第十五話 後ろ
普通の人間はどんなに頑張って首を曲げても真後ろは見えない、手足も後ろへの攻撃に使うようには出来ていない、人間含めて多くの生物は後ろが死角となる。
不意な攻撃を受けても前や横なら咄嗟に反応出来るが後ろはワンテンポ遅れるのだ。だからこそ襲う側になれば後ろから狙う事が多い、従って死角になる後ろは本能的に恐怖の対象となる。
後ろが見えないことや咄嗟に反応できないことを使った遊びや悪戯も多い、後ろからそっと近付いて足の膝裏を押す『膝カックン』や後ろから背や肩を叩いて振り向いた頬を突っつく悪戯などはした事がある人も多いだろう。
今の子供はどういう遊びをしているのかは知らないが昔の子供なら後ろの正面だあれの『かごめかごめ』や鬼が振り向かない間に近付く『だるまさんが転んだ』など後ろが見えない事を利用した遊びをした事があるだろう。
誰も居ないのに後ろから視線や気配を感じる事はよくある。その殆どが錯覚だ。
ホラー番組を見たり怪談などを聞いて怖くなったり、ストレスや疲れが蓄積したときなど、何れも神経が過敏になっていて少しの空気の流れでも感じとって視線や気配に脳内で変換してしまったりする。
だが全て錯覚だと決めつけるのは早計である。勘の鋭い人なら遙か遠くの視線を感じとる事が出来る。振り返って見て誰も居ないのにおかしいと、気のせいかと思い込むが実は遠くから誰かがじっと見つめていたなどの経験をした人もいるだろう。
心を病んで恐怖や不信感から後ろだけでなく周り全てが気になり何度も振り返る人もいる。哲也が出会った人も後ろを怖がっていた。後ろから男が顔を出すのだという。
昼食を終えた哲也が長い廊下をぶらついていると看護師の香織が私服姿の女を連れてくるのが見えた。
「新しい人だな」
大きな紙袋を下げた20歳半ばといった様子の女を見て新しい患者だと直ぐにわかった。
結構可愛いかも……、向かいから歩いてくる女を見て哲也の頬が緩んでいく、
「何だ? 」
香織と話をしながら歩く女が度々後ろを振り返るのを見て哲也が何かあるのかと長い廊下をじっと見る。
さっきから何を気にしてるんだろう? 香織や女の後ろ、長い廊下の先には別に変わった所はない、数人の患者が駄弁っているだけだ。
「哲也くん、丁度よかったわ、この人は片平さん、今日から入院するから頼んだわよ」
哲也に気軽に声を掛けた後、香織は隣りにいる片平に振り向いた。
「警備員の哲也くんよ、困った事があれば相談するといいわよ」
香織に紹介されて哲也がペコッと頭を下げる。
「警備員の中田哲也です。哲也って呼んでください、力仕事とか何でもするので何でも相談してください」
哲也が笑顔で挨拶した。間近で見た片平は思った通りの美人だ。
「片平香奈恵です。よろしくお願いします」
値踏みするように哲也を見ていた片平が丁寧に頭を下げた。
「こっ、此方こそよろしくです」
片平の丁寧な仕草に哲也が慌てて頭を下げ返す。
哲也の様子を見て笑いを堪えるよう香織が口を開く、
「それじゃあ行きましょうか」
コクッと頷く片平を連れて香織が哲也の脇を通り抜けていく、5メートルも歩かないうちに片平がくるっと振り返る。
何か言い忘れた事でもあるのかと笑顔で待つ哲也に目もくれず片平は直ぐに前に向き直った。
更に6メートル程進んだ階段の前で片平がまた振り返る。睨むように辺りを見た後で片平は階段を上っていった。
後ろに何かあるのかと哲也も振り返るが変わったものは何もない、格子の付いた窓辺で日光浴しながら駄弁っている患者が数名いるだけだ。
「何の病気かな……落ち着きもないみたいだし」
片平の奇行に騒がないだけましかと思いながら哲也が歩き出す。
「美人だけど一寸苦手なタイプかな……なんか派手な感じがするな、片平さんって、水商売系って感じだ」
入院するので化粧はもちろん髪も染めたりはしていないがおとなしそうな外見と違う何かを片平に感じた。先程の丁寧な挨拶も心からと言うより商売的な感じだと思えた。
「後ろが気になる病気なんてあるのかな? 」
足は自然と香織を追っていた。片平が何の病気か聞くためだ。
階段を上がる哲也の耳に悲鳴が聞こえてきた。
「いやぁあぁ~~ 」
何事かと駆け上がり4階へ出る。
「片平さん大丈夫よ、何も居ないわ」
直ぐ近くから香織の声も聞こえてきた。
「片平さんか」
先程あったばかりの片平が騒いでいるらしい、哲也は慌てて階段の直ぐ横にある部屋に駆け込んだ。
「どうしたんですか? 」
聞くまでもなかった。部屋の真ん中で片平が何かを追い払うように背中に手を回して暴れていた。
「哲也くん、片平さんを取り押さえて」
香織に言われて哲也が片平を抱えるように押さえ込む、
「片平さん、落ち着いてください」
「男が……彼奴が顔を出すのよ…………背中を撫で回すのよ」
哲也の腕の中で片平が暴れる。完全にパニック状態だ。
「彼奴が……ひぅっ、ひっ、ひぅぅ………… 」
暴れていた片平が過呼吸でも起こしたのか痙攣し始めた。
「片平さんをベッドに寝かせて、早く! 」
香織に言われて哲也が慌てて片平を抱えるとベッドに寝かせた。
「片平さん、落ち着いて、大丈夫だから私も哲也くんもいるでしょ、ここは大丈夫、何が出ても何も出来ないわ、男が顔を出しても背中を撫でてもそれだけよ、それ以上は何も出来ないでしょ? だから大丈夫よ」
片平の頭を抱くようにして香織が優しく声を掛ける。
「あっ、あっ、はぁあぁ…… 」
落ち着いたのか片平がベッドの上でぐったりとなった。
何が起きたのかわからず驚いた表情で見ていた哲也に香織が振り向く、
「ありがとう、もういいわよ」
「でもまた暴れたら……香織さんが出て行くまで一緒に居ますよ」
片平も心配だが暴れて香織が怪我でもしたらと哲也が気を利かせる。
「片平さんが着替えるから出て行ってって言ってるのよ」
「えっ? あっ、そうか……今来たばかりで片平さん私服だったな」
香織にキッと睨まれて哲也が慌てて部屋を出て行く、
「片平さんはA棟の400号室っと、階段の横だから何かあれば直ぐにわかるな」
部屋番号を確かめると哲也は階段に腰を掛けて香織が出てくるのを待った。
暫くして部屋から香織が出てきた。
「まったくもう…… 」
笑顔で寄ってくる哲也を見て香織が大きな溜息をついた。
「えへへ、片平さんの事なんだけど…… 」
「被害妄想よ」
愛想笑いをする哲也の前で香織が呆れ顔で言った。
「被害妄想? 男が顔を出すとかって言ってましたけど」
興味津々な哲也を見ていつもの事だと香織が話し始めた。
片平香奈恵26歳、ぱっと見はおとなしそうに見えるが鋭い目付きにキリッとした口元からキツい性格なのがわかる。男の幽霊に取り憑かれていると思い込んでパニックになり発作を起す。なんでも男の幽霊が後ろから抱き付いてきたり、耳元で囁いたり、背中やお尻を撫で回すのだという、近くの心療内科でパニック障害と診断される。暫く治療したが一向に改善しないので磯山病院へ短期入院してきた。
パニック障害とは突然起る激しい眩暈や動悸、息苦しさなどの異常と共に強い不安感に襲われる病気だ。この症状はパニック発作と呼ばれる。いつ襲ってくるかわからない発作への不安のために日常生活への支障をきたす。
他人から見れば焦りまくっているとかテンパっているなど大した事の無いように見える場合があるが病人にとっては命に関わるような不安感に襲われるもので進行すれば鬱病なども併発する厄介な病気である。
「片平さんはキャバクラで働いてたのよ、それでしつこく言い寄ってくる男がいて適当に相手して別れたら男は騙されたって自殺したらしいのよ、その男が出てくるって騒ぐようになって店も辞めさせられてね、妄想か幻覚かわからないけど後ろから男の幽霊が襲ってくるって騒いで警察沙汰になって入院してきたってわけよ」
「それで被害妄想ですか……統合失調症って事ですね」
成る程と頷く哲也に香織が付け加えるように続ける。
「うん、病状からパニック障害って事になってるけど私は被害妄想でパニックを起してるんだと思ってるのよ、いろいろやって男に貢がせてたみたいだから片平さん」
初めて会った時に派手そうだと思った自分の勘が当たって哲也が納得した様子で口を開く、
「男を騙して貢がせるとか、キャバ嬢とかホステスとかってそういう話しよくありますよね」
成る程というように知った振りをする哲也を見て香織がニヤッと意地悪顔だ。
「へぇぇ~、哲也くんキャバクラとか行った事あるんだぁ~~ 」
「なっ、無いですよ……って言うか学生がそんなとこ行ってたら嫌すぎるっす」
慌てて顔の前で『無い』とブンブン手を振る哲也の向かいで香織が声を出して笑い出す。
「あははははっ、知ったように言うからさぁ、一度くらいは行った事あるのかなって」
「一度も無いですよ、そんな遊びする金なんて持ってませんから」
弱り顔の哲也を悪い顔の香織が覗き込む、
「まぁ哲也くんにとってはここもキャバクラと同じように思ってるみたいだけどね」
「何言ってんすか! 」
ムッとした後で哲也が思い付いたように続ける。
「まぁ、香織さんや早坂さんに世良さん、他にも美人が多いっすからキャバクラよりもハイレベルなのは確かですね、しいて言えば…… 」
覗き込む香織を見て哲也がニヤッと口元を歪めた。
「ナース服を着てるからコスプレクラブって感じっす」
「誰がコスプレか!! 」
香織のビンタが飛んできた。
「いってぇぇ~~ 」
頬を押さえて仰け反る哲也が口を尖らせる。
「マジで叩くもんなぁ~~ 」
「叩かれる事言うからでしょ、まったく哲也くんは」
弟を叱りつけるような香織の向かいで哲也が頬を摩りながらボソッと呟く、
「香織さんは女王様のコスプレも似合いそうっす」
怒りか照れか、頬を赤くしながら香織がやり返す。
「女王様って……前々から思ってたけど哲也くんって怒られると喜ぶよね、そっちの趣味があるんじゃないの? 」
「なっ、何言ってんすか! そっちの趣味なんて……いや、待てよ……確かに香織さんや早坂さんや世良さんに怒られるとちょっと気持ち良いかも……いや、間違いなく気持ち良い………… 」
怒鳴った後で哲也の声が直ぐに小さくなっていく、それを見て香織の声が大きくなる。
「変態か! まったく哲也くんは……バカ言ってないで片平さんの事は頼んだわよ、さっきみたいに時々パニック起すから何も無いって、幽霊なんていないって言って落ち着かせるのよ、酷いようだとナースコールを押すのよ」
階段の前で哲也がパッと敬礼した。
「了解っす。女王様の頼みなら何でも利くっすよ」
「誰が女王様だ!! 」
「香織さんはナース服着た女王様っす」
怒鳴る香織から哲也が階段を下って逃げていく、
「まったく哲也くんは……ほんっとに………… 」
ブツブツと愚痴りながら香織も階段を下りていった。
その日の夜、10時の見回りで哲也がA棟の最上階へと上がっていく、
「片平さんにキャバクラの……じゃなかった男の幽霊の話しを聞いてみたいな」
自分の部屋のあるA棟だ。見知った患者ばかりなので呑気に見回っていく、
「きゃあぁあぁ~~ 」
悲鳴が聞こえて階段を駆け下りる。
「私が何をしたって言うのよ! 」
4階の階段横の部屋、400号室、片平の部屋だ。
「何の騒ぎだ? 」
「哲也くん何かあったのかい? 」
「煩いぞ、静かにさせてくれ」
近くの部屋の患者が廊下に出ていた。消灯時間は9時だ。10時という事もあり起きている患者は多い。
「何でもありません、発作ですから、皆さんは部屋に戻ってください」
野次馬に声を掛けると哲也は片平の部屋に入っていった。
「触らないで! 厭らしい……もう止めてぇ………… 」
ベッドの脇で片平が背中に手を回してもがいていた。
哲也は部屋の明かりを点けると駆け寄ってナースコールを押した。
「片平さん、落ち着いてください、何も居ませんから」
「後ろにいるのよ! 男が……男が……彼奴が……背中を撫で回すのよ……後ろから顔を見せて俺のものだって笑うのよ」
騒ぐ片平を哲也が抱くように押さえ付ける。
「大丈夫です。何も居ませんから、落ち着いてください」
「おっ、男が……後ろから……ひっ、ひぅぅ………… 」
哲也の腕の中で片平が過呼吸を起したのか痙攣を始めた。
「ちょっ、片平さん、大丈夫ですか? 」
哲也が慌てて背中を摩る。
「ひぃぃ……背中を……いやあぁあぁ~~ 」
片平が叫びながら哲也を押し退けた。背を摩る哲也を幽霊と間違えたらしい。
「後ろから……彼奴が……うひぃぃ…………ひぅぅ…… 」
「片平さん! どっどうしたら…… 」
ビクビクと痙攣する片平に戸惑っているところへ看護師がやってきた。
「片平さんどうしました? 」
「はっ、早坂さん」
夜勤で待機していた看護師の早坂を見て哲也がほっと息をつく、
「片平さんがパニック発作を起して……過呼吸みたいになって…… 」
「わかったわ、後は任せて」
片平の病状は聞いていたのか早坂が手慣れた様子で処置していく、
「落ち着いたみたいね」
ベッドの上でぐったりとおとなしくなった片平から目を離すと早坂が哲也を見て微笑んだ。
「よくやったわよ哲也さん、流石警備員ね」
「昼間も過呼吸みたいになるのを見てたし、香織さんにナースコールを押すように言われてたから…… 」
褒められて照れまくる哲也を見て早坂が優しい顔で続ける。
「適切な対処だわ、パニック発作を見て逆にパニックを起す人もいるからね」
「僕は知ってましたから……でも初めて見たら慌てると思います」
「そうね、偉いわよ哲也さん」
「じゃあ僕は見回りがありますから」
照れて真っ赤になった哲也が部屋を出ようとするとベッドの上でぐったりとしていた片平が上半身を起す。
「あっ、ありがとう…… 」
「落ち着いた? もう大丈夫よ」
片平に声を掛ける早坂に哲也はペコッと頭を下げると部屋を出て行った。
「えへへっ、早坂さんに褒められたよ」
上機嫌で見回りを再開した哲也がA棟を出て行く、
「片平さんのは妄想みたいだな、男の幽霊なんて見えなかったし変な気配も感じなかったからな」
まだ明かりの点いている4階の片平の部屋を見上げて哲也が呟いた。
翌日の夜10時、見回りをしていた哲也が騒ぎを聞いて片平の部屋に駆け付けた。
寝ていて幻覚を見たのかベッドは酷い有様だ。布団や枕が床に落ちているだけでなくシーツも捲れ上がっていた。
「大丈夫ですか? 落ち着いてください」
昨晩と同じように背中に手を回して何かを追い払おうとしている片平を見て哲也はナースコールを押した。
「彼奴が……男の幽霊が後ろから襲ってくるのよ……後ろから顔を出してお前は俺のものだって言うのよ」
背中を掻き毟るように暴れる片平を哲也が必死に取り押さえる。
「幻覚ですから、何も居ませんから落ち着いてください」
「居るのよ! 男が……彼奴が私を恨んで…………私が何をしたって言うのよ、彼奴が勝手にやった事でしょ………… 」
腕の中で暴れる片平をどうにか押さえ込んだ所へ香織がやってきた。
「片平さん、もう大丈夫ですよ、私たちが居ますから幽霊なんて何も出来ませんよ、だから落ち着いてください」
「あっ、ああ……はぁあぁ……あぁ………… 」
息切れを起した片平を正面から香織が見つめる。
「もう大丈夫ですよ、私を見てください、みんな片平さんの味方ですからね、幽霊が出ても大丈夫ですよ」
「ああぁ…………看護師さん……警備員さんも……ありがとう、そうね、ここなら、この病院なら大丈夫よね」
優しく微笑む看護師を見て落ち着いたのか片平がその場にへたり込んだ。
「そうですよ、何かあっても直ぐに駆け付けるから安心してください」
「はぁぁ……ありがとう、もう大丈夫よ」
座り込んで礼を言う片平から離れると香織が荒れたベッドを整える。
「哲也くん、もういいわよ、ありがとう助かったわ」
「見回りが仕事ですから任せてください」
笑顔でこたえる哲也に香織が出て行けというように手を振った。
「じゃあ、見回りしっかり頼むわよ」
「なっ……わかりましたよ」
体よく追い出されたと思った哲也がムスッとした顔で部屋を出て行く、
「警備員の哲也くんが見回りしてくれているから安心して眠りなさい、何かあれば直ぐに駆け付けてくれるからね」
「警備員さんが……昨日も助けてくれたわ」
「頼りになるのよ、哲也くんは」
「本当に助かったわ、御礼を言わないといけないわね」
ドアを閉めた哲也の耳に片平と話す香織の声が聞こえてきた。
ぐっとガッツポーズをして哲也が軽やかに歩き出す。
「香織さんにも褒められたよ、何かいい事ありそうだ」
根っから単純な哲也は上機嫌で見回りを再開した。
次の日も10時の見回りで騒ぐ片平を取り押さえて看護師を呼ぶ、3日連続だ。
「変な気配は感じないし騒ぐのは起きている時だけだ。片平さんのは只の妄想だな、怪異じゃなくて心の病だな」
看護師に片平を任せて見回りを再開した哲也が階段を下りながら呟いた。
幽霊が出たと騒ぐのは朝や昼間と消灯時間過ぎの10時頃までだ。深夜3時の見回りでは何も起きていないのだ。
どうやら寝ている時はおとなしいらしい、この事から全て妄想からくる幻覚だと哲也は思った。妄想だから起きている時だけ騒ぐのだ。
「僕は夜の10時だけだから楽だけど香織さんたちは大変だな、片平さん朝や昼も騒ぐからな……短期入院って事だから隔離病棟には入れないみたいだし、この先どうするんだろうな」
看護師たちの苦労はもちろん片平自身の事を考えると哲也の口から重い溜息しか出てこない。
朝食を食べ終わり二度寝でもしようと食堂を出た哲也は廊下で騒いでいる患者たちを見つけた。
「片平さんか……まったく」
聞き覚えのある声に駆け付けると哲也は人垣を掻き分けていく、
「片平さん、大丈夫ですか? 何も居ませんから安心してください」
「居るわよ! 男が……彼奴が私の背を撫で回すのよ、俺のものだって……後ろから顔を出すのよ」
背中に腕を回して何かを追い払おうとしている片平が居た。
「大丈夫で……なん? 」
哲也は自分の目を疑った。片平の背をまさぐる青黒い2本の腕が見えた。何かを追い払おうと背中に回した片平の腕の他に半透明の青黒い手があるのだ。
「あれが…… 」
「何やってるの哲也くん! 早く片平さんを止めなさい」
言葉を詰まらせる哲也の横に香織がやってきた。
「わっ、わかりました」
哲也が慌てて片平を押さえ込む、いつの間にか青黒い半透明の腕は消えていた。時間にして10秒ほどしか見ていない。
「男が……彼奴の幽霊が……後ろから私を襲うのよ」
「片平さん落ち着いてください、もう大丈夫ですから」
「大丈夫ですよ片平さん、私たちが付いてますから安心してください」
必死に押さえ込む哲也と優しく話し掛ける香織、2人の間で片平から力が抜けていく、
「かっ、看護師さん……警備員さんも…………ありがとう」
落ち着いた片平を哲也と香織が部屋まで連れて行く、
「もう大丈夫ね、私は池田先生の手伝いがあるから後は頼んだわよ」
哲也に任せると香織は直ぐに部屋を出て行った。
二人きりになった部屋で哲也が話を切り出した。
「片平さん、幽霊の話しを聞かせてくれませんか? 」
先程見た青黒い手が気になった。一瞬だがあれは悪いものだと哲也にはわかった。同時に一瞬だから気配を感じなかったのではないかと思った。
「幽霊の話し……面白い話しじゃないわよ」
顔を強張らせる片平の向かいで哲也が気まずそうに続ける。
「言いたくないなら無理にとは言いませんけど…… 」
気弱な哲也を見て片平の顔が緩んだ。
「いいわよ、警備員さんには何度も助けて貰ってるからね、話しくらい幾らでもするわよ、でも……どうせ聞いても信じないわよ、みんな……誰も信じなかったから、親も病気だって私を入院させたのよ」
怖がらせてはダメだと思ったのか、先程見た青黒い手の事を話したいのをぐっと押さえて哲也が口を開く、
「僕は信じますよ、だから聞かせてください」
「 ……わかったわ」
自嘲するように笑うと片平が話し始めた。
これは片平香奈恵さんが教えてくれた話しだ。
片平が短大を卒業した頃はまだまだ就職難で大卒でも非正規雇用が当り前だった。元来派手な性格だった事もあり片平は少しでも給料のよい水商売へと入っていった。
二十歳からキャバクラへ勤めて6年が経ちベテランのキャバ嬢となっていた片平に男が結婚しようと言い寄ってきた。小さな会社を経営している真面目な男だ。接待で使ったキャバクラで片平に会って一目惚れしたらしい。
男が言い寄るなど慣れっこになっていた片平は真面目な男を騙して貢がせた。プレゼントをねだるのは当然として、借金がある。親が病気になった。事故を起したなど何かと言って金を貢がせたのだ。
片平に入れ揚げていた男は貯金だけでは足らずに会社の金にまで手を付けてしまう、不景気の世にそんな事をすれば当然だが会社はあっと言う間に傾いた。男の会社が危ないとわかると銀行は容赦なく取り立てる。結果、会社は倒産、男は借金まみれとなる。
それでも男は片平となら一緒にやり直せると結婚を迫った。だが片平は金の切れ目が縁の切れ目と男を捨てた。
騙されていたと知った男は片平を恨んで自殺する。当て付けるように片平が勤めていた店のトイレで首を吊って死んだのだ。
借金苦による自殺だ。簡単な事情聴取は受けたが警察は何も言わない、それどころか迷惑を受けたと店が遺族に補償を求め、それが認められた。
男の死など関係ないと片平は嘯く、言い寄ってくる男など掃いて捨てるくらいに居るのだ。店も人気上位にいた片平を咎める事はない、次から気を付けてくれと軽く注意されただけだ。
「騙される方が悪いのよ、下心見え見えで寄ってくる男なんて幾ら騙しても罪にはならないのよ」
新人キャバ嬢に片平が言い聞かせる言葉だ。
男を死地に追いやった自覚はあるが店はもちろん警察も何も出来ないとわかると片平は益々調子に乗って男を騙して貢がせるようになる。
3ヶ月が経ち自殺した男の事などすっかり忘れたある夜、店で客の相手をしていた片平の耳に囁くような声が聞こえてきた。
『俺の女だ……お前は俺のだ…… 』
片平が隣りにいた会社役員らしい男の肩に手を当てた。
「何言ってんのよぉ、そういうのはお得意様になってからよ」
もたれ掛かるようにして甘え声を出す片平を見て男が首を傾げる。
「んん? 俺は何も言ってないぞ」
「またぁ~、とぼけてないでボトルでも追加して頂戴」
胸を押し付けながらねだる片平の太股を撫でながら男が笑った。
「うん? はははっ、ねだるのが旨いな、よし追加しよう」
カウンターに向かって片平が手を振る。
「3番テーブル、ボトル追加ね」
運ばれてきた高級酒のボトルを早速開けると男のグラスに注いだ。
「一寸待っててね、他の女に浮気しちゃ嫌よ」
旨そうに一口飲んだ男の頬にキスをする。
「わかってるって……でも早く戻ってこないと浮気するかもよ」
良い気分で頬を赤らめた男に妖艶に微笑むと片平が席を立った。
「うふふっ、直ぐに戻るわ」
化粧直しにトイレへと入っていった。
「今日の客は羽振りがいいわね、旨く仕留めなくちゃ」
鏡を見ながら片平がニヤッと企むように笑う、小汚い中年男もお金だと思うと幾らでも愛想を振りまく事が出来る。
『俺のだ……お前は俺のだ…… 』
化粧を直して戻ろうとした時、囁く声が聞こえた。
「だっ、誰? ここは女子トイレよ」
バッと振り返るが男どころか誰も居ない、トイレには片平だけだ。
「おかしいわね」
気のせいかと前に向き直る。
「ひふっ! 」
鼻を鳴らすような変な叫びが出た。鏡に映る自分の左肩に男の顔があった。
『俺のだ……お前は俺の女だ……俺の……ひひひっ 』
青白い顔をした男が囁く度に真っ赤に染まった口の中が見える。
「ひぅぅ…… 」
恐怖のあまり動けない片平の背中や尻が撫でられる。
後ろから男が撫でているとわかると恐怖が頂点に達した。
「きゃあぁぁ~~ 」
片平の悲鳴に従業員の男たちが駆け込んできた。
「どうした? 何があった」
「おっ、男が……男が後ろから襲ってきたのよ」
震える声で話す片平を押し退けて従業員たちが探すが男など何処にも居ない。
「カナちゃん飲み過ぎ」
ママの一言でその場が収まった。
そんなに飲んだつもりはないが片平自身も酔って幻覚を見たんだと納得した。
店が終って明け方、片平はタクシーに同僚と相乗りして帰って行く、
「もう、一寸止めてよね」
隣に座る同僚を片平がドンッと叩いた。うたた寝していた同僚が驚いて目を覚ます。
「えっ? なに? あたしが何かした? 」
「さっきからお尻触ってたじゃない、ヤラしいおっさんみたいな触り方で」
仲の好い年下の同僚だ。キャバ嬢の後輩といったところだ。悪戯したのだろうと笑いながら言う片平を見て同僚が怪訝な顔で口を開く、
「カナさん酔ってんですか? お尻なんて触ってませんよ」
「またまたぁ~、とぼけても無駄よ、まぁ私のお尻を触りたくなるのもわからないわけじゃないけどね」
笑いながらペシペシ叩く片平の手を同僚が嫌そうな顔で払い除ける。
「いや、マジで触ってませんから、カナさんのケツ触るくらいなら自分の触りますよ」
「なっ、私のお尻が垂れてるって言いたいんでしょ」
ムッと怒る片平を見て同僚がニヤッと笑う、
「そんな事言ってないですよ、でもどうせ触るならなら若い方がいいかなって…… 」
とぼけ顔の同僚の頬を片平が突っつく、
「お前なぁ~~、私より一寸若いからって調子乗るなよ」
「あはははっ、調子なんて乗れませんよ、ナンバー3に入ってるカナさんに敵うわけないでしょ」
大笑いする同僚をむくれた片平がじっと睨む、
「遠巻きに悪口言ってる? どうせ私は3番ですよ」
「もう、怒らないでくださいよ、ナンバー3でも私たちから見たら遙か上なんですからね」
宥める同僚に片平が抱き付いた。
「うふふふっ、怒ってないわよ、リンちゃんのそういうところ好きだよ」
「もう、やっぱ酔ってるじゃないですか」
抱き付いてきた片平を面倒臭そうに同僚が引き離した。
「酔ってないわよぉ~~、リンちゃぁ~~ん」
また抱き付こうとした片平の目に同僚の後ろのガラスが映る。
ガラスに映る自分の後ろ、左肩に男の顔があった。
「ふひっ!! 」
短い悲鳴を上げる片平を見て男がニヤッと厭らしい顔で笑った。
一瞬で顔が青くなった片平を見て同僚が心配そうに声を掛ける。
「カナさんどうしたんですか? 」
「うっ、後ろ……後ろに男が………… 」
震える声で言う片平の向かいで同僚が振り返る。
「何も無いですよ」
「リンじゃなくて私の後ろよ! 」
呑気に言う同僚に思わず片平が怒鳴っていた。
ビクッと振り返った同僚が片平を見て首を傾げる。
「いや……カナさんの後ろにも何も無いですけど……男なんていませんよ」
「だって…… 」
同僚の後ろ、ガラスを指差すが既に男の姿など無かった。
「だいたい、あたしとカナさんでいっぱいで男が座る場所なんて無いですから、走ってる車の窓の外に居るわけもないですよ、やっぱカナさん酔ってますね」
「でも……だって………… 」
探すように車内を見回した後で片平が続ける。
「だって見たのよ、恨めしそうな男が……本当よ」
「またまた脅かそうとしてぇ、幽霊とか止めてくださいよ」
同僚の言葉を聞いて片平が何度も頷いた。
「ゆっ、幽霊……そうだわ、幽霊よ、幽霊なら消えたのもわかるわ」
「止めてくださいよ、あたし怖い話し苦手なんですからね、幽霊なんて居るわけないでしょ、カナさん酔ってるだけですよ」
バカにされたと思ったのか片平がムッと怒り顔で口を開く、
「酔ってなんかないわよ、本当に見たのよ」
「酔ってないって言うのが酔ってる証拠なんですよ」
「何言ってんのよ! あれくらいの酒で酔うわけないでしょ、何年やってると思ってるのよ!! 」
「ボトル追加させて飲んでたじゃないですか、いつもより飲んでましたよ」
「何言ってんのよ! 」
喧嘩を始めそうな2人を見てタクシーの運転手が間に入る。
「お客さん、見間違えですよ、窓に汚れが付いてたんですよ、窓が汚れてたり曇ったりしてると白っぽく映り込むんですよ、他の車のヘッドライトとか当たるとそれが立体に見えたりするんですよ、人の顔とか手形とか猫とか犬の顔に見えるんですよ、それで幽霊だって騒ぐ人が時々いますからね、全部見間違いですよ」
「見間違い…… 」
まだ納得していないのか顔を顰める片平に同僚が畳み掛ける。
「そうですよカナさん、見間違いに決まってます。幽霊なんていませんよ」
「そうね……見間違いね」
これ以上言い争っても無駄と思ったのか可愛がっている後輩に呆れられるのを恐れたのか片平は作り笑いでその場を収めた。
タクシーが止まった。
「毎度あり、着きましたよ」
タクシーは毎日のように利用しているので殆どが顔見知りだ。
車から降りると同僚と別れる。
「じゃあカナさんまた明日」
「うん、またね」
同僚は少し離れたワンルームマンションに住んでいる。片平は昔付き合っていたパトロンに買ってもらったマンションだ。
5階建てマンションの最上階に片平の部屋がある。2LDKのそれなりの値段がする良い部屋に一人で暮らしていた。
「あぁ~~疲れた」
上着を脱いでハンガーに掛けリビングの壁に吊すと洗面所へと向かう、
「手入れだけはちゃんとしないとこんな仕事してたらカサカサになっちゃうわ」
お湯で化粧を落としてスキンケアをする。顔を洗っているとお尻がギュッと掴まれた。
「きゃあぁ~ 」
叫んで振り返るが何も居ない、
「 ……気のせい」
一瞬だったが確かにお尻をガシッと鷲掴みにされた感触があった。
「気のせいね、疲れてるのよ」
怖いので気のせいだと自身に言い聞かせる。手早くスキンケアを終らせ洗面台の汚れを流していると目の端に何かが映った。
『俺のだ……お前は俺のものだ……俺の女だ………… 』
直ぐ近くで男が囁く声が聞こえた。
『ひひひっ、俺のものだ…… 』
左から首筋に息が掛かった。反射的に顔を上げた片平は見た。鏡に映る自分の頭の横、左肩に青白い顔をした男がニタリと真っ赤な口を横に広げて笑っていた。
「いふっ、ひふっ」
しゃっくりをするような悲鳴を上げて片平が洗面所から飛び出す。
「きゃあぁあぁ~~ 」
悲鳴を上げてリビングのソファの上にしゃがみ込んだ。
震えながら洗面所を見つめるが何も出てこない、身を固くして暫く警戒していたが何も起らない。
「店で見た男だ……幽霊を連れてきたんだ。どうしよう…… 」
怯えながらスマホを出して友達に相談する。殆どが冗談だと思われたが数人が相談に乗ってくれて対策を教えてくれた。
「お清めの塩に盛り塩ね……塩ならあるわ」
いつ買ったかわからない粗塩を台所の棚の奥から持ってくると一つまみして頭の上から振り掛けた。
「あとは玄関に盛り塩をして……お猪口で作ればいいって」
酒を飲むお猪口に塩を詰めて固めるとドアの両端に一つずつ置いた。
「これでいいわ……取り敢えずこれでいいはずよ、夕方、仕事の前にでも神社にいってお祓いしてもらおう」
おまじない的な事をして落ち着いたのか片平は寝間着に着替えるとそのままベッドに潜り込んだ。
普段は消す明かりを点けたままで眠る。寝ている間に幽霊に襲われるなんて御免だ。暫く警戒していたが疲れもあったのかいつの間にか眠りに落ちていた。
翌日、昼過ぎまで寝ていた片平が怠そうに起き上がる。
「気のせいだったのかな? お清めの塩と盛り塩が利いたのかな」
眠っている間に何も起らなかったので全て幻覚なのではないかと思い始めていた。
「気のせいならそれでいいわ」
朝昼兼用の食事を済ますとシャワーを浴びる。
髪を洗っていると何かが背に触れた。頭に手を乗せたまま身を固くしている片平の背中を手が撫で回し始めた。指の感触があるので人の手だとしか思えない。
『ひっ、ひひひっ、俺のだ……お前は俺のものだ……俺の女だ』
左から男の囁きが聞こえた。
「いやあぁ~~ 」
仰け反って逃げるが左には何も居ない、背中を撫でる手の感触もいつの間にか消えていた。
「きっ、気のせいじゃない…… 」
慌てて頭の泡を流して顔を上げた片平が何気なく鏡を見た。
『ひっ、ひひっ、俺のだ……俺のものだ』
左肩に顎を置くように青白い男の顔があった。
「いっ……いやあぁぁ~~ 」
片平は悲鳴を上げて風呂場から飛び出した。
身体を拭くのも忘れてリビングでブルブル震えながら風呂場を見つめる。
「気のせいじゃない……店から幽霊を連れてきたんだ……幽霊………… 」
片平がハッと思い出す。
「彼奴だ……あの男だ」
鏡に映った青白い顔に見覚えがあった。3ヶ月前に店のトイレで自殺した男だ。
「彼奴が化けて出てんだ…… 」
片平の震えが止まった。元々気の強い片平は相手が分かった事で冷静になっていた。
「騙される方が悪いんじゃない……お祓いして追い払ってもらおう」
恐る恐る風呂場に戻り何も居ないのを確認すると身体を拭いて服を着る。
「5万も包めばいいわね」
店に出る用意を済ませるとタクシーを呼んだ。
「この辺りで1番大きな神社に行って頂戴」
40分程車に乗って神社に行くと男の幽霊に襲われるという話しをして玉串料を払ってお祓いをしてもらった。
「これで大丈夫よ、ダメなら他の神社か寺に行けばいいわ」
御札と御守りを鞄に仕舞うとタクシーを呼んでそのまま店に向かった。
普段より30分程早く店に入るとそのままトイレに行って神社でもらった御札を貼った。店のママが気持悪いと言ったが貼ってくれないと店を止めると片平が言うと苦笑いしながら認めてくれた。
仕事を終えて明け方、部屋に戻ると玄関と寝室と洗面所にも御札を貼った。普段持ち歩くバッグの中には御守りを入れてある。
1週間が過ぎた。お祓いと御札の効果か男の幽霊を見る事はなくなった。
「5万も払っただけあるわ」
片平は化粧直しでトイレに入る度に御札を見て満足気に微笑んだ。
更に3日経った。
「えっ!? 」
いつものように化粧直しでトイレに立った片平が顔を顰める。トイレの奥に貼った御札が真っ黒になっていた。
「なんで? 誰か燃やしたの? 」
灰のようになっている御札を見て誰かの悪戯かと考えていると声が聞こえた。
『ひひっ、俺のだ……お前は俺のものだ……俺の女だ……ひひっ、ひひひひっ』
身を固くして視線を鏡に映す。男が居た。青白い顔が片平の左肩から覗いていた。
『ひひひっ、俺のだ……お前は俺のものだ』
厭らしい声で笑いながら背中やお尻を撫で回す。
「ひぅっ! ひぃ……あひぃぃ~~ 」
ひきつけを起したのか片平はその場に倒れるとビクビクと全身を痙攣させた。
『お前の所為で何もかも失った……けどいいんだ……お前が居てくれれば…………お前は俺のものだ……俺の女だ…… 』
横に倒れた片平の後ろから男が囁きながら背中やお尻を撫で回す。
「ひぃぃ……ひぅぅ………… 」
「カナさん! 」
同僚が痙攣している片平を見つけた。その後は大騒ぎだ。片平は救急車で搬送されていった。
そのまま片平は店を辞めた。
店に居るから自殺した男の幽霊に襲われると考えたのだ。だが派手な生活を止めたくない片平は水商売まで辞める気はなかった。
少し離れた他のキャバクラへ勤めるようになる。得意の客を連れて移ってきた片平は大歓迎を受ける。直ぐに店のナンバー5になった。
それから1ヶ月ほどは何も無かった。
『俺のものだ……お前は俺のものだ』
化粧を直していると後ろから青白い顔が覗いていた。
「ひぅぅ……いひぃぃ~~ 」
ひきつけを起すように倒れた片平はまた病院へと運ばれる。
「ついてきたんだ……あの男が………… 」
翌日、病院を出たその足で神社へ行ってお祓いをしてもらった。
1ヶ月は何事もなかった。だがまた男の幽霊が現われて失神した片平は病院へと運ばれる。話しを聞いた店のママが気味悪がって片平は辞めさせられた。
「店くらい幾らでもあるわよ、覚えてなさい」
捨て台詞を残して他の店に移った。
念のために神社でお祓いをしてもらって御札を店や自分の部屋に貼り付ける。お祓いの効果はあった。だが1ヶ月だけだ。1ヶ月ほど経つと男の幽霊は現われた。何度店を替わっても何度お祓いをしても1ヶ月経つと男の幽霊は現われるのだ。
片平はノイローゼのように騒ぐようになっていた。
効き目がないと神社に文句を言いに行くと神主が険しい表情をして話し出す。
「1ヶ月だけですか……何日ですか? 毎月決まった日付じゃありませんか」
暫く考えていた片平が思い付いたように口を開く、
「18日……毎月18日だわ……あの男が………… 」
言葉を詰まらせた片平を見て神主が首を振る。
「月命日です。余程恨みが強いのでしょう、申し訳ないが私には祓えません」
片平が話す前にわかったらしい、毎月18日は自殺した男の月命日だ。
「どっ、どうしたらいいの……助けてください」
泣き付く片平に神主は御札を差し出す。
「毎月お祓いをするしかありません……しかし、いつまで持つか……恨みというものは怖いものです」
「他の神社へ行ってみるわ……神社がダメならお寺に………… 」
いらないと御札を突き返す片平を見て神主がほっと安堵した。
「そうしてください、ハッキリ言って私どもでは手に負えませんから」
「金だけ取って役立たずが! 」
悪態をつくと片平は神社を出て行った。
神社から出て大通りでタクシーを待つ、
「お寺に行こう、大きな寺で厄払いをしてもらおう」
スマホを出して厄払いをしてくれる神社や寺を検索する。
『ひひっ、ひひひっ……俺のだ。お前は俺の女だ……ひひひひっ』
後ろから囁きが聞こえた。
「誰がお前のだ! 私に触るな! 止めろ……消えろ……男が……彼奴が…… 」
片平が大声で怒鳴り始める。この頃になるとノイローゼになっているのか怖いと思うより憎らしくなっていた。
何事が起きたのかと10メートル程離れた信号で待っていた人たちが片平を見つめる。
「男が……彼奴が……私に触るな…………消えろ…… 」
後ろに手を回して何かを追い払おうと騒ぎながら片平が道路へと飛び出す。
「危ない! 」
車が急停車する。幸い信号が青に変わって走り出したばかりで速度が出ていなかったので手前で止まって片平に怪我はない。
「何やってんだ馬鹿野郎! 」
車から怒鳴って運転手が出てくる。
「男が……彼奴が……あの男が後ろから……後ろに彼奴が居るのよ」
片平は運転手や集まってきた野次馬に見向きもしないで背中に手を回して暴れ叫んでいた。
野次馬の誰かが通報したのかパトカーがやってきて片平を連れて行った。
警察署でも片平は騒いだ。薬物中毒を疑われたが反応は何も出てこないので心の病だと判断されて親に連絡が行く、翌日、田舎の両親が迎えに来た。
実家に戻っても男の幽霊はやってきた。困った親が心療内科を受けさせるとパニック障害と診断された。暫く治療していたが一向に良くならないので磯山病院へ入院する事になったのだ。
これが片平さんの教えてくれた話しだ。
男に貢がせていたと聞いて何とも言えない表情をしている哲也を見て片平が苦い顔で口を開いた。
「幻滅したでしょ? 私が悪いのは確かよ、でも水商売なんてこんなものよ、遊ぶために来てるんだから適当に相手をすればいいのに時々マジになる客が居るのよ、あの男もそう……確かに騙したわよ、でも少し考えれば嘘だってわかる事よ、嘘だってわかってて適当に相手して遊ぶのがキャバクラよ、それなのに……自殺する事ないじゃない…………死ぬなんて思ってなかったわよ」
悔やむような片平を見て相手を思いやる気持ちもあるのだと哲也は内心ほっとした。
「自殺した男に謝ればいいじゃないですか、お墓参りでもして謝れば…… 」
哲也の話しを片平が遮った。
「謝れば許してくれると思う? 何度お祓いしても月命日の18日にまた取り憑くのよ、神主さんも手に負えないって言うのよ、謝って済むはずがないわ……第一彼奴の墓なんて知らないわよ」
「そうかもしれないけど……一度も謝ってないんでしょ? 」
話しを止められた哲也が少しムッとして訊いた。
「弱みを見せたらダメな気がするの、彼奴は付け入ってくるような気がするのよ、それにね、本当にあの男が化けて出てるのか私が病気で幻を見てるのかわからなくなったわ」
自嘲するように笑う片平を見て哲也は先程見た手を思い返す。青黒い男の手だった。幻覚ではないと言いたい気持ちをぐっと抑えた。一瞬だったので確信が持てない、なによりこれ以上怖がらせてはいけないと思ったのだ。
「幻覚だと思って気にしないようにすればいいかも知れませんよ、何か言われても背中を触られても無視するんですよ、相手にするから喜んでもっとするんですよ」
片平が溜息をついてから話し出す。
「それが出来たら苦労しないわ、急に現われるのよ、行き成り触られるのよ、そんなの我慢できるわけないじゃない……初めは怖かったけど今は憎くてしかたないわよ」
憎いと顔を顰める片平を見て哲也が話を変える。
「夜は、眠っている時は何も起きないんでしょ? 」
片平が頷いた。
「寝ようとした時に襲われる事はあるけど……警備員さんにも助けて貰ったわよね、眠っているのを襲われた事はないわね」
哲也がパンと手を叩く、
「それですよ、起きている時だけしか見ないのなら幻覚ですよ、心の何処かで自殺した男に悪いって思ってるから……自分が悪いって思っているからそんな幻覚を見てしまうんですよ」
後ろから囁いたり背中やお尻を触るだけで命の危険がないなら幻覚だと思い込ませた方がいいのかも知れないと哲也は考えた。
「そっ、そんな事思ってないわよ……そんな事考えてちゃ水商売なんてやってられないのよ、男なんてお金を運んでくるだけって思わなきゃやってられないのよ」
焦って誤魔化すような片平の向かいで哲也が微笑んだ。
「悪いって思う気持ちがある片平さんの方が僕は好きですよ、本当は優しい人なんじゃないかって…… 」
頬を赤らめた片平が立ち上がる。
「なっ、何言ってんのよ、そんな事言ってたら警備員さんも騙されるわよ、もっとズルくならないと……世の中悪い人ばかりだって思わないとダメよ」
照れたのか片平がベッドに潜り込んだ。
「もう話しは終わりよ、少し眠るから出て行って頂戴」
「話しを聞かせてくれてありがとう、僕に出来る事はするから何かあったら何時でも相談してください」
優しい顔をして哲也が部屋を出て行く、直ぐ横にある階段の前で立ち止まってドアを見つめた。
「本当は悪い人じゃないみたいだ。水商売に入ってスレていったんだな」
階段を下りる哲也の顔が険しく変わる。
「でもあの青い手は……一瞬だったけど確かに見た。変な気配は感じなかったから本当に見間違いかもしれないけど」
どうにか力になれないかと考えながら自分の部屋に戻っていった。
その日の夜、10時の見回りで男の幽霊が出たと騒ぐ片平を宥めてナースコールで呼んだ看護師に任せる。これで4日連続だ。
深夜3時の見回りでA棟の400号室、片平の部屋の前で哲也が立ち止まる。
「寝てる時は騒がないんだよなぁ、幽霊の仕業だとしたらこんなのは初めてだな」
ドアに顔を近付けて中の様子を探るが何も聞こえないし厭な気配も感じない。
「本当に見間違いかもしれないな、僕も病気だ。薬も飲んでる。だから話しを聞いて妄想して変なものが見えたとしても不思議じゃないからな」
ドアから離れて見回りを続けようとした時、低い音が聞こえてきた。
『ひひひ…… 』
風の音かと思うほどの微かな笑い声が片平の部屋から一瞬聞こえた。
「 ………… 」
暫く聞き耳を立てるが何も聞こえてこない、哲也がドアをそっと開けた。
「しぅぅ!! 」
息を詰まらせたような短い悲鳴を上げて総毛立った。ベッドで眠っている片平の隣りに化け物がいた。
人間か? 恐怖で動けない哲也は青白い男の顔を見て理解した。
化け物だと思うのも仕方がない、男の首が異様に伸びていた。50センチ以上はある。片平の向こうに身体は横たわっているのに頭がこちら側にある。長い首を片平の枕の上に伸ばして頭だけがこちら側に転がっているのだ。
首吊り自殺した男の幽霊だ……、固まって動けない哲也の前で片平はすやすや眠っている。片平に寄り添うように頬を付けて首の伸びた男の頭も眠っていた。
片平が騒がないわけである。男の霊は何もしないで添い寝しているだけだ。寝ている時には出てこないと言っていたがぐっすりと眠っていて気付いていないだけで男の霊は毎晩添い寝していたのではないだろうか?
哲也が考えていると男の目がパッと開いた。
『ひひっ、ひひひひっ、俺のだ……此奴は俺のものだ……ひっひひひひっ』
青白い顔をした男が白濁した目で見つめながら言った。その口の中は真っ赤な液体が糸を引いていた。
哲也はバッと外に出た。恐怖から体が勝手に逃げ出したのだ。
「あっ、あれは……あれはダメだ………… 」
部屋から離れるように早足で歩きながら震える声が口から出た。
男の幽霊が付いてきていないか何度も振り返りながら見回りを再開する。
「あんなのに取り憑かれているなんて……もう一度話しを聞こう」
A棟の見回りを終えて建物の外へ出てやっと人心地ついた。
「どうにか力になりたいけど…… 」
今でもあの男の幽霊は片平の隣で寝ているのだろうか? 哲也は建物の外から4階の片平の部屋の窓を見上げて呟いた。
翌朝、寝惚け眼で食堂へと向かっていた哲也が立ち止まる。
「あれは……片平さん………… 」
震え声を出す哲也の見つめる先、食堂の入り口で並んでいた片平に男が抱き付いていた。
「後ろじゃない……彼奴は……彼奴は前から抱き付いていたんだ」
しがみつくように片平の正面から抱き付いた男の伸びた首が片平の後ろをくるっと回って左肩に顎を置いていた。
『俺のだ……この女は俺のものだ……俺のだ』
離れているのに哲也の耳に男の声が聞こえてきた。
「いやあぁぁ~~、彼奴が……あの男が………… 」
騒ぎながら片平が食堂へと走って行く、その背を青黒い手が撫で回していた。お尻には男の足が見える。腰に足を絡めて正面から抱き付いた男が背中を撫で回しているのだ。
片平は後ろから背中やお尻を触られると言っていたが正面から抱き付いた男が後ろに手を回して触っていたのだ。しがみついた足をお尻を触る手と勘違いしたのだろう、
「片平さん! 」
恐怖に竦んでいた哲也が走り出す。
「片平さん!! 」
食堂内を見回すが片平は何処にも居ない。
「何してるの貴女! 」
「男を……彼奴をやっつけてやるのよ」
怒鳴る女の声、それにこたえるかのような片平の叫びが食堂の奥から聞こえてきた。
「厨房か? 」
哲也が慌てて駆け出した。
「止めなさい! 危ない!! 」
「彼奴を……後ろに居る彼奴をやっつけるのよ」
揉めるような声が聞こえたと思ったら大きな悲鳴に代わった。
「きゃあぁぁあぁ~~ 」
片平の悲鳴か、厨房で働く人の悲鳴か、どちらかはわからない悲鳴が食堂に響き渡った。
「だっ、誰か! 誰か先生を呼んでぇ!! 」
厨房から飛び出してきた調理補助のおばちゃんの脇を通って哲也が中に入る。
「うっ、片平さん…… 」
ずぶ濡れになった片平が倒れていた。
「これは……油か? 」
「フライヤーから油を掬って背中に被ったんだ」
調理師がバケツに入れた水を持ってきて倒れている片平に掛けた。
水で濡れたのではないフライヤーの油を被ったらしい、真っ赤になった背や腕から湯気が上がっている。
「熱い、熱いぃ……あっ、彼奴を…… 」
「片平さん、なんでこんな事を」
顔を歪めて呻く片平の傍に哲也がしゃがんだ。その間にも調理師たちが水を汲んでは片平に掛けていた。
「謝ってもダメだった……彼奴は……あの男は許さないって……だから、だから追い払うしかないって………… 」
苦しげに言うと片平はぐったりと動かなくなった。
「片平さんしっかりして」
抱き起こそうとした哲也の肩が後ろからグイッと引かれた。
「触るな! 後は任せなさい」
看護師の香織と佐藤、その隣りに池田先生も立っていた。患者の監視のために食堂に居た看護師たちも集まってきている。
「酷い火傷だ。ストレッチャーを持ってきなさい」
池田先生に命じられて佐藤が無言で走って行く、
「片平さん……僕の責任だ」
「哲也くんの所為じゃないわ、ここはね……ここは、なるようにしかならないの、そういう場所なのよ」
泣き出しそうな顔で悔やむ哲也に香織が神妙な面持ちで言い聞かせるように言った。
「そういう場所って? 」
訊こうとした時、ストレッチャーがやってきて片平を乗せるのに邪魔だと哲也は佐藤にどかされる。
『ひっ、ひひひっ、俺のものだ……この女は俺のものだぁ~~、ひひっ、ひひひひっ』
ストレッチャーに乗せられた片平に覆い被さるようにして首の伸びた男が笑った。
「彼奴が……あの男が……クソッたれが!! 」
飛び出そうとした哲也を香織が止める。
「何をする気なの? 邪魔でしょ」
「何って、彼奴を…… 」
哲也は言葉を止めた。先生や看護師たちには首の伸びた男の幽霊は見えていない様子だ。
「 ……何でもありません」
いつの間にか男の霊は消えていた。悔しげに唇を噛み締める哲也が見つめる先でストレッチャーに乗せられて片平は運ばれていった。
まるでやっと俺のものになったというようにニタリと笑っていた男の霊に哲也はゾッとした。
いくら後ろを気にしても見えないはずだ。男の霊は後ろではなく前から片平に抱き付いていたのだ。首吊り自殺した男の首は50センチほどに伸びていて片平の前から抱き付いた頭が肩を回って片平の後ろから耳元へ口を付けていた。背や尻を撫でるのも前から回した手や足で撫でていたのだ。
「弱みを見せたらダメな気がするの、彼奴は付け入ってくるような気がするのよ」
片平が言った言葉を思い出す。
自分が謝れと言ったばかりにこんな事になったのだとしたら、片平は本能的に弱みを見せたら付け込まれるとわかっていたのではないだろうか、それなのに余計な事をしてしまったのではないかと哲也は悔やんだ。
「ひひひひっ、哲也くんは私のものよぉ~~ 」
落ち込んでいる哲也に後ろから香織が抱き付いた。
「なっ、何言ってん…… 」
怖がらせるように声を作って抱き付く香織を見て哲也の顔が強張っていく、
「香織さんも見たんですか? 首の伸びた男の幽霊を……見たんですね」
後ろから哲也の肩に頭を乗せるようにして香織がとぼけ声を出す。
「さぁね……見えたとか見えないとか関係ないわよ、そんなもの気にしてたらこの仕事はやっていけないからね」
「関係ないとかじゃなくて見えたかどうか教えてください」
必死に訊く哲也の頬に香織がチュッとキスをした。
「なん!? 」
哲也の頭の中が真っ白になる。恋心を抱いている香織に抱き付かれてキスまでされたのだ。背中に当たるおっぱいの感触、頬に当たる温かな息、香水かデオドラントかシャンプーの香りか、心地好い匂いが鼻を擽る。幽霊の話しに夢中で気付かなかったものが一挙に押し寄せてきた。
「哲也くんは私のものよって言ったらどうする? 」
「えっ? 私のものって……マジっすか? 香織さんなら喜んで……喜んで香織さんのものになりますよ」
浮かれまくる哲也から香織がスッと離れた。
「物凄くヤラしい顔になってるわよ」
じとーっとした目で睨む香織に真っ赤な顔をした哲也が慌てて口を開く、
「なっ……仕方ないでしょ、香織さんが付き合ってくれるって思ったら」
「何言ってんのよ、なんで私が哲也くんと付き合うのよ? 」
ケロッとした顔の香織を見て哲也がムスッと言い返す。
「私のものになれって言ったでしょ」
「うん、言ったわよ、でも彼氏とかじゃなくて物よ、便利な物扱いって事よ」
「なん……ったく香織さんは期待ばかりさせて…… 」
いじける哲也の背を香織がペシペシ叩く、
「ハイハイ、怒らない、それより後で手伝って頂戴、資料室の整理大変なのよ」
「へいへい、どうせ便利な物ですからね」
拗ねる哲也を見て香織がニッコリと微笑んだ。
「物は物でも特別な物よ、哲也くん以外に頼める相手いないじゃない、終ったら一緒にプリン食べましょうね」
哲也がバッと顔を上げた。
「プリン……香織さんと二人っきりで……もう付き合うしか」
哲也の頭を香織がゴチンと叩く、
「何言ってんのよ、早坂さんたちも一緒に決まってるでしょ、池田先生に貰ったプリンなんだからね」
「痛いなぁ~~、冗談言っただけでしょ」
頭を摩る哲也の背を押して香織が厨房から出て行く、
「ハイハイ、哲也くんは早く御飯食べる。食べ終わったらナースステーションに来て手伝うのよ、今日の予定決まってるからね」
「へいへい、どうせ便利な物ですよ」
トレーを持って配食に並ぶ哲也に『じゃあね』と手を振ると香織は食堂から出て行った。
「喜んで私のものになるか……本当の事を知っても……哲也くん………… 」
長い廊下を歩きながら呟く香織の目はとても悲しげだ。
朝食の載ったトレーを持って哲也が長机の一番端に座る。
「香織さん慰めてくれたのかな、幽霊が見える振りまでしてさ」
おかずを突っつきながら呟いた。片平の事で落ち込んでいた自分を慰めるためにキスまでしてくれたのだと思った。
「何処で間違うんだろう……片平さんも他のみんなも………… 」
哲也の頬を涙が伝わる。隔離病棟へ移されるか、他の病院へ代わるか、どちらにせよ大火傷を負った片平はもう帰ってこないだろう。
今となっては後ろだろうが前だろうが関係ないのだ。真実を教えても男の霊が離れるわけではないのだから……。
偶然出会って取り憑いたものや何かの事故や事件に巻き込まれたものとは違う、片平に騙されて全てを失った男が片平を呪って死んだのだ。片平そのものに強い未練がある怨霊となったのだろう、深夜3時の見回りで添い寝をする男の霊を見た時に怪異に慣れた哲也が恐怖を感じて逃げ出すほどだ。
水子霊に襲われると言っていた滝川美渚の話しに出てきたストーカー男の幽霊も恨みを持って自殺したのだがこれとは違う怖さを感じた。
真面目な男だと聞いていた。女性経験も殆ど無かったのではないだろうか? そんな男が心こそ惚れた片平に裏切られて自殺したのだ。呪う気持ちも半端なものではないだろう、だから何度お祓いしても月命日の18日に再び現われて片平に付き纏ったのだ。幽霊になってからストーカーになったのだと哲也は思った。
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次回更新は1月19日頃を予定しています。
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