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第十六話 棚

 棚を辞書で調べると板状のものを横に渡して飾ったり陳列するために物を載せる場所、物を収納するために何枚かの棚板を設けた家具、などと書かれている。

 本棚や食器棚など様々な棚がある。棚があればパッと見ただけで何処に何があるのか整理が出来る。そういう事もあって棚を使っていない人は殆どいないだろう。


 棚の使い方にも色々ある。きちんと整理して物を置く人もいれば乱雑に物を突っ込んでいる人もいる。乱雑に見えてしっかりとジャンル別けされている棚もある。使っている人の性格が表れるものの一つと言ってもいい。


 誰でも持っている身近なものなので棚に関する諺もある。思いがけない幸運がやってくる事を指す『棚からぼた餅』は誰でも知っているだろう、諺ではないが決算や整理のための在庫商品の管理や処分を行うことを指す『棚卸し』は在庫の品物を一つ一つ調べることから人の行状をすっかり調べることを指すようになり、転じて人の欠点を並べ立てる意味で使われるようにもなった。


 棚からぼた餅で幸運が舞い込んだ人を哲也も知っている。その人の場合は幸運だけではなく怪奇なものも舞い込んでしまったのだが……。



 食堂で昼食を食べている哲也の向かいに顔見知りの患者が2人、食事の載ったトレーを持って腰掛けた。


「波瀬さん、山口さん、こんにちは、今から飯ですか? 珍しいっすね」


 哲也は混雑するのを避けて30分程後に食事をするようにしている。食事時間を待ちきれないように並んでいる2人が今頃から食べ始めるのは見た事がない。

 箸を止めてペコッと頭を下げる哲也を見て波瀬がニッと笑う、


「うん、哲也くんと一緒に食べようと思ってね」


 隣で山口が笑いながら追従する。


「そうそう、たまにはゆっくり食べようと思ってさ」

「何か怪しいなぁ~ 」


 顔を顰める哲也の向かいで2人が慌てて食べ始める。

 山口茂雄やまぐちしげお波瀬邦夫はぜくにお、2人とも初老を迎えた60代の男で哲也が磯山病院に入院した時からの知り合いだ。何も知らない哲也に色々教えてくれて今でも懇意にしている患者仲間である。


「何企んでるんです? 」


 じっと見つめる哲也の向かいで波瀬が笑顔で話し出す。


「哲也くんは怖い話し好きだったよね? 」

「はぁ、怖い話しですか、好きですけど…… 」


 頼み事でもしてくるのかと思っていたところに予想外の話を振られて哲也が間の抜けた返事を返した。

 哲也の様子に脈ありとみたのか山口が続けて話を振ってくる。


「面白い話があるんだけどさぁ」


 何か含むような2人を見て哲也が溜息交じりに口を開く、


「何の頼みですか? 」


 波瀬がポンッとテーブルを叩いた。


「流石哲也くん話が早い」

「テレビ禁止になっちゃってさ」


 上目遣いに見てくる山口の向かいで哲也が呆れ顔で続ける。


「また夜中に騒いでテレビ1週間禁止になったんですか? 」


 恥ずかしそうに箸でおかずを突っつきながら波瀬が話す。


「今日見たいドラマがあるんだよね」

「それで哲也くん、どうにかならないかな? 」


 哲也は呆れ返って溜息しか出てこない。


「仕方ないなぁ……C棟の婦長さん苦手なんだけどなぁ」


 顔を顰める哲也に2人が畳み掛ける。


「面白い話し教えるからさ、頼むよ」

「棚女ってお化けの話しだよ、哲也くん」


 哲也の口元がピクッと動く、


「棚女? なんすか? 」

「新しく入った患者なんだけど…… 」


 話そうとした波瀬の口を山口が塞いだ。


「おっと、そこまで、続きは哲也くんが頼みを利いてくれるなら教えるよ」

「仕方ないなぁ、わかったよ、婦長さんには僕から頼んでテレビ使えるようにしてあげるからさ」


 弱り顔で哲也がこたえた。2人に聞かなくても看護師の香織や早坂に聞けばいいのだが狭い病院での付き合いというヤツだ。


「助かるよ哲也くん」

「警備員やってる哲也くんにしか頼めないからさ」


 哲也が本物の警備員でないことは2人とも当然知っている。本物ではないが真面目に警備員の仕事をして先生や看護師たちに信頼されていて色々と融通が利く哲也を頼ってくる患者は多い。


「まぁ、C棟の婦長さんには余り頼み事したことがないから利いてくれると思うけどダメだったら諦めてくださいよ」

「うん、わかってる。哲也くんがダメなら諦めるよ」


 念押しした後で哲也が興味津々な顔で口を開く、


「それで棚女って何ですか? 」

「新しく入った女がね、お化けが出るって騒ぐんだよ」

「そうそう、それで話しを聞いたらさ…… 」


 波瀬と山口が交互に話をしてくれた。

 C棟に白石という女の患者が入院してきたのが3日前だ。その白石が毎晩のように幽霊が出るといって騒ぐらしい、出てくるのは女の幽霊で白石は何故か棚女と呼んでいた。初めて女幽霊が出てきたのが棚の後ろからだったらしい、それで棚女と名付けたらしい、『らしい』ばかりの話しを聞いて哲也が眉を顰める。


「本当でしょうね? テレビ見たいからって嘘だったら禁止1週間上乗せしてテレビ2週間禁止にして貰いますからね」


 怖い顔を作って睨む哲也の向かいで波瀬と山口が慌てて話し出す。


「嘘じゃないよ、本当だよ」

「哲也くんに嘘なんてつかないさ」


 2人の様子から嘘ではないとわかって哲也が続ける。


「その白石さんって何号室なんですか? 」

「C棟の213号室だよ」

「Cの213っすね」


 昼食を掻っ込むように食べ始める哲也を見て2人がニヤッと悪い顔で笑う、


「俺たちから聞いたってのは内緒だよ」

「そうそう、バレたらまたテレビ禁止にされちゃうさ」


 2人の前で哲也が口の中のものをお茶で流し込む、


「わかってますよ、波瀬さんと山口さんに迷惑は掛けません、また面白い話しあったら教えてくださいね」


 食べ終わったトレーを持って哲也が立ち上がる。


「テレビは直ぐに見れるように今から婦長さんに頼みに行きますから安心してください」

「頼んだよ哲也くん」

「やっぱ哲也くんは頼りになるなぁ、今晩のドラマ見れないところだったよ」


 トレーを返しに行く哲也の背に2人が調子の良い声を掛けた。



 C棟の1階にあるナースステーションから20インチのテレビを抱えた哲也が出てくる。


「テレビはどうにかなったけど……1週間以内にまた騒いだら僕も連帯責任で怒られるって最悪だな、波瀬さんたちにはきつく注意しとかないとな」


 愚痴りながら波瀬たちの大部屋にテレビを運んで設置した。


「これでよしっと……んじゃ白石さんに挨拶でもしに行くかな」


 挨拶と言いながら棚女の話しを聞きに行くつもりだ。


「白石七菜香さん、棚女か…… 」


 213号室のドア横に付いているネームプレートを確認して呟いた。


「哲也さぁん、何してるんですか? 」


 ドアをノックする寸前、後ろから声を掛けられて哲也がビクッと振り返る。


「はっ、早坂さん」


 看護師の早坂萌衣はやさかめいが怖い顔をして立っていた。


「ちっ、違うんです」


 早坂が訊く前に哲也の口から言い訳が飛び出した。


「何が違うのかなぁ~~、何にも訊いてないのにおかしいわねぇ」


 戯けているような可愛い声だが早坂の目が物凄く怖かった。


「ちっ、違うんです……噂を聞いたから……たっ、棚の……棚女の話を……それで…… 」


 焦りまくってしどろもどろになっている哲也を見て早坂の表情が緩んでいく、


「まったく哲也さんは…… 」


 呆れて普段の表情に戻った早坂を見て哲也がほっと息をついた。


「すみません……でも棚女なんて聞いたら気になるじゃないですか」

「うん、確かに気になるわよね、仕方ないなぁ」

「教えてくれるんですか? 」


 哲也の顔がパッと明るくなる。


「白石さんは時々暴れるから哲也くんにも直ぐに知られると思うから話しておくわね」


 哲也の手を引っ張って階段の近くの窓辺に連れて行くと早坂が教えてくれた。



 白石七菜香しらいしななか26歳、丸い顔にふくよかな体をした優しそうな女性だ。俗に言うぽっちゃりタイプである。元々神経質な性格だったが幽霊が出ると騒ぎ出して磯山病院へ入院してきた。何でも棚や机の上などに置いてある物を幽霊が勝手に動かしたり落としたりするらしい。

 病状は自律神経失調症と強迫性障害だ。神経質で物が決まった場所にないとパニックを起す。元から神経質だったが病的と言うほどではない、白石が病的と言うほどの神経質になったのは棚女の所為である。


「初日は棚女が出るって何度もナースコールで呼ばれて大変だったわよ、今は眠剤飲ませてるから深夜に騒ぐことは無くなったみたいだけど…… 」


 早坂がジロッと哲也を睨み付けた。


「だから幽霊とか変な話しして怖がらせるような事しちゃダメだからね」

「わかってますよ、怖がらせたりしませんから安心してください」


 満面の笑顔でこたえる哲也を見て早坂が溜息をつく、


「話しを聞くくらいならいいけど何かあったら本気で怒るからね」


 哲也の行動などお見通しだ。念を押すと早坂は階段を下りていった。


「さてと……棚女ってどんなのだろ? 」


 舌の根も乾かぬうちに哲也は白石の部屋のドアをノックする。


「何か用ですか? 」


 ドアを少し開けて白石が顔を見せた。


「急にすみません、僕は中田哲也といいます。警備員です。新しい患者さんが来たと聞いたので挨拶に来ました。夕方と夜の10時と深夜の3時頃に見回りをしているので夜中に廊下などで会っても怪しい者じゃないので安心してくださいね」

「警備員さんね、わかったわ」


 愛想を振りまく哲也の前で素っ気なく言うと白石は頭を引っ込めた。

 閉めようとしたドアに手を掛けて哲也が止める。


「ちょっ、待ってください」


 まだ何かあるのかと白石が怪訝な目で哲也を見つめる。


「棚女の話しは聞きました。患者さんたちの安全を守るのも警備員の仕事です。だから何かあれば何でも相談してください……それで棚女の話を詳しく聞きたくて来ました」


 用心深いと言うか、疑い深そうな白石に哲也が話を切り出した。


「棚女を退治してくれるの? 」


 白石の怪訝な顔がすっと緩んだ。


「退治できるならします。でも相手が幽霊なら僕には何も出来ないかもしれません、だけど何か出来るように力は貸します。何が出来るか相談してください」

「入って、棚女の事を話してあげるわ」


 哲也の真剣な表情を見て信じてくれたのか白石は部屋に入れてくれた。

 そこに座ってと言うように小さなテーブルの向かいにある椅子を指差しながら白石が話し出す。


「夜の見回りで棚女を見たら退治して頂戴、私は出来なかったけど警備員さんなら出来るかもしれないから……初めは怖かったけど今はムカつくのよ、棚女! 」

「退治できるかどうかは分かりませんが協力はしますよ、だから棚女の話を詳しく聞かせてください」


 自己中な性格みたいだと思いながら哲也は腰掛けた。


「わかったわ、全部話してあげる」


 向かいに座ると白石が話し始めた。

 これは白石七菜香しらいしななかさんが教えてくれた話しだ。



 白石はボロいアパートで一人暮らしをしている。30年以上が経つ古いアパートだが壁紙を貼り替えたり風呂やトイレも新築のように綺麗になっている内装リフォーム物件だ。アパートの外見はボロいが近くのマンションより3割ほど家賃が安いので気に入っていた。


 2ヶ月ほど前、仕事の帰りだ。何気なく立ち寄った近所のリサイクルショップで棚を見つけた。シンプルなスチールで出来た棚だが水色に塗られていて所々に花柄模様が掘られていてお洒落なものだ。


「1000円か……運んで貰って2000円くらいで済むかな」


 白石は部屋の白い壁に合うと思った。飾り気のない方が置いた物が引き立つと直ぐに買うと棚の値段と同じくらいの送料を払って店の人に運んでもらい部屋に置いた。


「結構汚れてるわね……でも綺麗、店で見たより良い色だわ」


 洗剤を付けて洗う、鮮やかな水色の発色に満足そうに頷いた。


「床に傷が付かないように100均で買ったマットでも敷くか」


 掃除を終えてマットを敷こうと棚の片側を持ち上げる。


「結構重いな……ん? 何? ネジ? 」


 水色に塗られている棚の裏、ボルトが一つだけ銀色だ。


「塗忘れか……まぁ見えないところだから別にいいけど」


 言いながら片側上げた棚の下にマットを持ってくる。見掛けより重いので棚全体を持ち上げるのは無理だ。片側ずつ持ち上げてマットを突っ込むように敷いていく作戦だ。


「よいしょっと……次は反対側だ」


 カラン! 半分マットを敷いて棚を下ろした時に金属が当たったような音がした。


「なに? ネジでも落ちたのかな」


 ネジが外れたのなら大変だともう一度片側だけ持ち上げる。


「指輪……指輪だ! 」


 棚の下、半分敷いたマットの横に銀色の指輪が落ちていた。


「よいしょっと」


 棚をくるっと回して縦向きに置くとしゃがんで指輪に手を伸ばす。


「銀の指輪だ……あっそうか! 」


 先程見た棚の裏で一つだけ銀色に光っていたのはボルトではなくこの指輪だと直ぐに分かった。


「指輪か…… 」


 何気なく左の中指に嵌めてみるとピッタリだ。


「綺麗……純銀だったら5万はするわね」


 指輪を外してテーブルの上に置くと棚の片側を持ち上げて裏を見る。


「やっぱりネジのところに引っ掛かってたんだ」


 棚の裏、止めてあるボルトも綺麗な水色に塗られている。先程一つだけ銀色だったのはこの指輪が引っ掛かっていたのだ。


「ラッキー、棚ぼただ。マジで棚ぼただよ、送料込み2000円で買った棚から銀の指輪が出てきたよ」


 浮かれながら棚の下にマットを敷いて位置を合わせて満足気に頷いた。


「よしよし、棚も出来たし……次は指輪だ」


 指輪を持ってキッチンの流しに立つと食器用洗剤を付けて丁寧に洗う、


「よしっ、綺麗になった」


 自分の手も洗うと指輪を拭いて左の中指に嵌める。


「ピッタリだわ、この指輪、私の指にピッタリよ」

『ピッタリだわ、私の身体にピッタリよ』


 自分の声と重なるように女の声が聞こえたような気がした。


「なに? テレビか…… 」


 付けっぱなしのテレビからバラエティー番組の笑い声が聞こえてきた。


「ピッタリだし金なら売ってもいいけど銀はそれ程お金にならないからこのまま私が使おう、私のものになったのも運命だ。棚ぼたラッキーだ」


 指輪を外すとアクセサリーを入れている引き出しの中へと仕舞った。



 あつらえたように指にピッタリな指輪を気に入って白石はちょくちょく指輪を付けて出掛けるようになった。


「コンビニ弁当でいいか」


 仕事帰りコンビニに寄って夕食を買うとキャンペーンでクジを引かせて貰えた。


「あれ? 」


 左手をクジの入った箱に突っ込んだ白石が思わず首を傾げた。白石は右利きだ。何気ない動作にも右手が先に出る。今まで何度かクジを引いたことはあるが全て右手だ。自然と右手が出るのが当り前だ。だが今は左手がクジの箱の中に入っていた。無意識に左手が出るなど初めてで驚いたのだ。


「まぁいいか」


 不思議に思いながらもそのまま左手でクジを引いた。


「3000円の商品券の当たりです」


 コンビニの店員が『良かったですね』と言うように商品券を差し出した。


「ありがとうございます」


 普段ならコンビニ店員に礼など言わない白石だが嬉しくてペコッと頭を下げて店を後にした。



 土曜日、職場の同僚と映画を見に行った。友人の少ない白石が連れだって出掛けることは余りない。


「少し早く着いちゃったな…… 」


 待たせると悪いと思って時間に余裕を持って出たのだが待ち合わせ場所の駅前に20分ほど早く着いてしまった。


「コンビニで立ち読みでもするか…… 」


 駅の近くのコンビニへと歩き出した白石の目に宝くじ売り場が見えた。道路の向こうだ。


「ん? 」


 左手を引っ張られた感じがして振り向くと同時に信号が青に変わる。


「宝くじでも買ってみるか」


 青信号の横断歩道を渡って向こうにある宝くじ売り場へと足が向かった。


「え~っと……ナンバーズだな」


 宝くじなど年末のジャンボくらいしか買ったことのない白石の左手がナンバーズ3の用紙に伸びていた。三つの数字を選ぶクジだ。


「え~っと…… 」


 どの数字にしようかと考えていると左手が勝手に動いてマークシート式の数字を塗りつぶしていた。


「へっ? なんで? 」


 じっと見つめる先、左手の中指に銀の指輪が光っていた。

 白石は右利きだ。意識してならともかく無意識で左手に鉛筆を握ることなど有り得ない、だが今はしっかりと左手で握っている。それどころか真っ直ぐ線を引くのも無理な左手で小さなマークシートを綺麗に塗りつぶしていた。


「まぁいいか」


 右手に鉛筆を持ち直すと他のマークシートを塗りつぶしていく、3つ買った3パターンの数字を選んだのだ。


「じゃあ立ち読みでもするか」


 コンビニに行くために信号待ちをしていた白石の目に駅から出てくる同僚が見えた。


「笠原さんも早く来たんだ。後は篠崎さんだけだな」


 コンビニに行くのを止めて同僚の笠原の元へと急ぐ、2人で駄弁っていれば待ち時間など直ぐだ。

 同僚2人と映画を見てショッピングを楽しんで食事をして帰りについた。



 月曜になり職場の昼休み、白石は同僚たちと一緒に近くの定食屋で昼食をとった。


「あっ! 宝くじ買ってたんだ」


 職場近くの宝くじ売り場の前を通って白石が思い出した。


「へぇ何買ったの? 」


 同僚の笠原が訊くと白石が財布からナンバーズ3の券を取り出した。


「ナンバーズか…… 」


 横からひょいっと首を伸ばした同僚の篠崎がクジを持つ白石の手を握り締めた。


「573……これ当たってるわよ、私も買って新聞で当たってるか確認したから数字覚えてるから」


 篠崎はちょくちょくクジを買っているらしい、


「マジ? やったね白石さん」

「ほんとに当たってるの? 」


 喜ぶ笠原の隣で白石は疑い顔だ。


「あそこで確認しようよ」


 篠崎に腕を引っ張られるように宝くじ売り場に行くと券を確認して貰った。

 売り場のおばちゃんが券を機械に通すと当たりを知らせる音が鳴る。


「おめでとう、当たってるわよ、銀行で交換してね」


 おばちゃんが券と一緒に当選確認の紙を渡してくれた。


「10万か……やったぁ~ 」


 ナンバーズ3は当たる確率も他と比べて高いので当選金額は大きくはない、ちょっとした臨時収入に白石のテンションが上がった。


「いいなぁ白石さん、私なんて2年近く買い続けてるけどストレートで当たった事なんてないよ、ボックスなら何度か当たってるけど」


 羨む篠崎の隣で笠原がニヤつきながら口を開く、


「何か奢れ、焼き肉奢れ」


 白石が少し考えてからこたえる。


「そうだな……焼き肉くらいなら奢るよ、その代わり他の人には内緒ね、みんなに奢ったら10万なんて直ぐに無くなっちゃうからね、笠原さんと篠崎さんと私の3人で食べに行こう」

「じゃあ今度の休みは焼き肉で決まりだ」


 遠慮のない笠原を見て白石が笑いながら続ける。


「食べ放題飲み放題の店なら安く付くから他に映画でも奢るよ、土曜に行った時に面白そうなのあったでしょ、あれ見たいから付き合ってよ」

「奢りなら何でも付き合うわよ」


 笑顔の笠原の横で篠崎が考えるように腕を組む、


「でもマジで私ら男っ気ないわね」

「あはははっ、まぁ仕方ないよ、近くに碌な男いないもん」


 笑いながら歩き出す白石に続いて笠原と篠崎も笑顔で歩き出す。



 家に帰った白石が化粧を落としながら顔を洗う、


「うわっ! 」


 鏡に何か映ったような気がして思わず声を上げた。


「気のせいか……誰か後ろを横切ったような気がしたけど……あるわけないか」


 化粧を落として缶ビールを持って奥の部屋に戻る。

 白石の部屋は風呂トイレ別の1DKだ。6畳の部屋と4畳半のキッチンがある。ボロアパートだが近くのマンション相場より3割ほど安くてキッチンも大きいのでお気に入りの我が家である。


「あれっ? 」


 小さなテーブルの上に銀の指輪が転がっていた。


「指輪だ…… 」


 アクセサリーを入れているタンスの引き出しに仕舞ったはずである。


「指輪か…… 」


 指輪を摘まみ上げてじっと見つめる。


「この指輪だ! 幸運を呼ぶ指輪だ」


 思わず声が大きくなった。コンビニのクジを引いた時も宝くじも全て指輪を付けていたのを思い出す。普段使わない左手で、指輪の付いた左手で買ったからこそ当たったのだと思った。


「マジで幸運を呼ぶ指輪だ」


 缶ビールを開けるとゴクゴクと飲みながら指輪を見てニヤついた。引き出しに仕舞ったはずの指輪が何故テーブルの上に出ていたのかなどすっかり忘れている。

 幸運を呼ぶ指輪だと白石は毎日のように付けて出掛けるようになっていた。



 数日経って仕事から帰った白石が着替えるのも忘れて部屋の中で立ち尽くす。


「何? 何なの? 地震でもあったの? 」


 リサイクルショップで買った水色の棚に飾ってあったぬいぐるみと人形や小物などが幾つか落ちていた。


「地震かなぁ~、アパートボロいし…… 」


 愚痴りながら落ちている物を拾って棚の上に飾り直した。

 内装は綺麗にリフォームされているが築30年以上立つアパートだ。普段生活している分には気にはならないが微妙に傾いていて床に置いたボールが転がっていくほどのボロアパートなのだ。



 翌日、仕事から帰った白石が部屋の中で大きな溜息をつく、


「また落ちてるし……昨日より多いし…… 」


 棚に飾っていたぬいぐるみや人形などが半分ほど床に転がっていた。


「中は綺麗だけどボロアパートだから小さい地震でも揺れるのかな」


 地震など無かったはずだと訝しがりながら白石は落ちている物を拾って飾り直した。



 次の日も棚に飾っていた物が落ちていた。


「この棚が揺れるのかなぁ」


 棚を揺らそうと軽く押すがびくともしない、スチール製の棚だ。床が傷付かないようにマットを敷くのに苦労したくらいに重かった。手で少し押した程度で揺れる作りではない。


「棚は大丈夫だ。やっぱ地震かなぁ……こっちじゃ大きく揺れたのかな」


 首を傾げながら落ちていたぬいぐるみや人形を拾う、


「確かこの人形は3段目だったな、こっちの丸いのは一番上だ」


 元の飾ってあった場所に置いていく、


「一寸違うな、もう少し後ろに置いてたな…… 」


 落ちなかった小物入れが後ろにずれているのに気が付いた。


「やっぱり地震だな、あの人形も前にズレてる」


 半分ほど棚に残っていたものの幾つかが前後にズレている。神経質なところのある白石は飾ってあった位置がズレているのが気になって仕方がない。


「こんなものかな……よしっ、終った。飯にしよう」


 綺麗に並べ直すとコンビニで買ってきた弁当と缶ビールをテーブルの上に広げて、テレビを点けて夕食を食べ始める。


「あはははっ、バカだ。こいつバカだ」


 ポテッ! お笑い番組を見ながら食事をしていると後ろで何かが落ちる音が聞こえた。


「へげっ!? 」


 缶ビールを持ったまま振り返った白石の喉から変な声が出た。先程、飾り直したぬいぐるみが床に転がっている。


「ちゃんと置いたんだけどな」


 缶ビールをクイッと飲んでから白石が立ち上がる。


「これでよしっ! もう落ちるなよ」


 後ろの棚に置くとぬいぐるみの頭を撫でた。大きくて丸いので滑って落ちたのだろうと思った。

 座り直すと何事もなかったかのように夕食を食べ始める。


「あははははっ、なにやってんだ。マジでバカだなぁ~ 」

『いらない……違う……くだらない』


 何処からか声が聞こえたような気がしたが自分の笑い声とテレビの音で掻き消されて白石は気にもしない。


「明日は休みだしビールもう1つ行くか! 」


 冷蔵庫へ缶ビールを取りに行こうと腰を少し浮かした白石が固まった。


「何で? 」


 後ろの棚の前、ぬいぐるみや人形などが転がっていた。


「何で落ちてるの? 地震? 揺れてないよね? 」


 頭の中に幾つも疑問符が浮ぶが良い感じに酔ってきて考えることが出来ない、


「まぁいいか」


 深く考えずにぬいぐるみや人形を棚に戻していく、


「少しズレてるな、お前さんはもっと後ろだ」


 酔っていても飾ってある位置が気になるのか何度か直す。元々神経質な性格が棚から物が落ちるというイライラからか少し過敏になっている。


「こんなもんだな、もう落ちるなよ」


 ぬいぐるみの頭をポンッと叩いて缶ビールを取りに行った。



 缶ビール3本で酔っ払ってそのままベッドに潜り込む、


『いらない……違う……くだらない』


 近くで声が聞こえた気がして白石が目を覚ます。


「うぅ……今何時だ」


 枕元に置いていたスマホで時間を確かめる。


「2時か……うぅトイレぇ~~ 」


 怠そうに起き上がってトイレへと向かう足に何かが触れた。


「なん? 」


 明かりの消えた薄暗い部屋の中、目を擦りながら白石が足下を見ると棚に飾り直したぬいぐるみが転がっていた。


「ぬいぐるみ? 」


 ぬいぐるみを拾い上げるとテーブルの上に置く、


「また落ちたのか、朝までそこにいなさい」


 ぬいぐるみの頭をポンポン叩くとトイレへと入っていった。

 トイレを済ませて部屋に戻った白石が動きを止める。


『違う、この棚には合わない』

「誰? 」


 寝惚け眼の先、棚の後ろに動くものが見えた。声も聞こえたように感じた。


「 ……なんだ見間違えか」


 一瞬で目が覚めた白石が視線を下に向けて溜息をつく、


「また落ちてるし……まぁいいわ、朝まで転がってなさい」


 棚に飾ってあったものが落ちて転がっていたが酔って怠いので明日直そうとそのままベッドに潜り込んで眠った。



 昼前まで寝ていた白石が目を覚ます。


「大惨事だ……地震なんて無かったよなぁ」


 棚の前に転がるぬいぐるみや人形を見て溜息をついた。飾っていたものが半分ほど落ちて散らばっている。顔を洗って歯を磨くと着替える前に落ちていたものを棚に飾り直す。


「これは2段目、人形は向こう……ぬいぐるみはこっち」


 棚に置いたものを見回すと1つずつ位置を直していく、


「あんたは少し後ろ、君はもう一寸前だ」


 細かく位置を直している自分がおかしくなって苦笑する。


「相変わらず神経質だな……でもちゃんとしてると気持ち良いからね」


 神経質なのは自覚しているが以前はこれ程でもなかったと思って笑ったのだ。


「シャワー浴びてお昼食べに行くか」


 着替えを持って風呂場へと向かう、


『いらない……気に入らない…… 』


 声が聞こえて振り返る。


「ひゅうぅぅ…… 」


 喉から掠れた悲鳴が出た。

 棚の後ろに女がいた。灰色の人影だ。髪が長いので女に見えた。


「だっ、誰! 」


 気の強いところのある白石は相手が女と思って声を絞り出した。


『うふふっ、ふふふふふっ』


 笑い声と共に灰色の影がスーッと消えていった。


「ふひゅぅぅ……ゆっ、幽霊…………幽霊だ」


 ブルブルと震える白石の手から着替えが落ちていく、棚の前にはぬいぐるみと人形が転がっていた。


「ゆっ、幽霊……幽霊が………… 」


 震える手でテレビを点ける。静けさが怖かったのだ。昼でよかった。夜なら着の身着のまま外へ飛び出していただろう。


「 ……見間違えかな」


 テレビから流れてくる音を聞いて落ち着いてくる。


「一寸飲み過ぎたかな、昨日は3本も飲んだから」


 ハッキリと見たわけではない、灰色の人影だ。光の加減で人のように見えたのかも知れないと思い直す。


「だいたい隙間なんて無いのに幽霊でも立てないよね」


 後ろの壁と棚の隙間は5センチほどしか開いていない、人が立てるスペースなど無いのだ。幾ら幽霊でもこんなところに現われないだろう、見間違いだと改めて思った。


「シャワー浴びてスッキリしよう」


 怖いとは思うが5年ほど住んでいる自分の部屋だ。それまで幽霊など一度も見たことはないし変わった出来事など起きていない、気のせいだと考えるのは当然だ。


 シャワーを浴びて着替えた白石が落ちているぬいぐるみを拾い上げた。


「帰ってくるまでそこにいなさい、滑り止めのマット買ってくるからね」


 丸いぬいぐるみは滑って落ちたのだと思って食事のついでに100円ショップか何処かで滑り止めに使えるものを買ってくるつもりだ。

 落ちている他の人形や小物を拾うとぬいぐるみと一緒にテーブルの上に置いて出掛けていった。



 ファーストフード店で昼食を済ませてショッピングモールを見て回る。100円ショップで滑り止めの付いたシートを買って家に帰った。


「これでよしっと……あんたが落ちなくなったら他のにも買ってくるかな」


 毎回落ちているぬいぐるみと人形に滑り止めの付いたシートを敷いた。旨く落ちなくなったら棚全てに敷こうと考えて試しに買ってきたのだ。


「ふぁ~~あぁ、眠い……昨日飲み過ぎたな」


 白石がベッドの上に転がった。


「明日も休みだし夜はカップ麺でもいいかな…… 」


 今日は土曜で明日は日曜日だ。ダラダラ過せると思うと自然と瞼が重くなる。


『いらない……この棚には合わない…………これもダメ……くだらない』


 いつの間にか眠っていた白石の耳に近くで話すような声が聞こえてきて寝返りを打った。


「うぅ…… 」


 何がいらないのかと白石がうっすらと目を開く、


『違う……いらない……これは合わない……これもダメ』


 棚の後ろに灰色の影がいた。

 白石の寝惚け眼が恐怖に見開く、


『いらない……この棚には合わない……くだらない…………これもいらない』


 飾ってあるぬいぐるみや人形を灰色の人影が棚の後ろから押すようにして落としていく、


「ひふぅぅ~~ 」


 恐怖で声にならない悲鳴が出た。


『いらない…… 』


 棚の後ろにいた灰色の人影が此方を向いた。


「ひぅ、ふひぅぅ…… 」

『ふふふふふっ、綺麗でしょ……綺麗に飾るのよ、うふふふふっ』


 恐怖で動けない白石を見てニヤッと影が笑った。女だ。髪の長い女の影だ。


「ひっ、ひぅぅ……ひぃぅぅ………… 」

『うふふふふっ、綺麗に飾りなさい』


 恐怖から過呼吸を起したような息遣いをする白石を見つめながら女の影は消えていった。


「ひぅ、ひぃ、いやぁ……いやあぁ~~ 」


 ベッドの上で白石が飛び起きる。


「お化けだ……あの幽霊が落としてたんだ。棚に付いてきたんだ……あの幽霊」


 じっと棚を見つめた。その下にはぬいぐるみや人形が散らばっている。


「処分しないと……店に引き取って貰おう」


 時計を見ると午後の6時半だ。


「まだやってるわね、直ぐにでも来て貰おう」


 白石は上着を引っ掛けると部屋を出て行った。



 買ったリサイクルショップへと駆け込んで棚を引き取って貰った。棚を買ってから1ヶ月も経っていないが値段が付くどころか処分費用として500円を取られた。普段の買い物なら文句の一つも言っているところだが一刻も早く処分がしたかったので何も言わずに支払った。

 その日の内に業者が部屋までやってきて棚を運んで行ってくれた。


「くそっ、腹立つ! 1000円で買って運んで貰って1000円、引き取って貰って500円、2500円も掛かったわよ、幽霊が憑いてるなんて知ってたら買わないわよ」


 愚痴りながら缶ビールを開ける。


「でもまぁいいわ……指輪があるからね」


 銀の指輪が入っている引き出しを見つめてニヤッと笑うとビールをグイッと一口飲んだ。

 引き出しから指輪を取り出すと左手の中指に嵌めて腰掛ける。


「幸運の指輪があれば宝くじでも何でも当たるわよ」


 指輪を見つめゴクゴクとビールを飲みながらテレビを付ける。バラエティー番組の明るい音声が流れてきて怖さが薄らいでいく、


「コンビニ寄って何か買ってくればよかった……御飯はカップ麺としてつまみは缶詰があったな」


 キッチンから缶詰を持ってきて摘まみながらビールを飲んだ。


「あははははっ、くだらねぇ~~ 」


 缶ビールを2缶開けていい感じに酔っ払う、


「それにしてもあの幽霊……あんな隙間によく入れたわね、棚女ね、妖怪棚女だ」


 棚も処分したし、酔いも回って恐怖心は無くなっていた。


「この指輪も棚から出てきたのよね……まぁいいわ、これは幸運を呼ぶ指輪だからね」


 指輪も怪しいと思ったが今までの幸運を考えると手放す事など出来ない、幸運を呼ぶ指輪は関係ないと決めつける。


「本当にピッタリだわ、幸運を呼ぶ指輪、私の指にピッタリよ」

『本当にピッタリだわ、私の指輪、貴女の身体にピッタリよ』


 独り言の後に続けて声が聞こえて白石が辺りを見回した。


「なに? 」


 棚女の現われた壁際をじっと見つめるが変わったところは何も無い。


「気の所為か……テレビね」


 酔っていたこともありテレビの音だと納得した。



 5日経った。棚を処分したのが良かったのか女幽霊は出ていない。


「ちゃんとした棚を買うまでそこで待っててね」


 部屋の隅、段ボール箱の中に入れてある人形やぬいぐるみに声を掛ける。給料が出たら新品の棚を買うつもりだ。


「今日は女子会だ。指輪を嵌めていこう」


 仲の良い同僚である笠原と篠崎と自分の3人でちょくちょく女子会という飲み会を開いていた。



 仕事を終えて3人連れだって幾つかある行きつけの店へと向かう、


「んん? 」


 駄弁りながら歩いていた白石の左手が引っ張られ何事かと振り向いた。


「宝くじか…… 」


 引っ張った相手など何も居ない、振り向いた先に小さな宝くじ売り場があるだけだ。


「買ってみるか」


 何かピンときて白石が2人を連れて売り場へと向かう、


「宝くじ買うの? 」


 宝くじには興味の無い笹原の隣で篠崎が財布を取り出した。


「私もナンバーズ買おうかな」

「う~ん、スクラッチか……私はスクラッチにする」


 ナンバーズの数字を選んでいる篠崎の横で白石がスクラッチクジを買う、


「5枚ください」


 スクラッチクジを5枚買った白石とナンバーズを買った篠崎を笠原が呆れ顔で見つめる。


「あんたらそういうの好きだねぇ」

「当たったら今日の飲み会奢るわよ」


 ニヤッと意味ありげに笑う白石に続いて2人が歩いて行った。


 行きつけの店で飲みながら白石が先程買ったスクラッチクジを擦る。


「あっ! 」


 3枚目を擦っていた白石の手が止った。


「当たりだ……5万当たったよ」

「マジ? 」

「凄いわね」


 向かいで飲んでいた笹原と篠崎が首を伸ばして当たり券を見つめた。

 驚く2人を見て白石がニヤッと笑う、


「この指輪の御陰よ、幸運を呼ぶ指輪なのよ、この前のナンバーズもこの指輪の御陰で当たったのよ」


 自慢するように左手に嵌めた指輪を見せながら白石が手に入れた経緯を話し始める。ついでというように棚女の事も話した。


「いいなぁ~~、私も欲しいなぁ~、幸運を呼ぶ指輪」

「怖っ! 棚女怖! 」


 話しを聞いて羨ましがる篠崎の横で笹原は怖そうに顔を顰めた。


「その指輪もヤバいんじゃないの? 」


 顔を顰める笹原の隣で篠崎が悪い顔で笑う、


「横領罪じゃないの? 指輪じゃなくて棚を買ったんでしょ? 」


 妬むような篠崎を見て白石が声を出して笑い出す。


「あははははっ、大丈夫よ、新品ならともかく中古よ、リサイクルショップで買ったんだからね、棚と一緒に指輪も買ったって事よ、だから犯罪じゃないわよ、ちゃんと調べなかった店が悪いのよ、だいたい店に売った人も棚の下に指輪が挟まってるなんて知らないで一緒に売ったんだからね、それを店がそのまま売って私が買ったんだからこの指輪は私のものよ」

「笑い事じゃないわよ、私が言ってるのは棚女は大丈夫なのかって事よ、幽霊が出る棚に挟まってた指輪なんでしょ? 」


 心配そうな笹原の向かいで白石が『大丈夫』だと手を振る。


「心配無いわよ、棚を処分してから棚女は出てないから、棚に取り憑いてる妖怪か何かじゃないの棚女」

「棚に置いた物を落とす妖怪か……変な妖怪だな棚女って」


 呟くように言った篠崎の言葉がツボに嵌まったのか白石が大笑いだ。


「あはははっ、最初はビビったけどよく考えたらバカな妖怪だよね」

「漫画とかに出てきそうだよね棚女」


 話しを信じていないのか篠崎もからかい口調だ。


「あははははっ、棚女ってピッタリだな、今日は飲もう、宝くじ当たったし今日は私の奢りだからね」

「やったぁ、ゴチになりまぁ~す」


 白石を見つめて笹原が険しい顔で口を開く、


「一度お祓いでもした方がいいわよ」


 3人の中で1番年上の笹原が心配するように言うが白石も篠崎も話しを聞かずに2人で盛り上がっていた。



 翌日、土曜日だ。スクラッチクジの当選金で新品の棚を買って人形やぬいぐるみを飾った。

 白石が棚に飾った品々を見回して納得した様子で何度も頷く、


「やっぱ新品はいいわね、前の棚も良かったけど……棚女さえ居なきゃ捨てなかったんだけどね、まぁいいわ、この指輪があれば怖い物なしよ」


 左手の中指に嵌めた銀の指輪を掲げるようにして見つめながらニヤリと笑った。6日目になるが棚女は現われていない、白石は過去のものと、怖がるよりバカにしていた。


 その夜、白石が寝ていると声が聞こえたような気がして目が覚めた。


『いらない……この棚には合わない……違う…………これもダメ』


 目を擦りながら白石は声のする方へ寝返りをして向き直る。


「しぅぅ…… 」


 驚きに息を詰まらせたような悲鳴が出た。


『違う……これも合わない……こっちもダメ…………こんなのいらない』


 新しい棚の後ろに灰色の人影が居た。


「ひぅうぅ…… 」


 叫びを上げようとした白石の体が痺れたように動かなくなる。金縛りだ。


『いらない……違う……これはダメ…………こっちもいらない』


 固まって目が離せなくなった白石の見つめる先で灰色の女の影が棚の後ろから飾ってあるものを突っつくようにして落としていく、


「うっ、うぅぅ…… 」


 白石はどうにか逃れようとするが金縛りは解けない、怯えながら見つめる先で棚女が物を落としていく、何分経っただろうか? おかしな事に気が付いた。前のスチール棚と違い新しい棚は木製で後ろが塞がっているタイプだ。後ろに居るとして見えるはずがないのだ。だが棚女の灰色の影は棚の後ろから透けたようにハッキリと見える。


「おっ、お化けだ…… 」


 金縛りが解けたのか白石の口から飛び出した言葉に反応するように棚女が向き直る。


『この棚も気に入ったわ……うふふふふっ』


 灰色の影のような顔の目だけを赤く光らせて言うと棚女はスーッと消えていった。

 白石がバッと起き上がる。


「きゃあぁあぁ~~…………あぁ……なんで……なんで出てくるのよ」


 悲鳴を上げた後、床に散らばる人形やぬいぐるみを見て白石が呆然と呟いた。

 また出てこないかと恐怖に暫く震えていたがいつの間にか眠っていた。



 翌日、昼前まで眠っていた白石は起きると食事も取らずに近くの神社へと行ってお祓いをして貰った。


「これでいいはずよ」


 神主に言われた通りに玄関前の柱と棚の裏に御札を貼る。棚女のことを相談してお祓いもしてもらい白石の恐怖心が消えていた。

 念のためにその夜は枕元に御守りを置いて眠りについた。


「よかった……これでもう安心だわ」


 目を覚まして1番に棚を見るが飾ってある物は落ちていない、棚女も現われなかったのでお祓いが効いたのだと心から安堵した。



 月曜日になる。白石は銀の指輪を左中指に嵌めて職場へと向かった。

 昼休みが終り暫くして仲の良い同僚の篠崎が上司に怒られる。何でも資料のデーターを誤って消してしまったらしい。

 横目で怒鳴られている篠崎を見ていた白石の左手が勝手に動いて目の前にあるパソコンのフォルダを一つ開いた。


「あっ!? 」


 思わず声が出た。篠崎が怒鳴られている原因となっているデーターがそこにあった。篠崎が誤って消したデーターのコピーを取っていた事を白石自身も忘れていた。


「あります! データーなら私のPCに入ってます。先週、篠崎さんと一緒にチェックした時にコピー取ってました」


 白石が大声で言うと泣きそうだった篠崎が駆け寄ってきた。


「本当白石さん? 」


 モニター画面を覗いて篠崎が安堵の息をつく、


「よかったぁ~~、ありがとう白石さん」


 怒鳴っていた上司も怒りを収めて良かったと2人を褒めた。

 白石がじっと左手の指輪を見つめる。


「マジで幸運を呼ぶ指輪だ」


 古い棚を処分しても棚女が出てきたのは指輪の所為かもしれないと疑っていた考えも吹き飛んだ。お祓いをして安心したこともある。この指輪は絶対に手放さないと誓った。



 その日の夜、白石は苦しさに目を覚ました。


「くぐぅぅ…… 」


 喉から呻きが漏れた。灰色の影のような女が跨って首を絞めていた。


『何故捨てた……私の棚………… 』


 棚女だ。白石は直ぐに分かった。


「がっ、がぐぅ…… 」


 苦痛に顔を歪めながら白石が枕元に置いてあった御守りに手を伸ばす。


『札なんて効かない……棚の代わりに貴女を貰うわ』


 灰色の影のような顔の目を光らせ、ヌメヌメとした赤い口を横に広げてニタリと笑う棚女を見つめながら白石の気が遠くなる。



 窓から日が差して白石が目を覚ます。


「うぅ……棚女が……棚女! 」


 ベッドの上で飛び起きた白石が部屋を見回す。


「 ……夢か……よかったぁ~~ 」


 安堵の息をついた。新しい棚からは何も落ちてはいない、棚女が出たのなら飾ってある物を落としているはずだ。


「お祓いをして貰ったんだし出るわけないわよね」


 変な夢を見たと苦笑すると普段通りに着替えて仕事に向かった。



 仕事を終えて家に帰るとシャワーを浴びてコンビニ弁当と缶ビールで夕食を済ませてテレビを見ながらスマホを弄る。


「ふぁ~~あぁ、もう寝るか」


 眠気を感じて普段より1時間ほど早くベッドに潜り込んだ。

 どれくらい眠っただろうか? 声が聞こえたような気がして目を覚ます。


『いらない……これもダメ……棚にはあわないものばかり………… 』

「うぅん……何が………… 」


 寝返りを打った白石の目に棚の後ろから飾ってあるものを突っついて落とす棚女が見えた。


「すひぃ~~ 」


 喉を鳴らす笛のような悲鳴が出た。それに反応するように棚女がずいっと前に出てくる。


「ひふっ! 」


 逃げようとした白石の全身に痺れが走る。金縛りだ。


『うふふふふっ、棚には合わないものばかり…… 』


 棚女は棚をすり抜けるように出てくるとベッドの脇に立った。


「ひぅぅ…… 」


 恐怖のためか、金縛りのためか、白石は叫びたいが声が出ない。


『私の棚を捨てたのね……この部屋に合わないから捨てたのね……貴女も合わないわ…………この部屋には貴女もいらない………… 』


 ベッドで身を固くする白石に棚女が腕を伸ばしてくる。


「しぃぃ…… 」


 白石は助けてくれと目で必死に訴えることしか出来ない。


『貴女の身体は貴女に合わない……でも私ならピッタリよ、だって指輪がピッタリだもの……だから身体を頂戴…………私の棚を捨てた代わりに貴女の身体を貰うわ』


 棚女の手が白石の頬に触れた。


『うふふふふっ、貴女を貰うわ』


 声が頭の中に響いた。耳ではなく直接頭の中に聞こえてきた。同時に何かが頭に入ってくるような感覚がする。高熱を出してぼーっとした頭の中にモヤモヤした何かが広がっていくような気がした。


 その時、枕元に置いていたスマホが着信音を鳴らした。同時に金縛りが解ける。


「いやぁあぁぁ~~ 」


 悲鳴を上げて白石が飛び起きる。


『もう少しだったのに…… 』


 目の前に恨めしそうに睨む棚女がいた。


「ひぃぃ……いやあぁぁ~~ 」


 叫びを上げて白石が部屋から逃げ出した。


 アパートの外で騒いでいる白石を警察官が押さえ付ける。近所の人が通報したのだろう、そのまま白石は警察に保護された。

 譫言うわごとのように『棚女』と呟く白石は心神耗弱しんしんこうじゃくだと判断されて心療内科を勧められた。

 幽霊の話しなど誰も信じてくれない、自身ですら本当にあった事なのか確証が持てなかった白石は警察に言われるまま暫く入院する事に決めたのだ。

 これが白石七菜香しらいしななかさんが教えてくれた話しだ。



「あの時、電話をしてくれたのは篠崎さんなの、昼間の御礼が言いたかったって……あの電話がなかったら私はどうなっていたか………… 」


 話しの最後に付け加える白石の顔は真っ青だ。


「それで今でも出てくるんですか棚女」


 哲也が訊くと白石がコクッと頷いた。


「ここに入院してからも出てくるわ…… 」


 白石は立ち上がると病室の壁際に飾ってあるぬいぐるみや人形の位置を直し始める。


「ここに置いてある人形とかぬいぐるみを落とすのよ、似合わないって言ってね、他にもテーブルの上に置いてたテレビのリモコンとか薬の袋を落とされたこともあるわ」


 神経質そうに置いてある人形や鏡や花瓶などを並べ直すのを見て哲也は病的だと思った。


「棚女か……怖いっすね」


 顔を顰める哲也を見て白石がニヤッと笑う、


「もう慣れたわよ、怖いけどそれ以上に腹が立つわ、棚を捨てたからって私に取り憑くなんておかしいわよ、だいたい棚も捨てたんじゃなくて元のリサイクルショップに返しただけよ、それなのに……元の棚に憑いてればいいじゃない棚女なんだから」


 椅子に座っている哲也の後ろに白石が立った。


「だから棚女を退治したいの、手伝ってくれるわよね」


 後ろから哲也を抱き締める。白石の大きなおっぱいが哲也の頭を包み込んだ。


「はぁあぁ…… 」


 気持ちの良い感触に哲也が思わず声を出す。


「警備員さんが手伝ってくれるなら退治できるかも知れない、先生も親も信じてくれなかったけど警備員さんは信じてくれたみたいだから……だから手を貸して」


 白石が抱き付きながら顔を哲也の頭に近付ける。


「手伝ってくれたら何でもしてあげるわよ」

「なっ、何でもって…… 」

「ふふふっ、私を好きにしていいわよ」

「白石さんを好きに…… 」


 哲也の頭にエロい想像が浮んだが同時に香織や早坂の怖い顔も浮ぶ、返事をしようとした哲也の目に白石の左手に付いている銀の指輪が映った。


「その指輪ですか? 棚から出てきたって指輪って」


 抱き付いていた白石が離れる。


「そうよ、幸運を呼ぶ指輪よ、私の宝物よ」


 白石が見せびらかす指輪に哲也は嫌な気配のようなものを感じた。


「その指輪も供養した方がいいですよ、たぶん棚女と何か関係があると思います」

「何を言っているの! 指輪は関係ないわよ、この指輪は悪い事なんて何もないのよ、クジが当たったり篠崎さんを助けてくれたり良い事しかないのよ、棚女とは関係ないわ」


 白石が烈火の如く怒り出した。

 ビビリながらも哲也が続ける。


「でも棚女が憑いてる棚から出てきたのなら関係あるかも知れないですし…… 」

「関係ない! 指輪は関係ないわよ、幸運を呼ぶ指輪なのよ、棚女なんて関係ないわよ、この指輪があれば私は幸せになれるのよ」

「でも一度神社とかでみてもらった方が…… 」

「煩い!! この指輪は私のものよ、誰にも渡さないわ、出て行って、もう話しは終わりよ、さっさと出て行け! 」


 怒鳴る白石から逃げるように哲也は部屋から出て行った。


「自律神経失調症と強迫性障害か……指輪がないとダメだって強迫観念に取り憑かれてるな、でもあの指輪はヤバいぞ」


 廊下を歩きながら哲也が独り言だ。怒るのは白石も指輪がヤバいと気付いているからだ。気付いていても指輪が起す幸運が惜しくて自身を誤魔化しているのだと哲也は思った。



 その夜、深夜3時の見回りで哲也がC棟へと入っていく、


「5階は異常無しっと」


 いつものように最上階から下りながら各フロアを見て回る。


「何だ? 白石さんは睡眠薬でぐっすり眠ってるはずだけど…… 」


 2階の213号室、白石の部屋からボソボソと声が聞こえたような気がして哲也が立ち止まった。


『いらない……貴女はいらない』


 ドアに顔を近付けて様子を伺うとか細い声が聞こえた。

 入院初日に棚女が出ると何度もナースコールを押して看護師を呼んだので白石には少しキツめの薬が処方されて夜はぐっすりと眠っているはずだ。


 薬飲んでないのかな? 夜10時の見回りでは何もなかった。


「白石さん、入りますよ」


 軽くノックをしてからドアを開けた。


「なっ、白石…… 」


 ベッドの上に女がいた。初めは白石だと思ったが直ぐに違うことに気が付く、


「棚女…… 」


 哲也の口から自然に飛び出した。寝ている白石の上に女が跨るようにして首に手を伸ばしている。モノクロ写真から抜け出てきたような色の付いていない女だ。


『いらない……この身体に貴女は合わない……だから私が貰うわ』

「ひゅぅぅ………… 」


 ボソボソと話しながら棚女が白石の首を絞めている。白石も起きているらしく空気を漏らすような悲鳴を上げていた。


「なっ、何してるんだ! 」


 白石の悲鳴を聞いて気を取り直した哲也が叫ぶと棚女がくるっと首だけを回して振り向いた。


『私の棚を捨てたのよ……だから……だから棚の代わりに身体を貰うの』


 モノクロ写真のような灰色の顔、その目を赤く光らせて口から赤黒い涎を流しながら棚女がニタリと笑った。


「しっ、しら……白石さんから……はっ、離れろ! 」


 絞り出すように震える声を出すが哲也は恐怖に足が竦んでいた。


『指輪…… 』


 棚女が視線をテーブルに向ける。誘われるように哲也も見るとベッド脇のテーブルの上に銀の指輪が置いてあった。


『指輪がピッタリなのよ……だから私にも合うわ……この身体』


 哲也が何も出来ないとみたのか、ニタリと笑いながら棚女が白石に向き直る。


「ふっ、ふぐぐぅぅ………… 」


 首を絞められている白石がビクビクと痙攣をはじめた。


『大事な棚より大事な指輪……貴女に棚は合わないけど指輪はピッタリだわ…………私の指輪……私の身体…… 』


 棚女が白石に顔を近付けていく、


「やっ、止めろ!! 」


 ヤバいと思ったのか哲也が棚女に掴み掛かろうと飛び出す。


「白石さんから離れろ! 」


 ベッド脇のテーブルにぶつかって倒しながら哲也は白石の首を絞める棚女の腕を掴んだ。


『私の指輪が………… 』


 悲しそうに哲也を見つめながら棚女がスーッと消えていった。


「がっ、がふっ、ごふっ……たっ……助かった…………助かったぁ~~ 」


 苦しそうに咳をしながら白石が上半身を起した。


「白石さん大丈夫か? 」

「だっ、大丈夫……ありがとう警備員さん」


 心配そうに顔を覗く哲也を見て白石が苦しげに息をつきながら礼を言った。


「指輪が……警備員さんの言った通り……あの指輪も棚女の指輪だったみたい……私の指輪だって言いながら私の中に入ってこようとしたのよ」

「やっぱり…… 」


 険しい顔をして哲也が振り向くがテーブルが倒れて置いてあった指輪が見えない。


「指輪は? 」


 何処へ落ちたのかと探す哲也は自分の右足が何かを踏んでいる感触に気が付く、


「あっ! 」


 まさかと思いながらバッと右足をどけるとひしゃげた指輪があった。

 棚女をどうにかしようと必死だったので倒したテーブルから転がった指輪を踏ん付けたことに気が付かなかったのだ。横向きなら潰れなかっただろうが縦に踏んでしまい指輪はぐにゃりと楕円に変形していた。


「ごっ、ごめん…… 」


 ひしゃげた指輪を摘まみ上げて白石に見せる。


「本当……マジでごめんなさい」


 白石の顔が険しく変わったのを見て哲也が頭を下げた。


「私の指輪が……幸運の指輪が………… 」

「本当にごめんなさい」


 頭を下げたまま再度謝る哲也の肩に白石が手を掛ける。


「警備員さんは悪くないわ、私を助けてくれたんだから……それに指輪も棚女のものってわかったら怖くて付けてられないわ、幸運は正直惜しいけど棚女に殺されるよりましよ」


 白石に促されるように哲也が頭を上げた。


「これで良かったのよ、もう棚女は出てこないような気がするわ」

「僕もそう思います。じゃあ見回りがありますので」


 白石のほっとしたような笑みを見て哲也は部屋を出て行った。



 白石や哲也が感じた通り棚女は出てこなくなった。潰れた指輪からは嫌な気配は消えていた。全て指輪の所為だと哲也は納得する。

 1週間ほどして白石は元気に退院して行く、


「お祓いして貰ってからこの銀を使ってまた指輪でも作るわ」


 退院当日、潰れた指輪を見せながら白石が笑った。


「図太いというか…… 」


 呆れ顔で白石を見送った哲也が続ける。


「まぁいいや、偶然でも今回は助ける事が出来たんだからな、本当に良かったよ」


 晴れ晴れとした顔で哲也は青い空を見上げた。



 今回の出来事を哲也が思い返す。

 棚に執着した幽霊だと思っていたが実は棚ではなく指輪に憑いていた霊だ。指輪に思いを残した霊がいつの間にか妖怪のようになったものだろう。

 大切な人に貰ったものか、大切な思い出の詰まった指輪なのだろう、男には分からない念のようなものが籠もっていたのかも知れない。


 白石は棚からぼた餅と喜んでいたが哲也は『棚からぼた餅』ではなく『棚に上げる』だと思った。棚女の棚から出た指輪だ。怪しいと思ったが指輪の起す幸運に気を取られて幽霊の事をないがしろにして棚に上げたのだ。

 その結果、棚女がものを落とす事に苛ついて元々の神経質が更に進んで置いてあるものの位置まで寸分たがわぬようでないといけないと強迫観念に取り憑かれたのだろう、強迫性障害という心の病に陥ったのだ。


「棚女か……何か悪いことをしたみたいだな」


 悲しそうな目をして消えていった女幽霊を思い出して哲也は悪かったと手を合わせて謝った。

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