奔走!救世主タチ!5日目 その2
「どうしたんですか?」
それを聞いて彼女は、ふと我に返ったように僕の方を見つめる。
「猫……」
ぽつりと呟く。
「猫?」
彼女の視線の向いていた方向を見ると、子猫が弱々しく丸まっていた。毛がボサボサの黒猫だ。
息はあるようだが、弱っているようだった。様子からして野良猫のようだ。
「この子、数ヶ月前から居るんですが、見る度に痩せているんです……」
心配そうに説明する。
「この子、一匹なんですか?」
「最初は親も居たんです。でも、最近見てなくて……」
ふと衣笠さんに目をやると、雨に濡れてきわどい姿になりかけていた。
「と、とりあえず、衣笠さんだけでも屋根のある場所に移動しましょう……」
「はい…」
ずぶ濡れの彼女をアーケードの下へ連れて行く。人目もあるし、風邪を引かれても困る。
「まず、親がいるのかいないのか、はっきりさせる必要がありそうですね……」
この猫の置かれた状況によって、行うべきことが変わる。
「そうですね……それにしても、あの子は大丈夫でしょうか?」
どうしても、この猫のことが気がかりのようだ。
「わかりません……でも、現段階であの子を保護することは難しいです」
「そうですよね……」
何か手がかりがないか思案する。
「この辺りって、猫多いんですか?」
「結構居ます。何年か前の話ですが、野良猫を餌付けする人がいて、問題になってました」
「そうですか……」
「このあたりに住んでいらっしゃる方々に聞いてみましょうか?」
「そうですね……」
とりあえず、店の人に聞いてみた。しかし、有力な情報は得られなかった。
周辺住民にも聞いてみたところ、数週間前、車に轢かれた猫を見たという情報を得た。それが親とは断定できないが、可能性が無いとは言い切れない。
事務所に事情を説明すると、保健所に連絡をしてくれた。
確かに何週間か前に、猫の死骸を処理したと記録が残っていた。飼い猫ではなかったらしい。種類も一致する。
弱っている猫が居ると連絡してしたため、保健所の職員が保護しに来た。
轢かれた猫の子供だろうと断定され、この猫は保護対象になった。言い方を変えれば、保健所の施設に収容されてしまうのだ。
そんなの可哀想と、衣笠さんが職員を引き止める。
「私、面倒を見ます!」
しかし、無力な抵抗だった。
「それなら、正式な書類を持って、保健所まで迎えに来てください。一週間はこちらの施設で預かりますから」と職員は言う。
「……」
言い返す余地などない。
結局、職員が猫をケージに入れて、連れ去ってしまった。
「責任をちゃんと持てる人にしか引き取りを許してないから、そう言われるのは当然よ」
見世さんが衣笠さんに言う。
「分かっています……」
俯いて、そう言う彼女。
「…引き取りに、行くんですか?」
どうするのだろうと訊いてみた。
「行きたいけど……家族が反対するに決まってる……」
半分諦めたような様子だった。
残された期間は一週間。それを過ぎれば、どうなるか分からない。最終的には殺生も辞さないだろう。
この藤花市は全国的にも犬や猫の殺処分件数が多いらしい。商店街など人の集まる場所には決まって「捨てるのはやめましょう」という啓発ポスターが貼られているのだ。
ひとつの命が瀬戸際にある今、正義感と責任感が主張し合う。
正義感に駆られて、引き取ってしまうのは危険だ。しかし、責任が持てないからといって見捨てていいというのは筋が違う。ただ、中途半端な気持ちで引き取って見捨てるようでは正義感は無いも同然だ。
「事務所でどうにかなりませんか?」
何とかしたくて、駄目元で見世さんに訊いてみる。
「飼うための費用は誰が出すの?責任は誰が負うの?別にサインはしてあげるけど、船場くんにすべての責任が降りかかることになるわよ?」
「それは……」
見世さんは冷たく言う。でも正論だ。何も返せない。
「あなたをけなそうとしているわけじゃないのよ。誰だって、どうにかして命を救いたい。だけど、そうも言ってられないのよ……」
見世さんはすぐさまフォローする。
「はい……」
その時、背後から頼もしい声が聞こえた。
「いや、引き取ってあげましょう」
そこには新井さんが居た。珍しく熱の入ったしゃべり方をする。
「責任は私が取りますから。その代わりに船場くんと衣笠さんも手伝っていただけますね?」
普段の雰囲気とは違う彼に戸惑いながらも、すぐに返事をする。
「えっ、あ、はい!」
「もちろんです!」
衣笠さんも自信を持って、そう言う。
「新井さん、良いんですか?」
驚いたように見世さんが訊く。
「大丈夫ですよ。これまで犬二匹と猫三匹を飼ってきましたから。飼育には慣れています。それに……仲間が必死にどうにかしようとしてますから。できることがあるのなら、手を貸さない訳にもいきません」
「そうでしたか。では、新井さんにお任せしますが、実行委員の活動の一環ということで、黒田さんにも了解をもらってくださいね。そして、逐一報告することを約束してください」
「分かりました」
これで引き取ることができる。新井さんに感謝しなければ。
「ありがとうございます!良かったですね!」
新井さんにお礼を言い、衣笠さんに話しかける。
「はい……でも、本当によろしいのでしょうか?」
申しわけなさそうに確認する彼女。
「大丈夫です。ですが、ひとつだけ約束してください。しっかり最期まで見届けてあげると…」
真面目に真剣に衣笠さんに語りかける。
「はい。約束します。新井さん、ありがとうございます!」
衣笠さんは決意した顔で返事をした。
「動物の命であっても責任をひとりですべて負うことなんてできません。幸せも悲しみもみんなで分かち合ってこそ、命の重みと大切さを本当の意味で知れます」
「はい……」
衣笠さんはしっかりと心に刻み込むように聞き入っていた。
「船場くんもだよ」
僕にも心構えを教え込む。
「はい!」
しっかりと返事をして、気を引き締めた。
数日後、正式な書類を提出して引き取った。
仕事のある日の昼間は事務所で、それ以外の時間は基本的に新井さんが面倒を見るが、衣笠さんや僕が数週間ごとに世話を代わることになった。事務所にいる間は、見世さんや職員の人たちが一時的に世話をしてくれるらしい。
「ふじちゃん」という名前を付けられた。とっても愛らしい猫だ。
人間とは関わらず生きてきた子猫が、突然、人に世話をされることになった。そのため、警戒心が出でもおかしくないと思っていたのだが、意外と人懐っこい。
とりあえずは、安心だ。
六人目の実行委員として、ふじちゃんが加わった。
日々の活動は何も変わらないが、決意を新たにして通常の役割に徹した。




