407.アルテアが見たもの
「ごちそうさまでした! とてもおいしかったです!」
親子三人がシチューの2口目を手に着けようとした辺りで響く食事完了の言葉に思わず目を見張る
害獣屋は心から満足といった顔で口元を拭い、改めて食事に感謝の祈りを捧げた
「え、えっと……おかわりとかは大丈夫?」
「お気遣いありがとうございます! でも一杯で大丈夫です、とてもおいしかったです!」
自分が食事をした机周りを綺麗にふき取ると、食器を持って立ち上がって炊事場に向かおうとするのでそれを母親は慌てて止めた
「か、片付けておきますのでお気遣いなく! 王都の方にそんな事をさせるわけにはいきませんので!」
「あはは、私は下っ端の下っ端ですよ 元々はハーフ地域の出身ですしね」
「は、ハーフ地域……ですか……?」
「あぁ、ご存じです? そりゃそうか、有名な地域ですもんねぇ」
その地域の名前を耳にしてどういう顔をしていいかわからなくなる母親に、害獣屋はあっけらかんと話し続けた
「ゴブリンハーフが生息してる地域の住民ってだけで怖がられてきましたからねぇ、お母さんがそう思われても全然おかしくないですよ」
渇いた笑顔を浮かべて戸惑う母親を横目にさっと食器を下げて席を立つ害獣屋
「でもそこに住んでたお陰で神聖騎士団の関係組織に就職できたんだから儲けもんだと思ってます、と言うわけで洗い場に置いときますね!」
そういうとニカっと笑うや否や颯爽と洗い場に向かう害獣屋をアルテアは不思議そうに見つめていた
『変な人だけど、お陰でお母さんが塞ぎこんでるのを見なくてすむのは助かるなぁ』
ここ数日の母は父を失ったせいでずっとふさぎ込んでいた
家族がなくなったんだから当然と言えば当然なんだろうが、その塞ぎこみ方はすごかった
アルテアどころかまだ幼い妹のユニでさえ、自分が悲しむ余地すら持てないほどに母は泣きくれ沈み込んでいたのだ
そんな母親の状況を見かねたアルテアは何かできることはないかと考え、それまで日課だった森での食料探しを敢行した
無謀なのは分かっていたが、できることをしたかった
ただほんの少しだけ本音を言えば、そんな家にいるのがしんどかった……というのもあった
『私って薄情な人間なのかなぁ……』
口先に運んだスプーンを唇につけたまま、アルテアはそんなことを何の気なしに考えてしまう
父親が死んだのは悲しいし、村の状況が絶望的なのは理解しているつもりだったけど、動けなくなるほどの悲しみは感じない
今できることを優先してしまう自分が、なんだか情の薄い人間に感じられて仕方なかった
『無事帰ってご飯が食べられて嬉しいけど、害獣屋さんが帰ったらまた家の雰囲気沈んじゃうのかな……嫌だな……』
できれば母親が沈み込んでるときだけ害獣屋に居てもらえないか?なんて不躾なことをアルテアは何の気なしに考えていた
「どうしたのボーっとして? お母さんが作ってくれたシチュー冷めちゃうよ?」
「へ? ひゃっひゃい!?」
頬に鼻が当たりそうなほどに顔を近づけて声をかけてくる害獣屋に、思わず変な声を出してしまうアルテア
周りに注意もせずに油断していたもんだからシチューが暴れて鼻先にわずかにかかってしまう
「熱っ!? ち、違うんです違うんですちょっと森の事を思い出してて!」
「な、何が違うのかよくわかんないけど落ち着いて、ね?」
「えっとあの、森で危ない目にあったのにこんなおいしいご飯が食べられて本当に嬉しいなって!」
焦るあまり、考えてもいなかったことをペラペラとしゃべりだすアルテア
「アルテア! 危ない目って……何があったの!?」
しかも余計な事を言って虎の尾を踏む始末
母親にはゴブリンに追いかけられたとしか話しておらず、具体的なことは話していなかったのだ
「い、いやその……ゴブリンに追いかけられただけ……なんだけど……」
「他にも何かあったのね!? アンタまだ何か隠して……」
「か、隠してなんかないって! ただ、なんかゴブリン同士が仲間割れみたいなことしてて、それで逃げられたの!それだけ!隠してなんかないよ!」
母親の剣幕にタジタジになりながらアルテアがしどろもどろに話す
アルテアは余計なことを言ってしまったと後悔をし、適当に話をはぐらかそうとした
だが……
「アルテアちゃん」
「は、はい?」
「それ、詳しく教えてくれるかな…… 仲間割れって、何?」
さっきまでの明るいあっけらかんとした表情を一変させて真剣な目つきに変わる害獣屋
あまりに違うその声色にアルテアは思わず息を呑んだ
「そ、その……大したことじゃないんだけど……なんか……追ってくるゴブリンの足止め……みたいなことをしたゴブリンが……居て……」
「どんな姿だった?」
「わ、わかんない……緑の色で……背中しか……見てないし……」
そんな話を聞いていた妹のユニが不意にアルテアの腕をかわいくポスっと叩いた
「バーン!ズバーン!」
「こ、こらユニ! 食事中にお行儀悪いでしょ!」
「叩くとね!ゴブリンがバーンって! すごかったんだよ!」
楽しそうに手を動かすユニを話しを逸らすタイミングと言わんばかりにアルテアが大げさにたしなめる
だがそんなユニを見て更に害獣屋の目は鋭くなった
「そのゴブリンは拳を奮ったんだね……? 引っ掻くでも、噛みつくでもなく」
「え? そ……その……はい……そうです……」
その鋭い視線に、何かまずいことになったと感じたアルテアは正直に話しつつ、言葉少なに口を閉ざす
全部をしゃべるのが怖い……
そう強く思うほどに害獣屋の雰囲気が違いすぎた
「他に何か覚えていること……ないかな? ささやかな事でもいい、思い違いであっても構わないから何でも話して欲しい」
「え、えっと……あの……」
まっすぐ見開かれた害獣屋の目がアルテアの目に映る
何を考えているかわからない、そのあまりにイノセントな目
「あ……あの……青かったんです」
「……何が?」
害獣屋の見開いた目を見てアルテアは鮮明にそれを思い出す
あの時見た、あのゴブリンの目
「すごく……目が青かった……気がします チラッとしか見てないから違うと……思うけど……」
父を殺したゴブリンハーフ……フロードと似ていたとは言わなかった
いや、言えなかった
母の前でそれを言うのはあまりに酷だったから
「そう……か、青かったのか……」
害獣屋はその言葉を聞いて、目を見開いたまま呟く
自分の視線がアルテアに向いていることすら忘れているかのように、その目は揺れてブツブツと何かをずっと喋りだす
突然に自分の世界に入った害獣屋にアルテアは戸惑い、それ以上何も言えなくなった
アルテアはそっと目を伏せると、椅子に座り直して何事もなかったように食事に戻る
その前に、そっとポケットに忍ばせていたグローブを握り込む
あの時、あのゴブリンから渡されたお守り
自分の命を助けてくれた不思議な魔鉱石
そして何より、人間の言葉で「逃げろ!」と叫んだ……あのゴブリン
アルテアはなんだかとんでもないものを見てしまった気がして、全てを言いそびれてしまった
そしてアルテアはそんな事に気を取られて、気づいてはいなかった
気付く余裕など、なかった
ずっと考えを口にする不気味に映る害獣屋
その害獣屋の瞳が、わずかに潤んでいたことを――――




