Ep.11 親バカの心、子知らず①
「ルリさん、そろそろ起きてください。」
唐突に名前を呼ばれた私は、居眠りをしていた椅子から立ち上がる。ふと窓を見ると既に日は昇っていた。私は声の主――アルマスト・フォーゲルの方へと向き直り、不満そうに口を尖らせながら言った。
「ノックくらい、あってもいいんじゃないかしら。」
「もちろんしましたよ、三度。ですので神様もお許しくださるでしょう。」
「え?」
「ああ、ルリさんはご存知ないかもしれませんね。どんなに応答がなくとも、三度目のノックまでは神様が見ていらっしゃるのですよ。」
「へぇ……」
(仏の顔も三度まで、みたいな話か?いやでもあれは我慢強い人でも限界はあるみたいな意味だし……)
アルマストが言う不思議な風習に、私は首を傾げる。腑に落ちないままあれこれ思案を巡らせていると、アルマストが仕切り直すように呼び止める。
「それより、早く来てください。朝ごはんができています。」
「え!?いいのかい?」
「いやいや、一緒に住んでいるんですから当然ですよ。遠慮しないでください。」
「いや、でも悪いし……だったら、生活費なり多少出すよ!」
「そんなことをしている暇があるなら早く借金を返してくださいね。」
「うっ……ぐ……」
ダメだ、借金を出されるとどうも弱い。とにかく完済しない限りは生活面でアルマストには完全に従わないといけないようだ。私はアルマストに続いて部屋を出た。
階段で1階まで降りたあと少し廊下を歩き、アルマストは突き当たりの扉をバタンと開く。私はアルマストの背後から部屋の様子を窺う。華美な照明と十数人が同時に座れそうなほどの長机、まるで漫画の豪邸で出てくるような食堂が、目の前に広がっていた。
「おぉ……」
圧巻のあまり声が漏れる私をよそに、アルマストは少し肩を下ろした様子で一番右の席に向かう。私はその後ろ姿を不思議に思いながらも、少し駆け足で追いかける。そして料理の置かれているアルマストの正面に座る。
(もう何度かこちらで食事をしたけど、食文化は本当に日本そっくりね……違和感が残るくらい。)
私は小さくいただきますと呟いて、そんなことを考えながらステーキを切る。いや、流石に朝食からステーキを食べるのはなかなかないけども。ステーキを頬ばろうとしたところで、私はようやくアルマストが俯いたまま食事に手をつけていないことに気付いた。
「食べないの?」
「え、いや……」
「何か私に用があるんじゃないの?」
「あぁ、そうでした。まずそちらを済ませておきましょう。」
アルマストはそういうと、懐からコインが入った麻袋を取り出した。
「こちらが今回の報酬……ルリさんの取り分です。ざっと200ルペアですね。」
「ルペア……なるほど、それで返済は5%だから……」
「はい。差し引き190ルペアをルリさんにお渡しします。」
アルマストは袋からコインを数枚取り出しながら言った。
「ははっ、これで残り249万9990ルペアか。随分先が長いわねぇ……」
「ええ。そこで提案なんですが……ルリさん、私の分の依頼をいくつか共に受けていただけませんか?」
「ギルドで少し言ってた話ね……詳細を聞かせてちょうだい。」
「言葉の通りです。ギルドには毎日多くの依頼主から様々な依頼が届けられています。それを我々職員が適性なランクに振り分けているのですが、ごく稀に依頼主に"問題"のある依頼がございまして……」
「問題?差出人不明とかそういう話?」
「そういうものはそもそも依頼として受理されないので、今回の話とはまた別です。ルリさんにお手伝いいただきたい依頼は主に……ウチの実家周りの依頼で……」
「えぇっ!?」
アルマストが頬を染めながら俯く。アルマストの実家って……女王ってことじゃないかと私は思わず素頓狂な声を上げ、アルマストに確認をとる。
「お、王族の依頼って、大手ってことじゃないの!わ、私がついていってそれこそ問題になったりはしないの!?」
「大手……?い、一応私が目を通して厳選して相応な依頼を回しますので、ルリさんの力不足などは憂う必要はないと思います。」
「私がそれを受けるメリットは?」
「お金です。現在ルリさんはAランク冒険者ですが、実力的にはCからDランク相当の依頼もこなせるはずです。依頼のランクが上がれば当然ですが貰える報酬が増えます。」
「それなら、私たちが頑張って冒険者ランクを上げればいいだけじゃない?」
「いいえ、それだけではありません。」
アルマストはそういうと、麻袋にそっと手を触れる。
「先程、私はこの200ルペアをルリさんの取り分、と申しました。」
「そうね。」
「ではルリさん、報酬金の総額はいくらかご存知ですか?」
「純粋に4人分で割ったとするなら、逆算して800ルペアよね。」
「1000ルペアです。」
「せッ……!?」
「はい。ギルド規定に則った額です……報酬金はパーティーメンバーの人数プラス1で割り分配すること、と決まっています。」
「だったら残った200ルペアは……」
「ギルドの収入です。といっても大部分は職員の給料と国への納入金になりますが。」
「税金ってことね……」
「まあ平たく言えばそうですね。ですが私の分の依頼であれば報酬金を出しているのが他でもない国なので、納入金が必要なくなります……つまり、普通の依頼よりも取り分が多くなるんです。」
「なるほど、さっきのプラス1がまるまる無くなると考えればいいのね。」
「はい。もちろんルリさんが無理だと感じたものは断っていただいて構いません……いかがでしょう?」
アルマストが真剣な眼差しで私を見つめて問う。実際、レイズ達とは別件で金を手に入れる手段を得るというのは魅力的に見える……今のところは。とりあえずその依頼というものを聞いてみないことには始まらなさそうだ。
「それで、私に手伝って欲しい依頼というのは?」
「魔族が出たらしいです。」
私は全力で拒否した。




