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雪ん子


 白銀(はくぎん)の村(むら)には雪(ゆき)が降(ふ)り積(つ)もっている。そこにあるアイスクリーム屋(や)の中(なか)では旅立(たびだ)ったソルベと雪太(ゆきた)を待(ま)つ者(もの)が居(い)る。雪太(ゆきた)の両親(りょうしん)の雪乃(ゆきの)と雪男(ゆきお)だ。

「あの二人(ふたり)、元気(げんき)にしてるかしら…」

雪男(ゆきお)は何(なに)も言(い)わない。元々(もともと)無口(むくち)な方(ほう)だが、二人(ふたり)きりになっても何(なに)も話(はな)さないのだろうか。

「そういえば、あの日(ひ)もこんな雪(ゆき)が降(ふ)っていたわね…」

雪乃(ゆきの)は窓(まど)の外(そと)に幼(おさな)き日(ひ)の自分(じぶん)を見(み)た。冥界(めいかい)に来(く)る前(まえ)の雪乃(ゆきの)は、今(いま)の雪太(ゆきた)のように非力(ひりき)で寒(さむ)がりの雪(ゆき)の子(こ)だった。


 …今(いま)になっては遠(とお)い昔(むかし)の話(はなし)だ。何処(どこ)かの山奥(やまおく)に雪女(ゆきおんな)が暮(く)らす里(さと)があり、雪乃《ゆきの》はそこで育(そだ)った。その頃(ころ)の雪乃(ゆきの)は寒(さむ)がりで、力(ちから)を操(あやつ)れず風邪(かぜ)をひく子供(こども)だった。そんな雪乃(ゆきの)に雪女達(ゆきおんなたち)は冷(つめ)たかった。また、雪女達(ゆきおんなたち)は麓(ふもと)の人里(ひとざと)で暮(く)らす人間(にんげん)を見下(みくだ)していた。雪女(ゆきおんな)の姿(すがた)を見(み)た人間(にんげん)は有無(うむ)を言(い)わさず殺(ころ)せというのがこの里(さと)の掟(おきて)だった。

 ある年(とし)の夏(なつ)の話(はなし)だ。里(さと)の雪女(ゆきおんな)は雪(ゆき)が解(と)けると夏眠(かみん)と称(しょう)して眠(ねむ)っているが、雪乃(ゆきの)だけは特異体質(とくいたいしつ)で夏(なつ)も普通(ふつう)に過(す)ごしていた。そんな雪乃(ゆきの)は不注意(ふちゅうい)で里(さと)の外(そと)に出(で)てしまい、人里(ひとざと)に迷(まよ)い込(こ)んでしまった。雪乃(ゆきの)は茂(しげ)みに隠(かく)れていた。

「君(きみ)はもしかして雪(ゆき)ん子(こ)か?」

声(こえ)に気付(きづ)いて雪乃(ゆきの)が顔(かお)を出(だ)すと、そこには青年(せいねん)が居(い)た。

「間違(まちが)って人里(ひとざと)に降(お)りてしまったんだな、おいで」

青年(せいねん)は弥助(やすけ)と名乗(なの)った。弥助(やすけ)は雪乃(ゆきの)の白(しろ)くて小(ちい)さな手(て)を引(ひ)き、日陰(ひかげ)を歩(ある)いた。雪乃(ゆきの)は、最初(さいしょ)弥助(やすけ)を凍(こお)せて逃(に)げようとしたが、自分(じぶん)の力(ちから)ではどうにもならなかった。

 弥助(やすけ)は雪乃(ゆきの)を氷室(ひむろ)という氷(こおり)の倉庫(そうこ)に連(つ)れて行(い)った。ここでなら冬(ふゆ)になるまで人里(ひとざと)に居(い)れるらしい。雪乃(ゆきの)はそこに籠(こも)って夏(なつ)を過(す)ごした。噂(うわさ)を聞(き)いて訪(おとず)れた里(さと)の子供達(こどもたち)に雪乃(ゆきの)は雪兎(ゆきうさぎ)を渡(わた)した。雪女(ゆきおんな)の前(まえ)では肩身(かたみ)が狭(せま)く、いつも一人(ひとり)だった。ところが、人里(ひとざと)は弥助(やすけ)と子供達(こどもたち)が遊(あそ)んでくれる。雪女(ゆきおんな)の里(さと)では人間(にんげん)を嫌(いや)なものだと教(おし)えられたがそうでもないかもしれない。雪乃(ゆきの)は冬(ふゆ)になるまで人里(ひとざと)で過(す)ごしていた。


 そして、冬(ふゆ)になった。夏眠(かみん)から目覚(めざ)めた雪女達(ゆきおんなたち)は雪乃(ゆきの)が居(い)ない事(こと)に気付(きづ)き、迎(むか)えに来(く)るだろう。それを弥助(やすけ)に伝(つた)えると、弥助(やすけ)はこう答(こた)えた。

「僕(ぼく)が呼(よ)ぶまで出(で)てはいけないよ。」

雪乃(ゆきの)は頷(うなず)き、氷室(ひむろ)に籠(こも)った。弥助(やすけ)なら雪女達(ゆきおんなたち)に事情(じじょう)を伝(つた)えてくれるだろうか。雪乃(ゆきの)は震(ふる)えながら待(ま)っていた。

 しぱらくすると、言(い)い争(あらそ)う声(こえ)が聞(き)こえた。それは次第(しだい)に大(おお)きくなり、雪乃(ゆきの)は耳(みみ)を塞(ふさ)いだ。外(そと)からはただならぬ気配(けはい)を感(かん)じる。弥助(やすけ)が呼(よ)んだとしても今(いま)は出(で)てはいけないと感覚的(かんかくてき)に分(わ)かった。


 しばらくして、声(こえ)がしなくなった。雪乃(ゆきの)は恐(おそ)る恐(おそ)る扉(とびら)を開(あ)け、弥助(やすけ)を探(さが)した。外(そと)は暗(くら)く、人里(ひとざと)は異様(いよう)に静(しず)かだった。雪乃(ゆきの)が歩(ある)いているのに誰(だれ)も声(こえ)を掛(か)けなかったからだ。

 日(ひ)が昇(のぼ)り、ようやく里(さと)の様子(ようす)が分(わ)かった。雪乃(ゆきの)が辺(あた)りを見回(みまわ)していると、雪(ゆき)の山(やま)から足(あし)が出(で)ていた。雪乃(ゆきの)が抜(ぬ)くと、そこから子供(こども)が出(で)てきた。雪乃(ゆきの)はその子(こ)に声(こえ)を掛(か)けたが、返事(へんじ)はない。子供(こども)の命(いのち)は既(すで)に終(お)わっていた。

 雪乃(ゆきの)は更(さら)に歩(ある)いた。家(いえ)は崩(くず)れ、人々(ひとびと)は路上(ろじょう)で倒(たお)れ、凍(こお)りついている。雪乃(ゆきの)を呼(よ)ぼうとしたいた弥助(やすけ)もその中(なか)に居(い)た。一夜(いちや)の寒(さむ)さでこうなったとは信(しん)じ難(がた)い。恐(おそ)らくは雪女(ゆきおんな)がそうしたのだろう。

 一方(いっぽう)の雪女(ゆきおんな)も無事(ぶじ)ではなかった。路上(ろじょう)には人(ひと)が使(つか)った松明(たいまつ)が転(ころ)がっていた。完全(かんぜん)に解(と)けてしまえば雪女(ゆきおんな)も死(し)んでしまう。里(さと)に入(はい)って雪乃(ゆきの)を探(さが)した雪女(ゆきおんな)を人々(ひとびと)は炙(あぶ)ったのだろうか。

 弥助(やすけ)の声(こえ)を聞(き)かず、人々(ひとびと)と雪女達(ゆきおんなたち)は争(あらそ)ったのだろうか。戦火(せんか)は里(さと)を呑(の)み込(こ)み、全(すべ)てを奪(うば)い去(さ)った。雪乃(ゆきの)以外(いがい)は誰(だれ)も生(い)き残(のこ)っていない。

 妖(あやかし)の、そして人間(にんげん)の恐(おそ)ろしさを一夜(いちや)にして知(し)ってしまった。一人(ひとり)になった雪乃(ゆきの)は遺体(いたい)を土(つち)に埋(う)め、里(さと)を去(さ)った。

 それから、長(なが)く旅(たび)をしていた。迷(まよ)い込(こ)んだ冥界(めいかい)で、雪乃(ゆきの)は『氷結(ひょうけつ)の実(み)』を食(た)べた。すると雪乃(ゆきの)は大人(おとな)の姿(すがた)に変(か)わり、寒(さむ)さも平気(へいき)になっていた。それから、雪男(ゆきお)と出会(であ)って雪太(ゆきた)を産(う)み、現在(げんざい)に至(いた)った。


 雪乃(ゆきの)は今(いま)も昔(むかし)のの事(こと)を後悔(こうかい)している。もし、あの時(とき)外(そと)に出(で)ていれば弥助(やすけ)も死(し)なずに済(す)んだのだろうか。そもそも雪乃(ゆきの)が人里(ひとざと)に迷(まよ)い込(こ)まなければ二(ふた)つの里(さと)は滅(ほろ)ばなかっただろうか。現世(げんせ)では今(いま)も妖(あやかし)と人(ひと)が争(あらそ)っているのだろうか。暇(ひま)さえあれば思(おも)いを馳(は)せている。

 せめて雪太(ゆきた)には争(あらそ)いのない世界(せかい)で生(い)きて欲(ほ)しいが、それは叶(かな)わないかもしれない。それならば、目(め)の前(まえ)の人々(ひとびと)を助(たす)けられるような力(ちから)は持(も)ってて欲(ほ)しい。そう願(ねが)うばかりだ。

 今日(きょう)も外(そと)は雪(ゆき)が降(ふ)っている。あの頃(ころ)と同(おな)じ空(そら)が今(いま)も続(つづ)いていた。



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