第9話 ダンジョン探索のお供
探索者ギルドを出て数分後。
僕とラファエラはまたしても例の地図を片手に、今度は『ダンジョン』を目指していた。テンペスタの西欧風の街並みと手書きの地図を交互に見やりながら、大通りから一本外れた道を行く。
「……とさん、唯都さん!」
「えっ、な、なに?」
すぐ隣で叫んだラファエラに、思わず肩を震わせた。
地図を確認するのに集中しすぎたかもしれない。
もしくは、今頭の中を駆け巡る疑問が原因?
「もう、唯都さんはぼーっとしすぎです。クラゲにでもなりたいんですか?」
「……なんでクラゲ?」
「それはともかく、今の唯都さんは見ていて危なっかしいです!」
若干拗ねたようにぷんすか怒るラファエラ。
ぼーっとしてる、ていうのは現世でも散々言われてきたことではあるけど……僕は、これでも一度自らの意思で死を選んだ人間だから。今更何を言われても、自分を見つめ直そうなんて到底思えない。
……なんて、暗い思考はここまでとして。
「ごめん、スキルのことが気になってて……」
「スキル……例の【再生】のことですね?」
僕は頷いて、歩きながら会話を続行する。
本音を言えば、気になっていたのは事実だ。
SSランクであるこのスキルの効果が特に記されていなかったこと、使用回数に限りがあること、プレート作成前に見たあの『白昼夢』と関連したスキル名が付けられていること……。
【再生】について考え出したらとてもじゃないけどキリがない。情報が少なすぎる。最上位のランクだから、とにかく『強い!』って予想は漠然と立てられるけど。
「ふむ……。わたしも何度か、この役目で探索者様のスキルは見たことはありますけど……この手のタイプは初見なんですよね」
ポケットから取り出した探索者証を一緒に見つめながら、二人で頭をひねる。
「だいたい、スキルの効果すら書かれてないなんて不親切すぎます! この世界の神様は断罪モノです! わたしだったら裁判を起こしてます!」
(言いたい放題だな……天使なのに)
僕の代わりに不満をぶちまける天使さんに、僕は苦笑いを漏らすしかなく。なぜか怒りっぽくなっているラファエラを、僕が宥める形になっていく。天使なのに。
「……ところで唯都さん、ダンジョンに向かうのにその、武器とかは必要ないんですか?」
しばらく歩いて、それらしい入り口が見え出したところでラファエラは問うた。
「武器……?」
改めて、自分の身を見つめて気づく。
ザ・丸腰。
僕の外見的な装備品は今、胸元が広めなシャツと無難なズボン、それから革製のブーツだけ。身を守る防具なんて着けてなくて、武器なんて以ての外だ。
「はっ、唯都さんまさか……『装備なんてどうでもいいから、俺はチートスキルで無双してやるぜッ!!』みたいなギャンブルに走るおつもりですか!?」
「ごめん、そこまで馬鹿じゃない……」
「唯都さんは意外とギャンブラーだった……?」
「断じて違う」
やたらテンションが高いラファエラに僕は辟易する。
確かに、【再生】に懸けて博打に出てみるのもそれはそれでありかもしれないけど、あまりにもリスクが大きいので却下。
だから、ここはひとまず……
「よし、その辺に落ちてるもので代用しよう」
金欠故の暴挙に出る。同情するなら金をくれ。
「唯都さん、いくらお金が無いからってそれは……」
「素手よりはマシだと思うよ?」
そんな訳で、僕は住宅街から抜けた先の小さな草原で、武器の代用品の探索にかかった。目に入ったボロボロの木箱や、打ち捨てられた馬車の中を手当り次第に探ってみる。
「伝説の剣とか、運良くその辺に落ちてたらいいんだけど……」
「唯都さん、伝説の剣は落ちてません。普通は地面に突き刺さってるものですよ」
「そうだね」
剣なんて、やっぱり高望みだ。
何かモンスターに対して、少しでもダメージを与えられそうなもの。包丁とか、鍬とか鎌とか小槌とか……
……もう最悪、丸太だっていいよ。
「あ、これなんか良さそう」
視界の端に入ったそれを、僕は手に取って持ち上げる。
茂みに隠れ、人知れず鈍い輝きを放っていたその金属の刃。
殺傷能力の高さを誇示するような鋭角的な刃先と、充分すぎるそのリーチ。
手のひらで握って感じる、鉄の確かな重量感。
そう、これは――
「え、それってバールですよね?」
そう、バールだ。
ただし正確には、『バールのようなもの』。
《ユイトは『バールのようなもの』をそうびした!》
なんて、テロップが頭に浮かぶ。
そう、バール……
「――バールじゃないですか!!」
「う、うん……」
「唯都さん正気ですか!?」
「ダメなの?」
ブンブン振り回してみて、風を切るバールの攻撃力に手応えを感じた。若干不服そうな表情のラファエラは、煮え切らない返事を返す。
「ダメ、という訳ではないですけど……」
「バールなら、非力な人でも適当に振り回すだけで人を殺められるんだよ」
「唯都さん、怖いです」
現代でも『バールのようなもの』というワードがニュースなどで度々取り上げられるように、バールは割とシャレにならない破壊力を秘めている。厄介なことに、そんなものが簡単に手に入り尚且つ誰でも安易に扱えてしまうのだけど。
バール片手にダンジョン突入を試む僕に、ラファエラは呆れたような目を向ける。
「唯都さんがそれでいいのなら、わたしは咎めたりはしませんけど……流石にそれだけでは心もとないですから、わたしも少しお力添えしましょう」
「?……お力添え?」
「はい。今からちょっとその準備に取り掛かりますので、唯都さんはあっち向いててください」
「わ、わかった……」
ラファエラに言われるがまま、僕は彼女に背中を向ける格好になる。
「わたしがいいって言うまで絶対にこっちを向かないでくださいね!」
ラファエラが鶴の恩返し的な文言を口にする。
そういうことを言われると余計気になってしまうのが人間の性なんだけど。
「…………」
そして、無言で待つこと数分。
暇すぎて足下の草を眺めていた僕は、立ったまま眠りにつこうとしていた。眠いものは眠いんだ。ああ、午後の日差しが心地いい……
「唯都さん、できました!」
できたって、何が?
「あ、もう振り向いていいですよ」
彼女の命令に従って振り向く。
と、そこにはラファエラがある物を手に浮かんでいた。
「唯都さん、こちらわたしからのプレゼントです!」
彼女が片手につかんでいたのは、金属製の輪っかみたいなものだった。
とりあえず受け取って眺めてみると、それはどうやら金色のブレスレットみたいだ。青い宝石がアクセントで嵌められていて、有無を言わせぬ高貴さを放っている。
でも、これよく考えたら……
「ラファエラ、これ」
「えへへ、いいですよお礼なんてぇ……」
「どっから盗んできたの……?」
「へ?」
悪気の無さそうな顔でラファエラは首を傾げる。
やっぱり、彼女は僕に後ろを向かせた隙にどっかしらのお店から……。
「くれるのは嬉しいけど、さすがに盗んでくるのは……」
「ぬ、盗んでませんよ! だってこれは今わたしが作ったものなんですから!」
「作った……?」
「天使の力をすこーしだけ使って一から作ったんです!」
天使の力、ってのはよくわからないけど……。
これを本当にラファエラが作ったってこと?
「作ってくれたの? 僕のために?」
「当たり前です。もう、天使であるわたしが盗みなんてするわけないじゃないですか!」
余計な疑いをかけられたラファエラはぷんすか怒っている。かわいい、けど申し訳ない。
「ごめん、ありがとうラファエラ」
「ふむ、まあいいでしょう。わたしだって天使なんですから、一肌脱げばこれくらいお易い御用なんですよ!」
誇らしげに〈天使の輪〉を輝かせながら、ラファエラはドヤ顔を決める。
僕は試しに左の手首にブレスレットを装着してみた。素材のせいかはわからないけど、高めの腕時計ぐらいの重量感がある。
それと、確かに手首を通して伝わってくる『何か』があった。
見えないなにかに守られているような、漠然とした安心感……みたいな。
「これで唯都さんも一人前の冒険野郎ですね!」
「うん……でも格好は村人のままだよ?」
「……それはあとで、ロープでも買えばいいんじゃないですか?」
「いや適当だな」




