第十九話
蛇は木に縛り付け、パンダはヴェルガルドが担いで家の中へと。一応縛ってみるが……なんか毛が邪魔だな。モフモフで縛れん……!
「その人は大丈夫です。私にも……優しかったですから」
私にも……?
「他に誰か居るのか」
「先程まで、私の婚約者候補が一緒でした。しかし用を足してくると出て行って……そういえば、遅いですね」
きっと大きい方だろう。そいつが戻ってくるまでに、聞きたい事を聞いておくか。
「レイヴィーユという魔法使いを知っているな」
「……その名を知らない者は、この国には居ません。教皇のもっとも側近の魔法使いですから」
教皇の側近……私の知るレイヴィーユは、教皇その人だ。
まさか側近になっているなんて。
いや、というか生きている筈が無い。あの時死体を確認した……それ以前にこの世界は、あれから数百年経っている。私のように時間軸を狂わせられなければ……
むむ、ヴェルガルドが首を傾げている。何か思う事があるようだ。
「どうした、ヴェルガルド」
「なんか……大人だよな、アンタ。俺の知ってる姫君は……まだ十代の筈だ」
「私は今年で二十七歳ですが……」
ヴェルガルドが混乱している。まあ無理もない。こいつらは私のように、あのグリムノーツ潜水艦が妖精の国だなんて気付いてないだろうしな。
「ヴェルガルド、詳しい話は後でしてやる。今は目の前の現状を受け止めろ」
「……どういう事だ」
「さっき、婚約者候補が居たと言ったな。あんた、その歳でまだ婚約してないのか。王族じゃないのか?」
王族は……早ければ年齢一桁でも婚約させられるはずだ。
「戦争中ですので……とてもそんな事をしている場合ではないので。この戦争は十年以上まから続いていますし。でも最近ようやく停戦の提案がなされたのです。しかし……」
「……何か気になる事が?」
「私は敵国……いえ、帝国との停戦調印式に参加する予定でした。ですがそれは中止になったと知らされたのです。我が国の中で、停戦を良く思わない過激派が、私を暗殺するかもと……」
暗殺……。調印式のゴタゴタに混じって……と言う事か。
こいつらパンダ達は、その姫を守る為に? いや、どちらかと言えば、過激派はこいつらの方だろう。
「そんな重要人物の姫君が、何故こいつらと一緒に居るんだ」
「レイヴィーユの提案……でした。王都も安全ではない、それならば森の中に息を潜めた方が確実だと。しかしその……」
侍女らしき女と顔を見合わせる姫君。
しかしこうしてみてると、アンジェリカにマジでクリソツだな……双子だから当たり前かもしれないけども。
「何かあるのか?」
「護衛がエレメンツ……あぁ、彼らの事です。私達は常日頃から護衛の軍人と共に居るのですが、何故かエレメンツだけを帯同させられ……それも秘密裡に」
「……過激派は軍人の中の誰か分からないという事か。しかしエレメンツはレイヴィーユの配下で、過激派が混ざっている可能性は低いという判断だろうな」
……ちょっと待て、さっきまで居たという婚約者候補は?
「用を足しに行ったという男は? あんたの口ぶりからして、こいつらみたいなエレメンツでは無いんだろう?」
「ええ、彼はただの軍人です。レイヴィーユも彼だけは信頼していて、帯同を許されたようでした」
「信頼に足る理由は?」
「私の幼馴染ですので……それと、彼はなんというか……とても軍人とは思えない程に軟弱で気弱と言いますか。とてもでは無いですが過激派とは……」
まだ戻ってこないのは……その辺で毒蛇にでも噛まれたのかもしれない。まあ、今は放っておこう。
さて、ここからは肝心かなめの話をしなくては。
「私はアンジェリカという娘を知っている……というか、一緒にこの国に来た。途中で運悪くはぐれてしまったが。彼女が今までどこで何をしていたのか、ヴェルガルドの方が詳しいんじゃないか?」
「……どういう事ですか? というか、そちらのヴェルガルドさんは……帝国の方……ですよね? 何故この国に? まだ正式に停戦がなされたわけでも無いのに、どうやってここまで……」
ヴェルガルドは未だ混乱中のようだ。
コイツの知っている情報と噛み合わない部分が多いのだろう。
「色々聞きたい事はあるが……アンジェリカの事? あぁ、まあ……奴は奴隷騎士の一人だ。いや、だったというべきか」
「……奴隷騎士? それは、御伽噺の……」
奴隷騎士? 私が居た時代でも、既に御伽噺と化してる存在だぞ。
「御伽噺になってる事は無論、俺も知っている。だが実在したんだ。奴らは……正真正銘の化物だ。剣一本で制圧兵器を逆に制圧しちまうんだから」
「待ってください、妹は……戦っているのですか? この戦場で……?」
「あぁ。俺も何度かやり合った事あるが……本気で殺そうと思った事は無い……と思う。油断すればこちらの首が飛ぶくらいには強い。初見はゾっとしたな。十代そこそこの娘が、錆びた剣で一瞬で間合いに入ってきた。それこそ御伽噺だと思うくらいにな」
姫君は口を塞ぎながら震え始めた。侍女はそれを支えるように寄り添う。
「あの子は……妹は捨てられたと聞きました……。この国では、双子は忌み子として扱われ……いえ、それ以前に教皇の娘が二人居ては、混迷の極みなのです」
「どういう事だ」
首を傾げる私へと、ヴェルガルドが姫君の代わりに説明してくる。
「アーギス連邦では、教皇の娘を娶った王族が、国王として認められるという……まあ、ちょっと変わったシステムがあってな。もともと、三国が集って出来た国だから、王家も三つあるんだ。まあ、王家と言っても名ばかりだがな。実際は周辺の貴族が代わり替わり、王家という家柄を継いでいるらしい」
「いや、意味が分からんのだが。なんでそんなややこしい事するんだ」
「知らんね。考えた事もない。他の国の継承なんぞに興味はないからな」
お前はそうだろうな。
「教皇の血を……絶やさないためです」
姫君は震えながらも答えてくれた。教皇の血……嫌な予感しかしない。
「まだグランドレアという国が存在していた頃、その国には神の血を受け継いだ教皇が居たらしいのです。決して比喩などではなく、神そのものの、血を引き継いでいるとされていました」
それは……まさに私が敬愛する教皇の事だ。
尤も、神の正体は宗教上のアレではない。ある日突然、この星に飛来した……外来種だ。
教皇はその外来種と人間の女の間で生まれた子供。子種を女に植え付けた数日後に塵になったとされているが……実際は殺されたんだろう。人間に。
「それで? その血を絶やさまいとしてきた割に、アンジェリカはあっさりと捨てるのは双子だからか? 私なら、別の男とくっつけて保険にするがな」
ヴェルガルドがちょっと引いてる。
分かってるよ、私だって自分で言ってて血も涙もないと思ってるよ。
「……私も詳しくは知りません。双子は忌み子とするのも、もしかしたら……その保険を作らせないための方便かもしれません」
姫君は怒りと恐怖で声が震えている。
アンジェリカは生きていた。それ自体は喜ばしい事だろうが、それによって何が起きるのか。
もしアンジェリカが生きている事を知っていて、尚且つ王家の血を引き継いでいると知っている人間がこの国に他に居たら……アンジェリカを利用するだろう。
「姫君、アンジェリカを捨てた事を知っている人間はどれくらい居る?」
「ここに居る彼女と私……それとレイヴィーユ……あとは……」
「待て……帝国側にも居るぞ……」
ヴェルガルドが何か気付いたように、珍しく顔を真っ青にしていた。
「アンジェリカと姫君は瓜二つだ……あいつなら即座に気付いた筈……それにあいつなら、アーギス連邦の継承の事を知っていても不思議じゃない……」
「おい、誰の事を言ってるんだ。あいつって誰だ」
「あいつの目的は戦争を止める事の筈だ……いや、そもそもこの戦争は……」
「おい!」
ビクっとヴェルガルドが私の声に震える。なんだなんだ、さっきまで元気一杯に刀を振っていたくせに。
「なんだ、誰の事を言っているんだ、お前は」
「……オルビスだ」
オルビスって誰だっけ。
あぁ、顔のいい男か。
「あいつが何なんだ。お前の仲間だろ」
「仲間? ただ趣味が合うだけだ。姫君も知っているな。帝国のオルビスだ」
すると姫君も顔を真っ青にしていた。
なんだお前等、揃いも揃って。
「彼が……この国に来ているのですか? 今どこに?」
「そういえばあいつとも、はぐれたままだ。まあ、生きてはいるだろうが……」
「……彼とは小さい頃に出会って、それっきりです。しばらくして戦争が始まって……」
アンジェリカは奴の事をヌチョさんと呼んでたな。なんでかは知らんけど。
しかしなんというか……物凄く親し気というか、どんな鈍感な奴でも気付くと思うが
「アンジェリカは、あいつに気があるんだろう?」
「いやいや、オルビスの方も相当気になってるみたいだったぞ。俺がアンジェリカと話してるだけでヤキモチ焼いてたからな」
姫君の震えが止まった。
そしてそれまで見せなかった表情で、私達の顔を交互に見てくる。
「……それは本当ですか?」
ん? なんか声色も……太くなった?
「ま、まあ……あだ名で呼ぶくらいには仲良さげだよな、ヴェルガルド」
「そ、そうだな。アンジェリカが寝込んでる時、見た事もない顔して心配して……」
あれ……目の錯覚か? 姫君の背中に炎が見える気がする……。
「二人は……生きているのですよね」
これは……まさか……
「ひ、姫様?」
先程まで侍女が支えていたのに、いつのまにか拳を握りしめて、今にも殴り掛かってきそうな雰囲気の姫君。こうしてみるとアンジェリカとそっくり……いや、もうそれは分かっているんだが、なんか雰囲気というか何と言うか。
「ふふ、ふふふ、流石双子……でも妹だからって……人生で唯一惚れた男を渡すわけにはいきませんよね」
別の戦争が始まろうとしている。
正直、お菓子を片手にかぶりつきで鑑賞したい戦い。
そう、生き別れた双子が、一人の男を巡っての戦いの火蓋が、今……
「ほんぎゅああぁぁ! 腹がぁ、腹がぁぁ!」
ぁ、パンダが目覚ました。




