3-2
「本当?」
いつまでも黙っている私に左京から近づいてきた。
左京の表情は、どこか傷つけられたように苦しそうだった。
それを阻止するかのように、私は話し始めた。
「だめ?死にたいと思うことって、悪いこと?」
「右京・・・」
「死にたいよ。母さんや父さんには悪いけど、死にたいよ。生きてたって意味がない。左京がいなきゃ、生きてても楽しくないよ、面白くないよ。生きてても苦しいだけだよ。生きることってそんなに大事?時には生きてるほうが、死ぬことよりも苦しいことだってあるんだよ!」
「馬鹿!」
今まで胸にためていたことを泣き叫ぶようにぶちまけたら、左京の平手が飛んできた。
「なにすんのよ!」
「あんたが馬鹿なこと言ってるからでしょ!」
「なっ、馬鹿なことって何よ」
「馬鹿は馬鹿よ。生きてても意味がないですって!生きてるほうが死ぬことより苦しいですって!あまったれんじゃないわよ!」
一ヶ月ぶりの左京の癇癪にぎょっとしたあと、もっとめずらしいものを私は目にした。
左京の両目から大粒の涙が流れていた。
どんな大けがをした時も、親にこっぴどく怒られた時でも、左京は決して泣いたりはしなかった。
「死んだらそこで終わりなんだよ?死んだら何もできないんだよ?行きたかったコンサートも、食べたかったデザートも、憧れのデートもできないんだよ!彼氏だって欲しかったんだから!それを死にたいですって?生きたくないだと!ふざけんじゃないわよ。どんなに生きたくても、私はもうそれができないのに・・・。そんな悲しいこといわないでよ。生きてよ。私の分まで生きてよ!」
「左京・・・」
黙って訊いていた震が泣き崩れた左京の背中に手を優しく置いた。
「僕はどうこう言うつもりはない。死にたい奴は勝手に死ねばいい。ただ、一つ言っておく。僕は多くの死者を見てきた。病死も他殺も、自殺も。そのどれも明るい笑顔でここに来た奴はいない。」
震はまっすぐな目で私を見つめた。
「生きるってことは楽しいだけじゃない。苦しいことも嫌なことも悲しいこともある。でも、それだけじゃないだろ。嬉しいことも楽しいことも面白いこともある。裏と表があるように、苦しみ悲しみを避けることなんてできやしないんだ。」
「そんなの生きてて楽しいと思える人だけが言える言葉よ!」
私の言葉に、冷酷な表情で震が言った。
「ならば生きることを放棄するがいい。あと数十分ここにいればおまえは死ぬことができる。」
「震!」
左京が震をなんて事を言うのだ、というように非難めいた声をだした。
しかし震はそんな左京の声には耳も貸さず、私の瞳だけをじっと見つめたまま、
「ここに生きた人がいられるのは最低一時間。それ以上いたら死ぬ。電車は十五分おきにくる。おまえがここに着てから三回電車は通っていた。ということは、四十五分は過ぎている。そろそろ切符の色も赤に近くなってきたのではないか?」
「そういえば・・・」
手に持っていた切符に目をやると最初見たときよりも色が赤色に近い橙色になっていた。
「あと十五分もしないうちにお前は死ねるよ?ただここにいるだけで。」
死ねる・・・。
こんなにあっけなく死ぬことができるなんて。
今ここにいたら左京と一緒にいられる。