第8話 探索者になろう(3)
放心状態。
何か長い物語を見ていたような感覚に襲われる。
白昼夢を見たのかもしれないと、思い込んでしまう。
「……ユイトさん?」
誰かに名前を呼ばれ、僕はようやく意識を取り戻した。
気づくと、受付嬢の彼女が正面から僕を不思議そうな目で見つめていた。言葉を発さなくなった抜け殻を見て、彼女は首を傾げる。
「どうかなさいましたか?」
「いえ……なんというか……」
張りのない声と、煮え切らない言葉。
口は動くけど、その先の言葉が浮かばない。
僕の頭は、それを考える余裕もなく。
――再生。
その言葉の響きを、何度も噛み締めていた。
それ以外、何も考えられない。
どうやら僕の頭はショートしたみたいだ。
誰かさんの人差し指が、僕の頬を突くまでは。
「…………ぃぃぃぃ痛ったぁ!?」
(あ、よかった……唯都さん生きてましたか)
ラファエラに頬をぐりぐりされて正気に戻った。
周りから見えないからって、流石にそれはないでしょ!?
深手を負った頬を擦る僕にさらに首を傾げる彼女は、再び石碑へと目を落とす。僕も石碑から左手を離して彼女と同じ一点へ視線を移そうとした。
そのとき、初めて異変に気づいた。
左手の手の甲に、見慣れない跡が描かれていた。
いや、刻まれていた。
「なに、これ……」
そこに黒く浮き上がっていたのは、三本の流動的な曲線。
それと、それを繋ぐ太い一本線。
それらはまるで、猛禽類の鉤爪を思わせるようなフォルムを形作っていた。
そう、鉤爪。
鉤爪を模した刺青のような紋様。
自分の手の甲に浮かんだそれを無言で見つめていると、しばらくして肌に吸い込まれるように消えていった。
「〈龍爪〉の紋章、ですね」
確信を込めた声で彼女は静かに呟く。
紋章って……?
「あの、紋章、ってなんですか?」
「ご存知ないのですか?」
質問を質問で返され、言葉に詰まる。
流れる冷汗。
知ってて当然とか、もしかしてそういうことだったり……?
「……まあ、簡単に説明致しますと……この〈紋章〉は、神から授けられた〈神の記憶〉の種類を可視化するものと言えるでしょう。いわば、与えられた『属性』です」
「属性、ですか」
「はい。〈紋章〉は全部で四種類存在します。魔法を使用する上で優位に立てる〈龍眼の紋章〉。モンスターの攻撃からの防御に秀でた〈龍鎧の紋章〉。味方の回復やポーションの生成に必要な技術を習得できる〈龍翼の紋章〉。そして、ユイトさんに与えられたのが俊敏性や機動力、攻撃性に特化した〈龍爪の紋章〉です」
「なるほど……」
神様から与えられる力の種類によって、戦闘での向き不向きがあるってことか。戦闘職の制限を神様の気まぐれに委ねられるのは、ちょっと理不尽な気もするけど……。
とりあえず、僕は『機動力』と『攻撃性』が強化されたってこと?
「ですが、必ずしも〈紋章〉の特性に合わせた戦い方をとる必要はありません。〈紋章〉はあくまで探索者のステータスを部分的に強化するものですから」
「じゃあ例えば、僕が魔法に頼った戦い方をするってことも……」
「ある程度は、可能です」
でもその場合、せっかくのアドバンテージをドブに捨てることになるってことだろう。
理に適っているとは言いづらい感じ。
「他に質問はございますか?」
「いえ、特には……」
「では、次に〈探索者証〉の作成にかかりましょう。……と言っても、やること自体は簡単ですが」
彼女にもう一度石碑に手を置くように促され、僕は左手で石碑に触れた。
「聖なる石碑よ、彼の力を顕現せよ」
またしても彼女の詠唱で、石碑は光り出す。
そうして石碑天板の中央から、長方形の薄い物体がズズズ、とゆっくり姿を現した。
それは数秒間、眩い光を放ちながら浮遊する。
そしてコトン、と。
直方体の石碑の上に音を立てて落ちてきた。
「これが、〈探索者証〉……?」
「はい、正真正銘、ユイトさんのもつステータスを示した一枚です」
この一枚が、僕の探索者の身分を証明するとともに、僕の『ステータス』を示しているらしい。石碑の上に転がったプレートを手にとって、僕と彼女、ついでにラファエラは覗きみる。
〈ヒズミ・ユイト〉 ランク1 レベル1
〈所持紋章〉 龍爪の紋章
〈基本ステータス〉
耐久:231 攻撃:327(紋章補助)
防御:97 機動:378(紋章補助) 技術:112
〈戦闘素質〉
精神:471 生理的耐性:333 魔力:7
……基準がよく分からない。
正直、このタイミングでステータスを知らされても強いか弱いかなんて分からないものだ。
「……どう、なんですかね、このステータス……?」
僕が訊ねると、眼鏡の彼女は「うーん」と唸りながらなんとも言えない顔をする。僕も何となく、その反応で察してしまう。
「……平均的、といったところでしょうか」
「へい、きん……」
あれ、思ったより現実的……。
低いステータスから成り上がる訳でもなく、チート級のステータスで無双するわけでもなく。あくまで『平均』という路線をとった僕の能力値。少し残酷な現実を突きつけられ、頬が引き攣る。
それでも、落胆する僕に彼女は続けた。
「あ、特に落ち込む必要はありませんよ。一番最悪のケースは数値が著しく欠落していることですから。……ですから、これからの成長次第、いえ、もしくは初期スキル次第ではなんとか……」
申し訳なさげに場を繋ぐ彼女は、僕を励ましてくれているのかいないのか。
……ん? 初期スキル?
「そういえば、僕のスキルって」
「スキルでしたら、プレートの裏側に……」
そして、徐にプレートを裏返した瞬間だった。
隣にいた彼女が短く声を上げた。
「えっ、SSランク……!? 初期でこのスキルランクは……」
スキルのランクを見て驚愕する彼女。一方で、ランクのことは事前に知らされていた僕は、そのスキル名に目が釘付けになる。
〈所持スキル〉
【再生】ランク:SS
・自動発動。
・被撃発動。
・残り発動回数:1000回
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