始動!救世主タチ!5日目
翌日、挨拶回りを再開する。
嶋文具店は、おしゃれな文具や雑貨を揃える。
店構えは普通の文具屋なのだが、口コミで人気になった。休日ともなると客が入り切らないくらい殺到する。商店街の中では一番繁盛しているのではないかと思うほど賑わっている。
開店前に来てほしいと言われたため、混雑に合うことはなかった。
店主の嶋貴明さんは、SNSを活用して自分の店に限らず、商店街の情報を発信している。無類のパソコンマニアで商店街の公式ウェブページの管理も任されている。
非常に人当たりの良い人でパソコン以外でも頼りにされているのだが、最近は、色々なモノを直してほしいという依頼が増えているという。
元々、鉄工所で働いていた経験があり、進んで依頼を受けていた。とはいえ、あまりにも頻繁に頼まれるため断ることが増えたらしい。
藤浪書房の藤浪彩夏さんは、入院中の父の代わりに店を切り盛りする。母が数年前に他界し、ひとりぼっちだがフラワーイシカワの遥さんや、隣のベーカリー高橋の夫婦が親代わりになって支えている。
大学に通いながら店番をしているため、週に数日、それに数時間しか開けないらしい。
代わりに切り盛りしてくれる人を探すのは大変ということで、解決策を一緒に探してほしいとお願いされた。
高橋ベーカリーの店主、由伸さんも気にしていた。
「やっぱり、藤浪さんのところが心配だね。代わりに切り盛りしてあげたいけどさ…」
それを聞いていた奥さんの君枝さんは、呆れながら言った。
「他人の店心配してる暇があったら、自分の店を心配しなさいよ……」
「そ、そうだな…」
「このお店で困っていることがあるのですか?」
「はい…。実はここ数年、売上が落ちてまして…」
「ここって商店街の真ん中にあるじゃない?だから、人目に付きにくいのよ…人通りが増えればねぇ」
「そうですか…分かりました」
黒田さんがメモをしながら引き受けた。
次に訪れたのは、あのジュエリームラタ。
先日、気まずいことがあったばかりだが、挨拶しない訳にもいかない。
まずは、先日も出会った可愛らしい女の子が迎えてくれた。
「この前はすみませんでした…」
「いえ。大丈夫ですよ」
「私は娘のチヒロです。漢数字の千に弥生の弥と書きます」
可愛らしい姿をしているが、実は高校生らしい。
「ご主人はどちらに?」
店内には二人の従業員がいるが、どう見ても違う。
「お父さんは…」
彼女は口ごもり、奥の方を見つめた。奥から大きな声が聞こえていた。どうやら父親と母親が言い争っているようだ。
「困ったわね…どうしようかしら。従業員の方に聞くのもねぇ」
そのやりとりを聞いて、千弥さんは困った顔をしている。
「千弥さん。このお店で何か困ったことはある?…まぁ、今の状況は除いて、何かあるかしら?」
「そう…ですね…お店を建て替えるとか話をしているのですが、費用が高いからって…」
「見た感じ綺麗だけど、そんなに古いの?」
「数年前に外装を直したのですが、業者の方があと十年ほどで建て替え時期が来ますよって…」
「そうですか…他には?」
「いえ…得に…」
「分かりました。ご両親には宜しくお伝えください。お騒がせしました」
「いえ、こちらこそ何のもてなしもできず、すみません」
丁寧に対応してくれたおかげで、嫌な気持ちは晴れた。
もう一軒、厄介な店主が居る。
岡田時計店の店主、基永さんだ。
時計修理の技術は確かだが、なかなかの曲者らしい。客相手には普通の態度で対応するのだが、他の店主や商店街関係者には素っ気ない対応をする。気に食わない人には喧嘩腰で対応することもあるとか。
「はじめまして、商店街活性化委員の黒田と申します」
こちらをちらっと見て、すぐ時計の修理作業を再開した。
「何?新しい人等かい?」
机に向かって話しかけるように訊いてきた。
「はい。商店街の方々と一緒に盛り上げてゆきたいと思っています。これからよろしくお願いします」
「へぇ。君等も大変だね〜こんな辺鄙な街の商店街の活性化なんて任されちゃって…」
「好きでやっておりますので……。もう一つお聞きしたいことがありまして…」
「何?僕、忙しいんだけど…」
「何か、お困りのことはないですか?」
手を止めて少し考えた後、しゃべり始めた。
「あぁ、そういえば、最近若者がさぁ、夜な夜な騒ぐんだよね。君等くらいの二十代行くか行かないかくらいの奴。それとは別件だけど、この前なんて高校生が制服のまま屯してたんだよね。どうにかならないかな」
「分かりました。持ち帰って検討したいと思います」
「よろしく。それじゃ、またね」
と言って話を切った。その後、声をかけても返事が返ってくることはなかった。
他にも何件か回って、全ての商店に挨拶をし終えた。
初対面であることもあり、厄介な店主たちに苦慮することはなかった。しかし、これから全員と良好な関係を築いていかなければならない。
今後は御用聞きをしながら、その都度対策を練っていく。コミュニケーションは欠かせない。
対話を重ねながら、商店街に必要なものを明らかにしていくことが私達の役目ではないか。
そう黒田さんは締めた。
家に帰り、携帯を見ると一件のメールが届いていた。
それは八重からだった。