…現世とも冥界とも異なる世界が幾つかある。その一つが妖界だった。その名の通り妖が暮らす世界で、その中に八咫烏の里がある。八咫烏とは神に仕えるのを生業とする烏だ。三本足が特徴だが、烏天狗を模した人型の姿に変身する。そんな八咫烏が暮らしているのが八咫烏の里だ。
そこで修行しているのが、一八の双子の姉の松葉だった。松葉は一八と同じように怪の血を受け継いでいるが、八咫烏になるという夢を叶える為にここで頑張っている。
八咫烏としては血も技術も不完全な松葉だ。教育係の青鈍の手ほどきを受けているが、剣技も妖術もなかなか上達しない。それでも、松葉は必死に食らいついている。見知らぬ土地で頑張る弟を思い出しながら、厳しい声にも耐えていた。
そんな松葉に優しく接したのは、従姉妹の梅重とその婚約者の山吹だった。梅重は、松葉を妹のように甘やかしている。それを青鈍に咎められているが、全く気にしていない。
「お疲れ、松葉ちゃん。」
梅重は色とりどりの寒天菓子を持って来ていた。
「若草がお供え物のお下がりを持って帰ってね、分けてくれたの。」
松葉はそれを一つ取って食べた。寒天は砂糖で覆われていて、シャリっとした歯ごたえがあった。
八咫烏は時々主人である神のお供え物を分け与えられる。それは、食べ物や装飾品といったもので、八咫烏の好物だった。若草から分けてもらった寒天を梅重も食べる。
「私も、早く誰かに仕えたいなぁ…。」
梅重には主人は居ない。八咫烏は、主人となる神に選ばられてやっと八咫烏として認められるのだ。神にも様々な存在が居るが、主人が高い地位である程、優秀な八咫烏を選ぶ。
松葉の父親の緑丸は、風見昴の息子で、冥府神妖の風見朝日に仕えている。また、梅重の両親の紅丸と真白は、夫婦で鬼神蘇芳に仕えている。二人の親は優秀で、他の八咫烏達からも一目置かれている。だが、松葉と梅重はそんな両親の足元にも及ばなかった。
休憩の後、松葉は青鈍との修行を再開した。青鈍は、先程の人型の姿ではなく、烏の姿でそこに居る。
「松葉、今度は烏の姿になれ。」
松葉は青鈍のように烏になろうとした。ところが、身体に力を込めても、烏にはならない。
「松葉、何故なんだ!烏の姿になれないなんて…。」
その様子を見ようと八咫烏達が集まって来た。余程珍らしかったのだろう。
「松葉、烏になれないと八咫烏としての使命は果たせない。剣技や妖術が上達しても、烏になれなければ意味がない。」
松葉は何度も烏になろうとした。ところが、頭で姿を想像しても、松葉だけは変身できなかった。どれだけ修行をしても、やはり自分は半端者なのかと、松葉は一人落ち込んでいた。