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転移したらAランク冒険者でした※ただし最低ランク  作者: 盈月
第一章 教育方針の反りが合わないなんてのは、異世界だって同じことで
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Ep.10 鷹が鳶を生んじゃうことだってよくある⑩

 私は、歩いていた。

 水溜まり程度の水位で液体が溜まっており、沓がぴちゃりぴちゃりと小気味いい声を発しながら、帳の下りたような闇を、いつの間にか歩いていた。


「ここは……」


 いつからだっただろうか……そうだ、ソイルバートからザイリェンに戻り、アルマストの屋敷の一室を借りて、そのまま眠ってしまったはずだった。だとしたら……これは、夢か?そう思った瞬間だった。


「……ルリ?」


 背後からか細い女の声が聞こえた。私は勢いよく振り返る。恐らく声の主であろう黒髪の女を見留める。印象的な長い黒髪はツヤを失い乱れ、大きく丸い目は落窪んで隈が刻まれている。頬は痩け、ボロボロの白い布切れのような服を身につけたその姿は、まるで死装束を身につけた餓死者のようにどす黒い圧を放っていた。


「レーナ……」


 私は知っていた――その声の正体と、今の私にその声を聞く手段が存在していないはずであったことを。思わず目の前の親友の名を呟くだけが精一杯だった。動揺し時が奪われたかのように錯覚していた私に対し、レーナはゆっくりと距離を詰める。


「……久しぶりね。」


 文字通り目と鼻の先まで詰め寄ったレーナがそう呟く。肌に触れたレーナの息はひどく冷たく、感情すら混ざる余地のない冷徹な眼差しと共に私の心臓から熱を奪う。抗うべく早鐘を鳴らす心臓、伴って乱れ荒れる呼吸に振り回され、思わずレーナの顔に釘付けになっていた。


(夢だ、私は今まで異世界にいたんだからレーナがここにいるわけがないッ!!)


 私は冷や汗を浮かべ真っ青になった顔で必死に頭を回して今の状況を飲み込もうとする。


(……違う!逆だ!そもそも異世界での出来事が夢で、今この状況こそが現実……異世界転移なんてことが現実に起こるわけないじゃないか!いずれにしろ……もう一度レーナに会えたんだから……)


 私はそう結論付けると再びレーナと距離を取り座ると、深く土下座をした。


「ごめんなさい、レーナ。ライカちゃんのあの事故のこと……」


 レーナは静かに聞いているようだった。私は拳を固く握りしめながら謝罪を続ける。


「ゆ、許されようとは思ってない!ただ、ずっと心残りだった……ずっと、母親である貴女への謝罪ができないままだったことが気がかりだった。だから、ごめんなさい……」


 留まることを知らない津波のように込み上げる感情の濁流が、私の脳内を余すことなく塗りつぶしていく。耐え難い艱難の澱に押しつぶされそうになるような永い沈黙の後、レーナは再び私の近くまで歩み寄る。私の視界に入り止まったつま先を見留め顔を上げた瞬間、レーナは私を見下しながら低い声で言葉を紡いだ。


「それはつまり、貴女が雷花(ライカ)を殺したことを認めるのね?」

「違う!!殺してない……殺すわけがないじゃない!!!」


 私は反射的に叫んでいた。立ち上がってレーナの両肩を掴み必死に説得を試みる。しかしレーナは変わらず冷ややかに、憎悪の黒く歪んだ炎をその目に宿しながら、眉一つ動かすことなく私をじっと見つめていた。やがてレーナは私の腕を掴み、私の腕を彼女の肩からゆっくりと引き剥がす。その握力は徐々に強まり、長い爪が私の皮膚を突き破る。


()っ……」

「今、痛いって言った?」

「……」

「雷花の受けた痛みを考えたことは?」

「忘れたことすらないわよ」

「そう……その割には貴女から痛みを感じないの。さっきの謝罪も、あの件を事故と言い張ることも。こうして物理的に傷をつけて初めて、痛みが発露したようにしか……私には見えないの。」

「レーナ、信じて欲しい……お願い……。」

「ほら、貴女からの懇願はいつもそう。自分を信じて欲しいっていつも貴女自身のことばかり。どうして害を被った私たちが貴女や世間の要求を受け容れる必要があるというの?」

「そんな……」


 全身から力が抜け、私は思わず地面に膝をつく。レーナの掌から私の腕がするりと抜ける。私はレーナによる糾弾に耐えられず、ただただ項垂れたまま少しの時が過ぎた。レーナは静かに踵を返し、私を見限るように置き去りにし去っていく。その姿に思わず手を伸ばし、


「待って!!」


 と叫ぶ。自分の言葉を信じて欲しい、事故の真実を分かって欲しい、とにかくもう一度私の話をきちんと聞いて欲しいと溢れる欲求を言葉にしようと口を開く……が、それらは一切叶うことは無かった。

 私は目を覚まし、アルマスト邸のベッドに横たわっていた。


「え……あ、夢……」


 虚空に伸ばした右手がバタリと落ち、目尻から一筋の雫がこめかみを走った。私は浅く短い呼吸を整えながら身体を持ち上げ、窓の方へと目をやった。深い縹色が窓縁を染める――かつての世界による侵略から逃れるように私はベッドから下り、近くにあった手持ち燭台に火を灯した。そして部屋の隅に置いてある大きな揺り椅子の元へと向かい腰を下ろす。


「フゥーッ……」


 傍らのサイドテーブルに燭台を置き、そのまま天を仰ぎながら大きなため息を虚空に投じる。ソイルバートから帰ってきた時より疲れているんじゃないかという感覚すら抱きつつ、私の意識は再び深層へと旅立った。

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