28.リーフと師匠
「ようリーフ、珍しいなここに来るなんて」
7番居住区の奥の奥、壁が朽ち屋根も半分落ちている様なほぼ管理が放棄されている廃屋
木材とホコリとカビが充満するだだっ広い空間が広がる一角に、やせ細った男が文字通り転がっている
生きているか死んでいるかもわからないくらいあばら骨とほほ骨の浮き出た男は、うっすらと笑いながら来客者に話しかける
「師匠、お元気でしたか」
「元気じゃねぇが死ぬことはないのは知ってるだろう、嫌味か貴様」
「失礼しました」
師匠と呼ばれた男の軽口を撃ち返すこともなく、リーフは深々と頭を下げる
「相変わらず堅苦しい男だな……で、何の用だ」
横臥のまま視線すら虚ろなまま師匠と呼ばれた男は聞く
「目的に出会いました、もうここにはいられません」
師匠はその言葉にピクッと肩を震わせる
「そうか……じゃあ約束を守りに来たわけか」
「はい、できればもう少し教えを乞いたかったのですがそうもいきません」
師匠はゆっくりと手に持っていた150センチはあろうかという長い刀を杖にして、面倒そうに立ち上がる
「約束だものな……お前ここにきてどのくらいたつ?」
「はい、概ね2年かと」
「そうだったか、つい1か月くらい前かと思っていたよ」
先ほどまで横臥し立ち上がることすらままならなそうな師匠が刀を帯刀した瞬間、その足がしっかりと床を噛む
「すまんな、長生きしすぎると年月に疎くなっちまう」
それを合図にしたかのように、リーフも腰の刀に手をかける
崩れかけの床に積もったホコリが二人の剣圧で砂嵐のように吹き荒れた
「約束通り、俺の技で俺を殺してくれ リーフ」
白刃が二振り、砂嵐の中で太陽の様に輝いた
「え!?兄ちゃん帰って来てねぇの!?」
7番居住区の中央あたり、建物自体は古びているが割と手入れのされている平屋の一角の宿舎事務所で兄のリオは素っ頓狂な声を上げた
「あぁ、リーフだろ? まだ帰って来てねぇと思うぜ、工場札も返しに来てないしな」
緑色の皮膚をした男は、自身の毛皮の様な腕毛を面倒そうに軽く毟りながらそう返事をした
「えぇー、あんなにすごい速さで走ってったのになぁ……」
「そういえば交易区でなんか騒ぎがあったらしいけどなんかあったのか?」
「そうなんだよ! 雲菓子買おうと思ったら角牙の連中が因縁付けてきやがってさぁ!もう大乱闘よ!」
それを聞いた男は手悪さをやめて真剣な顔になる
「角牙と揉めただと? 怪我はしてねぇか?」
「大丈夫よ!それどころかあいつらボッコボコになったんだぜ」
「馬鹿いえ!……あぁ、リーフが助けてくれたのか!だから探してんだなぁ」
「そうだけど、それだけじゃないんだぜ!もう一人すげぇ強い人が助けてくれたんだ!」
そう言いながら自慢そうにその人物を紹介しようと手を向けるが、その方向には人っ子一人いない
「へー、ここは石を掘ってる人が住んでるんだねぇ、すごいねぇ!」
「ん!兄ちゃんもリーフ兄ちゃんも石掘ってちゅーおー?に売る!ルイも手伝ってるの!」
「いい子だねールイ君」
リンファは弟のルイを背中におぶりながら、居住区に住んでいる人の事や色々な事を聞きながらウロウロ
「リンファさん!ちょっとウロウロしないでおくれよ!」
「あぁ、ごめんごめんリオ、撲こういうところ来たことないから珍しくてつい」
声をかけられてバツが悪そうにリンファがリオの元にかけよる
「あんた見ない顔だな?ウチらの居住区の人間じゃねぇな?」
「あ、えーっと 僕はリンファと言います、ここに来たのはついさっきで……」
「へー、緑の民でまだここに来れるような奴がいたとはねぇ、地元はとっくに戦火で焼け野原になってるかと思ってたよ」
「あ、えっと……」
何と答えていいかわからないリンファを見て、悪い事を聞いたと勘違いをする男
「すまん、故郷の話はお互い聞かないのがここのルールだったな、すまんすまん……リーフだっけか?多分あの骨皮親父のところにいるんじゃないか?」
リーフの名前を耳にしてピクッと肩が震えるリンファ
「げー、あのお化け屋敷の骨皮親父のところかよ……リーフ兄ちゃんもよく行くよなあんなところ」
「あの……リーフさんってどんな人なんですか……?」
リンファは恐る恐る尋ねる
「リーフかい?ちょっと堅物だけど、仕事も真面目だし優しい奴だよ、面倒見もいいしな」
そう言いながら顎に手を当て、少し考えるようなそぶりをする
「アイツも苦労したみたいでな、腕と首にでかい傷痕があるらしくていっつも布巻いてるよ あいつも戦争でひでぇ目に遭ったクチだろうな」
さきほどお互いの事は聞かないのがルールと言いながらペラペラとリーフのこと話してしまう男
「っといけねぇ、仕事に戻んねぇとな リオ、行くんだったらリーフに札返してから遊びに行けって言っといてくれ」
「わかったよ! リンファさん、行こうぜ!」
リオが先頭を切って走る後ろを、ルイを背負ったリンファは追いかけて行った
「リオは相変わらず元気がいいなぁ、ええこっちゃ」
そう言いながら男はふと何かに気づく
「そういやさっきのリンファとかいうやつ、腕に毛が生えてなかったな……」
そういいながら男は緑の民の特徴である毛深い腕の毛皮を軽く撫でつけた
廃屋の広場は白刃の嵐が吹き荒れる地獄と化していた
通常の達人同士の戦いであれば一撃の瞬間を狙い、攻めを繰り出し鎬を削るのが定石であろう
だが師匠と呼ばれた男は刀を構える様な事はなく、まるで枯れ木を振り回すように長物を軽々と振り回し斬りかかる!
リーフはその連撃を時にかわし、時に流し、時に崩し、一撃を狙う
その斬撃の嵐を凌いではいるが、防ぎきれない白刃が徐々にリーフの皮膚と肉を削いでいく
その攻撃の隙間を狙い、リーフが剣撃を放つがその一撃が師匠の身を刻むと同時に、その傷はみるみると塞がっていく
リーフの傷は広がるが、師匠には傷一つ残せない……!
「どうした、俺はまだ生きてるぞ……早く殺してくれよリーフ」
「くっ……!」
言葉を放ちながらもその剣戟は衰えを見せず襲い掛かる
その時師匠の左袈裟懸けを鎬で受け流し、そのままの勢いで攻勢に転ずる!
斬り落としの瞬間刃が揺らめき音速で振り下ろされた!
【北天一刀流 鷹翼落】
だが師匠の肩から脇腹に抜けたはずのリーフ刀は皮膚一枚も裂くことなく、その場に無傷で立つ師匠がその隙を逃さず鋭く踏み込む!
【北天一刀流 芥子粒通】
その一撃を捌こうとするリーフの切っ先、鎬、鍔元、右手先、腕全ての間を交わしてピンポイントで肋骨の隙間に突きが刺さる
肋骨の隙間から心臓にたどり着こうとする瞬間リーフは体を大きく捻り肋骨の隙間を向きを強引に変えて致命傷を回避!
だが肋骨には切り欠きが残り、緑の血が噴き出す
「相変わらずとんでもない動体視力と身体能力をしてやがるな、目に頼ってる内はまだまだとは言うが、それは素直に感心するぜ」
「師匠の教えの……賜物です……」
血が溢れて止まらない傷口を必死に回復魔法で抑え込む
「回復魔法か、便利な世界だよなここは 20年ぽっちの勉強じゃ最後まで自力で魔法だけを使う事は出来なかったなぁ」
そういうと師匠は刀を床に突き刺し、右手を逆手に、左手を順手に握りこむ
「だが100年かけてこいつを編み出せたんだ、人間大事なのは絶え間ない修練だよな」
師匠の足元から冥力による瘴気が溢れ出し、刃に収束していく やがてその刃は漆黒に染まり体中に瘴気の筋が走っていく
「すまんな、もう20年も稽古してくれればきっとお前は俺を殺せたんだろうが、お前は多分そんなに待てないよな」
体中の血管がどす黒く変色したかのように、漆黒の筋が師匠の体中に走り、おぞましい姿に変容した
「……不肖の弟子で申し訳ない」
そういうとリーフは刀を鞘に戻し、抜刀の構えを作る
「あぁ、それでいい 俺は鞘を捨てる お前の刀が鞘に帰るか俺が鞘を拾うか、そのどちらかだけだ」
師匠は刀を肩に担ぎ、右足を大きく前に出し獣の様に低く低く構え溜める
「頼むぞ、俺を殺してくれ」
心からの懇願をして、足元の床ごと地面をえぐり壊して師匠の姿が消えた
【北天一刀流化外奥義 冥】
闇の光が空気を暗黒に浸し、ぞるんと形容しがたい斬撃がリーフの体を通る
脳天から股先まで通ったその黒い斬撃はリーフの体を二つ別れにした……はずだった
だがその時チャキン と乾いた金属音が響く
両断されたはずのリーフの手元が動き、鯉口に鍔が当たる音が響く
リーフの腕から緑の鮮血が噴き出し、左中指から肘まで一本まっすぐな斬撃の傷口が露になる
【北天一刀流終奥義 命断】
鞘に戻ったはずの刀はリーフの腰元で鞘ごと粉々に、まるで粉雪の様に砕け散った
そしてそのリーフの眼前にはその身を斬撃にて切り伏せられ膝をつく師匠の姿があった
「ありがとう……ありがとうリーフ……!見事だ……!」
北天一刀流終奥義、それは師匠が自らを殺すためだけに編み出した抜刀術
師匠は流れる赤い血を愛おしそうに掌ですくい、歓喜の涙を流した
「やっと……やっと死ねる……!神のバカ野郎……神のクソ野郎……!」
呻くように喜びの声を上げる師匠の言葉を汲んだかのように、リーフはその止めをささんと師匠の刀を握り、上段に構える
「師匠、おさらばです」
リーフの上段からの一撃が師匠に降り注ぐ瞬間、その手を何者かが弾き飛ばす!
【八極剛拳 電光箭疾歩】
リンファの拳がリーフの右手を撃ち抜き、魔導発勁の共振が爆発!
吹き飛ぶ右手を返し、袈裟懸けに斬りかかるその刃の柄を拳で押さえ、鎬を削る!
「リーフ!一体何をしようとしているんだ!」
「リンファ……何故だ!?」
北天一刀流と八極剛拳、互いに交わるはずのない異世界の道が交わり剣士と拳士が激突する――




