55.反撃そして
「ぎゃああああ!!」
生きてきて初めてと言っても過言ではない激痛に襲われ、トランクが甲高い悲鳴をあげる
巨体が打ち上げられた魚の様に跳ねまわり、石床を壊しながら大暴れでのたうち回った
リンファはそんな暴れるトランクを前に、構えを崩さないまま息を弾ませてその光景を見つめる
「と、通った……?」
親指にへばりつく緑の血に視線を送り、もう一度トランクを見る
自信はあったけど確証があったわけではないその一撃は、見事にトランクに通ったのだ
そうしていると痛みに震えながらゆっくりとトランクが体勢を整える
かろうじて立ち上がりはしたものの体は震え目には涙を浮かべている
「て、てめぇ……何を……俺にしやがったぁ!?」
傷口を手で押さえながら涙声で吠えるトランクを前に、指についた血を払い答える
「あなたの装甲を貫いた……それだけです!」
「な、なんだと……!?」
「もうあなたの頑丈さの正体は理解しました、まだやるというなら……」
構える指先を鋭利な刃物の如き鋭さで揃え、その切っ先をトランクの喉元に向けるリンファ
「次はもっと、痛くします」
その切っ先に激昂したトランクが我を忘れて飛び掛かる!
「まぐれの一撃で調子に乗るんじゃねぇ!!」
相変わらずの強引な突進だったがさっきまでの余裕はまるで感じられない、ただただやぶれかぶれの突進
みずからの傲慢さを押し通すような力強さは鳴りを潜め、焦りすら感じられる攻撃を繰り出してくる
リンファは余裕をもってその突進を回避すると、がら空きになったその背面に手のひらを当てる
攻撃などさせるものかと慌てるように体勢を入れ替えようとするトランクの顔面を待っていたかのように打ち抜くリンファ
先ほどと同じ親指一本の抜き手がトランクの一見すれば分厚そうなほほ骨のあたりに突き刺さり血が噴き出していく
激痛に身を縮めた瞬間、むき出しになった肩周りの三角筋に今度は4指を揃えた鋭利な貫手を両腕で刺し貫いた!
【八極剛拳 玉鋼穿貫手】
鋭い刃物の如き指先が深々と肩口に突き刺さり、たまらず激痛で身をよじり振りほどこうとするトランクの体を踏み台に距離をとると、着地の勢いと共に大きく踏みこむ!
リンファの弾丸のような突進に思わずトランクは身を固めるが、その肩口はさきほどの貫手で大きく傷口が開いたまま……
そこにめがけて魔導発勁を練り上げた拳を叩き込むんだ
【八極剛拳 閃光箭疾歩】
これまで一切の効果を持たず弾かれ続けてきた攻撃が、その傷口を通してトランクの体に刻み込まれ、魔力共振がトランクの体の芯まで通り抜け爆砕する
大量の魔法煙を傷口から吹き出しながら今度はトランクが石壁に吹き飛ばされた
「うがああああ!痛い痛い痛いいいい!?」
もはや痛すぎてどこを押さえればいいのかわからないかのように石壁を壊しながら暴れまわるトランク
リンファそんな状況を目の当たりしながら、ゆっくりと自らの拳を確認する
今度は拳は傷ついていない
リンファはその一撃で、自らの仮説に確信を持った
「トランクさん……あなたのその体は元々強いだけじゃない……強化魔法で作られた物だったんですね?」
トランクは痛みに身をよじり何も答えられない、だがその言葉に一瞬目を見開いたのをリンファは見逃さなかった
「恐らくは誰かに詠唱なんかで付与してもらったものじゃない……、筋肉がそういう魔法で作られている」
リンファは幾度となく叩き込んだ打撃の感触にずっと違和感を感じていた
恐ろしく硬いのは間違いないのだけど、魔力の共振を感じる位置が普段と全く違うその感じ
本来の体と言うべき部分とは別にまるで樹脂粘土で作られたような魔力の塊があって、それを殴っている感覚をうけていたのだ
「ずっと魔力発勁を流し込んで観察させてもらってました、それで気づいたんです」
リンファは掌を見つめる
貫手に攻撃を移す寸前に効果がないと承知のうえで打ち込んでいた魔導発勁は打撃ではなく魔力の共振を感じるためのもの
「あなたのそのつぎはぎみたいな魔力を帯びた筋肉の壁……、本来の体の筋線維とはまるで違う構造に!」
トランクの額に痛みとは違う種類の冷や汗が流れる
「そこまで見抜きやがったのか……だがなぁ、だからと言ってはいそうですかとダメージを食らい続けると思うなよ……!」
トランクが咆哮し斧をがむしゃらに振り回す
振り回す先から多数の竜巻が発生しリンファの方向に発射され、その逃げ場を奪っていく
さらにその竜巻とともにトランクが突進し斧を振りかぶる
竜巻に追いつき、自身をその竜巻に巻き込ませながら相打ちの乱戦覚悟でトランクはリンファに襲い掛かった!
「この体はクイーン様に作ってもらった自慢の逸品!細工が分かったところで戦い方はいくらでもあるんだよぉ!」
その身をズタズタしながらもまるで竜巻を身にまとったかような姿でトランクが迫る
リンファは周りから迫りくる竜巻には目もくれず、迫りくるトランクにだけ照準を定めた!
「どう動いても無傷じゃすまねぇぞ! おとなしくくたばれぇ!」
リンファは今まさに斧を振り下ろそうとするトランクの腕を金剛鉄山靠で迎撃、腕は弾いたものの周りにまとわりついていた竜巻がリンファの体を切り刻む
血風が吹き荒れるがリンファは歯を食いしばり更に肘打ちでトランクの胸部筋肉の継ぎ目を切り裂き、そこに双掌打を打ち込む!
「僕だって無傷で勝とうなんて思っちゃいない!」
竜巻がなおリンファの体を切り裂き、更に多数の竜巻が迫りリンファとトランクの体を傷つけていく
だがその惨状においてなおトランクは更に竜巻を呼び、その身諸共にリンファを打ち倒そうと呼び寄せる
襲い来る竜巻、そして斧を振りかぶり必殺の一撃を繰り出さんとするトランク
だがリンファの両手は双掌打の形から鋭き爪の様に姿を変え、狼の牙が獲物を切り裂くが如くトランクと竜巻を一閃で切り裂いた!
【八極剛拳 白狼撲子】
胸部からまるで袈裟斬りを食らったような傷を受け、トランクが膝から崩れ落ちる
リンファはその崩れたトランクを足場にして一気に上方に跳躍
その足元では自ら呼び出した竜巻に飲み込まれ血まみれになっていくトランクが見えた
もはや戦闘の継続は不可能なのは一目瞭然だったが、リンファは拳を振り上げ落下の勢いで攻撃に転ずる
「止めを……刺させてもらいます!」
狙うは貫手で裂けた肩口の傷
命までは取らずとも戦闘不能にはなってもらう!
だがその拳が肩口に届こうとした瞬間、リンファの視界にまばゆい閃光が飛び込む
何事かと異変を感じるより前に、光の弾がリンファに撃ち込まれ着弾と同時に爆発!
もろに魔法の一撃をくらい、その身を焼きながらリンファは吹き飛ばされた
石壁に激突する瞬間かろうじて受け身を取り、揺れる視界を必死にこらえながら何があったのかを確認するリンファ
そこにはトランクの前で両手を広げ杖を構える小柄な少女の様なゴブリンが立っていた
「お、女の子……? ゴブリンなのに……!?」
「ゴブリンハーフ……! トランクはやらせないよ!」
小柄な少女の様にも見えるそのゴブリンはリンファを睨みつけ、更に光の弾を次々と放つ
様々な軌道を描きながら洗練された動きで緩急を付けて襲い掛かるその魔法をかろうじて受け流すリンファ
これまで受けてきた魔法と違い、練度の高い技術を感じる魔法に反撃の糸口を掴めない
「トランク、早く立ち上がって! あれを使うから跳んで!」
「ピ、ピスティル……? お前どうして……!?」
光の弾を数十発撃ち込んだかと思うとその弾が着弾するより早く次の詠唱に移るピスティルと呼ばれたゴブリン
「なんて魔法のリズムだ……! そのまま攻撃をかわしてるだけだと危ない!」
継ぎ目なく繰り出される魔法に防戦のままでは危険だと判断したリンファは撃ち込まれる魔法をギリギリでかわし反撃に転ずる
光の弾を螺旋の動きで弾き、捌き、爆発を伴いながらピスティルに迫るリンファ
完全にかわし切れず次々と体は傷ついていくが、構わず一気に踏み込む!
リンファの拳がピスティルに迫る
トランクよりも二回りも細く小さなその身でありながら、ピスティルはトランクの前から退こうとしないばかりか視線すら外さずリンファを睨みながら詠唱を続ける
トランクは我が身を砕いた拳が迫る華奢な肉体を庇おうと必死にその腕を伸ばす
だがリンファの拳には一瞬間に合わない!
しかしリンファはまさに直撃するその刹那、撃てば砕けるであろう少女のようなその姿に一瞬躊躇をしてしまう
ピスティルの鼻先まで肉薄させた拳がゆらぐ、そして接触するわずか前にピスティルの口が開く
「貴方の負けよ」
詠唱が完了し、ピスティルの杖から魔力が噴き上がる
躊躇してしまった拳がピスティルを捉えるより早くトランクの腕が間に合い強固な壁となって一撃を防ぐ
弾かれるリンファ
抱きしめられるピスティル
迷わず一気に跳躍するトランク
爆ぜるように跳躍し受け身もままならず背中から上階の壁に突っ込み、石壁を破壊しながら勢いを殺し着地する二人
トランクはピスティルがけがをしないように強く力を込めて庇っていた
その足元には大量の魔力の渦が滞留し、その中央には―――
「あなたがどんなに強くても、空気が毒になればおしまいよね……」
ピスティルの毒にその身をむしばまれ倒れ伏すリンファの姿があった……




