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第10話 スライムがかわいい

 暗くて、閉塞感のある通路。


 積み上げられたレンガを模した壁面、そこにへばりつく植物の蔓。

 石造りの床と、静かに反響する僕の足音。


 地上の出入口からダンジョン突入を試みた僕は、バール(のようなもの)片手に足下の見えない道を一歩一歩歩いていた。


「ここが、1階層……」


 正真正銘、ダンジョンの1階層。


 ダンジョン――別名、『迷宮』。

 この世界にただ一つ存在し、地底に深く根を張るモンスターの坩堝(るつぼ)。底知れぬ階層の深さはもとより、その面積は現在判明しているだけでもこの街一つ丸々覆い尽している。


 ここで迷った探索者が、気づいたら別の街の出口から出てくる……なんてことはよくあることなんだとか。


 と、受付嬢さんの受け売りを思い出していると。


「――!」


 近づいてくる物音。いや、足音。

 水滴の跳ねるような音色と、軽快なその足取り。


 半透明の身体を一生懸命跳躍させて向かってくるその生き物に、僕は得物であるバールを構えて様子を窺う。


 ――最序盤のFランクモンスター、〈プレーンスライム〉。


 さっきギルドで流し見したモンスター図鑑に乗っていた情報と、容姿は完全に一致した。というか、完全にイメージ通り。一見無害そうなプニプニの身体と、つぶらで愛らしい眼。


 恐らく僕と同じ日本人なら全員揃って「スライム」と答えそうな、ただのスライム。


 さすがは1階層、とてつもなく難易度が優しい。

 けど、どう考えてもスライムに都合よく殺してもらうなんて無理だ。

 どれだけ舐めプしても到底無理だ。


「スライム、ねぇ……」


 目の前で元気よく飛び跳ねるスライムに、軽く感動すら覚える。


 ……じゃなくて、今あれは敵だから。

 あれを殺らなくちゃいけない現状に葛藤する僕を、ラファエラはここぞとばかりに後押しする。


「唯都さん、ブレスレットの効果でスライムは唯都さんに気づいていません。今がチャンスです!」

「うん……」


 心を鬼にして、バールを握りしめる。

 というか、このブレスレットそんな効果あったの?


 静かに歩み寄る僕に気づかないスライムは、元気にぴょんぴょん飛び跳ねている。


 近くで見るとかわいい……癒し。

 これを僕に()れと?

 鬼ですか?


「やっ!」

『ピュ!?』


 微かな断末魔。

 振り下ろされた鉄の刃に引き裂かれ、スライムの肉体が弾けて四散する。


 無惨にもただの水色の液体と化してしまったスライムの肉片を見て、何とも言えない気持ちになった。倒せた嬉しさ二割、倒した罪悪感八割。


(どうしよう、結構心が痛む……)


 1階層からこんな人の良心を抉るような見た目のモンスターが出てくるとか……ダンジョンを作った人は鬼か悪魔だ。


 僕の後ろで小さく拍手していたラファエラが、スライムのいた床にしゃがみこむ。


「唯都さん、見てくださいこれ」

「うん?」


 スライムの残骸の中に紛れていた、半透明の小石。紫に鈍く光るその宝石を、恐る恐る手のひらにのせて眺めてみる。屈んでやっと見えるくらいの、砂利くらいの宝石。


「〈魔石〉ですね。いわば、モンスターの核と呼べるでしょう」

「へぇ、これが……」


 すごい、感動。感動なんだけど、



「……え、ちっちゃくない? これ」



「ま、まあスライムですから……」


 こんなの落ちてても普通見逃しちゃいそうだ。

 流石に1階層のモンスターと言うべきなのか。


「一つ一つ価値は低くても、集めればきっと大金になるはずです。さぁ、じゃんじゃん行きましょう!」


 僕より乗り気なラファエラに押されて、またダンジョンの奥へと歩いていく。


 

 ダンジョンに潜って、数十分。

 徐々にモンスターとの戦闘にも慣れてきた頃。


(まだまだ……っ!)


 バールのようなものを振りかざし、足下に群がるスライムたちを蹴散らしていく。

 ラファエラのローブの効果にも流石に限界はあるみたいで、至近距離まで近づいたらスライムたちもこっちに気づくけど、攻撃は基本体当たりだけだから余裕が保てている。十数匹くらい相手取っても大丈夫そうだ。


 開けた一際広めの部屋の隅には、所々草木が生い茂っている。さっきまでの狭い通路とは違って、ここならリーチの長い得物でも思う存分戦える。


 でもその分、思わぬ方向からの奇襲にも気をつけないといけない。


 まあ、スライムの奇襲なんてたかが知れてる。

 基本的にはバールで一撃だ。


「唯都さん、後ろです!」


 正面に飛びかかってきたスライムを薙ぎ払ったところで、ラファエラの警告を耳にする。

 背後に一瞬見えた影。

 振り返って防御する暇はない。


(だったら――)


 右手からバールを離し、左手で持ち替え。

 折れ曲がった先端部を掴むと、今度は(つか)の末端が牙を剥く。


『――ピュルッ!?』


 ほぼノールックの背面刺突が綺麗に決まった。

 飛び散ったスライムが文字通り水泡となって、魔石(ドロップアイテム)を落として消えてゆく。気づけば周りにはもうスライムは潜んでいないみたいだった。


(闘えてる……?)


 静まり返った草むらの上で、バールの柄を右手でぎゅっと握りしめる。


 不思議な感覚だった。自分でも驚くくらい、初めての戦闘なのに身体が思い通りに動いた。常に敵の一手先を見通しているように、気づけば頭が勝手に的確な判断を下していた。元々の僕の身体が貧弱だってこともあるけど、やっぱりさっきの一連の動作は自分事だとは思えなかった。


 まるで本当に、誰かが僕に乗り移ったような、今思えばすごく奇妙な錯覚。

 これが〈神の記憶(メモリア)〉による恩恵だったりするのだろうか。


 でも……それはそうと。



「――いや、スライムしかいねえ!!」



 ここまで進んでも、出てくるのはスライムだけ。

 正直、飽きた。いつになったら僕はモンスターに殺してもらえるんだろう。


「お見事です、唯都さん!」


 邪悪な思考に走っていた僕に、明るい声音が投げかけられた。

 やや離れた位置から観戦していたラファエラがかけ寄ってくる。労われた僕も、やっとのことで一息つくことにした。


「これでひとまず、1階層はクリアのようですね」

「ほんとにスライムしか居なかったけどね……」


 でも、収穫としては美味しいことに変わりはない。はず。

 ここまでだいたい三十匹くらいのスライムを倒してきたから、ドロップアイテムの収益もそれなりになっていると信じたい。


 ……って、なんでいつの間にお金稼ぎのことなんて考えてたんだろう?


 ラファエラが茂みの中の魔石の回収を始めて、気が遠くなるようだけど僕も手伝うことにした。しゃがまないと見えないくらいの小石を草むらから一個一個探し出すなんて、ちょっと気が引ける。


 正直戦闘より疲れる作業の合間、ラファエラはそっと呟く。


「唯都さん、初めてにしては結構ちゃんと戦えてましたね!」


 心做しか嬉しそうなラファエラの声音に、僕は思わず顔を上げる。


「……そうかな?」

「はい。バール一本で闘えているのもきっと、一種の唯都さんの才能ですよ!」


 語気を強めて念を押してくるラファエラ。

 才能、なんて言葉が少し胸を突く。


 僕も生きているうちに何か、才能が開花していれば。人のために自分の才能を生かせるようになっていれば。僕にも、もう少しマシな道があったのかもしれない。

 それでも、暗い胸の内には相変わらず蓋をする。


「……たしかに、思ったより動けたかも」

「この調子ならきっとこの先も大丈夫ですよっ!」


 明朗なラファエラの笑みに励まされ、僕も不意に頬を弛緩させる。

 そしてしばらくして、僕はあることを思い出す。


「……そういえば、スキルの方はまだ分からないままだね」


 ダンジョンに潜って大体一時間と少し、『自動発動』と表記されていた例のスキル――【再生(リバイヴ)】は未だ発現していない。ダンジョン内では〈紋章〉の加護も受けているから、ピンチのときに発動してもおかしくない筈なんだけど……


「そう、ですね……何かトリガーのようなものがあるんでしようか?」

「トリガー、ね……」


 引き金(トリガー)、と言われても僕はあんまりピンと来ない。

 スキル発動だからとりあえず、詠唱みたいなことすればいいのかな。




「――【再生(リバイヴ)】っ!」




 おもむろに突き出した手からは、何もは反応なし。

 流れる沈黙と、頬を伝う冷や汗。


 あえてその効果について言えば、いきなり叫び出した僕をラファエラがびっくりしたように見つめていただけだった。なんだこれは。


「……誰か僕を殺してください」

「ああ、唯都さんがいきなりネガティブに舞い戻ってしまった……!」


 溜め息が草むらに消える。


「ま、まぁ、きっといつか大事な場面で発動するものなんですよ! なんたってSSランクなんですから!」

「そうだね……ありがと」


 段々とラファエラに慰められる自分が惨めになってきたってことはさておき……

 スキルについてはまだ何の手がかりもないまま、僕の初めてのダンジョン探索はこれにて幕切れだ。



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