14.僕が守ります
リンファの瞳は澄んでいた
美しく丸く、そして青いその瞳は澄んだ瞳で大粒の涙を流す
彼の腕に抱かれたのは、ボロボロのアグライア
かつて彼を殺そうとし、温かい握手をくれた気高い女性
息も絶え絶えの彼女は、リンファを守る光の壁をなおも維持していた
「もう、もう大丈夫だよアグライアさん……僕起きたから、元気だから……!」
どこを見ているかもわからないその虚ろな瞳がリンファを写すと、アグライアが少しだけ微笑み光の壁が消失した
「あぁ……リン……ファ……よかった……」
「なんで……なんでこんな……ごめん……ごめ……」
泣きながら謝ろうとするリンファの頭をボロボロの震える手がわずかに撫でる
「謝る……な……大丈……夫……だいじょうぶ……」
リンファの手触りに安心したのか、そのまま意識を失うアグライア
リンファは肩を震わせながらしっかりとアグライアの力ない体を支える
「あぁ……なんで僕は……魔法が使えないんだ……傷を癒してあげられないんだ!」
魔法が使えればこんな傷すぐに治してあげられるのに
魔法があればみんなにつらい思いをさせずに済んだのに
魔法があればお母さんも死ななかったかもしれないのに
「おのれ……息を吹き返すだとぉ……!?化け物めがぁ!」
ガルドが部下から剣を奪い、憤怒の形相で迫る
リンファは視線も向けずアグライアをかばいながらガルドの足を払い、寸勁にて吹き飛ばした
ガルドがあっけにとられる中、リンファは無表情に視線を向ける
「少し待っててください……ちゃんと相手しますから」
静かな言葉に、憤りすら感じさせない圧が宿った
リンファは首に巻いていた母親の形見の布をアグライアの顔の傷に巻くと、上着を脱いで枕としてあてがってやる
呼吸は絶え絶えで脈拍は早く弱々しくなっているアグライアを優しく寝かしつけるとリンファの丸い瞳から大粒の涙がこぼれ、アグライアの頬にかかる
けれどリンファ歯を食いしばり涙を必死にこらえる
「僕は魔法を使えない……アグライアさんを治せない……」
大きな声で泣いてしまいたい、後悔に溺れたい、喉が枯れるまで謝りたい
できない事の多すぎるわが身の不幸を叫びたい!
でも、それをしちゃいけない
アグライアさんは僕の目を見て尊敬してくれた
村人が醜い化け物と石を投げた僕の手を取り握手をしてくれた
命を懸けてもいいと心から思ってくれて、身をもって示してくれた
そんな人の命がけの優しさにごめんなさいって言っちゃだめだ!
食いしばる歯から血がこぼれる
燃えるように熱い緑の血が地面に落ちる
「ありがとう、アグライアさん 今度こそ僕が守ります、絶対守ります」
涙を振り切り、リンファが振り返る
意識を失っているはずのアグライアの唇に、かすかな微笑みが浮かんだ
「お待たせしました、ガルドさん」
リンファの声は静かだ
「人の言葉を流暢に喋りおってこの化け物!神に仇なす穢れたゴブリンくずれめ!」
焦りと緊張で早口にまくしたてるガルド
「化け物でもなんでもいいです、魔法も使えない僕はきっと人間でもゴブリンでもないのでしょう」
その拳を前に突き出しながら、ゆっくり体を半身に構える
「できないことで泣くのはもうやめます 僕にできることは……」
固く閉じたその拳を大きく、柔らかく、大輪の華のように開く
「掌で守りたい人を守り、拳で理不尽に抗う!」
地面が大きく揺れ動き、リンファの足元が揺れる!
「他人にどう思われようと、自分として生きる!」
【八極剛拳 地烈爆震脚・起】
腐りはてた冥力の大地が、奥深くに沈む魔力の震えで揺れ動いた
「黙れぇ!この神住まう世界にはびこる害虫がぁ!」
ガルドは魔玉剣を逆手に構え魔力より身の丈より大きい炎の玉を錬成
それを数十個同時に発動させ、一気にリンファに向けて発射した!
「聖なる炎で浄化してくれる!消し炭になれぇ!」
火球が狼が駆ける如き速さで迫る
一瞬リンファは自らの手に目をやるとそこにはアグライアがくれたグローブ
『ごめんね、ちょっと熱いかもしれない』
リンファは両の手を天地に構えるとゆっくりと脚を開く
火球が降り注ぎ、業火の柱が立ち上る!
「魔法に耐性のない枯れ木のような貴様ではとても耐えきれまい!神に詫びろぉ!」
立ち上る炎を見ながらゲタゲタと笑うガルド
そのガルドの目の前で炎の柱が丸く収縮したかと思うと即座に霧散した
「なぁにいいいい!?」
「謝る理由もないのに頭を下げるのは、かえって失礼ですよ」
リンファが、掌から煙を上げて現れる
「そ、そんな馬鹿なぁ!!!」
絶叫しながらガルドが再び炎を放つ。
リンファは掌で火球を螺旋に導き、円を描いて霧散させる
「魔法にも色々形があるんですね、あなたの魔法は素直でとても制御しやすい」
「ふざけるなぁ!!」
ガルドが叫びながら雷撃呪文を詠唱してくるが、リンファはその雷撃を半歩の動きとわずかな身の捻りでかわし続ける
閃光のような速さの雷撃がリンファに直撃することなく力なく地面に放電、霧散していく
その魔法一撃一撃全てはリンファにとって致命傷に至る一撃であることに変わりはなかったが、それを理解したうえでリンファは死に至る魔法全てを捌いたのだ
ガルドに歩を進めようとするリンファに数十匹のゾンビが迫る
失った右手の傷を必死に回復しながらミアズマが決死の表情でゾンビを操っていたのだ
「よくも・・よくも私の右手を……!殺してやる、ころしてやる!」
四方をゾンビに囲まれた事に気づいたリンファがカッと目を見開きアグライアの方を向く
だがそこにいたのはゾンビではなく、さっきまでアグライアを縛り付けガルドに逆らえなかった神聖騎士団の一人……
かつてアグライアの部下だった男が、リンファに顔を向けることなく必死にアグライアに回復魔法を唱えていた
「……そこの騎士さん、聞こえますか」
肩をビクっと震わせ、小さく頷く
「あなたがアグライアさんを手当てしているというのは理解しています、ですが私はあなた方を信用していません」
ゾンビが少しずつ包囲の輪を縮め迫る
「もしあなたがアグライアさんを危険にさらしたりしたら、あなたの逃げ足より早くこの拳でその胸に風穴をあけます」
「わかっている……すまない……私はわが身かわいさのあまりに恥ずべき行動をとった……!」
彼はガルドに異議を唱えたケヴィンが焼き殺されたのを目の当たりにしたうえその死体を命令で洗わされた
さらにケヴィンの死体がゾンビとなりゆくさまを見て、ガルドやミアズマに恐怖し逆らえなくなってしまったのだ
「私も……私も人間で居たい……!すまない……すまない……!」
狼のゾンビがその騎士に襲い掛かりその首筋に噛みつくが騎士は悲鳴を上げながらもアグライアをかばいながら回復魔法をやめなかった
リンファは即座に飛び込み、そのゾンビを吹き飛ばしながらチラリと騎士の顔を見た
大の男が涙と鼻水を流しながら、顔を真っ赤にして叫びながらそれでもその手の詠唱を止めようとしていない
そんな男の顔が瞳に飛び込んできたから、リンファの口が自然と言葉を生んだ
「……お互い、間違えないようにしたいですね」
それは奇しくも、かつてアグライアがミナにかけた言葉と同じ言葉だった―――




