Ep.12 親バカの心、子知らず②
「魔族って、無理に決まってるでしょう!!」
私は机をドンと叩きながら勢いよく立ち上がった。アルマストはそんな私を意に介さず、言葉を続けた。
「勘違いしないでください。依頼内容は魔族の討伐ではありません。」
「だったら何よ。いずれにしても私にできることなんて限られて……」
「ルリさんには、魔族との戦闘を遠くから見ていてほしいのです。」
私はアルマストの依頼の内容がまるで理解できず、思わず首を傾げる。戦闘している様子を見る……授業参観みたいな感じかしらと、想像できるようなできないような微妙な例え方に、我ながら苦笑する。その様子を見たアルマストは咳払いをし、改めて説明するべく口を開いた。
「ルリさんが初めて会得した魔法……"天火燦蚕"ですが、これは炎の汎用魔法としては最高位に位置するものです。」
「汎用魔法……?」
「はい。はるか昔の賢者達によって確立された方法論が残っており、今では書物と修行する時間さえあれば誰でも使えるようになる魔法です。家庭用に整備されているものも含みますね。」
「なるほど……それじゃ、それ以外の魔法もあるということかしら?」
「その通りです。汎用魔法は人間にも魔族にもやり方が広く知れ渡っているのですが、それこそが汎用魔法の弱点……対策が容易なのです。ですから魔法を使って戦うには、そこにオリジナルの工夫を凝らす場合が多いのです。」
「オリジナルの魔法……ガステイルさんの使った魔法みたいな感じかな?」
「そうですね。彼の質量構築魔法もそのひとつです。魔王討伐パーティーの話でしたら、英雄アルエットは身体強化の魔法を得意とされていたと言われていますね。」
「へえ、身体強化かぁ。強いお姫様って聞いてたけど本当に物理的に強いお方だったなんてねぇ。」
「ええ、それでも当時の魔王とは相討ちだったそうですが……。」
アルマストの表情が少し曇る。私は慰めるために慌てて話題を変えようとおどけてみせた。
「ああ、いや、その話と魔族の討伐を見る話がどう関係があるんだい?」
「そ、そうでしたね。不思議な話ではありません……ルリさんの使える魔法を増やそうという話です。」
「使える魔法を増やす……」
「はい。先程も申し上げましたが、"天火燦蚕"は最高位の汎用魔法の一つです。その威力は申し分ないと同時に使用する魔力量も多く、低レベルの魔物討伐で使うには無駄が多すぎます。」
「なるほど、燃費が悪いってことね。」
「ネンピ……?」
聞きなれない言葉にアルマストが首を傾げる。
「いや、気にしないでちょうだい。続けて。」
「えっと……。そして、ルリさんは特異体質の影響で魔力の流れを直接見ることで魔法を扱うことができるので、安全な場所から戦闘を見ていただければそれだけで汎用魔法の習得が可能なんじゃないかと思ったんです。」
「なるほど……理屈は分かったけど、そんなに上手くいくものなのかしら?」
「私もそう思います。なのでものは試しと思いまして……」
ものは試し、そう言われて私はソイルバートで出会ったガステイルの魔法を思い出していた。あの時、狼たちを蹴散らした銃弾の魔法を記憶の中で順に、丁寧に再現していく。魔力が急激に抜けたと思った次の瞬間、固く握りしめていた右手の中にコロンと何かが転がる感触がした。ゆっくりと右手を開くと、そこには銃弾の形をした塊があった。
「あ、できたかも……質量構築魔法。」
「なんですって!?!?」
私がそう言って生成した銃弾をコトリとテーブルに置くと、アルマストはゆっくりと震えた手で銃弾を持ち上げる。そのまま訝しむような目で銃弾と私を交互に見つめていた。その空気感に耐えられず私は思わず目を背けながら言い訳のようなものを紡ぐ。
「あ、いや、その……ガ、ガステイルさんは射出までやってたけど、ちょっとそこまではやめた方がいいかなというか、ここ他人の家の室内だからやりすぎも良くないというか……。そ、それにこれ1個作るのにすっごい魔力使っちゃって、実践とは程遠いし。それによくわかったわ、魔力の無駄遣いはだめだなぁってこと!」
「ルリさん。」
「ハイッ!」
アルマストは言葉の刀身で私を袈裟斬りにするように言い放つ。見事に斬られた私は椅子に座りピンと背筋を伸ばす。
「……いえ、魔力を直接見て真似たという発言からここまでできることを予測しておくべきでした。それはこちらの不手際ですね。」
「え……」
「ルリさん、これから使うのは基本的に汎用魔法だけにしましょう。見て覚えるのはいいですが使うのは可能な限り私の許可がある範囲で……お願いします。」
「……理由を聞いてもいいかしら?」
「貴女の力は強力で、便利で、そして何より希少です。それらは我々や貴女自身に多大なる恩恵を齎します……が、それと同時に貴女を危険にも晒すことになります。貴女の力を利用しようと目論む組織は数多あることでしょう。その中に一つ、王と教会でさえ手を焼いている巨大組織があります。」
危険に晒される……その言葉にゴクリと固唾を呑む私。そのまま神妙な面持ちでアルマストの言葉を待っていた。
「名を『ネオワイズ盗賊団』と言います。かつて魔王討伐の英雄達とも剣を交えたとも言われている、オルデアの反政府体制とも言うべき組織です。」
「ネオワイズ……盗賊団」
「彼らに目をつけられたら終わりです。ルリさん、くれぐれも軽はずみな行動は慎んでください。」
冷や汗が一筋、私の頬を降りていく。それからの食事の味は覚えていない……それほどまでに、私の脳裏に『ネオワイズ盗賊団』の名が刻み込まれていた。




