56.漆黒の闇に
リンファは自分に何が起きているのかわからなかった
自由を失い冷えていく体とぼやける頭、そして真夜中になったかのような光を失った視界で必死に状況を観察する
手足はほぼ動かない、指先がわずかに動く程度
声は出ない、空気が漏れるような感じ
何が起きた?
あの時あの女の子みたいなゴブリンが詠唱をしていたのは見えた
女の子?ゴブリンなのに?
余計な事を考えるな状況を把握するんだ
あぁ、息を吸うと喉が焼ける、肺の奥が濁っていく感じがする
グリフさん大丈夫かな、ステラさん元気かな
今考える事じゃない、集中しろ
アグライアさんありがとうね
しっかりしろ!
あぁくそ……思考が濁っていく……
リンファは動かぬその身で必死に頭を動かす
身動きもほぼ取れないその状況だからこそ思考を回し続ける
そうしないとあっという間に意識を失いかねない
だがリンファのあがきもむなしく、意識は深く落ちていく――
「動かないでトランク!今すぐ傷を塞ぐから!」
ピスティルは自らを抱えるトランクの腕から離れる時間も惜しいと体を入替えて回復魔法を唱える
身にまとうドレスの様な美しい服にトランクの血がベタベタにつこうが一切お構いなしに懸命に傷をいやす
「あぁ……こんな……あの壮健な体がこんなにもズタズタに……! 今すぐ治してあげるから……!」
自身が太陽にでもなったかのようなまばゆさを放ち魔力を放出し回復魔法を唱え続けるピスティル
トランクの傷がみるみる塞がっていくと同時にピスティルの鼻から緑の血が流れる
それでもその詠唱の勢いは一切弱まらない
「む、無理するんじゃねぇ……!これぐらい大したことねぇ……! 最低限の回復でもありがてぇんだ!」
「何を言うの! あなたの体はクイーン様が錬成した魔力で構成されてるのよ! 傷があればそこからあなたの魔力はどんどん抜けてあっという間に死んでしまうのよ!?」
「それでもだ……! お前が無茶してくたばっちまったらそれこそ意味がねぇだろうが……!」
力が入らない腕で必死にピスティルを引きはがそうとするが、まるで幼子が親にしがみつくように必死に抵抗して回復魔法を使い続ける
やがてあきらめたのかトランクがため息をついてその手を離す
「……わかったよ、おとなしくする」
「ありがとう……すぐ治すから」
トランクの言葉を受けてか、回復魔法の勢いをコントロールするピスティル
だがそれでも回復魔法の出力はまばゆいほどに強い
「……それで、生成はどうなった?」
トランクは回復魔法の光を視界に収めながら、ピスティルの顔を見ずに問いかけた
その言葉に魔法の光が小さく揺らぐ
「大丈夫だ、覚悟はしている……お前がここに来たという事はそういうことなんだろ?」
下を向き回復をし続けるピスティル
しばしの無言の後、ポツリと答えた
「ダメだったわ…… 人間を使っての魔鉱石の生成は純度も量もクイーンが望んだ数字にならなかった……!」
「そうか……」
「クイーン様からの連絡が届いたの、生成実験の中止とここからの撤退の命令よ……」
「それじゃあ、魔鉱石は……!」
「そう、クイーン様が最初に提案したやり方で量産することになると思うわ」
その言葉を聞いてトランクがその身を起こす
さっきまでと違う、強い力でピスティルをその身から離させるとふらつきながらちからを込めて立ち上がる
「まだだ……!まだできることはある……!」
ピスティルの回復でつながりかけた傷口から血が滲む
激痛が体中に走るが、そんな痛み以上のあせりと決意がトランクに満ち溢れる
「だ、ダメ!まだ動いてはいけないわ!」
「俺の仲間をむざむざ無駄死ににはさせねぇ……! 人間での生成が不十分でも数ができりゃあクイーン様も文句はねぇだろ」
トランクは拳を握りしめ、足元の広場を睨みつける
そこには毒の魔法で動けなくなっているリンファが倒れている
動く事すらままならないようだが、かろうじて息はしているのか胸部の上下が確認できた
「あの目障りなゴブリンハーフを殺して、人間と戦ってる仲間を助けに行く そのうえで人間共を全員捕獲して石に変えちまえばいい」
「そんな……! 無理よ!」
「無理でも何でも通さなきゃなんねぇ! 仲間はみんな俺とクイーン様を信じて戦ってくれてるんだ! この身がどうなろうとも絶対に成し遂げる」
そういうとトランクは毒がうずまく広場に向かって跳躍!
轟音を響かせリンファの目の前に着地した
「待って!今魔法を解除するから!」
「ダメだ!毒の魔法は解除するな! これぐらいなら大したことはねぇ!」
毒の空気が一呼吸毎にトランクの肺を通して全身に染み渡り、意識を奪おうとするがトランクはこらえる
「魔法の構成は風系と冥力か…… この威力はこいつように調整したものなんだな」
「え、えぇ……その薄汚いゴブリンハーフが魔法に弱いっては聞いていたから……でもだからと言って無害じゃないのよ!」
「やっぱりお前は大したもんだぜピスティル、俺たちの中で一番魔法がうまくて頭がいい 絶対に女ってやつになれるよ!」
「ば、ばか!今そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!!」
「はは……すまんすまん」
フフっと笑うとついさっきまで使っていた大斧を再び手に取る
さっきまで軽々と扱っていたはずのその斧が今は随分と重く感じる、筋肉もうまく反応してくれていない感じがする
「まだ完全回復とはいかねぇが……それでも十分だ」
ここまで近づいてなお反応を示さず虫の息のリンファを見つめる
「こいつの首をちぎるくらいの動きは、十分できる」
そういいながら斧を強く握る、リンファはそれに気づくこともなく浅い呼吸を続けるのみ
「ピスティル、ここの転移ゲートはまだ生きてるか?」
「え?えぇ……クイーン様から撤去するようにいわれてるけどまだそのままにしてるわ」
「助かるよ、こいつを殺したらすぐに仲間のところに戻ってやらねぇといけねぇ その時はすまねぇんだが……」
「……私の魔力とここで作った魔鉱石だけじゃ捕獲した人間全員を転移させるのは難しいかもしれないわよ」
ずっしりと重い斧を両肩で支え構えるトランク
「飛ばせる奴らは飛ばして、あとは首根っこ捕まえてでも夜通しになってでもでもここに連れてくるさ、なんなら腕や脚の一本ちぎっても構いやしねぇ」
「たかが人間共の為に、俺の仲間は殺させねぇ……!」
トランクがその巨大な斧を振り上げる
その眼前には未だ動けぬリンファの無防備な姿があった
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漆黒の闇の中、大木が揺れる
霧すら見えぬ暗黒の中、その根元でリンファは倒れ伏している
その枕元には白髪の老人が何も見えぬ空を睨みつける
「リンファ、何を思う?」
先生は問う
「こいつらを……そのままにはしておけない……!」
倒れ伏してなお拳を握り立ち上がろうとするリンファ
「怒りかね?恐怖かね?」
リンファに視線を向けることなく漆黒の空を睨みつけたまま先生はさらに問う
「違います……! ここでこいつらを食い止めないと、みんなが……アグライアさんが危ない……!」
自由の利かぬ体をそれでも必死に動かそうと体を震わせ答える
「その為なら神に祈るかね?助けを願うかね?」
「……」
その問いにリンファはわずかの間押し黙る
そしてしばしの沈黙の後、リンファが口を開く
「神様なんて……クソッタレだ……!」
そう言ってもう一度リンファは立ち上がろうとする
握った拳が地面にめり込む、まるで神を殴りつけるように力が籠る
「神様に願い事なんてない……!僕は……僕の為に戦います……!」
食いしばる歯がきしむ、握る手から血が垂れる
それでもリンファは目を見開く
「絶対に……負けない……!」
欠片も動かぬその身でなお、リンファは強く気炎を吐く
その言葉に先生は空を睨みつけたまま少しだけニヤリと笑った
光すら刺さぬはずの漆黒の空に、先生はかすかな星を見たからだ―――
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「なんだテメェ……まだウロウロしてやがったのか?」
今まさに凶刃を振り落とそうとしていたトランクが意外そうな声を上げる
驚異や危険など感じはしていなかったが、そこにいるのが心底意外だったのか間の抜けた反応をしてしまう
「トランク、こいつ何者……?」
突然の侵入者に警戒を強めるピスティルに声をかけるトランク
「あー、大丈夫だピスティル こいつは何の脅威もねぇよ ナイフで俺の手を刺しはしたがな」
その言葉に怒りの視線を向け杖を向けるピスティル
ピスティルの動きにビビりながら杖を向けられたその男は両手を挙げて降参を即座に示す
「へ、へへへ……どうも、お久しぶりでございます、トランクの旦那」
両手を挙げて涙を鼻水を流しながら立っているその男
それは、グリフだった




