」
足場を作ろうと更に雪の壁を崩していると頭の上からどさどさと雪の塊が落ちてきた。反射的に武藤が見上げると青白い顔をした北石が穴を覗いていた。
「北石か? 助けてくれ、早く上げてくれ」
武藤が腕を伸ばすと北石がニタリと口元を歪めた。
『ふひっ、ふひひっ、上げてくれ……上げてくれ……俺も言ったよな、ふひひひひっ』
「何してる? さっさと上げてくれ」
ニヤつく北石を見て武藤が怒鳴った、
『ふひひっ、埋めた……上げないで埋めただろ…………だから俺も埋めるよ、ふひっ、ふひひっひひひっ』
「埋めた? ああぁ……お前は……北石は死んだんだ」
北石が滑落して亡くなった事を思い出した。
『ふひひっ、いひぃぃ……そうだよ、お前が……武藤がロープを切ったんだ』
奇妙な声で笑いながら北石が雪を掛けてくる。
「やっ、止めてくれ、助けてくれぇ」
頭の上に落ちてくる雪の塊を払い除けるようにしながら武藤が目を覚ます。
「ゆっ、夢か……寒い! 」
安堵しながら見るとテントの入り口が開いていた。その前に北石の入っている寝袋が転がっている。
「きっ、北石………… 」
寒さと恐怖に震えながら北石の入っている寝袋を引っ張り出してテントから少し離れた場所に埋めた。
「寒っ……冷たい? 濡れてる? 」
汗をかいたのかインナーがぐっしょりと濡れている。武藤は服を脱いで体を拭くと予備のインナーに着替えた。何気ない行動が気持ちを落ち着かせていく、
「なんで北石が……怪談で聞いた事があるな」
雪山怪談の一つにこんな話しがあったのを思い出す。
Aさんが遭難した友人の遺体を埋めて自分はテントで眠った。暫くして目を覚ますと埋めたはずの友人が隣りにいた。何度埋めても隣で寝ている。怖くなったAさんが持っていた撮影機材で寝ているテント内を録画すると自分がムクリと起き出してテントを出て行き遺体を連れて戻ってくると隣に寝かせて自分も横になった姿が映っていた。
友人を死なせてしまった罪悪感から寝ている間に無意識に掘り出してきたのだろうというのがその怪談の〆だ。
「怪談と同じか…… 」
テントの入り口を見つめて武藤が呟いた。
吹雪は止みそうにない、怖かったので寝ないで救助が来るのを待っていようと思ったがいつの間にか眠りに落ちていた。
「たっ、助けてくれぇ~~ 」
また埋められる夢を見てうなされた武藤が飛び起きる。
「きっ、北石…… 」
北石の入った寝袋が隣りにあった。
「寒っ! 冷たい」
インナーがぐっしょりと冷たい、先程着替えたはずだ。汗をかいただけとは思えないくらいに濡れている。
慌てて服を脱ぐと雪がぽろぽろ落ちていく、テント内で寝ていて服の中に雪が入るなど有り得ない、それこそ雪に埋まってもがくなどしない限りこれ程雪が入ることなど有り得ないのだ。
「夢じゃなかったら………… 」
北石の入った寝袋を武藤がじっと見つめた。
雪に埋められる夢と服の中に入っていた雪が繋がった。もし夢ではなかったら、本当に雪の中に埋められていたのだとしたら、だとすると夢に出てきた北石は何者なのだろうか、
武藤は怖くなって眠るのを止めて北石の遺体の入った寝袋を見つめながら救助を待った。
吹雪はまだ止まない、岩に当たる雪や風の音、単純な音を聞いていると段々と瞼が重くなってくる。武藤はまた眠っていた。
「たっ、助けてくれ……きっ、北石、ここから出してくれ」
気が付くと雪の穴の中に埋められていた。青白い顔をした北石がニタリと厭な顔で笑いながら雪を落として埋めようとしてくる。
「たっ、助けてくれぇ~~ 」
大声で叫びながら武藤が目を覚ます。
「ゆっ夢……夢じゃない! 」
テントではなく本当に雪の穴の中にいた。
「きっ、北石許してくれ」
北石が居るような気がして怖々と見上げる。
「居ない……よかった」
誰も居ない事に安堵すると穴から這い上がった。夢の中ではもがいても這い上がれなかったのが嘘のように簡単に出る事が出来た。
「北石…… 」
怖々とテントを覗く、北石の入った寝袋が転がっているはずだ。
「あれ? 無いぞ」
北石の入った寝袋が無くなっている。
武藤が用心しながらテントに入っていく、
「脱いだはずのシャツも無い、着替えも新品だ」
荷物を確認するとその場にへたり込んだ。
「全部夢か……全部夢だったんだ。そうだよな、こんな事あるわけないよな」
先程まで雪に埋まっていた事など忘れたのか、今までの事は全部夢だったと安堵した。
「あはははっ、全部夢だったんだ。脅かしやがってビビって損した」
恥ずかしかったのか誰も居ないのに独りで声を出して笑った。
その時、後ろから声が聞こえた。
『何故殺した……ロープを切った…………痛かった。冷たかった………… 』
武藤が振り返ると青白い顔をした北石がテントの出入り口からぬっと入って来た。
『埋めた……俺を埋めた…………ふひひっ、お前も埋めてやるよ、ふひっ、ふひひひひ』
ニタリと笑うその口だけが真っ赤だった。
その後は覚えていない、気が付くと救助隊が自分を押さえ付けていた。
何でも北石の名を叫びながら雪を掘っていたらしい、暴れる武藤を取り押さえるのに一苦労したと後で聞かされた。
あれ程吹雪いていた雪はいつの間に止んだのか武藤は無事救助された。
北石は事故死として処理された。ネットに上げる写真を撮ろうとして足を踏み外して滑落したということだ。
武藤は事情聴取を受けるがザイルを切った事は話してはいない、話したとしても殺人などの大きな罪に問われる事はないだろうが怖かっただけでなく世間体を気にしたのだ。つまり保身に動いた。
北石が雪山に登りたいと言っていたことは向こうの家族も聞いていたので武藤はそれ程責められなかった。
会社には居辛くなったので辞めたが気持ちの整理も出来て武藤は安心して元の生活に戻っていった。
1ヶ月が経った。武藤は新しい会社に勤めて元気に働いていた。
職場にも慣れてきたある夜、武藤は夢を見た。
「何だここは? 土? 穴の中か…… 」
湿っぽい土に囲まれた穴の中に武藤は入っていた。
「山だ。自然薯でも掘った穴に嵌まったかな」
周りを囲む土壁の所々から木の根が飛び出している。山の土特有の匂いで今居る場所が山の中らしいとわかった。
自然薯とは山芋のことだ。長い山芋を採るために2メートル以上も穴を掘ることもある。慣れた人なら専用の道具を使って掘るので大きな穴にはならないが素人が道具も使わずに見様見真似で掘ると大きな穴になる。だが人が頭まで入るような穴になるとは思えない。
「山の中の穴に嵌まったのか…… 」
夢の中という事もあってか何故この様な場所に居るのかという疑問は浮んでこない。
「掘ったら埋めろよな」
愚痴りながら土壁を蹴るようにして穴を開けて足場を作って這い上がろうとした時、上から土が降ってきた。
「うわっ、なんだ? 」
武藤が上を向くと誰かが穴を覗き込んでいた。
『ふひっ、ふひひひっ、埋めなきゃ……掘ったら埋めなきゃ……ふひひっ、ふひひひ』
青白い顔をした北石が奇妙な声で笑いながら土を落としてくる。
「きっ、北石か? 」
武藤が上を向いたまま身を固くした。
目が合うと北石がニタリと厭な顔で笑った。
『ふひひっ、そうだよ、俺だよ……お前に殺された……埋められた俺だよ、ふひっ、ふひひひひっ 』
「北石…… 」
驚きに武藤は落ちてくる土が顔に掛かるが払おうともしない。
『ふひひひっ、埋める。埋めなきゃ……早く埋めなきゃ……ふひっ、ふひひひ』
青白い顔をした北石がドザドザと湿った土を放り込んでくる。
「埋める? 俺を? 」
『ふひひっ、そうだよ、埋めるよ、ふひひひひっ』
「ちょっ! 助けて……助けてくれ」
武藤が助けを求めて手を伸ばすその先で北石が楽しげに笑う、
『ふひひひっ、ダメだよ、埋めるよ、埋めるよ、ふひひっ、ふひひひっ』
血の気を失った青白い顔、ニタリと笑う口だけが真っ赤だ。
「止めろ! 止めてくれ、助けてくれぇ~~ 」
叫びながら武藤が目を覚ます。
「たすけ……あぁ……夢か」
布団の中に居るのがわかって武藤が安堵した。
「酷い夢だ……まったく」
トイレにでも行こうと上半身を起した武藤が隣りに転がっているものに気が付いた。
「ねっ、寝袋? 」
自分の布団と並ぶようにして膨れた寝袋が一つ転がっていた。
「 ……北石の……北石の寝袋だ」
あの雪山で北石の遺体を入れて埋めた寝袋だ。
「なんで? 」
武藤が寝袋に手を伸ばす。膨れているので中に何か入っているのは確かだ。
「これも夢か? 」
寝袋のファスナーを開けていく、怖いと思いながらも手が止まらない。
「はぅぅ……きっ、北石が…… 」
開いたファスナーの隙間から北石の顔が見えた。あの雪山で埋めた時と同じ苦痛に歪んだ顔をしている。
有り得ない、1ヶ月も前に葬式は終って灰になっているはずだ。
「夢だ! やっぱり夢だ。あの山で見た夢と同じだ」
夢だということに納得すると同時に何故か埋めなければならないという気持ちが湧いてきた。
「埋めないと……こんなもの見つかったら大変だ」
北石の遺体の入った寝袋を担ぐと武藤は家を出ていった。
両親と一緒に住んでいる家から少し離れた所にある藪へと入ると武藤は土を掘り始めた。
「埋めないと……埋めなきゃ…… 」
ぶつぶつと呟きながら素手で土を掘っていく、山に続く藪の中の土だ。それ程固くはないが素手で深い穴を掘ろうとすれば大仕事だ。だが武藤の掘る穴はあっと言う間に大きくなっていく、
「これくらいでいいか……早く埋めよう」
自分の腰の辺りまでの深い穴を掘った武藤は寝袋を埋めようと穴の周りを見回した。
「無い? 何処へいった」
穴の横に置いていた北石の入った寝袋が無くなっている。
『ふひっ、ふひひひっ、埋めよう……埋めなきゃ…………ふひひひっ』
声が聞こえて振り返ると青白い顔をした北石がニタリと厭な顔で笑って立っていた。
「きっ、北石…… 」
驚く武藤に北石が土を掛ける。
『ふひひひっ、早く埋めなきゃ……早く埋めよう、ふひっ、ふひひひ』
驚いて身を固くしている武藤はあっと言う間に埋められていく、
「たっ、助けてくれぇ~~ 」
自分の叫び声で武藤が目を覚ます。
「おわっ! 夢か…… 」
辺りを見回して愕然とする。自分の部屋ではない、藪の中にいた。布団ではなく腰から下が土の中に埋まっていた。
「何でこんな所に……北石は? 」
焦り顔で辺りを探すが北石の姿など何処にも見えない。
「これも夢か? 痛てて…… 」
確認するために自分の頬を抓ると痛みを感じた。どうやら夢ではないらしい。
「何でこんな所に? 何処だ? 」
穴から這い出ると草を掻き分けて藪を出た。
「畑沿いの藪か」
家の近くの見知った道に出て武藤はほっと安堵した。
体に付いた土を払いながら歩き出す。
「寝惚けたのか? 俺が埋められる夢を見て、北石を埋める夢を見て…… 」
何処までが夢なのか、全て夢のような気もするがわからない、武藤は寝惚けて出歩いたのだと自分に言い聞かせるようにして家へと帰った。
それから毎晩悪夢を見るようになった。
悲鳴を上げて起きると北石の遺体が入った寝袋がある。見つかったら自分がロープを切って殺したのがバレて捕まると思い慌てて埋めに行く、家から少し離れた藪の中で穴を掘っていると青白い顔をした北石が現われてニタリと厭な顔で笑いながら土を掛けてくる。
恐怖に叫んで目を覚ますと自分が土の中に埋まっていた。夢の中で北石を埋めに来たはずが自分が埋まっているのだ。慌てて穴から這い出ると家へと帰る。
毎回同じような夢だが、ただ一つ変わっていくことがある。自分が埋まっていく深さが段々と深くなっていた。初めは腰の辺りまでだったのが今では胸まで埋まっていた。
泥だらけになって帰ってきた武藤がぶつぶつと呟きながら布団に潜り込んだ。
夢は一晩に一度だけだ。穴から抜け出して家に帰った後に続けて見る事は無いので安心して眠れるのだ。
「北石が俺を埋めるのか……違う! 俺が北石を埋めたんだ。雪の中に埋めたんだ」
毎晩のように繰り返すので何処までが夢なのか、どこからが現実なのか、武藤にはわからなくっていた。
「俺が埋めたんだ……俺が埋められる…………埋める……埋めた………… 」
譫言のように呟きながら武藤は眠りに落ちていった。
ある夜、悲鳴を上げながら家を出ていく武藤に気付いて両親が後を追った。
「晃の奴、何処へ行くんだ? 」
「寝惚けてるみたいよお父さん、近頃様子も変だし…… 」
家の近くの藪へと入っていく武藤を見て父親と母親が顔を見合わせる。
「あの中に何かあるのか? 」
「お父さん、怖いわ」
怯える母を連れて父が藪を掻き分けて入っていく、
「埋めないと……見つかったらヤバい…………埋めるんだ」
藪の中、少し開けた場所で武藤が一心不乱に穴を掘っていた。
「あっ、晃…… 」
「何をしとるんじゃ晃! 」
震える声を出す母の隣で父が怒鳴るが聞こえていないのか武藤は穴を掘るのを止めない。
「埋める……埋めないと………… 」
「晃! しっかりせんか!! 」
怒鳴りながら父が近付いていくと穴を掘る武藤の手が止った。
「気が付いたか晃、何をしとる? 」
「きっ、北石……北石ぃぃ~~ 」
声を掛ける父に穴から飛び出した武藤が掴み掛かる。
「埋めてやる! 何度でも埋めてやる」
「やっ、止めんか…… 」
登山で鍛えた大男の武藤に年老いた父が叶うわけがない。
「何をする晃…… 」
「ふひっ、ふひひひっ、埋めるんだ」
父を穴に突き落とすと武藤が土を掛け始めた。
「あっ、晃……お父さん………… 」
驚いた母が助けを呼ぼうと慌てて藪を出て行った。
武藤が気が付いた時には近所の人たちに取り押さえられていた。
父親は無事だ。放心している武藤に父が先程の事を話す。武藤は泣きながら北石の幽霊が出てくると語った。
登山仲間として可愛がっていた北石を死なせてしまったのが心に残って病気になったのだろうと心配した両親が磯山病院へと入院させたのだ。
これが武藤晃さんが教えてくれた話しだ。
長い話を終えると武藤が缶コーヒーを手に取って開けた。
「約束だぞ、夜の見回りしっかり頼んだぞ」
哲也を睨むようにして言うと武藤は缶コーヒーを開けてゴクゴクと飲んだ。
「ええ……約束は守りますけど………… 」
向かいで哲也が缶コーヒーを握り締めながら武藤の顔を窺う、
「どうした? 北石の幽霊に怖くなって止めるとか言うんじゃないだろうな」
「違います。幽霊は怖いですけど…… 」
顔を顰める武藤の前で哲也が口籠もる。北石の幽霊よりも自分が助かるためにロープを切った武藤の方が怖いと思った。
「じゃあ何だ? 気になることがあるんなら言ってくれ」
「わかりました。怒らないでくださいね」
身を乗り出して睨んでくる武藤に前置きしてから哲也が話し出す。
「滑落事故のことです。北石さんのロープを切ったことを何で警察に話さなかったんですか? 自分の命が危険になる場合には罪にならないはずですよね? 仮に罪に問われたとしても事故ですから殺人や傷害の罪には問われないですよね」
哲也から目を逸らして座り直すと武藤が静かに口を開いた。
「哲也くんの言う通りだ。あれは事故だ。ザイルを切らなきゃ俺まで落ちてた。俺も死んでた。だけどな、誰が証明してくれる? 俺と北石の2人しか居なかったんだぞ」
「それはそうですけど…… 」
言い淀む哲也の向かいで武藤がコーヒーをグイッと飲んでから続ける。
「警察は別にいい、でもな、北石の家族に人殺しと言われるのが怖かったんだよ、会社の連中や世間に人殺しって言われるのが怖かったんだよ、それで聞かれなかったのをいいことにザイルを切ったことは話さなかった。北石が滑落して1人で落ちていったってことにすれば丸く収まると思ったんだよ」
武藤の気持ちがわかった。心の何処かで武藤自身も事故ではないと思っているのだろう、自分が助かるためとはいえ北石を殺したのだと、もう少し冷静な対処が出来ていれば他に手はあったのかも知れないと、それがバレるのが怖かったのだ。
何とも言えない同情を浮かべた顔で哲也が質問する。
「じゃあ何で僕には全部話したんですか? 」
向かいに座る哲也を見つめて武藤がフッと疲れた顔で笑った。
「哲也くんは北石の幽霊を見たからな、それと段々な……段々、深くなっているんだ」
「深く? 」
要領を得ない返事に顔を顰めて聞き返す哲也に大きく頷いてから武藤が続ける。
「穴だ。穴が深くなってるんだ。埋まる深さが段々深くなってるんだ。初めは腰までだったのに今はもう首の辺りまで来てる。このままだと俺は全部埋まってしまうんじゃないかと怖くて怖くて…… 」
昨晩、武藤が藪の中で穴を掘っていたのを思い出して哲也が更に質問する。
「武藤さんは覚えてないんですよね? 」
「ああ、北石を埋める夢を見るんだ。それで穴を掘って埋めていたらいつの間にか北石じゃなくて俺が穴の中に埋まってるんだ。夢が……夢のはずなのに本当に埋まってるんだ。だから夜寝るのが怖くて昼に寝ようと思って睡眠薬を貰って寝てるんだ。昼なら俺が寝惚けて歩き出しても誰かが見つけてくれるだろ? そう思ってたのに……昨日の夜は寝ないで起きててもいつの間にか夢を見てたんだ」
哲也が納得した様子で頷いた。
「それで僕が武藤さんを見つけたのか」
「ああ……だから今晩も頼むよ、今晩だけじゃなくて夜はずっと見回ってくれ、哲也くんだけが頼りだ」
「安心してください、警備員ですから見回りはしっかりしますよ」
縋るようにして頼む武藤の向かいで哲也が腰を上げた。いつの間にか夕方の見回り時刻になっていた。
「僕は夕方の見回りがありますので、話しを聞かせてくれてありがとうございます」
部屋を出ようとした哲也に武藤が言葉を投げかける。
「俺は間違ってるか? 」
「事故のことですか? それとも本当のことを話さなかったことですか? 」
振り向かずに聞き返す哲也に武藤がこたえる。
「両方だ」
ドアノブに手を掛けたまま、哲也が振り返った。
「ロープを切った対応は間違っていないと思います。2人とも死んでいたかも知れませんから、注意を利かないで写真を撮っていた北石さんに落ち度もありますしね、でもその事を警察に話さなかったのは間違いだと思います。だから北石さんの幽霊は出てくるんだと思います。怖いだけじゃなくて武藤さんも悪いと思っているはずです」
哲也をじっと見つめていた武藤が頷いた。
「そうだな、哲也くんの言う通りだな……本当のことを話すかどうか少し考えるよ、気持ちの整理が出来たら全部話すよ」
「それがいいと思います。見回りはしっかりするから安心してください」
神妙な面持ちで話す武藤を見て哲也は安心した様子で微笑むと部屋を出て行った。
その夜、武藤が行方不明になる。深夜3時の見回りでは部屋で寝ているのを哲也は確認していたので居なくなったのは明け方だろう。
翌日、騒ぎを聞いた哲也は前日の夜の見回りで武藤が入っていった藪を調べに行くが見つからない、嶺弥や他の警備員に手の空いている看護師や職員など総出で探すが武藤は見つからなかった。
監視カメラの映像を確認すると病棟から出て行くのは映っていたが病院の敷地内から出た様子はない、半日探して見つからないので警察に捜索願を出した。
警察官や病院関係者などを入れて200人近くで捜索が始まった。広い敷地だが200人もいれば隅から隅まで探すのは可能だ。それでも見つからなかった。
通用門には24時間態勢で警備員が監視している。大きな正門と西門は夜には閉まっている。もちろん通用門の警備員が同じように監視しているしカメラも設置されている。敷地を囲む壁はコンクリートで出来ていて5メートル以上はある高い壁だ。
延べ人数500人以上掛けて3日間捜索したが見つからない、山男の武藤ならどうにかして壁を登って出て行ったのだろうという事で捜索は打ち切られた。
捜索が打ち切られた後、哲也は武藤が穴を掘っていた藪の中へと来ていた。
「本当のことを話すって言ってたのに武藤さん…… 」
何とも言えない険しい顔で哲也が呟いた。
武藤が自ら何処かへ出て行ったのだとは思えなかった。北石の幽霊に操られて何処かへ消えたのだと思った。
「全てを話す気になっても北石さんは許してくれなかったんだ…… 」
雪山怪談の話しでは罪悪感によって友人を掘り返していたのだが武藤の場合はどうだろう? 助けを求める北石を見ながらロープを切ったのだ。
落ちていく北石は武藤を見ながら何を考えただろう、落ちた後、暫く生きていた。その間に何を考えただろう、謝っても許さないくらいに恨んでいたのではないだろうか、ロープを切った事はもちろん、見るのが嫌だからと雪に埋めた事に対して恨んでいたのではないだろうか?
恨んだ北石の幽霊に操られ夢なのか現実なのかわからなくなっていったのだろう、その混乱が武藤の心を蝕んだ。
武藤は何処へいったのだろう? あの夜、哲也が見たように北石の幽霊に操られて自分が掘った穴で何処かに埋まっているのだろうか? 段々深く埋められると言っていた。雪と違って這い出る事が出来ずに暗い土の中に埋まっているのかも知れない。
懇願されたとはいえまだ未熟な北石を中級者以上向けの山へと連れて行き事故に遭い学生時代とは違って歳を取り体力の落ちていた自分では助ける事も出来ずに死なせてしまったという罪の意識、悪いと思う気持ちを心に埋めていたのだろう、その罪悪感が北石の幽霊となり埋めた穴から這い上がって来たのかも知れない。
埋めたからといって無になるわけではないのだ。いや、物理的には腐敗して微生物などによって分解されて無になるかも知れない、だが埋めたという記憶は残るのである。ゴミであろうと人であろうと……。
武藤はあの事故の真実を話さずに心に埋めたまま土の中に埋まっているのだろう、哲也はそう思った。




